世界で同時進行する戦争、そして選挙の数々
(これは先日発刊したメルマガ「文明の万華鏡」第150号の冒頭部分です)
2024年10月、今の情勢でいちばん面白いのは、米国大統領選があと2 週間に迫る中で、ウクライナ、中東、台湾周辺、そして朝鮮半島で戦争、紛争、あるいは武力衝突含みの情勢が同時進行していることです。いずれも、展開次第で米大統領選の潮流を変えてしまうマグニチュードを持っています。
(米大統領選)
米国大統領選については、ハリス、トランプとも叩き合って材料も種切れの感じ。ただハリスへの支持率が漸減して、今や両者互角になってしまったのは不気味です。一部の報道では、ジェンダーの要素が表面化しているとか。つまり男は、女性大統領を嫌うということです。元々米国白人は自分達と違うものを拒否する傾向がありますので(それはどの人種でも同じですが)、本音のぎりぎりのところでハリスがどう受け止められるか、関心のあったところです。ハリスがいくら少数派を寄せ集めても、それは票の半分程度しかなく、しかもそのうちの男性の一部分はトランプに流れるということですと、ハリスの当選は厳しくなるでしょう。
今や大統領選は相手の票田に切り込んでかすめ取る段階。共和党の有力議員たちがハリス候補支持を打ち出した一方では、トランプが民主党の地盤である労働組合に切り込んで、最大労組の全米トラック運転手組合の幹部の支持を確保したりと、仁義なき戦いが繰り広げられています。ジェンダー、男女の戦いということだと、LGBTがキャスティング・ヴォートを握ったりするかも。
(ウクライナ戦争、また冬の膠着)
世界の戦争たち、紛争たちはいずれも、少し小康ぎみ。ウクライナではロシア軍が東ウクライナの交通三叉路Pokrovskをいつ占拠できるか、そしてドネツ州全域を占領する勢いを示せるかが焦点でしたが、「あと1週間で陥ちる」と8月から言われていたのが、未だに陥ちません。
どうもこの町は平原に囲まれていて、林のような遮蔽物がないために、進軍しにくいと言われます。そして時は既に初冬。道路わきは泥濘化し、塹壕は氷が張るとスケート・リンクのようになるのだそうで、春まで決戦はお預けでしょう。「停戦」の好機ではあります。次期米大統領が決まった直後に、停戦への動きが始まるかもしれません。
なおPokrovskですが、報道を見ていたら、ここはウクライナの原料炭生産の中心地だそうで。戦争でウクライナの製鉄は戦前の半分以下に減少しましたが、これでもGDPの6%と輸出の12%程度をカウントしている。溶鉱炉での製鉄に不可欠な「原料炭」の生産でPokrovskは重要なのです。
ウクライナの製鉄は戦前、寡占資本家のアフメートフのMetinvest社に席巻されていました。昨年5月、大変な包囲戦の上にロシアが制圧したマリウーポリの大製鉄所も彼の資産でした。この頃はあまり彼の名前も聞かないし、さぞかし落ちぶれていることだろうと思っていましたら、上記のとおり、ウクライナの製鉄はまだ半分健在のようだし、Metinvest社は何と米国に炭坑を所有しているそうで。そして米国は原料炭輸出の大手で、今年上半期の輸出は13%増加しています(10月11日付Foreign Policy)。つまりアフメートフはまだ健在。金のある人ほど黙っている、というのは本当なのでしょう。
(イスラエル・ハマス・ヒズボラ・イラン)
中東では10月1日、イランがイスラエルに大量のミサイルを発射して、珍しくそのうちかなりがイスラエルの誇る防衛網を突破。軍事施設を中心にかなりの損害を与えたとされます。すると米軍はイスラエルに、既存のパトリオットなどより高空で敵ミサイルを迎撃・破壊するTHAAD(Terminal High Altitude Area Defense missile高高度防衛ミサイル)ミサイル・システムを配備。これでイランからのミサイル攻撃を封ずるとともに、イスラエルに対しても1日の攻撃への報復攻撃をしないよう、無言・有言の圧力を強めました。大統領選挙中にイラン・イスラエル戦争が本格化すると、ハリスが難しい立場に置かれるからでしょう。イスラエルを支持しなければ、米国での票田・資金源であるユダヤ系の支持を失い、イスラエルを支持すれば米国の激戦州での勝敗を左右しかねないアラブ・イスラム系の支持を失う。民主党にとっては、イスラエル・イラン関係はしばらく塩漬けにしておきたいところでしょう。
その中で、17日には、ハマスのトップ、シンワル政治局長がイスラエル軍によって殺されました(イスラエルは当初、政治局長を殺したとは認識していなかったもよう)。主戦派だったシンワルの退場で、ハマスとの停戦をはかる好機だとする向きもありますが、後任が誰になるかで、そのあたりは変わってくるでしょう。
なお、THAADは以前、文在寅・政権時代の韓国に米軍が無断で持ち込み、大変な騒ぎを巻き起こして撤退したことのある代物。米軍は日本にも配備したいだろうし、日本国内でもそれを求める声はあるでしょう。しかし「それはいいけど、俺たちの地元には置かないでくれよな」というのが日本の大多数の声でしょうから、THAADの予防配備は簡単にはできない。しかし公開の場で議論して手を縛ってしまうより、危機が到来すれば米軍はほぼ瞬時(2~3日で)にTHAADを本土から移送して運用ができる、ということを、今回のイスラエルの例は示しました。
(台湾)
そして台湾ですが、頼清徳・新総統が少しはしゃぎすぎで、中国が嫌がる「台湾独立」とほぼ同義の言葉を連発したものですから、14日には中国軍が台湾を封鎖する演習を引き出してしまいました。ただこの演習、2022年8月ペロシ米下院議長が台湾を訪問したのに対して同様の演習を3日間続けたのと違って、僅か13時間で終了してしまいました。台湾海峡は中国にとっても、西側にとっても重要な海路です。ここで大規模演習をすると、中国の企業も困るのでしょう。
そして、習近平はどうも、軍に対する抑えが万全ではないようで、昨年は国防部長が長期にわたって空位になったり、今年は汚職関係での摘発が相次いだり、これでは台湾制圧どころではない、と思わせるものがあります。
一方、台湾の民進党政府も、軍に対する抑えはそれほど効いていないはず。もともと台湾の軍は本土から来た国民党軍だったのですし、今でも本土への帰属意識の強い将校は多いと言われます。
こういう状況では、中国、台湾双方とも問題をあまり荒立てないのが一番なのです。
(朝鮮半島)
北朝鮮は10月中旬、韓国との境界上の鉄道、道路等を爆破しましたが、これは一種のポーズで、またいつでも接続すればいいのです。一方、北朝鮮が1万以上もの兵をロシアに「供出」するという報道には、痛々しいものがあります。おそらくロシアからの長距離ミサイルの技術の供与、食糧・薬品援助に対して数百万発とされる砲弾、短距離ミサイルを差し出したのに、その上1万人以上もの兵をなぜ出さねばならないのか。ロシア人はバイカル湖周辺に住む、日本人そっくりのブリヤート人や、モンゴル人をカネで釣ってウクライナ戦争に投入しています。この、上から目線の態度を北朝鮮兵士に対しても取るのでしょう。
私はこれよりも、韓国政府が「日本自衛隊の韓国への派遣を条件付きで認める」姿勢を示した(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM142M00U4A011C2000000/?msockid=09d6263554dc68020213347e55ee6937)ことに驚きました。「日本自衛隊が、韓国を守る米軍の指揮下で、在韓米軍基地に展開するならば、これを認める。これは韓国政府の一存で許可することができる」という方向が打ち出されたことに、感銘を受けています。韓国内の良識派の人達が頑張っているのでしょう。
(日本は危機に備えつつ、危機を鎮める方向で存在感を)
以上が、世界同時戦の状況。日本の論者は危機を指摘して、平和主義に入り浸った日本世論を変えようとしてきました(私もその一人)。同時に日本の自主防衛力を強化して、対米依存度を減らそう、という抱負もあります。石破総理の言うアジア版NATOや日米地位協定の改定も、それと軌を一にした議論です。安全保障の専門家としての石破氏として、当然の議論でしょう。
日本の世論は安倍政権以来、劇的に変わってきました。北朝鮮から頻繁に飛来するミサイル、尖閣を脅かす中国、他の国家を武装攻撃して涼しい顔をしているロシア、そして日本は米軍にただ乗りだからもっとカネを出せと迫るトランプ大統領――こういうのを見て、自主防衛力の増強についてはこれを認める気になっているのでしょう。安倍政権時代、自衛隊を投入する要件を緩めた安保関連法が通りましたし、岸田政権時代、国防費を3年で60%増加することも、さしたる反対もなしに、あっさりと閣議決定されてしまいました。
つまり、「危機だから防衛力を増強しろ」という議論はもう古い。危機をあまり煽ったが故に、今度は自衛隊志願者が激減し、「兵器は増えても扱う兵士がいない」という状況になってきました。
政治的にも、アジア版NATOや日米地位協定の改訂は、喫緊の課題ではない。日本の世論は何か別のことを求めています。それは安倍時代と同じ景気、そして雇用でしょう。安倍政権が「成長の3つの矢」と言っておきながら、手を付けられなかった成長政策、個々の企業レベルから活性化するための政策、これを是非やってほしいと思います。時間はありません、来年夏の参院選までにこの面で実績を出しておかないと、自公連立は参院での多数議席を失って「ねじれ国会」となり、政権は短命化するでしょう。
世界はまだ戦乱の巷になると決まったわけではなく、平和の方向に揺り戻すことも十分可能です。石破総理は、アジア版NATOのような実現性、そして実効性の薄いアイデアに精力を費やすより――そういうことは今回、石破総理がやったように、当面自民党内での議論に投げておけばいい――、後で言う、迫りくる世界的なスタグフレーションにどう対処し、円安を是正し、地に落ちた日本の世界での立場を引き上げるかをやってもらいたいと思います。
そして外交では、今般「日本原水爆被害者団体協議会(被団協)」がノーベル平和賞を受けたことを奇貨に、平和勢力、調停者としての日本を打ち出していくべきだと思います。欧州では戦後、ソ連の東欧制圧、ベルリン危機等の後1973年、全欧安全保障協力会議(CSCE)が開かれ、ヘルシンキ宣言を採択。当時の国家間境界線の固定を宣言(話し合いによる変更はOK)、軍縮など東西両陣営間の相互信頼向上のための諸措置に合意することで、以後の情勢安定化に貢献しています。同じ方向に日本が旗を振ってはどうでしょうか?
そしてもちろん、ずたずたにされたWTOの回復、あるいはTPPの拡大も日本の仕事でしょう。それぞれの大課題については口で言っているだけではなく、担当の議員、あるいは外交官を指名して、少なくとも数年にわたって地域を飛び回り、関係諸国を説得し、人脈も築いていくことをしてもらいたいと思います。そういうことで、日本は「見える」ようになるでしょう。
(日本の総選挙)
27日には総選挙。奇しくも同じ日にウズベキスタンでも総選挙・統一地方選があるのだそうで。昨日ウズベク大使から準備状況の説明がありましたが、聞いていて「やがて悲しき」というところ。民主化とか政治家のディベートの質とか、日本はウズベキスタンに抜かれるか、あるいは柔道のようにもう抜かれたか、の段階にあるようで。
そこで総選挙の予想ですが、政治資金の問題が響くのは、浮動層の多い都市部の選挙区でしょう。一方、地方の選挙区の多くは利権・集票構造が確固として存在するでしょうから、ここでは、これまでウラガネを使ってでも地元との関係を構築してきた「ウラガネ議員」の方が強いのではないでしょうか。野党の候補者は、地元の利権構造を敵に回すと、それでもう終わりでしょう。
と言っても、全国で289もある小選挙区を都市部か農村部かに択一的に分類することはできません。どの小選挙区にも都市部、農村部はあるし、都市部だからと言って、特定の利権に牛耳られていない保証はないわけです。
個々の小選挙区での情勢を積み上げればプロ的な予想ができるのでしょうが、それは筆者には無理です。そこでマクロ的な大雑把な予想ですませます。
前回2021年の総選挙では、自民党は261議席、公明党は32議席獲得しています。衆議院での過半数には233議席、自民党だけで203議席は必要です。つまり自民党は前回より議席を28%強失っても、過半数を維持できる可能性が強いのです。
その後の石破政権は、来年夏の参院選まではもつでしょう。野党は予算審議を止めるほどの議席は持ちませんし、自民党内では旧安倍派等、石破総理に敵対する勢力は選挙後の人事で押し込められてしまうでしょう。石破総理には自分のチームがいませんが、それは昔のように官僚やマスコミや議会を競わせて、自分の思う方向に誘導していけばいいのです。
石破氏は言われているような戦争オタクでも、逆に対米自立、反米でもありません。少々旧型モデルになってしまいましたが、皆で盛り立てていくのが日本の利益になると思います。
というわけで、「はじめに」が本チャンのようになってしまいましたが、今月の目次は次の通りです。
中国の脱落で世界に迫るスタグフレーション:そのトリセツ
中国で新たな階級闘争が勃発しつつある
ロシア経済はまだつぶれない
今月の随筆:名古屋・ジブリパーク旅行
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