ロシアでのテロと、アゼルバイジャンとトランプ
(これは3月末発刊のメルマガ「文明の万華鏡」第143号の一部です)
3月22日、モスクワ郊外のCrocus Cityコンプレクスで起きたテロ事件では、150名近くの人が亡くなった。これは、モスクワを囲む大環状自動車道路の脇、モスクワ川のほとりにある大商業コンプレクスである。2009年には、右コンプレクスが出資して、地下鉄駅が建てられている。
このコンプレクスを建てたのは、アゼルバイジャン人の実業家Araz Agalarov。彼の長男イミンは有名な歌手で、アリーエフ大統領の娘婿だった時もある。このAgalarovはトランプとのコネがあり、2000年代前半にはモスクワでミス・ユニヴァースを共催している。そしてバクーには、操業していないトランプ・タワーがあり(トランプ所有ではない)、トランプはここから名称使用料を得ている。
今回のテロとトランプはもちろん無関係だろうが、なぜこのCrocus Cityがテロ対象に選ばれたのかわからない。この手の大規模プロジェクトには不正資金が絡んでいることも多く、マフィアのマネロンに使われることも多いので、マフィア絡みの犯行の可能性だってある。
もう一つ、テロリスト達の正体がわからない。2002年10月、これもモスクワ郊外でミュージカル会場がテロにあった時は(約130名が死亡)、チェチェン人テロリスト約40名が現場に数日籠城し、チェチェンからのロシア軍撤退を要求して最後は殲滅されている。2004年9月ロシア南部で学校がテロに会った時には(333名死亡)、テロリストは30名余いて、これも現場に籠城。最後は殲滅されている。
今回のテロは、大型ホールが焼け落ちるような大掛かりなものだから、念入りな準備と多数の人員の投入があったはずだ。それなのに、これまで拘束されたのは数名で、いずれも如何にも無教育な傭兵風。ろくに射撃もできないように見える。ロシア当局は、タジク人を拘束したとしているが、これら犯人が所有している旅券に書かれた住所には「本物」の住民が今住んでいる、という報道もある。
ISISはかつてシリアでの拠点をロシア軍に攻撃されているから、ロシアに恨みを持っているのはわかる。でも、どうして今、それもISISのアフガニスタン支部がモスクワのCrocus Cityを狙うのか? 誰かがカネを出しているとしか思えない。
ロシアで大きなテロが起きると、ロシア政府の政策は保守化、取り締まり強化に転ずるのがこれまでの倣い。まず1999年8月、プーチンが首相に就任すると、9月にはモスクワ郊外などでアパートが爆破される事件が相次いだ。200名近くが亡くなっている。ロシア当局は捜査能力に優れているのだろう。翌日にはチェチェンの独立運動分子が犯人であることを糾明。犯人だけでなく、チェチェン共和国全体をつぶしにかかる。大規模な内戦でチェチェンを焼野原にして勝利したプーチンは国民的な人気を得て、その年末にはエリツィン大統領から権力の禅譲を受けて大統領代行となるのである。
次に上記2004年9月のテロは、プーチン政権が二期目に入って間もなく起きたもので、以後プーチンはエリツィン時代から引き継いだリベラル・改革路線を捨て、地方の知事を地元の選挙ではなく中央からの任命に変えるなど、保守化、取り締まり強化の方向に大きく傾く。エリツィン時代に力を伸ばした「オリガルフ」達(大資本家。その多くはマスコミを所有)はほぼ軒並み、弾圧の目に会った。
だから今回のテロがロシア当局のしかけたものかどうかは別にして、例えばウクライナ大攻撃の引き金として使われる可能性は十分ある。但し、ロシアにそれだけの兵力があるかどうかは別の話し。ウクライナに仕掛ければ失敗して、それがプーチン第5期目の意外に早い終焉を導く可能性もある。
(今は4月17日。あまり状況は変わっていない。変なのは、このテロの背後についての情報が何も出てこないこと。もしロシア当局が対処ぶりを決めていれば、それに沿ったストーリーがいくらでも出てくるのだが。まるでロシアの力の機関内部で責任のなすり合いが行われていて、犯行をめぐるストーリーで合意ができないように見える)
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