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世界はこう変わる

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2024年8月 9日

米国製造業の復活を妨げているのは、米国自身のシステム失陥

 米国の大統領選では、「製造業の復活」が大きなテーマになっている。海外に流出した製造業を呼び戻し、米国の労働者に再び職を与えて、自党に投票してもらおう、という目論見があるからだ。

しかし米国の製造業が海外に流出したのは、日・西独・中韓の企業がダンピング輸出をしかけてきたからではない。米国の経営者、労組幹部の私利追求が米国製造業の首を絞めたのだ。これを是正しない限り、いくら政府が補助金をつぎ込んだところで、競争力は回復できない。

(戦後の繁栄)
米国の製造業は第2次世界大戦の前後を中心に、世界を制していた。もともと19世紀末に電気の実用化で工場でのコンベア生産を実現。国内の膨大な市場も利用して、生産性を飛躍的に高めたあたりが華だった。第2次大戦で、米国政府は国債の大量発行でGDPを2倍強に引き上げた。戦後は民需用製品の生産が解禁されて、自動車、家電、住宅の需要を中心に、米国経済は戦争経済から民需経済への転換を成し遂げた。

(日本・西独企業の台頭)
 しかし皮肉なことに戦敗国の西独、日本が米国からの資金、技術も得て、製造業を大幅に拡充。米国市場に乗り込んで米国の製造業を圧迫し始める。日本は当初、国内の低賃金を利用して、価格競争で米国製品に勝った。日本企業は生産性も高めるべく、米国から経営専門家を招いたりして、生産性、そして製品の質の向上に努めていく。

筆者は1971年に米国に留学したが、当時は中西部の小さな町のスーパーでも、湯沸かしの類から箒まで、工業製品はほぼ全て、Made in Japanだった。テレビ、自動車など、目立つものでも、日本製品の進出はすごかった。当時の日本は、今の中国のように、米国企業の目の敵にされていて、彼等は労組も一緒に、議会で保護主義的措置を取ることをロビーイングしていたものだ。

(労組幹部のエゴイズム)
当時の米国では、労働組合が不断の賃上げと企業年金増額を求め、それを実現することで労組幹部は自分の地位、利権を守ろうとしていた。組合員から集めた資金を、コネで低利で貸し出し、謝礼をせしめるようなのが、労組幹部の利権である。

だから米国の企業は、リストラや賃金抑制で生産性を上げ、それで日本企業と競争する、ということはしなかった。彼らは、日本に負けた部門は外部に売却、あるいは閉業の挙に出る。彼らの技術、設備、そして資金はヨーロッパ、韓国、台湾等の企業に流れた。

(アウトソーシング)
1985年「プラザ合意」で1ドル230円台が1年で150円台になる円高が実現し、日本からの「集中豪雨的」輸出は収まる。その前後から、日本企業は米国からの批判に応えて、米国内での生産をするモデルに転換する。その10年後、中国が対外開放政策をとり、日本企業は中国で製品を組み立てると米欧に輸出するやり方も強化する。

2000年代米国は、それまでの在来型の製造業から脱皮して、パソコンや携帯電話の製造・販売で伸びるのだが、これは部品・素材の提供を別企業に依存するアウトソーシング、そして最終的な組み立ても海外で行う(これも台湾の鴻海等に依頼する場合が多かった)ビジネス・モデルをとった。つまり米国の新規「製造業」も、その付加価値の多くは海外に残された。これは、米国内で生産して労組の食い物にされるのを防ぐためでもあったし、日本や韓国のライバル企業との競争に勝つためでもあった。利潤追求のために、国内の雇用は犠牲にされたのである。

(株主の短期的利益追求)
そして、米国の製造業の首を絞めたのは、株主の短期的利益の追求である。米国の企業は、銀行からよりも株式市場で資金を調達する。株を購入した投資家たちは高い配当を求める。「長期的視野からの投資」は株主の反対を受けるようになり、企業はリストラをしてでも利潤を上げ、株価を上げて投資家を招き寄せようとするようになった。多くの企業が経営陣の給与にストック・オプションを導入していたので、株価つり上げは企業経営陣の利益にもかなった。彼らは一時的に株価を吊り上げて、自分も高給を得ると、別の企業に移ればよかったのである。

(割を食った労働者達がポピュリズムの温床に)
こうして株主、経営陣、労働組合の三者が自分の短視眼的やり方を続ける中で、多数の大企業が破綻していった。デジタル・カメラ普及を見越しての投資ができなかったコダックは、2012年倒産したし、ボーイングは短期的利益を追求してアウト・ソーシングを拡大したのはいいが、品質管理をおろそかにして事故を頻発するに至った。いずれの場合も、いちばん割を食うのは労働者であり、彼等は2016年の大統領選でトランプの勝利をもたらした勢力となる。

それまでの票田である製造業の労組をトランプに荒らされた民主党は、バイデン政権に至って、トランプ以上のばらまき、保護主義的施策に出る。それは、中国製品狙い撃ちの関税引き上げ、米国産EV、半導体への依怙贔屓補助金などで、かつて米国自身が主導したWTOの規則には当てはまらない。

(中国流産業政策の後追いは浪費を生むばかり)
1970年代、日米貿易摩擦が激しかった頃は、米国は日本の「産業政策」を糾弾、通産省が補助金等を駆使して日本企業の競争力を不当に高めているとなじったものだ。その頃、「産業政策」は社会主義の集権経済と同義、市場経済の天敵とされていた。そして安全保障を米国に大きく依存している日本は、貿易問題では米国への譲歩を重ねた。

今の中国は米国に安全保障を依存していないので、米国は中国に対してなりふり構わない対抗策を取るしかない。中国製品だけ狙い撃ちに関税を上げたり――かつて米国自ら音頭を取って作り上げたWTO体制を、自ら蔑ろにしているのである――、米国の電気自動車や半導体産業に多額の補助金を出して愧じるところがない。今年は大統領選であり、労組の票をトランプに渡すわけにはいかない、という事情もある。

米国は2010年頃、「製造業生産額で世界一」の地位を中国に譲っている。米国は数々の「産業政策」、保護主義的措置によって、かつての地位を取り戻せるだろうか? 中国の製造業が落ち目である今、それは可能かもしれない。

それでも、米国に戻ってくる製造業は少ないことだろう。まず、労働組合が手ぐすね引いて待っていることを、米国製造業の経営者たちは知っている。次に、アジア諸国でのように、忍耐心が強く、資質も高い労働力は、米国では足りない。米国に展開している外国製造業は、労組が弱く(いくつかの州は、労組が従業員を強制的に加入させることを法で禁じている)、州立大学で特別課程を作って労働力を養成してくれているような州(例えばアリゾナ州ではIntelが州立大学にそのような科を設けさせており、台湾のTSMCはその人材を狙って同州に工場を建設している)に投資を集中させる。

つまり、米国自前の製造業が競争力を失ったのは、労組のごり押し、投資家の高配当要求など、米国自身の問題によるところ大で、それを産業政策で取り戻そうとしても無理なのだ。民主党、共和党とも、納税者のカネで補助金をばらまいては、票を獲得しようとしているのである。

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