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世界はこう変わる

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2024年7月30日

ウクライナ はね上がりが生む世界大戦へのシナリオ

ウクライナ東部戦線は一言で言って膠着している。ウクライナは昨年6月の「夏季大攻勢」が失敗に終わり、今年はロシア軍が大攻勢をかける番だ、と言われていた。

しかし、ロシア軍の「夏季大攻勢」は起きていない。兵員も兵器も足りないようだ。ロシアは国防費を戦前の2倍以上つぎこんでいるのに、戦車が増えることもなければ、砲弾を北朝鮮から融通してもらう窮状も変わっていない。

ウクライナにはF-16戦闘機や、その他ロシア領内深くを攻撃できる西側兵器が次々に到着し始めている。今だ、とウクライナの主戦勢力、特に右派過激勢力は考えるだろう。彼らは、見境ないロシア攻撃を強め、それによって西側をウクライナ支援につなぎ留めておこう、と考える。それはまた、彼ら自身の国内での地位を保全する手立てともなる。

これは、ロシアによる核兵器使用、そしてそれへの西側の報復と、核兵器による世界大戦に至る宿命的な導火線か? 

ウクライナ右派過激勢力とは

 ウクライナ右派過激勢力はヌエのような存在で、その実体は中々見えなかったが、今は「アゾフ旅団」とその司令官代理ボグダン・クロテヴィチ(31歳)がスポークスマン役を務める。もともとは、第2次大戦から戦後にかけ、今のウクライナ西部でドイツ軍、次いでソ連軍と戦った独立派バンドゥーラの勢力が発祥のようだ。鎮圧後も、西側の諜報機関はその残存勢力と関係を維持していたという説もある。

 2013年11月、キーウでヤヌコーヴィチ政権への反対集会が始まると、ウクライナ西部を中心に青年不満分子が様々の右派グループの旗を掲げて参集した。その中にはカギ十字、つまりナチの旗を掲げる者達もいた。彼らはインテリ、親EU勢力に代わって、反ヤヌコーヴィチ運動の主導権を取り、2014年2月には大統領公邸を占拠してクーデターを実現する。

このため、プーチン大統領は今でも、ウクライナはネオ・ナチ勢力が牛耳っている、というプロパガンダを展開しているのだが、右派の全員がネオ・ナチだったわけではない。それに、14年5月の選挙でポロシェンコ大統領が登場してからは、右派勢力も政府に取り入れられていく。それまでの同勢力指導者達はこぼれ落ちて、今では社会の片隅に生きている。そして残った青年不満分子は、通称「アゾフ大隊(後に連隊から今の旅団に拡張)」という精強な部隊に仕立て上げられた。

これを仕切ったのは当時のアヴァーコフ内相で、彼は後にゼレンスキー大統領と対立、辞任に至っている。その後、彼は政治の表舞台に登場することはないが、何らかの利権を差配しているようで、アゾフ旅団を使って何をするかわからない。

 今のアゾフ旅団(以後「アゾフ」と総称)は2022年5月以降のマリウーポリ(ウクライナの第2の港で、「アゾフ」の本拠地でもある)攻防での主役となり、投降してロシアで捕虜となっていたが、22年9月には捕虜交換の結果、大量に釈放されて帰還している。

そして今、彼らは力を回復し、ウクライナ軍指導部への批判を強めている。ウクライナ軍総司令官はオレクサンドル・シルスキー。前任のヴァレリー・ザルージニー総司令官がゼレンスキーを凌ぐ人気を得るようになって更迭された(英国大使に任命され、やっと数日前、勤務を開始している )後に昇任した人物。

 彼はロシアで生まれた生粋のロシア人で(遺伝子的にはウクライナ人と変わらないが)、ソ連時代からウクライナでの軍務ばかりやっていたから、ウクライナ軍に残った人物。ザルージニーと違って、政治家におもね、兵士の犠牲を厭わない命令を出す人物として嫌われている。

7月3日、ロシアの「イズベスチヤ」紙は、「アゾフ」が軍を弱腰として批判、それもあってゼレンスキーとシルスキーの間に隙間風が吹いている、6月24日にはシルスキーの次長格、ユーリー・ソドル統合軍司令官がゼレンスキーに解任されているが、これはその煽りである、と報じた。これ以外に同種の報道を見たことはないのだが、ウクライナ軍、政府に対する右派過激勢力の発言力が強まっているのは確かだろう。

 右派過激勢力は見境がない。自分のことしか考えない。自分を守り、自分の敵を倒すために、世界全体を引き込もうとする。そのために世界がどうなっても構わない。つまり、ウクライナを助ける時には、そのリスクは我々自身がよく考えておく必要がある

大戦に到る道

 ゼレンスキー大統領の憲法上の任期は5月20日で切れている。「今、戦争で戒厳令まで出して戦っているところ。選挙どころではない」というのが、ゼレンスキーの言い分。確かに青年・成年は投票所に出ていくと、そこで動員されてしまうから投票しないだろうが。

 しかし右派過激、あるいは他の野党勢力はそこをついて、政権交代への圧力を強めている。ウクライナの公安当局は既に、クーデターの動きを数件摘発している。

 権力を奪うにせよ、しないにせよ、右派過激勢力の差し金で―ーウクライナ国内ではロシア国内でのテロ、あるいは要人暗殺を主導するロシア人グループも活動している――ウクライナ軍がロシアの都市インフラ、あるいは軍施設への攻撃を強めると何が起きるか。ウクライナ軍は既に5月26日、国境から1500キロ程離れているロシア、オレンブルクのレーダー基地を攻撃している。これは米国の核ミサイル(ICBM)飛来を探知するための大型レーダーで、これの破壊はロシアの安全保障の根幹に関わる。

 ウクライナ右派過激勢力は、このような動きに対するロシアの過剰な反撃を引き出し――核兵器の使用もあり得る――、それに対する米国、NATOの反撃を引き出して、トランプが手を引きたいと思っても引けないような状況を作り出しておこう。こう考える可能性がある。モスクワ中心部への攻撃、要人暗殺、軍需工場(ロシアの軍需工場は寡占で、例えば戦車はニジニ・タギルの工場がほぼ独占生産)、兵器・兵員集積場等への攻撃がこれから頻発し得る。

 西側が供与する兵器は、射程距離がどんどん伸びていて、F-16戦闘機から発射すれば更に伸ばせる。ロシアの工業はウラル山脈周辺が分布のほぼ限界だから、ウクライナはここを全て射程下に入れることになる。バイデン大統領はこれまで、ウクライナが米国の兵器を使ってロシア深部を叩くことは抑えてきたが、彼がレーム・ダック化するにつれ、ウクライナは無視するようになるだろう。

ロシアの報復手段は核兵器なのか

 ロシアは、こうしたウクライナの動きを牽制、あるいは報復で止めることができるだろうか? ロシアは、侵入してきたウクライナのミサイル、ドローンを撃破、あるいは電波を攪乱して迷走させることができるが、ロシアの対空ミサイル基地は随分破壊されたし、電波攪乱もいたちごっこで攪乱を攪乱する技術も日進月歩。ロシアが防ぎきれないことが起きるだろう。

 もう一つ、ロシアはNATO周縁部を攻めることで、NATOにウクライナ支援を止めさせようと考えるかもしれない。この場合のターゲットは、エストニアとの間の未確定の国境地帯、ポーランド内のロシアの飛び地カリーニングラードに至る海路・陸路の確保、ノルウェー、あるいはスウェーデンの海域、そして島嶼(ノルウェーに所属するが非武装で、ロシア人住民もいるスピッツベルゲン島等)が考えられる。しかしロシアに、この方面に向ける余剰の兵力、兵器はあるまい

 東ウクライナで攻勢を強め、占領地域を拡大することも考えられるが、そんなことができるくらいなら、ずっと以前にロシアは実行していたことだろう。兵器と兵力が足りないのである。

 となると、ロシアには、核兵器をどこかで使って見せて、「ロシアは本気で、核戦争さえ辞さない」ことを西側に示してビビらせることしか残らない。ウクライナ、ロシア両軍が対峙する前線に核兵器を投入すれば、ロシア軍も被害を受けるので、核兵器を使うとすれば、それはウクライナの西部、ポーランドなどNATO加盟国の軍事拠点、あるいは実際の被害はもたらさないいずれかの無人島などになる。日本では、核兵器は悪魔の兵器で、使ってはならないことになっているが、ロシアにしてみれば兵器の一種。その効果、使用が生む反発を比較計算して「使う」ものなのだ。

 そうは言っても、ロシアが核を使用する時、第一発は牽制効果に重点を置き、人命の被害がほぼない地点に投下されるだろう。ここで西側が核による報復、あるいはNATOとしてのロシア領侵攻などの挙に出ない場合、ロシアに打つ手はなくなる

その時プーチンがかねて「ロシアの無い世界は、ロシアに不要」(何か矛盾した言い方だが、ロシアを村八分にするなら、世界全体をこわしてやる、という意味)と言っているとおり、自暴自棄の核全面戦争に出てくれば、「最後の世界戦争」が起きるだろう

停戦への動きは

このように、世界は蛇に魅入られたカエルのように、立ちすくんだまま破滅に向かって進んでいる。ロシア、ウクライナの好戦勢力に退いてもらった上で、停戦をはからなければならない

トランプは、自分が当選すれば、大統領に就任する前にでもウクライナ戦争を止めて見せると豪語しているが、それは簡単にはいかないだろう。彼には、2016年の時よりはるかにまともな政策スタッフがついている。マスコミに時々リークされる彼らの収拾案には、「ウクライナがロシアとの停戦の話し合いに応ずれば、兵器供給を継続する。ロシアが停戦の話し合いに応じなければ、ウクライナへの兵器供給を強化する」というようなものがある(6月25日Reuters)。結局、話し合い、停戦はかっこうだけ。トランプ第1期、彼はアフガニスタンからの米軍撤退を何度も提唱したが、軍は実行しなかった前例が想起される。

ロシアが停戦に向けて動く可能性はどうか。ロシアの内相コロコリツェフは6月26日、ニューヨークに飛び、国連の内務相・警察長官会議に参加した。彼は米国の制裁対象となっていて、本来なら訪米できないのだが、これは特例で入国できたのである。それだけなら大したことはないのだが、7月3日のDaily Mailは、コロコリツェフはロシア政府特別機でワシントンに向かい、そこでウクライナ和平案を米政府に手渡したと報じている。これはクリミアはロシアとウクライナが共同統治する、ザポロジエとヘルソン両州をウクライナに引き渡すことを話し合う、ウクライナ軍はドネツ、ルガンスク両州から撤退する、西側は石油・ガス関連、ドル決済に関するロシア制裁を解除する、というもの。他に同種の報道はなく、多分ガセネタだろうが、ロシアが停戦を願っている(ただ東ウクライナの占領地域からは撤退しない)のは事実だろう。

どこも軍はがたがた

 一つ、面白い現象がある。この戦争という非常時に、ロシア、ウクライナとも軍の内部統制が乱れている、ということだ。ウクライナについてはもう述べたので、ロシア軍について言うと、5月の政府人事でショイグ国防相は国家安全保障会議書記に配転されたのだが、その後同会議は開かれず、6月28日にやっと開かれた会議は「国家安全保障会議の常任メンバーたちとの会議」という異様なキャプションの下にプーチンがオン・ライン会議を主宰。そこにはショイグの名と姿はなかった。国防相時代の彼の側近、イワノフ次官が汚職疑惑で拘束されているだけに、ショイグの動向が心配だ。

国防相は経済専門家のベロウソフが襲名。同時期に12名の次官のうち実に10名が更迭され(うち数名は汚職を摘発されている)、新任者は全員軍歴がない。その中で、連邦公安庁要員のプレゼンスが強化されている。まるで、国防費を増やしても使える兵器が増えないことに、プーチンが業を煮やしたかのよう。ベロウソフはマントゥロフ第一副首相(経済全般を所掌)と共に、国防費を使ってロシアの技術基盤全般を底上げするよう、プーチンに厳命されている

余談になるが、軍の乱れは中国も同様で、李尚福・前国防部長は昨年2カ月足らず動静不明になった後の10月末に解任が発表され、12月末にはロケット軍の李玉超・司令官など軍幹部9名が汚職で解任された。国防部長にはその同日に董軍が任命されたものの、定番の国務委員(副首相格)の席には就けないままでいる。政治と軍の間の関係がしっくりしていない。

これで、習近平は台湾への攻勢の手を緩める、あるいは軍が跳ね上がって台湾危機、南シナ海危機を作り出し、習近平の手を縛ろうとする。両様の可能性がある。少なくとも、米国がウクライナ、ガザに気を取られている隙に、習近平が台湾、南シナ海を攻略する、という単純な話しにはならない。

かくて米国はレーム・ダック、ロシア・中国両軍は混乱、ウクライナは極右の台頭、EUはフランスのマクロン大統領の失権と、いずこもろくなことがない。安倍総理だったら、日本の出番と思ったことだろうが、今の政府にウクライナ戦争調停に乗り出す力と識見はないだろう。下手にさわって恥をかくのは、やめた方がいい。

 


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