ロシア極東の開発を日本は助けるべきか
野田総理の訪ロが予定されている。北方領土問題だけでなく、中国に対するカウンター・バランスとしてロシアとの関係を増進させることが意識されていると思われるので、極東におけるロシアの実力は実際にはどのくらいものか、考えてみた。結論から言えば、次のとおり。
① ロシアは中国に対するカウンター・バランスとなる力も意志もない。中ロ両国は米国の圧力に対抗するための便宜結婚的関係にある。2009年プーチンと江沢民は「中ロ善隣友好協力条約」を締結している。従って、「北方領土問題で譲ってでもロシアとの関係を進め」ても、大した効果は得られまい。
② しかしロシア極東部は多くの点で中国に対して脆弱になっており、プーチン大統領をはじめロシア側の大きな懸念材料になっている。
③ ロシアが極東部への抑えを失うようなことがあれば、東アジアのバランスは中国に大きく傾く(特に、日本海に中国海軍が進出するケース)。
それは、日本にとって好ましいことではない。日本外交にとって決定的に重要というわけではないが、日本が極東部の経済的発展を助け、ロシアの対中立場強化を助けることは、日本にもプラス要因となるだろう。
以下、上記結論を得るに至ったいくつかの事実を列挙する。
1. 極東でロシアはNew Comer
(1) ウラル山脈の此方、つまりシベリアと極東地方は、ロシア本来の土地ではない。
16世紀末以降、1860年北京条約を結んで清朝から今の沿海地方等を手に入れるまで、約3世紀をかけて東漸したものである。
(2) こうした歴史的経緯もあり、極東部に住むロシア人(但し原住民はトルコ系、モンゴル系)の多くはモスクワ等欧州部のロシアに強い愛着を有するとともに、極東領有の正当性、持久性に不安を持っている節がうかがえる。
(3) ロシア極東部で中国人農民が土地を賃貸し、野菜等を栽培する例が増えている。
これは、中ロ間の摩擦要因となり得る。しかしロシア地元当局にとっては、中国人に国有地を賃貸して賃料を得る方が、ロシア人に土地を民営化、あるいは賃貸するより有利なので、中国人の浸透が止まらない。彼らはウラル方面にまで進出している。
(4)ロシア極東部は、欧州部とは経済的に切り離されている。シベリア鉄道の運賃が高いためである。イシャエフ・ハバロフスク地方知事(当時)は07年8月地元の集会で、「極東で生産される財・サービスのうち4%のみがロシアの他の部分へ移出され、75%は外国に輸出されている。」と述べている。
2・ロシア極東と中国東北地方の人口・経済力落差
(1)ロシア極東部は人口650万人で、人口、GDPともロシア全体の約5%。
その経済は脆弱で、サハリン石油・ガス、石炭、海産物、金、ダイヤモンドなどが主。製造業でめぼしいものは、コムソモルスク・ナ・アムーレのスホーイ航空機工場、造船所、および製鉄所程度。ここはスホーイ戦闘機、および三菱重工のRegional Jetのライバル、「スーパージェット100」を製造している。
製造業、中小企業の振興は難しい。賃金水準が高く競争力がない、労働力が不足している、市場が小さい、シベリア鉄道の運賃が高いために製品をロシア欧州部で販売できない(ロシアのSollers社がいすず車の組み立て生産を行っているが、これはシベリア鉄道運賃大幅割引の優遇措置を受けている)。
(2) 中国東北部(昔の満州)は人口1億3000万人強。ロシア極東部の20倍以上。
人口300万を超える大都市多数。
その経済は強固で、大慶油田周辺の石油化学、鞍山の製鉄、瀋陽の軍需工業、長春等の自動車、大連のIT等、枚挙にいとまがない。
3. 国境付近に露出した物流の大動脈・シベリア鉄道
欧州部ロシアとロシア極東部の間の物流大動脈はシベリア鉄道であるが、対中国境にあまりに近く、戦略的に脆弱要因である。
そのため、北方のBAM鉄道を強化しようとする動きがある。8月1日、レビンタリ極東管区大統領全権副代表は日本経済新聞に対して、バム鉄道の輸送能力を15年までに、現在の約2倍の年3千万トンに引き上げる、JBICなどと融資に向けた協議を始める旨述べている。
BAM鉄道は、ウドカン銅山など資源開発に不可欠。
4. 不利な対中軍事バランス
(1) ロシアの東部軍管区には10個師団・旅団(兵力15万もないものと推定)しかなく、中国の瀋陽軍管区の推定約40万に比べて劣勢である(但し瀋陽軍管区はむしろ北朝鮮方面を志向している)。また瀋陽には中距離核ミサイルの基地があるのに対して、ロシア側は中距離核ミサイルを持っていない(かつて米国との間で相互に撤廃したため)。
(2) 海軍については、中国が日本海への出口を持っていないため(1860年の北京条約で奪われている)。日本海はロシア海軍が優位にある。なお中国領から20キロ程度北朝鮮領を通れば、北朝鮮の港、羅津に出ることができる。
この豆満江の河口地帯はロシア、北朝鮮、中国が国境を接するところで、将来の経済発展が期待されているが(「環日本海構想」等)、羅津港を中国海軍が租借するリスクもあるのである。
5. プーチン大統領の対中認識
プーチン大統領は、公式の場では中国との友好を演出するが、非公式の場では中国に警戒的な発言をすることが多い。いずれかが虚偽というわけではなく、用心しながら協力していくということなのだろう。
例えば本年2月24日、軍事都市Sarovで専門家と懇談した際、保守的軍人がMDで中国と手を組むことを提議したのに対して、「中国とは軍事技術開発で協力している。協力しているが、注意しながら続けていきたい」等を短く述べただけで、インドとの関係に話しを移している。
6. エネルギー資源は買い手市場
日本はロシア、極東と言うと、石油・天然ガスを「輸出してもらう」ことをすぐ考えがちである。しかしこれから世界のエネルギー市況は、むしろ日本に有利な買い手市況で推移していくだろう。それは次の事情による。
(1)シェール・ガス、シェール・オイルの生産急増。
→EU諸国はロシア・ガスの値下げを迫っている。
(2)中国は、ガソリンを国内で低価格で販売しているため、ロシアの石油を買いたたく。また天然ガスについては、新疆地方での生産が増え、中央アジアからも既に大量の輸入を確保している。
(3) 日本は既にサハリンから天然ガスを、サハリン及びシベリアから原油を、それぞれ日本の需要の約10%程度輸入している。サハリンからの輸入はこれからも増える。
そして日本は、ロシアにとって最良の顧客である。
7.1970年代の「シベリア開発」
冷戦の最中、1960年半ばから日本財界が一丸となり、一連の「シベリア開発」案件が実施されたことがある。それは①サハリン石油・天然ガス、②ウランゲリ港近代化、③原料炭開発、④木材・パルプなどをめぐる大規模なもので、1974年には10億5000万ドルの輸銀融資が行われている(その後サハリン石油・天然ガスへの輸銀融資は総計1兆円程度にのぼっているはずである)。
今日では、日本の業界内、ロシア政府省庁間の競合が激しく、それぞれが自分の手がける案件を実現しようとするため、1960年代当時のような形にはまとめにくくなっている。
8.極東・東シベリア地域における日露間協力強化に関するイニシアティブ
今日ロシア政府はいくつかの極東開発計画を打ち出しているが、2007 年6 月日本政府も独自のイニシャティブをまとめてロシア政府に提示した。それは、エネルギー、運輸、情報通信、環境、保健・医療、貿易・投資拡大、地域間交流、そして安全保障についての日露協力を進めるというもので、現在そのいくつかは具体化されている。特に「安全保障についての協力」を特記してあることが注目されるのだが、これはロシアが中国とのバランスを取ることの必要性にこれまで以上に気づいている現在、非常に時宜にかなったものだろう。
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