天津での印象3:天津という町
(1)天津は中国三大都市のひとつなのだが、上海より6~7年は後れている――と中国人は言う。たとえばホテルも三ツ星級になると、フロントもウェイトレスもめっきり「地」でやっている。つまりスマイルがない、外国語もできない、サービスも(悪意はなくても)つっけんどんになる。
(2)そして天津には、いくつもの時間、空間が同居していて、それが数10メートル毎に様相を変えていくために、そのたびに「ああ、これはモスクワ並み」、「ああ、これはタシケントに似ている」と位置付けていく、頭の中の作業で疲れ果ててしまう。
(「ラスト・エンペラー」皇帝溥儀が満州国皇帝になる前数年間暮らした邸宅)
(3)そしてうるさい。音も景色も。ホテルでは披露宴が終わるたびに爆竹が激しく鳴らされる。1秒間に10くらいの爆竹が連続して発火し、それが3秒くらい続くのだ。こんなのは別に伝統でもなかろうに。
景色もやり過ぎ。おそらくいろいろな業者がいろいろなものを市に売りつけるので、道路や建物がごてごてしてくる。
(4)タクシーに乗っていたら、「河東図書館」という標識を見つけて嬉しくなった。だが何のことはない。街の東側には「河東区」があって、そこの図書館のことなのだ。だが、わざわざ行って写真を撮ったらタクシーの運転手に笑われた。
(河東図書館)
(5)そのタクシーの先には、天津の新しい開発区があった。これがまた仰天もので、かの有名な上海の広大な開発地区・哺東と比べ物にならないほどの面積に広がっている。新宿から立川くらいまでの距離を電車が走り、その沿線が見渡すかぎりすべて開発区なのだと思ったらいい。ここではもうトヨタの工場などができており、外国人幹部家族用の瀟洒なマンションや学校ができている。だが、こんなところに住んだら退屈でやっていけまい。
(開発区)
(6)退屈と言えば、中国のテレビもつまらない。地方のも含めて70チャンネルくらいホテルのテレビに入るのだが、どれも似たようなドラマ、映画、そして歌舞音曲。たまにニュースや座談だ。ほとんどのものは4~5年前までのNHKのようにどこか偽善的に明るく空美しいもので、陰影というものがないから息が詰まる。何か、目に見えない規制を感じた。
(毛沢東についての替え歌)
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