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世界はこう変わる

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2007年3月16日

「復活した」ロシアとの付き合い方

                                      河東哲夫

(この文章は「日本英語交流連盟」ESUJのホームページ、「日本からの意見」欄に英語版とともに掲載したものです。http://www.esuj.gr.jp/cgi-local/DocumentManager.cgi?md=list&lang=jp

最近、米露間では、あたかも冷戦時代のようなきつい言葉が行きかうようになった。原油価格高騰を享受するロシアは、自己主張を再び強めつつある。米国、ロシアとも大統領選を迎えようとしている今、両国間の口論が拡大し、深刻な対立に至るようなことはあるのだろうか

 結論から言えば、そのようなことはあまりないだろう、ということだ。その理由はいくつかある。

 まず最初に、ロシアの経済は依然として脆弱で、石油と天然ガスの輸出に大きく依存したままであるということだ。国の小売売り上げの50%は、輸入品から成っている。プーチン大統領と、今度新たに第一副首相に任命されたセルゲイ・イワノフは製造業を発展させたがっているが、そうした政策はロシアに強い官僚主義のアプローチによって失敗することも十分考えられる。ゴルバチョフの「加速化」政策も、官僚が破綻させたのである。

 ロシアの核ミサイルは急速に老朽化しているが、十分には更新されていない(但しロシアは依然として約4,000の核弾頭を有し、MIRV多弾頭ミサイルを用いて如何なるミサイル防衛システムをも潜り抜けることができるが)。新型SLBMのブラーヴァは4回の実験のうち3回も失敗しており、あるロシアの将軍は15年続いた経済困難の間に製造技術が失われてしまったことを指摘した。ロシア陸軍は100万人余にまで削減され、長い国境を守るのにさえ十分ではない。ロシアの人口は依然として減少しており、青年はあらゆる手段を使って徴兵を逃れようとしている。

 ソ連が崩壊して以来、ロシアでは2つの大きな変化が見られた。即ち国内では、今日のロシア人は大衆消費社会の魅力を知ってしまったということである。ロシアのGDPの50%は消費であるが、これは経済全体が戦争のために動いていたようなソ連時代とは雲泥の差だ。大衆は、ロシアが外部から脅かされているとは感じていないから、軍国主義経済に回帰することを支持しないであろう
 
 ロシアは対外的には、世界経済にしっかりと組み込まれている。ロシアは自分が生存するためには石油と天然ガスを輸出しなければならず、鉄製品その他も輸出したい。更には、ロシア国内で世界の水準に伍すことのできる消費財を製造するためには、外国からの直接投資が不可欠なのである。だからこそ、ロシアは依然としてWTO加盟を望んでいるし、だからこそ、米国との対立が深刻になるたびに引き下がっているのである。制裁を受ければ、ロシアの経済的、更には政治的な安定性は容易に阻害されてしまう。そしてそれこそ、選挙の年にはロシアが最も避けねばならないことだからだ。

 ロシアが挑発的に見える時もあるだろう。しかしそれは、ロシアが自分の面子を救うために、そして国内の支配構造を維持するためにやっていることなのだ。ロシアは、西側に挑戦する一方では、国民の福祉が西側との良好な関係次第であることを考えねばならない。ロシアは、過度の反米主義をとれば自ら孤立することになる。中国や「古いヨーロッパ」は、ロシアのそのようなプレーには付き合わないだろうからだ。

 しかし西側は、ロシア人の多くが自分達は強権主義の社会に住んでいることも意識していないことを認識するべきだ。世論調査の結果では、ロシア人は民主主義より「秩序」を重んずる。西側が民主主義に向けてロシアの政府に圧力をかけすぎると、ロシア社会の大多数を敵に回す結果となろう。

 筆者は、モスクワに何度も在勤し、ロシア人を知っている。ソ連時代の末期には、学生も若手の知識人もリベラルだった。彼らは米国、そして米国の自由と富に憧れていた。だが今日、こうした連中はむっつりとし、シニカルで無感動になっている。彼らは、ロシアがソ連的制度をなげうち、民主主義と自由を求めて立ち上がった時、西側は十分助けてくれなかったと思っている。彼らの意見では、ロシアが友情の印に手を差し出した時、西側はロシアに平手打ちを食らわせたのである(ユーゴスラヴィアでのコソヴォの扱いとか、NATOを旧ソ連諸国に拡大したこととか、チェコとポーランドにミサイル防衛システムを配備することとか)。

 ロシア人は、なぜ西側に真の友人と思ってもらえないのかが理解できない。彼らは、西側がロシアを差別するのは、「ロシアが再び強くなったからだ」と思い込んでいる。実際には我々がロシアから距離を置くのは、ロシア人が異なる価値観の中に生きている―法を無視し、行列を飛ばし、企業の財務情報を隠匿する―からなのだが。 今日、我々はロシアと全面的に対決する必要はもうない。しかし我々は、彼らの悪い振る舞いが外国にも及んできたり、諜報機関が外国で悪質な秘密工作を行うようなことは防がなければならない。

 フラトコフ首相が、大人数のビジネスマンを連れて、日本を訪れたばかりである。トヨタがサンクト・ペテルブルクに工場を建設することを決定してからは、日本の企業はロシア市場になだれ込んでいる。日本が100億ドルを投資したサハリンの石油・ガス・プロジェクトも、始動しつつある。(但し、マスコミ上で騒がれた東シベリアの石油パイプライン問題は、実際のところ将来のマターである。まず第一に、埋蔵量について正確な情報が必要である)

 他方、北方四島の帰属問題は、長いこと未解決のままである。ロシアで近く選挙がある現在は、この問題を動かそうとはしない方が賢明だ。しかしながら、ロシアの大統領選挙が終わったならば、この問題には真剣に取り組まねばならない。それは、日本の利益になるばかりでなく、ロシアの利益にもなる。ロシアにとって、極東の安定維持は不可欠の問題であるからだ。

コメント

投稿者: 勝又 俊介 | 2007年3月19日 23:17

ロシア経済のアンバランスも、かなりの度合いに達しているということなのでしょう。民間ベースでは大量消費の時代を迎えながら、河東先生がおっしゃるように、経済基盤は石油・天然ガスの価格上昇によって保たれており、中東産油国のモデルに近い構造へと固定化・硬直化の度を深めている印象です。
お隣りの中国が、表面的には秩序・統制をことさらに強調せず、とにかく経済発展を前面に出して政策的なリードをしてきた一方で、ロシアはというと、前政権が抱えた課題を払拭するかたちで、まずは秩序・統制の確立を名実ともに第一義として(ロシア国民の民意としてもその意向は非常に強かったと思います)国をリードしてきたような側面がありますので、経済政策が相対的に後手にまわった感は否めません。産業のさらなる勃興およびそれにともなう輸出の拡大は、本来であればもっと加速してしなければならなかったと思いますし、イワノフ第一副首相の製造業の発展への思いはそうしたところからも来ているのだろうか、と勝手ながら推測しております。
大統領選挙を前にして、積極財政への流れが強まる気配も感じますが、それによってどのような影響が出てくるのか、民間ベースの消費活動にドライブをかけるだけになってしまうのか、今後の産業育成へとつなげることができるのか、興味を持って見ていきたいと思います。ひとりあたりのGDPは、まだ世界で50~60番目という状況ですし、今後の展望においても、まだまだ課題は多いのではないでしょうか。資源一辺倒の経済モデルからのバージョンアップという大きなテーマもさることながら、少し違う観点からも、いくつか気になっている点があります。シニア層の活力がどの国でも経済基盤の大きなキーポイントになっているなかで、ロシアのシニア層の活力があまり見えてこないこと(平均寿命の短さも気になりますし)や、物流面で考えると、あれだけ広い国土と海岸線を持っていながら、肝心の港湾設備が相当に乏しい感もしており、激しい温暖化にさらされているとはいえ、安定した規模・設備を誇る不凍港がどれほどあるかというと、まだまだ現実は厳しいものがあるのではないでしょうか。個人的には、こうした要素も、経済発展の大きなハードルになってしまうのではないかと懸念しております。
米ロ関係の対立が深刻になることに対して、大枠ではあまり想像できませんが、各論を見ていくと、まだまだ安穏としてはいられない状況もあるのではないかと思います。イランへの軍事技術供与も莫大な金額規模にのぼっていることは事実ですし、WTOへの加盟についても、ヨーロッパやアジア諸国とは合意に達しているなか、アメリカの意向・アクションが障害になっている部分も大きいのではないでしょうか。ウクライナとの加盟競争モードに突入していた時期はすでに過ぎたとしても、ロシア側にも相当なストレスが蓄積していることは想像に難くありません。
秩序・統制の時代を経て、次期政権担当者がどういった経済政策をとるのか、そしてロシアの経済モデルが変革を遂げるのか、興味は尽きません。


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