破れかぶれの大統領選に向けてまっしぐら――ロシア
ロシアは大統領選挙まであとわずかに11カ月。それなのに、石油・ガス価格が急落して、ロシアは大統領選挙に向けての「ばらまき」はおろか、戦争経済を維持できなくなっている。
(石油バブルから国債バブルへの依存を強めるロシア経済)
昨年は原油・ガスの価格がうなぎ上りに上がったので、ロシアは西側の未曽有の制裁をやり過ごし、GDPが2.1%収縮するだけの被害で止めた。しかし、今年はそうはいかない。昨年末にかけて原油・天然ガスの価格はがた落ちして、12月のロシアの経常収支はプラス、マイナスがほぼゼロ(17億ドル。10月はプラス197億ドル)となった。
それもあり、ルーブルは1ドル80ルーブルと、昨年3月以降維持してきた60ルーブル台の線から大きく下がっている。これでは、選挙を前にインフレ、実質所得の低下がひどくなる。
原油・天然ガス価格が下がれば、政府歳入も下がるのがロシアのならい。加えて軍事支出の増加が響いたのだろう。今年1月は1カ月では史上最大、1兆7600億ルーブルもの財政赤字を計上して、今年の予算で計画していた赤字枠の実に6割を年初の1月で使ってしまった。1~2月では88%に達した。これは、兵器の買い付けなど、通常は年末に支払いが集中するのを、プーチンが尻をたたいたために(年頭閣議でマントゥーロフ副首相を面罵している)、年頭前払いが行われたためではないかと推測する。
資金不足に直面したロシア政府は、国債を増発し始めた。昨年秋には約200億ドル分を発行。これを民間銀行が買い付けている。その資金は、中央銀行が供給。何のことはない。中央銀行が通貨を増発して財政の穴を埋めているのだ。やり方は少し違うが、アベノミクス下で日銀がやっていたことと同じ。
これは、1990年代後半ロシア中銀がIMFの助言下に進めた、国債を担保に資金を貸してそれで更に国債を買わせる、というやり方を想起させる。この「国債ねずみ講」バブルは1998年8月に崩壊。ルーブルは一気に6分の1に減価。国内では企業が物々交換を始める惨状となった。
今回、ロシア中銀もさすがにやばいと思ったか、ロシア国債を人民元ベースで発行、つまり中国に買わせる、あるいは中国への原油・ガス輸出代金を人民元でもらってこれで国債を買わせる、つまり輸出代金を政府が全部巻き上げてしまう、ことを検討し始めた。
石油・天然ガス企業は表向き民営企業だが、この頃はこうして政府に利益を巻き上げられることが常態化している。企業はそれに応じながらも、見返りを政府に求める。それは、操業の安定性の保証、つまり政府が責任をもって必要な原材料・資金などの手当てをやってくれ、ある意味ではソ連時代の計画経済を復活してくれ、ということなのだそうだ。
生産財の生産は、資本主義国においてもかなり計画的に行われているもので、計画化には馴染みやすい。それにミシュースチン首相は、首相になる前は国税庁長官で、日本をはるかに上回る税制の電子化、そしてそれに伴い収税率の大幅向上を実現した人物。インターネットを使って、何でも計画化するのがうまい人物なのだ。だから今、ロシアのマスコミでは「ゴスプラン(国家経済計画委員会)2.0」という言葉が独り歩きしている。
しかし計画化、義務化すればうまくいくものでもない。「無い袖は振れない」、つまり物がない、あるいは人々にやる気がない経済は、いくら計画してもできないものはできないからだ。
(プーチン五選への意気込み)
プーチンは以前、四選された米国のルーズベルト大統領に言及したことがある。まさか自分も四選を狙っているわけではあるまいと思っていたら、あっさり四選され、今回は前人未到の五選を狙う構え。彼はウクライナ戦争は戦争ではなくて「特殊軍事作戦」なのだと言い張っているから、戒厳令を発することもなく、選挙にもbusiness as usualに突っ込むのだろう。
今年年頭の閣議で彼は、ウクライナ戦争のことより、インフラ建設、国民の生活改善のことを熱心に議論した。大統領府ではキリエンコ第一副長官が、選挙対策の指揮を執っている。プーチン以外に票を取れる人物は今のロシアにいないので、ウクライナ戦争でよほど面目を失うようなことがない限り、プーチンは再選されるだろう。
もし選挙前に病死、あるいは「事故死」した場合(1979年の韓国では、朴正熙大統領が宴席で、側近の情報長官に射殺された前例がある)、リリーフはメドベジェフ元大統領になる可能性が高い。
彼は2020年1月に首相の座から屈辱的なかっこうで降ろされ(解任を事前に言われなかったらしい)、以後国家安全保障会議副議長という急ごしらえのポストで禄を食んできたが、この2年ほど、ウクライナや西側に悪態の限りを尽くすツイッターなどを乱発。旧KGB、現在のFSB連中などのご機嫌をとってきた。こうやって、自分にくっついている「リベラル」というレッテルを剥がして(かつてはそれを利用して米国に取り入ったりしていたのだが)、国の権力の基盤であるFSBに取り入っている。つまり大統領に復帰するための地ならしをしているのだ。
(分裂?)
このロシアの窮状下、ロシアが分解する、あるいは西側がロシアを解体する可能性を論ずる向きが増えている。第二次大戦末期、西側はドイツを分割して無力化させるMorgenthau Planを作ったが、同じことをロシアについてやろうという者さえいる。
これは危険で無責任な考え方だ。ロシア人を祖国防衛で立ち上がらせてしまうだろう。それに分裂したロシアは内部で、あるいは周辺で武力衝突を頻発させ、手の付けられない存在となるだろう。
しかし、18世紀ピョートル大帝がロシア国家を立ち上げたあと、これが分裂したのは1917年の革命直後の内戦と1991年のソ連崩壊の二回だけ。前者では、ドイツに領土を大きく割譲した上、極東では「極東共和国」を独立させて、日本との間の緩衝地帯としている。クリミア、シベリアなどでは、何名もの有力将軍が手兵を使って内戦を展開した。
今回、ここまで事態が悪化することはあるまい。参考になるのは、1991年ソ連崩壊の前後だ。反ゴルバチョフのクーデターをつぶしたエリツィン(当時はロシア共和国大統領に選ばれていた)は、力をつけると、今度はゴルバチョフ・ソ連大統領追い落としの策に出た。周縁地域の民族共和国、そしてロシア共和国内の諸州に対して、「主権を欲しいだけ取れ」とけしかけたのである。地元で徴収した税金は地元で使え、というわけだ。これで1991年秋には、ソ連政府はガバナンスを失った。公務員の給与支払いにすら事欠いて、12月末にはエリツィンに一方的に解体宣言をされてしまうのだ。
今回は、エリツィンに相当する人気政治家はいない。西側はリベラルな政治家の台頭に期待するが、リベラルな政治は1990年代の大混乱を招いた張本人だとして、国民から嫌われている。では、何がどう起こるのかと言うと、それはモスクワの中央権力の弱化、地方(有力州や少数民族が集住する自治共和国。但し中央からの補助金なしに自前でやっていける州の数は限られている)の権力強化ということになろう。1991年ソ連崩壊の前後には、首長を地元で直選して大統領を名乗らせ、独自の憲法、法制をしくところも現れた。今回も、現代の封建制とまではいかないが、ロシアが地方の力が強いインドにも似た、連邦国家的なものになる可能性はある。
4月10日のJamestownによれば、昨年の地方政府の税収は大きく落ちている。自然に落ちた分に加えて、中央政府に税収を多めに巻き上げられている可能性がある。今後、中央と地方の間で税収の配分、兵士の徴募、選挙での集票をめぐる軋轢は高まっていくだろう。
こうした状況下、日本に近い極東諸州は中国に大きく傾斜するか、それとも警戒を強めるか、様々だろう。経済的に苦境に陥る中央は、日本との北方領土問題解決を進めようとするだろうが、地元のサハリン州は強硬に抵抗するだろう。それが1990年代前半に起きたことである。
だから「ロシアの分裂」に手を出したり、チャンスだと思って浅はかに動き出すのはやめよう。じっと見守る。中国が「昔ロシアが清朝から奪った土地(日本の面積の4倍あり、ウラジオストックも含んでいる)」の奪還に出てくるかもしれないし。
(分裂で核保有国を増やさないために)
1991年ソ連崩壊の時、米国は核保有国が増えるのを極度に恐れた。核兵器を背景に米国と取り引きをしようとする国が増えるのは困るのだろう。だから当時の米国は、ロシア共和国と協力して、ソ連全土に配備されていた核兵器をロシア共和国に集中させてしまった(飴と鞭で)。
今回、ロシアが分裂したとして、核兵器をうまく集められるかどうか。特に道路も鉄道も通じていないカムチャツカ半島の突端にあるロシア原潜の基地を維持するのは難しくなる。これは、米本土を狙う長距離ミサイルを装備した原潜の基地だ。もしこの基地を放棄するのなら、この原潜が遊弋しているオホーツク海、ひいてはオホーツク海をにらむ北方領土の戦略的意味は大きく低下する。
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