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世界はこう変わる

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2024年5月16日

ロシアの経済――戦争もバターも の二兎は追えず

プーチン第5期がスタートし、閣僚は一部変わった。国防相は文官で経済学者出身のベロウーソフ氏が担当することになった。ペスコフ大統領補佐官は、「ベロウーソフの任命は、軍需経済を一般経済にうまくはめるためである」と説明している。国家予算の30%を費消する軍需部門は、その割には戦車、ミサイルなど増産ができていないようだ。一部の報道では、ロシアは実にボール・ベアリングまで輸入に依存しているそうだ。
この機会に、ロシアの経済の現状をまとめておく。

ロシア経済は、2022年には2.5%縮小し、2023年初頭には多額の財政赤字(年間予算で予定した赤字額の約90%相当)を記録する等、危機的状況にあったが、年央のルーブル暴落を乗り切った後は、軍需景気、国際油価の上昇に支えられ、年間を通じては3.6%の成長を達成。好況は2024年も続いている

24年5月五期目に臨むプーチン大統領は、国民の生活水準及びインフラの飛躍的向上、そしてウクライナ戦争の完遂を打ち上げた。しかしGDPの10%以上を国防・公安に向け(国家予算の約45%)、なおかつ生活水準・インフラの向上を図る政策は、資金、労働力等多くのボトルネックに遭遇して虻蜂取らず、かつ高率のインフレを呼ぶ結果に終わる可能性をはらんでいる。

マクロ経済

 2023年GDPは3.6%の成長を示した。これは、国防支出の急増(2024年は22年度の2.3倍、10.8兆ルーブルを予定)で軍需関連の投資・生産が増えたこと(全体の投資は13%、製造業生産は7.5%の増加)、好況で労働力が逼迫したために実質賃金が上昇(23年7月で7%弱)して消費を増やしたこと(年間で11%弱)が主要因で、一時的なものである

また24年3月の大統領選を意識して、住宅ローン、消費者ローンには利子率軽減のための政府補助金が継続されたことも、消費の増加を支えた。西側の制裁により、西側製乗用車は新車市場から姿を消したが(中国車が台頭している)、商店は並行輸入された西側商品、輸入代替の国産品、中国、トルコ等第三国製品であふれている。

財政は、23年1月、年間予算で予定した赤字額の約90%に相当する2.5兆ルーブルもの赤字を出したが、これは兵器生産への前払いのためであったようで(平時は年度後半に後払い)、赤字は急速に減少し、23年を通じては対GDP比1.9%の水準に止まった。

政府・中銀(ロシア銀行)は23年前半、ルーブルのレート維持のための介入を停止した。これには、ルーブル安を誘って、ルーブル建ての輸出収入を膨らませ、税収増で財政赤字を縮小させる目論見もあった。しかし年央には、原油価格低落でルーブルが急落し(1ドル100ルーブル以下に)、大統領選を前にインフレを激化させる可能性が出たため、ロシア銀行は金利を3.5ポイント引き上げて12%にするとともに(12月には18%)、政府は24年4月末までの一時的措置として輸出企業の外貨収入を強制的に吸収、これを売却することでルーブルのレートを支えることとした。これにより2023年後半、ルーブルは1ドル・70ルーブル台で落ち着き、インフレ率も低下した。インフレは年間を通じて7.4%であった。

以上二つの事柄は、2024年第1四半期にも続いている好況は、ウクライナ戦争のもたらした戦争特需、大統領選を前にしての公的支出増という一時的な要因に基づくもので、経済が構造的に強化されたためではないことを示している。加えて、西側の制裁でロシア原油の価格が低く抑えられていること、EUへの天然ガス輸出が約4分の1の量に激減したことで、貿易黒字が減少している(戦争前の2021年は1.973億ドル。2023年は1.220億ドル)ことは、石油・天然ガス輸出への依存度の高いロシアにとって、今後大きな懸念材料である。

西側の制裁を克服?

 以上の見せかけの好況で、プーチン大統領等ロシア指導部は、「ロシアは西側の制裁を克服した。ルーブルの実質購買力で計算すると、ロシアはドイツを抜いて欧州一の経済大国になった」と大口をたたいている。インフレが抑えられているため、国民も不満は表明していない。商品は豊富だし、大都市でのナイト・ライフは賑わっている。
ロシアへの禁輸品は、中国、トルコ、コーカサス・中央アジア諸国、湾岸諸国をトンネルにして、入ってくる(量は以前ほどではないが)。制裁で、ロシアはSWIFTから締め出されたため、ドル、ユーロ等による決済が大きく制約されているが、中国との貿易を大きく増やした上で、ルーブル・人民元による決済を増やす(2023年9月現在、ロシアの輸出の40%がルーブル、33%が人民元で決済されている。2021年にはそれぞれ11~13%、0、4%程度に過ぎなかった)ことで、当面を凌いでいる。特に中国には工作機械や汎用半導体等、兵器生産に不可欠な品目で依存度を高めている。また、石油・ガス輸出の代金のうちかなりの部分は海外で運用されており(2022年、ロシアの在外資産は1.070億ドルの純増)、これを使って制裁くぐりをすることも可能であろう。

 しかし、制裁はロシアの経済を確実に弱めている。既述のように石油・ガスの輸出収入は低めに抑えられているし、ドル・ユーロでの決済が難しいことは貿易の自由度を制約する。西側資本市場での起債も不可能になっている。精細半導体、量子コンピューター技術、AI等先端技術を入手できないことは(制裁くぐりをしているが、量が限られる)、ロシア経済をこれから加速度的に後れたものとしていくだろう。

いくつか具体的な問題も指摘されている。ロシアは発電用ガス・タービンをシーメンス、GE等西側製のものに大きく依存しているが、制裁のために代替機・部品の購入ができないようになっている。またロシアの民間航空は70%以上を西側機材に依存しているが、制裁で点検サービスと部品を得られないようになっている。このため、2023年は遅延件数が44%増加している。農業・食品関係の機械・部品購入が難しくなったことも一因で、2023年は卵が50%以上も値上がりし、年末にはトルコ、アゼルバイジャンから緊急輸入する羽目になっている。更にテンサイ、ヒマワリで80%近く、トウモロコシ、大豆で50%近くの種子を西側から購入してきたため、制裁でその生産に問題が生じている。

半導体不足で人工衛星の製作に支障が出ていることは以前から報じられており、これは戦場でのGPS使用に問題をもたらす。基本的な大砲の生産においてさえ、必要な高品質の鋼鉄、及び砲身成形のための精密工作機械が国産できないため、数年で大砲が尽きる可能性さえ指摘されている。

大統領選の宴は終わるか

プーチンは5月7日の第5期就任式において、国民の生活水準向上、インフラ建設に重点を置くと表明した。これは第4期の就任式で打ち上げた「ナショナル・プロジェクト」の仕上げを意味する。第4期はコロナ禍、次いでウクライナ戦争で阻害されたが、その前から「ナショナル・プロジェクト」は省庁間の予算分捕り合戦の対象となって進捗が大きく遅れていた。今回は軍も資金の取り合いに絡んでくるので、「ナショナル・プロジェクト」は益々、メリハリの効かないものとなるだろう。

また政府は、戦争と国民生活向上の二兎を追うために、歳入を増やそうとしている。プーチン大統領はこの2年、ガスプロム等から多額の上納金を取り上げ、歳入の足しとしてきたし、2023年末には法人税引き上げ、累進所得税の導入(これまで一律13%)に言及するようになっている。加えて住宅ローン、消費者ローンの利払いへの補助金、高金利で利払いに窮する大企業への補助金などが撤廃・縮小されると、景気を冷やすことになろう。

法人税引き上げに対抗して、企業が収益を隠すようになると、ルーブル買い上げのためのドル資金を企業から得ることも難しくなって、ルーブルは恒常的に下落し、インフレを激化させる可能性もある。戦争もバターもという二兎を追う政策の末路である。

またプーチンすら苦言を呈しているように、現在、様々の口実で(撤退した西側企業の資産を接収する等)、1990年代の企業民営化を覆し、再国有化しようとする動きが広がっている。24年3月、クラスノフ検事総長は、2023年には合計資産価値総計1兆ルーブル以上の企業を再国有化したと誇らしげに報告している。電子工学、石油化学等の重要分野の企業をインターネットで結んで「ゴスプラン(ソ連時代の計画経済を仕切った国家計画経済委員会)2.0」を立ち上げることを提案する向きさえいる。

外交・軍事上の意味

以上の次第で、ロシアの外交において経済力はますます使えないものとなっている。ロシアの外交で使えるものは、傭兵の派遣、原発の建設、原油・天然ガス及び穀物の安値での供給程度であろう。以前は、戦闘機等の兵器の供与も可能だったが、現在はロシア自身が戦争中であるため、余裕がない。

経済・技術力の不足は、兵器の生産にも響いている。これまでで3000両近くも失ったとされる戦車の補充は容易でなく(平時の生産能力は年間100両程度だった)、またウクライナ軍のドローン攻撃に対処する能力が不十分であることから、ロシアは大規模な地上進攻作戦ができずにいる。ウクライナのドローン、巡航ミサイルによる攻撃は、ロシア領内の精油所、軍需工場に及んでおり、その被害は次第に大きなものになりつつある。

火薬製造工場、大砲製造工場は増設中であるが、完成するまでに時間がかかる上に、その後もロシア特有の官僚主義に阻まれて十分な生産能力は発揮できないだろう。加えて砲弾は北朝鮮から大量に輸入しているし――中にはロシアの大砲の砲身を損傷するものもあると報じられる――、火薬原料のニトロセルロースも足りずに、中国やトルコから輸入しているのである。

以上、暗い予測を述べたが、IMFは2024年ロシアの経済成長率を2.6%と予測している。11月米国大統領選挙でトランプが再選されれば、ロシア経済の先行きは更に明るくなるだろう。トランプが第1期のような「親ロシア」姿勢を示すかどうかは、米国世論の動向に大きくかかっているが、少なくとも「親イスラエル・反イラン」の姿勢は明確に示すことだろう。これによってイランの原油は国際市場から再び締め出されて、油価の上昇を招き、ロシアにも利をもたらすだろう。

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