コーカサス、中央アジアでのロシアの地位低下
(これは9月末公刊のメルマガ「文明の万華鏡」の一部です)
コーカサス地域と第3次ナゴルノ・カラバフ戦争
コーカサス地域でのロシアの地位低下が深刻だ。アゼルバイジャンは原油・ガスを欧州に輸出して潤い、経済力・軍事力を充実させた。しかも同族のトルコの軍事支援を受けて2000年秋、隣国アルメニアとの長年の係争地域ナゴルノ・カラバフとその周囲を制圧。本年9月19日にはナゴルノ・カラバフに軍を進めて、同地自治政府(アルメニア系)の独立への動きを粉砕した。
アルメニアのパシニャン政権はもともと野党系が優勢なナゴルノ・カラバフを保持することに関心を有さず、9月19日のアゼルバイジャン軍攻撃に対しては何も手を打たなかった。自治政府はアルメニア本土ではなく、海外のアルメニア人コミュニティー(米国、フランス等)からの支援で動いているものと思われる。
アルメニアには3000名と推定されるロシア軍が常駐し(かつては師団。今でも地位協定を有する基地に駐留)、アルメニアの安全を保証しているのだが、ロシアはナゴルノ・カラバフ問題では中立を持している。ナゴルノ・カラバフとアルメニアの間にはロシアの平和維持軍が駐留しているのだが、これは今回、住民の避難を助けただけに止まる。
これに対してパシニャンは不満を示し、1月にはロシア傘下の集団安全保障条約機構の集団軍事演習の主宰を拒否、9月11日にはロシアの反対を押し切って、首都エレヴァン近郊で米軍との小規模な共同軍事演習に踏み切った。これがロシアの反発を呼ぶ、悪循環に陥っている。
パシニャンは、ウクライナに倣って、米欧の関与を引き出したいのかもしれないが、アゼルバイジャンは今やEUに対しては重要な原油・天然ガス輸出国になっている。アルメニアにはロシア軍も駐留していて、西側にとっては旗色が読めない、負担ばかりもたらす国だろう。米欧諸国にはアルメニア人が多数居住し、大きな政治的ロビーイングの力を持っているが、今回は彼らの動きは見えない。
アルメニアにとって、頼りになるのはイランくらいのもので、これでは力にならない。イランはアゼルバイジャンと対立しており、昨年10~11月には両国軍は国境近くで大規模な軍事演習を展開(時期はずらして)。両国の関係を一時大いに緊張させた。イラン人口の4分の1はアゼルバイジャン系。イランは、アゼルバイジャンにドローンを提供する等、最近食い込みの激しいイスラエルがアゼルバイジャン、あるいはイラン領内のアゼルバイジャン系住民を使って、攻撃をしかけてくるのを恐れている。
ナヒチェヴァンと「ザンゲズル回廊」
アルメニア・アゼルバイジャン関係で、次の焦点は「ナヒチェヴァン」になるだろう。ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン領内のアルメニアの飛び地だが、ナヒチェヴァンはアルメニア領内のアゼルバイジャンの飛び地。アルメニアの南西部の対イラン国境に沿う山岳・草原地帯。トルコとイランを結ぶ鉄路が通っているが、今は機能していない。主権はアゼルバイジャンにある。
アゼルバイジャンは、本土とナヒチェヴァンの間にアルメニア領が食い込んでいるので、ここに自由な通交のできる回廊を設けて欲しい。ザンゲズル回廊と言う。
2020年のナゴルノ・カラバフ戦争後、ずっと交渉を続けているが、アルメニアは抵抗を続けている。ここをアゼルバイジャンが軍事的に制圧しようとするかどうか。できるかどうか。それに対して、ここと国境を接するイランが黙っているかどうか。イランに介入する軍事力があるかどうか。そしてトルコが、アゼルバイジャンを助けて、西から介入するかどうか。
つまりナヒチェヴァンはアルメニア、アゼルバイジャン、イラン、トルコが一堂に決戦可能な、このあたりでは唯一の平地を持つというところ。アルメニアのロシア軍の出番だと思うが、多分何もしないだろう。ザンゲズル南方の平地に出るには、アルメニア中心部との間に横たわる高度千米以上の山地を越えないといけない。
ロシアに寄ろうとしてよろよろのジョージア
コーカサスのもう一つの国ジョージアは、国内が割れている。現政権の「グルジアの夢=民主グルジア」連合がロシアにすり寄る一方(ロシアとの経済関係が大事なのである)、サロメ・ズラビシヴィリ大統領(無所属で当選)は西側に共感を示している。彼女は与党の抵抗を押し切って私費でEUを訪問し、ジョージア大使館を使わずに自力でアポを取り付けて、欧州委員会、ドイツ、フランスの首脳などと会談している。もともと彼女はフランス生まれで、元はフランス外務省で勤務していたのである。
中央アジア
中央アジアも、「ウクライナ戦争でロシア離れ」を云々されている地域。もともと、それほどロシアにべったりだったわけでもなく、2014年のクリミア「併合」、東ウクライナの分割についても、国連総会での関連決議ではロシアを支持してこなかった(棄権や欠席で意思表示)。中央アジアは中国であれ、トルコであれ、米国であれ、EUであれ、日本であれ、何か取れそうなところとは進んで取り引きする。「ロシアについた、離れた」という二分法で語れる、幼稚な外交はしていない。
中央アジア五カ国が集まって外部の大国のいずれかと首脳会議、外相会議などをやってみせる「中央アジア・プラス・X」のXには中国から米国、EU、韓国、湾岸諸国等々、ひきもきらない。もともとこのやり方はロシアがやっていて、2004年から日本が西側で初めて外相会合を始めていたもの。日本は首脳会合ではすっかり後れて、来年やるかどうかという段階。やっても、何も変わらないが。
「ロシア離れ」の実例を挙げてみる。それは第一に、上記のクリミア併合、東ウクライナ分割に関するもの。これは、「自分たちがいつ同じことをロシアにやられるかもしれない」という警戒心に根差していて、ロシア離れと言うより、ごく自然の恐怖心の発露なのだ。中央アジア諸国は、ロシアの空挺部隊が首都に降り立ち、大統領を捕捉されてしまったら、麻痺するだろう。
あとは安全保障にからむ、西側との協力。アフガニスタンで米軍が作戦をしていた頃は、米軍幹部は頻繁にウズベキスタン、タジキスタンを訪問し、米軍への補給路確保に努めていた。そしてカザフスタン、キルギス、タジキスタンなどは、米国、トルコや中国との共同軍事演習を時々やっている。
もう一つは、ウクライナ戦争で、国民がロシア軍に従軍するのを禁止していること。これは、米国に「ロシア寄り」というレッテルを貼られるのを恐れているのだろう。カザフスタンは海外で傭兵になることを禁ずる法律を採択しているし、キルギスはこのほど、ウクライナのロシア軍に義勇兵として出ていた国民を裁判にかけている。
もう一つは、輸送路の問題。中国と欧州を結ぶ輸送路はもうかることになっているが(大してもうからないと思うが。と言うのは、中国と欧州の間は海路に依存するものが鉄道をはるかにしのいでいるから)、今はシベリア鉄道などロシア領を経由するものが大半。ロシア領を経由しないルートを何とか作ろう、というのが、中央アジアの一部で見られる動き。
いろいろなルートがあるが、基本はカスピ海を横断してアゼルバイジャン・トルコ経由で欧州へ、というもの。最近の動きでは6月に、カザフスタン、アゼルバイジャン、ジョージアがjoint logistics companyを設立している。
中央アジアとロシアのつながりは、枚挙にいとまがない。ロシア版NATO(のつもり)集団安全保障条約機構にはカザフスタンとキルギス、タジキスタンが加わっていて、キルギスにはロシアの空軍基地、タジキスタンには陸軍基地がある。タジキスタンにはロシア軍1個師団が常駐し、地位協定も結んでいる。これは、アフガニスタンに対する守り。タジキスタンはアフガン北部に多数のタジク系住民がいるし、それをベースにした反政府のアフマド・マスード(かつてアフガニスタン北部のタジク系「北部同盟」を率いたマスード将軍の息子)を庇護してもいる。
そしてカザフスタン、キルギスは、ロシア版EU(のつもり)ユーラシア経済連合に加盟して、原油・ガス、関税で優遇措置を与え合っている。カザフスタンは石油大国だが、その西側への輸出の80%は、パイプラインでロシア領を通って黒海のロシアの港ノヴォロシイスクから行われているから、カザフスタンはこの面では命綱をロシアに握られているのだ。
さらに中央アジア諸国は、ロシアのウクライナ侵略に後ろ向きの姿勢を示しながらも、うらではロシア制裁の効果を無にするような行為を黙認している。と言うのは、制裁での禁輸品がカザフスタン、ウズベキスタンなどから大量にロシアに流出しているからである。中央アジア諸国の対ロシア貿易額は、ウクライナ戦争開始後、数十%増加している。
こうした中、中央アジア諸国、特にカザフスタンとウズベキスタンの両大国は、身内の結束を固めることが一番だとして、数年前から「中央アジア諸国首脳会議」を立ち上げている。これは数十年前のASEANを彷彿とさせる動きで、最初は外部から相手にされないかもしれないが、次第に力をつけるだろう。
カザフスタンのトカエフ大統領は、昨年の首脳会議で「中央アジア諸国友好善隣協力条約」を結ぶことを提案している。タジキスタンとトルクメニスタンが同意を留保している。タジキスタンは隣のキルギスと領土紛争が収まっていない(武力衝突で多数の死者が出ている)ことがあるし、トルクメニスタンは永世中立の旗を掲げてきた手前があるからだろう。
中央アジアは反目要因も抱えている。上記のタジク・キルギス領土紛争。そして基本的な構図としては、「水争い」がある。この地域の水は崑崙山脈、パミール等から流れ落ちるアム川、シル川の水系に大きく依存しているのだが、上流のキルギス・タジク、下流のウズベク・カザフ・トルクメンの利害が相反するのだ。上流は山岳地帯が多いので、ダムを築いて発電し、その電力を輸出したい。一方下流は、春からの綿花やコメの作付で大量の水を必要とする。彼らは何しろ、春先には大量の水を畑に流して、地下から上がってきていた塩分を洗い流さなければならないのだ。こういう時に、上流諸国がダムの水を放水しきってしまっていたり、貯水水位を回復するために水門を閉められたりしたら困るのだ。
水不足の地政学
中央アジアは今、乾燥化のトレンドにある。地球温暖化でパミール高原や天山・崑崙山脈の氷河が減少したことが原因だとされる。筆者はそれには納得していない。と言うのは、北氷洋から南東に吹く湿った風がパミールの高地で雨を落とすのが氷河になって溜まっているのだから、氷河が減っても、風向きさえ変わらなければ、この地域に落ちる水分の量は変わらないはずだからだ。氷河は後退したが、毎年融ける量は変わらない。むしろ増えている。
今年の乾燥は、雨が少なくなったことによる。多分、シベリア方面からの風が吹かなくなったのだろうが、それが恒常的になると、中央アジアにとっては重大なことになる。
しかも最近の問題は、アフガニスタンがアム川の水を使用する新手として現れたということだ。Kush-tepa運河を建設して、アム川から取水しようとしている。完成すると、アム川下流の水量は15%も減るとして、下流のウズベキスタン、トルクメニスタンはパニックになっている。8月4日にはトルクメニスタンのアシハバードにウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンの三首脳が集まって、対応を協議した。水使用では中央アジア五カ国の間では協議メカニズムがあるのだが、アフガニスタンは蚊帳の外なのだ。この協議の場で、ウズベキスタンのミルジヨエフ大統領は、中央アジア諸国の灌漑施設が老朽化して、水を浪費しているから、改修・近代化の必要があると指摘した。その通り。アフガニスタンにも、アム川の水を使用する権利がある。灌漑施設の改修は、日本のODAの出番だと思う。
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