米軍を引っ張り合うアジアと中東
今世界の米軍は縮小モードにある。そういうことは、戦後何回かあった(それでも「米国の時代の終わり」とはならなかった)。それは大きな戦争が終わった時、そして米国の財政赤字が大きくなった時である。例えば1969年、ニクソン大統領は同盟国の自助努力強化を訴えて(「ニクソン・ドクトリン」)、ベトナムから8万人、韓国から2万人、日本から1万人、タイからは1万6,000人の部隊を撤収している(欧州からも)。冷戦時代、欧州には米軍4個師団が置かれていたが、現在では1個師団(約1万名)になっている(在日米軍は現在、約4万名程度だろう)。
クウェイトに大軍を送って「湾岸戦争」で大勝を収めた父ブッシュ政権は、戦後の景気後退もあって2期目の選挙でクリントンに敗れたが、そのクリントンは国防費を削り(そのため、軍需産業が集積するニュー・イングランド地方は不況に陥り、「赤錆び地域rust belt」と呼ばれた)、海外派兵を頑なに避けた。
(多分起きない「国防費の強制的削減」)
そして今回の削減への動きは、イラク戦費で財政赤字が天文学的になったばかりか、カネ余りがリーマン・ショックを起こし、米経済を数年間マヒさせたことが背景にある。オバマ政権はクリントン政権と全く同じく、新規の海外派兵を頑なに避けてきた。リビアでカダフィ政権を倒した時には、EUのラブ・コールに応えて空軍を派遣したが、陸上兵員は送っていない。第1期目は、イスラエルのネタニヤフ首相の「イラン撃つべし」という要請を抑え、9万人もの犠牲者を出したシリア内戦にも介入を控えてきた。
米国では本年度、財政赤字削減について議会での合意ができない場合には、「これからの10年で国防費を自動的に5000億ドル削減する」条項が発動される。2010会計年度基本防衛予算案ではイラクとアフガニスタンでの戦費だけで1300億ドルを予定していたので、これがなくなる(完全にはなくならないが)だけで、「10年間で5000億㌦」という数字は簡単に達成できるのだが。
だがそうこうするうちに、米国政府の財政赤字は景気回復のおかげで「劇的に改善」してきている(9月までの13年度では、財政赤字の対GDP比が4%相当で、09年の半分以下になることが予想されている)。自動削減措置は安楽死させられるのではないか? 現に国防省の2014年度予算請求は、13年度とほとんど変わらない5266億ドル(13年度予算額は5275億ドル)になっている。
これまでの約半年、ワシントン、そして世界は米国防費削減とその影響を喧々諤々議論してきたが、泰山鳴動して鼠一匹、大したことにはならない可能性が出てきた。ただ、独り歩きしている「国防費削減」の言葉に悪乗りして、これまでシガラミに縛られてできなかった合理化をはかってくる可能性はある。
(アジアと中東の間で米軍の引っ張り合い)
こうした中で、イランに脅威を感じているイスラエル・湾岸諸国、そして中国の脅威を感じている日本・東アジア諸国の間で、米軍の引っ張り合いが行われている。既に2010年発表された米軍のQDR(国防4カ年計画)では、「米軍には世界で2正面作戦を行う力はもはやない」ことが明らかにされ、中東、アジアの間での割り振り決定を迫っている。
リーマン・ショック直後に登場したオバマ政権は、「米国はアジアに基軸を置く」(Pivot to Asia)という言葉でイラン攻撃にはやるイスラエルを抑え、同じ言葉で(実際にアジア配備の兵力を増強することなしに)中国の拡張主義を押しとどめてきた。
だがそのオバマ政権の第2期、いくつか変化の兆候が見られる。一つは国務長官がクリントンからケリーに代わったこと、もう一つは大統領の安全保障問題補佐官がドニロンからスーザン・ライスに代わったことである。ライスは人道問題重視で知られており、クリントン国務長官とともにリビアへの米軍派遣を強く主張したと言われている。そしてケリーは、イスラエルに強い関心を持っている。6月3日ワシントンでAmerican Jewish Community Global Forumに招待されたケリー長官は、そのスピーチでこんなことを言っている。
「私の兄弟のCam(Cameron)は、ユダヤの仲間です。彼は30年前、結婚した際、ユダヤ教に改信しています。そして今朝、彼は商務長官に指名されました。」、「私は2月に国務長官になりましたが、それ以来3月、4月、5月ともイスラエルを訪問しており、また直ぐ参る予定にしております(歓声)。行くたびに、イスラエルという国、そして人々との深い個人的な関係が深まる感がしております。実際、これは私の祖先にさかのぼっての関係なのであります。その中には最近まで知らなかった親戚、ホロコーストで死んだ親戚―――などがおります(米紙は、ケリーの父方の祖父母はオーストリア出身で、旧姓をKohnというユダヤ人だったと報じているhttp://www.interfaithfamily.com/arts_and_entertainment/popular_culture/John_Kerrys_Jewish_Brother.shtml)。」、
「私は1986年、友人のLenny Zakim及びマサチューセッツ州の15名のユダヤ人友人と、イスラエルに初めて参りましたが、その時あの切り立ったマサダの丘(ユダヤ軍がローマ帝国との最後の戦いで全滅した場所)に登りました――そして我々は声を揃え、谷の向こうめがけて叫んだのです。『イスラエルの民は生き続ける! イスラエルの国は生き続ける!』と――すると、そのこだまが、まるで2000年前ここで戦った人たちの声のように戻ってきたのです」
このスピーチは、国務省が世界中にメールで配布している資料、13枚以上に及ぶ。スピーチ・ライターが書いたおざなりの原稿ではない。いわゆるパーソナル・タッチでむせ返る、感情のあふれる名スピーチである。ケリー長官がアジアや日本のことを、これと同等の関心で考えてくれるといいなと思う。
今のところケリー長官は東アジア諸国をきちんと回っているし、国防省も中国に対する抑止力をしっかり提供する姿勢を維持してくれている。6月7~8日の米中首脳会談直後の10日には、会談場所に近いカリフォルニア州で、自衛隊と離島奪還のための共同訓練を始めた。
そしてシリアの政府軍が化学兵器を本格的に使用し始めたことに対抗して6月中旬、オバマ政権はヨルダン駐留の米軍を増強したが、その直後のイランでの大統領選挙で穏健派とされるロウハニ師が当選し、中東地域の情勢はしばらく模様眺めに変わってしまっている。
(日本が今やっておくべきこと)
こうした中で日本はあわてず、次のことをやっていくべきだろう。
一つは、日本も含めたアジア諸国は、米国、イスラエルとの間で、意思疎通を良くし、アジアが米国、イスラエルにとって有している重要な意味、そこを中国が牛耳った場合に米国、そしてひいてはイスラエルが失なうだろう利益を十分認識してもらう必要がある。例えば、日本、韓国、台湾、香港、ASEANのGDP合計額は中国のそれを約25%上回り、これからは中国以上のダイナミックな成長を示していく。
米国、イスラエルが「アジアでは儲けることができれば、それで十分」という姿勢で、中国のことだけ考えてやっていると、中国にアジアを支配され、アジアとの交易においては中国の課す条件をのまされて高い「入場税」を払うことになりかねない、つまりアジア全域の商圏を手に入れたと思っていたのが、全域を失うことになりかねないということである。
と同時に、アジアでは米国の武力介入が今必要とされているわけではなく、まさに武力介入を必要とするような事態が起きるのを抑止するためのよすがとして、政治上のコミットメントとそれを裏付ける一定の米軍プレゼンスが必要であること、そしてそれはどのくらいの規模なのかという点について、アジアとイスラエルの間で共通認識に達しておく必要がある。ユダヤ系の人たちは二分法でものごとを考えがちであり、中東かアジアかゼロサム思考に陥り、アジアをゼロにするべく突っ走る可能性があるからである。
(米国での広報)
また米国で日本の立場を広報するにおいては、「アジアで問題を起こしているのは日本だ。そんな日本のために米兵の血を流す必要はない」という声に対して、何をどう説明していくかという問題がある。米国では日系以外のアジア人が増えており、彼らは有権者として大きな政治力を得ている。日本たたきは、彼らが団結し、募金集めをする際に最も無難で使いやすいイシューなのであり、日本がこれに正面から論戦を挑めば挑むほど、彼らの運動は激しくなるだろう。彼らを敵に回してはならない。
日本はアジアの平和と繁栄に大きな貢献をしていること、それはアメリカの利益、そしてアメリカで暮らしている諸民族の利益につながっていることをアジア系だけでなく、米国民の広い層にわかってもらうことが最も有効だろう。
さらに、在日米軍兵力を必要なレベルに維持するための思いやり予算の確保、自衛隊兵力の増強が必要であることは言うを待たない。
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