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2024年9月28日

ウクライナ戦争に終わりはあるのか

(これはJSN社発行の「ボストーク通信」に寄稿した原稿です)

 ウクライナ戦争。人々の苦しみが続く中で、国という利権構造を仕切る両国の政治家達は、何がどうなったら戦いを止めるのか? 現状をまとめてみる。

もうじき冬

ロシアやウクライナでは、冬季は戦争が低調になると言われる。春秋の雨季で地面がぬかるみ、その後は凍り、雪がつもる。戦車、補給用のトラックは動きにくく、塹壕の中はスケート・リンクのようになる。その冬が、もう間近に迫っている。
その中で、ウクライナのドネツィク州、ロシアのクールスク州、ウクライナのクリミア半島の主要三戦線の状況を見てみよう。

ドネツィク州

 ドネツィク州の全面制圧は、目下プーチンの最大目標。「ロシア語をしゃべる住民を迫害から守る」というのが、彼の戦争の大義名分の一つなので、ロシア語地帯である(ロシア語をしゃべっても、国としてのロシア嫌う住民は多数いる)ドネツィク州の制圧は至上命令となる。これをせずに停戦でもしようものなら、プーチンは引責辞任ものだ。既にロシアは、ドネツィク州をロシアに併合すると一方的に宣言している。そしてドネツィク州は工業、特に軍需工業の中心地なので、ここを併合すると実利もある。
 ところがロシア軍の進撃は思うに任せない。開戦以来、3000両に近い戦車を破壊されたため(米欧諸国がウクライナ軍に供与した、小型「携帯」対戦車ミサイルに屠られたのである)、破竹の進撃ができない。そして兵士が足りない。2022年9月には、プーチンが「部分的」動員令をかけたところ、40万人近くもの青年・成年が国外に逃げてしまった。今はかなり戻ってきているが、もう動員令はかけられない。今は一時金の支払いなど、カネで釣って新兵を確保している。
 ロシア軍が現在必死に取ろうとしているように見えるのが、州都ドネツクの西40キロほどの小村ポクロフスク。ここは東西南北の道路の結節点なのだ。ここを陥すと、その西には平原が広がり、ロシア軍は一瀉千里の進軍ができる、と言われる。ウクライナを東西に分けるドニエプル川にまで至って、ウクライナの東半分(その中には首都キーウも入る)を制圧できる、というわけ。
 しかし大平原での進軍は、現代では敵のドローン、砲火に全身をさらすこと。だからロシア軍もドニエプル川にまでは至らず、ドネツィク州全域制圧で兵を止める可能性が強い。ただ、ポクロフスクも「あと数週間で陥ちる」と8月上旬から言われているのに、ロシア軍の進撃は止まっているようだ。

ロシアのクールスク州

 クールスク州は、ウクライナの北東部の向こう側。8月6日、これまでロシア領攻撃を控えてきた(ゲリラ的に侵入した例はあるが)ウクライナ軍が、クールスク州に攻め込み、ロシアの国境警備兵を捕虜にした上で、約千平方キロの土地(クールスク州全体は約3万平方キロ)を占拠して今に至る。ロシアは虚を突かれた形。国境警備隊、国内軍(「国家親衛隊」)、公安警察特殊部隊、その他幾種類もの兵力がモスクワからばらばらの指令を受けて右往左往する。正規軍はドネツィク州に張り付いてほとんど動かない。
 クールスクへの進入でウクライナ、そして西側は一時「やった、やった」の声で満ちたが、今は様子がおかしいことに気が付いているのでないか? と言うのは、「クールスク州占領」と華々しく言っても、ロシアでは末尾に近い広さしか持たないクールスク州でも、なんと日本の関東地方全体の面積にほぼ等しいのだ。ここに5000人をわずかに超える兵力が入ったところで、何ができようか。ロシア側に国境を閉じられたら、ウクライナ軍は一網打尽の目に会うだろう。ウクライナは、停戦交渉でクールスク州とドネツィク州の占領地域の交換をしようと皮算用していたかもしれないが、クールスク州の寒村地帯の千平方キロに、それだけの重さはあるまい。

クリミア方面

 クリミア半島の「併合」は、プーチンが目下、自分の最大の業績と思っているものだろう。18世紀から2度にわたる戦争で、ロシア帝国がオスマン帝国から奪取したものだし、ロシア黒海艦隊のほぼ唯一の港であるセヴァストーポリを擁してもいるからだ。
 ところがこのクリミア半島こそ、今ロシアの支配が最も危うくなっているところだろう。クリミア半島への物資補給が難しくなっている。まず水だが、クリミア半島は少雨で、地下水の質が悪い。しかしウクライナ本土から流れている生命線のカホフカ運河は、水源のカホフカ貯水池のダムが爆破されて干上がり(その様子はGoogle earthで見ることができる)、水が来ない。その他の物資は海路、あるいは2カ所の地峡、1カ所の鉄橋(クリミア橋)で運び込まれるが、ロシアから前者に至る鉄道はロシア軍が占拠するヘルソン州を通っているものの、ウクライナ本土からのミサイル、ドローン、長距離砲による攻撃にさらされるようになっている。ウクライナ軍はドネツィク州での戦闘に戦力を張り付けている上、この地域にロシア軍が張り巡らした二重・三重の堡塁線に阻まれているが、クリミア半島は潜在的には非常に脆弱な状況にある。

ロシアの兵器生産のボトルネック

 ロシアは戦車を3000両も破壊されて以降、赤の広場でのパレードに使う戦車にも事欠いている。5月9日の戦勝記念日でパレードしたのは、第二次大戦の老兵(戦車)T-34、それもただ一台だけだった。だからロシアは今、大砲に頼っているが、砲弾が不足して、北朝鮮からの供給をあおぐ始末。そして摩耗していく大砲の取り換えが追い付かない。増産するためには、工場増設が必要なのだが、そこに据えるべき金属精密工作機械は西側が禁輸しているし、砲身の製造に必要な特殊鋼も、国内生産では足りない。戦車を増産しようにも、ソ連崩壊の際、ボール・ベアリングの国内生産が壊滅的打撃を受けている。
 先端半導体も西側の禁輸を食らっているので、兵器用のものは中国製で間に合わせているが、GPS用の人工衛星の製造には困っている。ウクライナ戦争の前線で、ロシア兵は米国SpaceX社の衛星システムStar-Linkをもぐりで使っている有様だ。

揺らぐ西側のウクライナ支援

 ウクライナはロシア以上の窮状にある。新兵の募集は絶望的な状況で、今のウクライナ軍は開戦以来除隊したことのない古参兵でもっていると言われる。
 財政は火の車よりもっと悪い状態で、西側支援で膨大な財政赤字(2023年で約400億ドル相当)の大半を埋め合わせている(3月31日 Fondsk.ru)。8月には債務返済資金がなくなるデフォルト状態に事実上陥り、200億ドルの債務リスケで西側金融機関と合意している。
 米国のバイデン政権は共和党の抵抗を克服してウクライナ支援を継続してきたが、これからどうなるかは、米国大統領選が終わらないとわからない。その間はEUがつないでいてくれることになっていたが、これが危なくなってきた。ドイツが多党化でガバナンスをめっきり失い、野党はもちろん、連立政権の中にさえ、ウクライナへの潤沢な支援に反対する向きが増えている。来年度の予算案では、対ウクライナ支援の額が、政府の言っていたものの半分に減額されている。ウクライナ戦争と対ロ制裁がきっかけで、エネルギー価格が急騰してドイツ産業の競争力を直撃。ドイツ経済、いや、それどころか、ドイツ政府からの拠出金に大きく依存するEUそのものの屋台が揺らぎ始めている。

ロシアは核兵器を使用するか

 西側では、ロシアが核兵器を使用するかどうかを気にしている。ロシアは、「存続が脅かされることになれば核兵器を使う」と言っている。しかし、どこで、何に対して使うのか? いきなり、首都キーウを核兵器で壊滅させることはしないだろう。ウクライナ領内で使うにしても、戦術的にはあまり効果のないことだ。ロシア系住民も巻き込んでしまうし。
 核兵器使用云々は、「ロシアは真剣だ。これ以上しかけてきたら・・・」という、西側への脅しなのだ。脅しなら、黒海や北海の離れ小島で核兵器を炸裂させることで十分で、それは示威行為以上の意味を持たない。
 今、問題になっているのは、「ウクライナが西側から得た長距離兵器で、ロシア領内奥深くまで攻撃するのを認めるかどうか」ということ。プーチンは「それは西側要員でないと使えない兵器だ。だからそういう兵器でロシア領内が攻撃されることがあるならば、ロシアは西側と戦争状態に入ったとみなし、しかるべき対抗措置を取るだろう」と言っている。
 プーチンが「しかるべき対抗措置を取る」と言ったことは何回もある。それは最大限で、数日間続くミサイル攻撃であった。それでも9月13日に会談したバイデン米大統領とスターマー英国首相は、長距離兵器でロシア領内を攻撃するのをウクライナに許可するかどうかで、結論を出さなかったようだ。米国大統領選が終わるまで、面倒なことになるのは避けようと言うことだろう。それにウクライナは、西側の兵器のペンキを塗り替えて、ウクライナ製だと言い張って、使用するかもしれない。

停戦はあっても、「熱い」停戦だろう

 日本人は「戦争は悪いことだ」と思っているから、戦争が起きると、それは止まらなければならないと思っている。しかし戦争をやっている者同士はメンツがかかっているから、どちらかが息が切れるまで戦争を続けがちだ。いい例は1950年に始まった朝鮮戦争なのだが、これは一方で北朝鮮・中国・ソ連、一方で韓国・米国等が押しつ押されつしながら戦闘を続け、やっと1953年3月、スターリンが急死したことを契機に「休戦」に至っている。
 しかし北朝鮮と韓国の間では衝突が今に至るも繰り返されている。ウクライナが西側からの圧力で停戦に応じても、ロシアが奪った領土を取り返すべく、軍事的、ハイブリッドな作戦を繰り返すだろう。
停戦があってもなくても、ウクライナとロシアの国境地帯は政治的な活断層。日本の原発ではないが、活断層があることを織り込んで、その上に国際政治・経済関係を築いていく・・・そういう奇妙なことになるのかもしれない。2014年ロシアのクリミア占領以来、欧州は実はそういう状況にあったのだ


 

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