オバマ大統領に核軍縮はできるのか?
6月、 G8首脳会議で英国を訪れたオバマ大統領は足を延ばしてドイツも訪問、ベルリンで核軍縮の提案をやった。米ロが互いに攻撃し合う時に使う、戦略核弾頭数を現有より3分の1減らすこと、そして短距離しか届かず威力の小さな「戦術」核を削減する交渉を米ロで初めて始める、というのである。
核兵器撤廃、これは米国大統領の何人かが夢見たもので、オバマも大統領就任早々の2009年4月にはプラハで演説して、核廃絶への決意を明らかにしている。また1990年代、クリントン政権で国防長官を務めたペリー氏は、2010年12月日経に掲載した「私の履歴書」で、オバマ政権に次のような核廃絶シナリオを提案している。
「第一段階では、2012年までに米ロ両国が新たな核軍縮条約で合意する(その後実現)。次に米国が包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准する(まだ批准していない)。
最後に核物質の拡散を防止するため、兵器用核分裂物質生産禁止条約(カットオフ条約)を成立させる。第二段階では、2025年までに米ロ両国が保有核弾頭数を500発(現在比で95%減)までに圧縮する。次に英国、フランス、中国、そして振興核保有国であるインド、パキスタンの両国にも核戦力の現状維持を促す。そして弟三段階では、追加的な核削減努力を行い、核全廃に近づけていく」。
しかしオバマもペリーも理想主義者ではなく現実主義者なので、米国の方から先に「裸になる」ようなことはしない。今回も米政権内部では、現有の4分の3ほどを削減して米ロそれぞれ300ずつにするようロシアに提案することが検討されたという報道があったが、中国がいくつ核ミサイルを持っているのか不透明な状況では、最大限で3分の1程度の削減に止めておこうと思ったのだろう。
ロシアはこの話しに簡単に乗る気配はないので、妥結するとしてもあと1年半はかかるだろう。そしてオバマ大統領の任期中、この新たな合意以上の進展は難しかろう。それどころか、後で述べるように、軍の現場からは、1987年にソ連と合意して完全撤廃した「中距離核ミサイル」の復活を求める声さえあって、オバマは自論の核撤廃に反対方向の決断を迫られる可能性すらある。
またオバマ大統領はこの演説で、"America will host a summit in 2016 to continue our efforts to secure nuclear materials around the world"と言っている。これだけでは漠然としているのだが、要するにオバマ大統領最後の年に国際会議を開いて、核物質のグローバルな管理(生産、保管、核爆弾の製造などだろう)をしっかりしたものにする、ということ、つまり上述ペリー案の「カットオフ条約」に相当するのだろう。この会議が実現すると、原子力発電の今後、日本が大量に保有しているプルトニウムの扱いも議論の対象になるだろう。
今回オバマ大統領スピーチのマグニチュード、日本にとっての意味を測るため、米ロ中の核兵器の現状を見てみる。
(「戦略」核兵器)
冷戦の時代、米ソが直接相手を攻撃するための主要な手段は「戦略核兵器」、つまり大陸間弾道弾(ICBM),潜水艦発射の長距離弾道弾(SLBM)及び長距離爆撃機搭載の核爆弾、この三種であり、最も古くから米ソ軍縮交渉の対象となってきた。
1972年にSALT・1条約が締結したし、これが失効すると2010年には米ロ間で「新START」条約が結ばれている。これによって、米ロ双方の戦略核弾頭は1550発ずつが上限とされ、以降双方とも削減に努めた結果、昨年9月時点で米国1722、ロシア1499になっている(米国務省発表)。オバマは昨年12月、「これまでに(1972年以来)7650の核弾頭を撤廃した」と述べている(12月3日Reuters)。
米国の核ミサイルは老朽化している。報道によれば2030年、ICBMは60「歳」以上、SLBMは40歳、戦略爆撃機は35~70歳になっているだろうし、1992年以来、米国は核兵器の爆発実験をしていない(非臨界実験というのはやっている。爆発寸前のところまで正常に機能するかどうか実験するのである)ので、果たして効能書き通りの性能を維持しているか心もとないところがある。なお戦術核については、後出のとおり近代化に着手している。
他方10年程前のロシアは、現在の米国以上にミサイルの老化現象に悩まされ(資金不足)、賞味期限を迎えて退役するミサイルが続出したため、米国のミサイルもそれに合わせて削減しないと大変だという危機感にいつもかられていた。2002年5月、米露はそれぞれの戦略兵器運搬手段に搭載している戦略核弾頭を約三分の二削減することを定めたモスクワ条約に署名したが、これはこうしたロシアからの強い要請によるもので、米国は当時、気のない対応ぶりだった。
ところが2000年代の原油価格急騰でGDPを6倍以上にも膨らませたロシアは、核ミサイルにもカネをつぎ込んでいる。核ミサイルこそは、ロシアが米国から対等に扱ってもらえる唯一のもので、ロシアの「超大国」としての誇りを支えてくれるものなのである。
つまりロシアは最近、戦略核ミサイルの耐用年限を延長、加えて新型ミサイル配備の増強を行うことで、戦略核弾頭の数をむしろ回復させつつあるのである(米国務省によると昨年3月には1492だったのが、9月には1499に増加)。
だから今回は、「なけなしの予算をつぎ込んで増強したところに削減? それはないでしょう」というのが、ロシア軍部の反応になるだろう。そのような姿勢は、大統領府長官のイワノフが既に3月、ロシアの新聞インタビューで述べている。米国がMD(ミサイル防御兵器体系)を整備すれば、これを破るために、ミサイルは多数必要になるだろうし、中国の核ミサイルに対する抑止手段が必要であることも、ロシア軍部は勘定に入れていることだろう。
しかし最終的には、ロシアは老朽化した弾頭の退役を早めることで、オバマ提案に応ずることはできるだろう。あまり頑張っていると、米国は戦略核ミサイルを時代遅れにしてしまうようなイノベーションをしかけてくるだろう。その昔、ハイ・デフィニション・テレビを開発して得意になっていた日本を、テレビのデジタル化提案で根こそぎ引っ繰り返してしまったように。
(「戦術」核兵器)
ICBMに次ぐ米ロの核兵器体系は、いわゆる「戦術」核兵器である。これは短距離、かつ小威力の核兵器を意味する。もともとは冷戦時代、圧倒的に優勢だったソ連の通常兵力が西ドイツに攻め寄せた場合、その鼻先で爆発させて(ということは、つまり東独あるいは西独領内で)その戦力を壊滅させる目的で配備されたものである。その名残で現在も西欧には約200の戦術核弾頭(米軍所管)が残存し、米本土には約300、ロシアには2000以上残存しているものと推測されている。
オバマ大統領は、米ロ間で戦術核兵器も削減することを提言してきた。今回のベルリン演説でもそれは繰り返されている。但し、言い方はおざなりで抽象的なものにとどまっている。というのは、戦術核削減の交渉は戦略核よりはるかに難しいからである。
サイロに配備されるものが多いICBMと異なり、戦術核兵器は小型であるためにどこにいくつあるのか、衛星からの偵察、地上での査察が不可能である。そして今ではNATO側の通常戦力がロシアを圧倒しているため、ロシアはこれを抑止するために戦術核兵器を保持するという、冷戦時代とは逆の構図になっている点もある。
また「戦術核兵器」と呼ばれるものでも、たとえば欧州配備の戦術核兵器はロシアに到達するので、ロシアにとってみれば戦略的意味を有する。従ってロシアは、米国が戦術核兵器削減の交渉をしたいなら、まず欧州(ドイツ、オランダ、イタリア等)配備の戦術核兵器を本土に引き上げることを要求している。
ドイツ国内では米国の戦術核兵器への反対運動が根強いが、ドイツ軍にとってはこれが半分「自前の核兵器」であること(Dual Keyと言って、この核兵器はドイツ側の要望、あるいは同意がないと使用できない)、NATOの核政策への発言権を保持できることから、右存置を希望している。NATOには「核計画グループ」という会合があって、域内配備の核兵器の照準などを議論しているが、これに出席できるのは核保有国、核被配備国だけなのである。
そしてロシアの報道によれば(4月23日独立新聞)、米国政府は欧州配備の戦術核弾頭B61を延命・近代化するための予算110億ドルを確保した(未確認)。うち10億ドルをかけて、これを戦闘機F-35に搭載可能にする由(現在はNATOのトーネード戦闘機に搭載されている)。
なお、日本周辺に配備されていた潜水艦発射の核弾頭つき巡航ミサイル「トマホーク」も戦術核のカテゴリーに属していた(北朝鮮、中国にとっては戦略的な意味を持っていた)が、日本の民主党政権時代、太平洋から撤去されている。民主党政権はこれに安易に同意することで、日本に差し掛けられた「核の傘」に大穴を開けてしまったのである。
(中距離核ミサイル(INF))
戦略核兵器と戦術核兵器の間には、中距離核兵器・ミサイルというカテゴリーが存在する。射程が500~5500キロのものを言う。米ソは1987年の条約で、これを双方ゼロに撤廃している。だが近年、中国、北朝鮮、イラン等のミサイルが力を強めるにつれ、米ロ両国内(特にロシア)ではINF復活への誘惑が強まっているようだ。
米ロ双方とも、INFを配備することは容易であろう。米国は1980年代、ソ連のINF(SS-20)に対抗して開発したパーシング・ロケットの技術を現在も保持しているのである。ロシアにもSS-20の技術は残っているだろうし、現在開発中の地対空防空ミサイルS-500は射程が600キロあり、INFの性能を備えている。
ロシアがINFを復活させることになった場合、ロシアのINFがどこに配備されるかが、日本にとって大きな問題になる。1980年代米ソがINF交渉を進める中、日本は、ソ連がSS-20をウラル以東に移動させることで米国と手を打とうとしたことに抵抗、米・NATOに強く申し入れた結果、完全撤廃を勝ち取った経緯があるくらいである。
(核抑止に代わり得るもの)
米国はICBMの老朽化、オバマの核廃絶政策等を受けて、「核ではない戦略兵器」を開発している。それは、①通常爆薬の弾頭をつけた大陸間弾道弾、②世界のどこでも1時間以内に攻撃できる超音速無人機「ファルコン」、③宇宙配備の金属棒(超高速で落下し、地上目標を破壊する)等であるが、①を除いては未だ海のものとも山のものともつかない。そして①は、打ち上げられた段階でロシア衛星に捕捉され、ロシアが反撃の核ミサイルを発射する危険性を有する。
SF的になってしまうが、昨今は技術面でのパラダイム変化が起きていて、これ以外にも様々の「戦略」兵器が出てくるに違いない。いろいろな可能性があるが、その中に無人機、あるいは昆虫型兵器というのがある。ハエのように小型のロボットが空中を飛んで行って、ビデオで××大統領を見つけると、毒針をその顔に撃ちこんで殺してしまう、というようなものである。
ロシアはもっとプリミティブなものを開発している。機関銃の先にビデオカメラをくくりつけ、それを4つの小さなプロペラでつるすと、「機関銃ヘリコプター」として空中に放つ。地上から無線で操縦し、敵のオフィスの窓から覗き込んで××大統領を発見すると、機関銃を撃ちこんで粉々にする、というのである(http://www.japan-world-trends.com/ja/cat-91/quadcopter.php)。
また相手の戦略核ミサイルを撃墜、あるいは無能化できれば、こちらは核ミサイルを持っていなくてもいいわけで、そのために米国は今、NATOや日米同盟の枠内でMD(ミサイル防御装置)を開発している。これは今のところ、敵のミサイルを空中高く撃ち落とすためのミサイルなので、技術の敷居はとてつもなく高い。それよりも、例えば電磁波、またはレーザーを敵のミサイルに照射して無能化する方が、技術的には確実だろう。ただ、電磁波は比較的小電力で送出できるが敵ミサイルが電磁波への防護措置を施してあると利かない。またレーザーは大電力を必要とする問題がある。
(日本にとっての意味)
以上の状況の中、日本はどのようにして、核兵器使用による威嚇に対抗することができるだろうか? この頃では、米国の「核の傘」は頼りにならないとして、自主核武装を求める声も国内で聞かれるが、日本のように国土が小さく、情報系統が首都に集中した国では、核の先制攻撃を1発受けただけで国家機能が麻痺して、報復攻撃を組織する力もないだろう。
従って、北朝鮮や中国の核ミサイルに対しては、核の傘をもっと充実したものにするよう米国に働きかけるとともに、追加的な抑止手段も考えざるを得ない。MDは有効な手段だろうし、MDの中には電磁波・レーザー兵器の開発も含めるべきだろう。またプロパガンダの領域になるが、ロシアの軍事専門家アルバートフが最近書いた、「NATOとロシアのミサイル警報能力をプールし、将来はGlobal Missile Launch Monitoring and Missile Attack Warning Centerにする」(2月20日 Valdai Discussion Club)というアイデアも参考になる。
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