自前の核に近づくドイツ どうする日本
あまり報道されないが、ドイツが核抑止力を持つべく、じりじりと動き始めた。ドイツ独行ではなく、米国の欧州離れに備えて、フランス、イタリア、ポーランド、そして英国とも協力しての話しだ。
7月9~11日、ワシントンでNATO首脳会議が開かれたが、その際、ドイツ、フランス、ポーランド、イタリアの国防相が集まって、射程500キロ以上の中長距離巡航ミサイルを共同開発するという合意文書に署名した 。そして7月24日、NATO諸国を歴訪した英国の新任国防相ヒーリーがベルリンで、英国もこの共同開発に前向きな姿勢を宣言したのである。
射程500キロ。ドイツからモスクワに到達可能だが、核弾頭ではない。英国筋は、「このミサイルで、ロシアの欧州向け核ミサイルを発射前にたたくのだ」と言っているが、これは表向きの説明だろう。ロシアのミサイル発射は事前に察知できないので、そんなことはできるはずがない。多分このミサイルには近い将来核弾頭を搭載し(ドイツは日本と同じく核拡散防止条約に加盟しているし、世論の大半は核武装に反対だが)、それでロシアの核ミサイルを抑止することを考えているのでなかろうか。
この欧州製ミサイルは開発に時間がかかるので、それまでは米国が手持ちのSM-6ミサイル、トマホーク巡航ミサイル(核弾頭つきとは明言していない)、あるいは開発中の極超音速長距離ミサイルを2026年からドイツにローテーション配備する。このこともまた、NATO首脳会議中に発表されている。
ロシアがカリーニングラード、ベラルーシに「短距離」(と言っても、ベルリンなどには届く)ミサイル「イスカンデール」を配備し、「ロシアの安全が危うくなれば、核兵器を用いることもあり得る」と明言している今、欧州にとって抑止体制の構築は焦眉の急なのだ。
筆者は1980年代初頭、西独に勤務していたが、当時西独はINF(米軍の中距離核ミサイル)配備の是非をめぐって、沸き立っていた。「ソ連が西欧を射程に収める中距離核ミサイルSS-20を配備した。米国は西独を結局は守ってくれないだろうから、西独が専用の抑止手段を持たないといけない。さもなければ、西独はソ連の核による脅しに屈することになる」というのが、保守派の議論。それは、本来は反米傾向の強い社会民主党の異端児ヘルムート・シュミット首相が強力に推進する立場でもあった。それを受けて、米国は欧州のために、中距離ミサイルPershingⅡを西独等に配備する。
「そんなことをしたら、対抗手段を取る」とか言って西欧を脅していたソ連も、PershingⅡの撤廃を求めて、米国と交渉を始める。その結果1987年12月、両国は双方の中距離核ミサイルを(但し陸上配備のものに限る)廃棄することで合意した。当時のメジャーな軍縮合意の一つである。
ソ連崩壊後のロシア・NATO間接近の動きが続いていれば、欧州は今でも平穏だったことだろう。しかしプーチン・ロシアは、NATOが旧ソ連のバルト三国にまで拡張したことを深い恨みに思うようになったし、米国はロシアが中距離巡航ミサイルを開発し(条約違反の陸上配備のもの)、中国が中距離核ミサイルを大量に配備し始める中、INF条約をいつまでも守っているわけにもいかなくなった。
で、「ロシア寄り」とされたトランプ大統領ではあったが、2019年INF撤廃条約を破棄、ロシアも条約の義務履行を停止した。そしてロシアはウクライナ戦争を始めると、西側が介入したとして前記のとおり、カリーニングラード、そしてベラルーシに短距離核ミサイル「イスカンデール」を配備するに至る。短距離とは言っても、ベルリン、ワルシャワ等には到達する。これに対してドイツ等が独自の核抑止力保有に向けて動き出した、というのが今回の構図。
状況は、ソ連がSS-20を配備した1980年代後半に酷似してきた。今回は、米国が内向き姿勢を強めていて、抑止の手段も米国のミサイルから欧州独自開発のミサイルになる点が大きな違いだ。
ロシアは、目下プロパガンダ全開で、「ドイツへの米国中距離ミサイル配備」をつぶそうとしている。プーチンは、「米国がこれらミサイルをドイツに配備するなら、ロシアも同種のミサイルを配備して欧州を狙う」という趣旨を発言している。もう既に「イスカンデール」を配備しているのだが。
極東でもロシアは、米国が日本に中距離ミサイル配備を策しているとして(日本がトマホーク巡航ミサイルを大量に買い付けようとしていることなどを、もっぱら米国の指図によるものと曲解)、日本に脅迫めいた言辞を弄するようになっている。日本では殆ど報道されないから、脅しにならないのだが。
米欧離間へ?
常日頃、「欧州に主権はない。米国の言いなりだから」と減らず口をたたいてきたロシアは、その減らず口を自分でも信じ込んでまだ気が付いていないようだが、米国の内向き傾向は欧州諸国のマインドを自主防衛の方向に押している。ドイツを中心に自前のミサイルを開発・配備すれば、欧州は米国からは自立した政策を展開できる。それは、ロシアにとっては吉になるだろう。
西独でINF論争が華やかなりし頃、日本語では「悪魔の選択」というタイトルの小説が出版された。西独が独自の核ミサイルを密かに開発、それによってNATOからも離れてソ連と独自に手を打つ、という筋書きのものである。西独を失った米国は欧州での足場を失い、欧州を失った米国は超大国の地位から転落する。
当時、ボンに勤務していた筆者は、西独でのINF論議が世界の大国間バランスにもろに響く問題であることを認識し、西独、ドイツ問題は欧州政治の「へそ」なんだ、ということを深く胸に刻み込んだ。
しかし、今回はそうはならない。欧州が独自の中距離ミサイルを開発したとしても、米欧が政治的にまったく離間することはあり得ない。双方とも、相手との関係から大きな利益を得ているからだ。
意味を増す、日本・欧州の防衛協力
航空機のエアバス、あるいは宇宙への打ち上げロケット「アリアン」のように、欧州は米国と同等の力を持つ存在。しかも自由と民主主義の本来の故郷でもある。
安倍政権の時代から、日本はNATOとの協力を強化している。当初は多分にお印だけのもので、欧州諸国を中国に傾けないことが主な目的だったが、この頃の欧州は中国産品が自国の産業を脅かすばかりか、ウクライナ戦争でも中国が隠れてロシアを助けていることを警戒。英国だけでなく、ドイツ、フランスに至るまで軍艦や軍用機を頻繁に、遠い日本に派遣するようになっている。朝鮮戦争の時の「国連軍地位協定」(現在も有効)で、これらの諸国は日本の基地などを利用する権利を持っているのである。
日本は対中関係を念頭にNATOとの関係を強化したが、NATOの欧州諸国は「日本を使ってロシアを東から牽制する」ことを考えるようになるだろう。2024年春から夏にかけ、NATOの欧州諸国の空軍機は千歳、百里等、北日本の基地をベースに自衛隊と共同演習を展開し、ロシアは日本の外務省にクレームを発した 。ロシアは最近マスコミでも、「極東ロシア海軍を増強する」等、日本に脅しの言葉を連発するようになっている。ロシア・中国の海軍艦船が連れ立って日本周辺の航行を繰り返すのも、日本、米国に対する警告のつもりだろう。
が、そのあたり、日本はロシアの力を冷静に見定めるべきなのだ。大体、ロシアは極東に配備できる兵力が限られている。ロシアの太平洋艦隊で巡洋艦クラスのものは数隻しかなく、海上自衛隊には及ぶべくもない。かと言って、大軍を配備すれば、今度は中国がロシアを警戒する。
それにロシアは、簡単には軍を増強できない。兵隊の成り手がいないし、ロシアの軍艦のタービン・エンジンは数年前までウクライナでほぼ独占生産されていた。現在でも造船所の能力はとても大増産には追い付かない。電子機器に必要な先端半導体は生産できず、兵器を製造するための精密工作機械も保有していない。回転するものには必須のボール・ベアリングも、中国に供給を依存している。プーチン大統領が言う通り、「(経済・技術では)ロシアは主権を持っていない」のだ。
誘発される日本核武装論議
トランプであろうが、カマーラ・ハリスであろうが、米国の内向き傾向はこれからますます強くなるだろう。ドイツ、欧州は上記のように、既に独自の(核弾頭搭載可能の)ミサイル開発に踏み切った。韓国も、核武装を米国に認めてもらおうとして、働きかけを強めている。
こうした機運は、日本にも及んでくるだろう。と言うか、岸田総理が昨年2月、衆院予算委員会であっさりと表明した、巡航ミサイル・トマホーク数百発(イージス艦に搭載することになっている)等を米国から購入することで、既定事実となっている。あとは、トマホークに核弾頭を搭載すれば、日本はかなりの核抑止力を手に入れる。
野党は、こうした動きに気が付いていないのか。自民党の裏金問題の方がポイントになると思っているのか。あるいは、日本の核武装を実は望んでいるのか。国会は何のためにあるのだろう。米国が内向きになって、自分でもっと安全保障を考えなければならない今、このような体制で日本が世界をうまく渡っていけるとは思わない。また戦前の夜郎自大の誤りを繰り返すだろう。
(これは7月に講談社の「現代ビジネス」に投稿したものの原稿です)
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