中国は科学技術で西側をしのげるか?
(全人代も終わった。新政府の陣容も決まった。共産党主導の「ソ連型社会指向路線」。これで中国は経済・科学の活力を維持できるだろうか? 半年前のメルマガ「文明の万華鏡」で書いた記事をアップしておく。悪いことばかり並べているので、その点は割り引いて読んで下さい)
中国経済は停滞気味。秋の党大会で守旧派がますます地歩を固めたので、「経済に悪いことはなんでも」やってくれることだろう。しかし自動車、電機ともども、強い企業は残っており、海外進出の勢いも弱めていない。そして宇宙技術、軍事技術でも、一応前向きの勢い(先端のマイクロチップ(半導体)の入手が難しくなっている点が、これから効いてくるだろうが)を維持している。中国はかつてのソ連のように、異質な体制を維持しながら、宇宙、軍備等では西側と張り合う姿勢を続けていくことだろう。それをどのくらい長く続けられるかはわからない。
ソ連の場合、1960年代は人工衛星等で米国の先を行ったが、1980年代までに後れは明確になっていった。1950年から米国主導で、対共産圏輸出統制委員会(ココム)が発足。金属加工技術、コンピューター技術等の対ソ連輸出を規制したことが大きく効いた。中国に対しても現在、先端技術の輸出は製品ともども厳しく統制されるようになっている。
中国の経済、技術については、良い面と悪い面が混在していて、これからどうなるかは神のみぞ知る。中国の長い歴史では、西欧をはるかに先回る技術が開発されながら、それは「皇帝の御覧に供せられる」程度で、広く活用されて経済全体を底上げすることにはつながらなかった。今回は、深圳の諸企業やフアーウェイなど、中国人の活力が開放された時のすさまじさを納得させる事象は現れてはいるものの、アリババがそうだったように、共産党の権力の下に組み込まれて、活力を失っていくのだろう。
「中国は米国をGDPで近く抜く」という言説がはびこっているが、これは数年前までの高い成長率をそのまま引き延ばして考えた場合のことで、今は新しい言説が必要になっている。それを考える力と時間は筆者にはないので、ここでは「中国経済の素晴らしさ」は表面的なものであることを、次の点から指摘しておくに止める。
根底で西側に依存
中国では2020年初め、液晶や半導体など、デジタル製品の根幹を成す電子部品工場の拡張作業が遅れるという問題が生じた。それは、半導体などの製造装置の大半を外国製に依存しているため、立ち上げには日本や米国の技術者が不可欠なのだが、彼らの渡航がコロナで制限されたからである(2020年4月19日日経)。
また中国は半導体部門などで外国エンジニアを招致しているが、それは作業現場のエンジニアが多く、研究開発部門でも知見を増やさないと、自力で運営できない。
外国への依存は半導体部門で目立ち、かつ致命的である。ファーウェイが製造した「オナー」ブランドのスマートフォンを分解してみると、部品の4割が米国製で、それは20年モデルでは1割だった時から急増していた。メイン半導体や5Gの通信半導体といった中核部品が米国製であった(2022年4月22日日経)。
半導体=マイクロチップは現在、ほぼあらゆる工業製品に必要となっている。中国は製造大国であるにもかかわらず、半導体の自給率は低く(2020年で16%)、中国半導体産業協会によると、2020年の中国の半導体輸入額は約3500億ドルに上っている。「中国産半導体」でも、実際はその過半をTSMCやサムスン電子、SKハイニックスなど海外メーカーの中国拠点が生産している(2021年10月13日付日経)。
半導体製造工場をいくら建設しても、肝心の製造装置は70%以上を外国製に依存している。現在、2025年までに自給率を70%に引き上げるべく努力中で、半導体製造装置メーカーの中微半導体設備(AMEC)など、収益が過去最高になっている(2021年5月8日付日経)。
政府が旗を振り、助成金もつぎ込んでいる、半導体製造工場の建設は、多くがうまくいっていない。2020年は、政府支援もあって、半導体分野の投資額が前年の5倍近くの1400億元に膨らんだが、野放図な投資や事業の乱立が見られた。しかも資金の7割近くは設計分野に向けられ(横領の可能性が高い)、材料・製造設備には2割しか向けられなかった。米国による制裁もあり、湖北省の弘芯半導体製造、CMOS(相補性金属酸化膜半導体)センサーの製造を目指した江蘇省の徳淮半導体、400億元を投じてパネル向けの半導体を大量生産する計画だった陝西省の坤同半導体科技は、いずれも事実上の経営破綻状態にある(2021年3月13日付日経)。
ファーウェイは一時5G通信技術で世界の最先端を走っていたが、中核技術は欧米に依存していた。通信分野での特許取得数は米クアルコム、韓国サムスンに次ぐ世界3位。半導体では、米インテルの1万3300件超の半分以下の5700件超で2位。OS分野では米MSが3800件超と圧倒的な存在で、ファーウェイは930件超で2位だった(2019年10月27日付日経)
留学人材活用のまずさ
中国人は多数、海外に留学している。米国内で博士号をとる中国の若者は年間約5千人(日本は200人程度)に達し(2020年8月8日付日経)、地元の教授たちに引き立てられる優秀な人材も数多いが、中国本土での活用ぶりはまだまだのようだ。1979~2018年、600万近くが外国に留学(9割が自費)したが、戻ってきた者は370万のみだった(2020年11月10日Newsweek日本)。
AIなどでは、中国の人材の多くが米国での就職を選んでいる。ポールソン研究所によると、18年に米国の高レベルなAI会議で論文を発表した中国生まれの研究者10人のうち、9人が米国の機関に所属していた。中国国内で登録しているAI専門家のうち、最高レベルの技術を持つ人材はわずか5.6%に過ぎない(2020年1月10日付日経)。
但し最近は、帰国する者が増えているようだ。中国企業が高給で雇用するようになったし、米国内で中国人研究者に対する当たりがきつくなっているためかもしれない。
数字の「ウラ」
中国経済については、その目覚ましい「数字」に我々は圧倒されてしまう。しかし数字のウラには多くの作為が隠れているので、中国の経済関係の数字は4割程度は割り引いてみるべきものと思う。
例えば「この頃の中国の科学技術研究はすごい。国際的学術誌に掲載される論文の数、他者に引用される論文の数とも米国を抜いて一位になりつつある」という言説。2020年8月8日付日経は次のように報ずる。
――文科省科学技術・学術政策研究所が3年平均で算出したところによると、査読などがしっかりしていて一定の質があると判断される学術誌に掲載された自然科学分野の論文数で、中国(曖昧な概念だが)が米国を抜いて1位となった。2017年、中国の論文数は30万5927本で米国の28万1487本、3位ドイツの6万7041本、4位日本の6万4874本を上回った。
中国は論文の質でも米国に迫る。他者に引用された率では2017年、米国の24.7%に迫る22.0%だった。中国は材料科学、化学、工学、計算機・数学で好論文が多い。米国は臨床医学、基礎生命科学が高い。中国の研究者数は約187万人で、米国(約143万人)を上回り世界1位である――。
これに対して2018年6月12日のNewsweek日本は、以下の趣旨を伝える。
――中国の科学系学術誌の多くには、画期的とは言えない研究、誰も読まない論文や剽窃された論文が多い。査読が不十分なためか、不正による論文撤回の件数が世界で最も多い。12~16年に全世界で撤回された論文の半数以上が、中国の研究者によるもので、臨床試験データの80%以上が捏造であった。質より量、エビデンスより学界の通説、独自性より同調(つまり学界の大御所へのへつらいのことだろう)が支配的である――
生命科学や医学の領域では、論文の偽造を組織的に請け負う「論文工場」があるそうだ(2022年2月18日付日経)。また2018年3月20日の「エコノミスト」誌は次のように言う。
――JST(科学技術振興機構)の日本人研究者が2016年、引用回数の多い中国人研究者の論文をピアレビューした。その結果、内容について非常に厳しい評価を下した。引用回数が多いからといって、必ずしも質が伴っているわけではない。研究者が研究開発費獲得のための実績作りで、仲間同士で引用しあっている――
2019年1月12日付Economist誌は、次の点を指摘する。
――研究者はノルマを達成するため、盗作、偽作で論文を「書いて」いる。金を払えば掲載してくれる悪質雑誌が多数ある。Critical-thinkingに欠ける者がおり、彼らは学問も、上からの指令次第で変える。最良の研究者は海外に残りたがる――
中国人科学者は、米国人科学者等と共著論文を手掛けることで、国際的な雑誌への掲載を容易にしている面がある。また、2017年、中国は研究者による引用回数が上位10%に入る「注目論文」の数で初めて米国を抜いた。その数は2008年に比べて5倍を超えており(2020年9月20日付日経)、不自然なものがある。おそらく、上記にあるように、必死でお互いに引用し合ったのだろう。
但し、中には本物と目されるものもあるので、注意しないといけない。例えば、人工光合成では、中国の研究は進んでいるようだ。量子コンピューターの開発でも、「量子超越」を達成したと称するなど、中国は存在感を発揮している(2022年3月1日付日経)。
補助金狂騒曲
中国では昔から、経済における「官」の存在が大きすぎる。それは民の活力を圧殺する。また民は官と様々の騙し合いゲームを繰り広げる。水滸伝の時代さながら。まず「補助金」が中国経済に作り出す人間的で、かつ非経済的な事象の数々を見てみよう。
中国ではスタート・アップ企業の数も、電気自動車(EV)の数も補助金次第。多くのものは、補助金をもらうためのプラットフォームとして作られ、補助金をもらったあとは捨てられる。
EVにはこれまでに1兆円を超える公的資金がつぎ込まれ、2015年頃から政府補助金を当て込んだ起業が相次ぎ、少なくとも60社程度の新興EVメーカーが創業した。代表格の上海蔚来汽車(NIO)は18年、米ニューヨーク株式市場に上場するまでになったが、EVの発火事故を起こし、2019年夏には1000人規模の人員削減に追い込まれている(2020年5月19日付日経)。
2019年6月から、EVに対する政府補助金がほぼ半減すると、販売台数は急減し、製造大手BYDは社債1500億円の返済に一時窮した(2019年11月26日付日経)。
ベンチャーも、国家資金に依存している。2014年、政府がベンチャー支援策「大衆創業・万衆創新」を発足させて以降、スタートアップ数は大幅に増加した。2013年には留学生の帰国率が85%に高まっているが、これはこの補助金を狙ってのものかもしれない。当時は、新卒毎年700万のうち、20万が創業した(2018年通商白書)。
今はAIが主戦場のようだ。地方政府による資金拠出はバブル状況を呈し、21の省が補助金や奨励金を財源とする、AI集積地を設置する計画を発表している。地方同士の過度な競争は、AI市場の分断を引き起こしかねない(2020年1月10日付日経)。
そして特許も、補助金取得のプラットフォームとして愛用されている。中国が保有する特許のうち96%は国内のものだが、特許を申請すると補助金がもらえるので、これ目当ての出願も見られるそうだ。
浪費と横領
時間がないので、ここでやめるが、最後に官の介入が浪費と横領を生みがちであることを指摘しておこう。
半導体業界強化のために18兆円の資金がつぎこまれているが、半導体の自給率はほとんど上がらない。資金の一部は流用されただろう。7月下旬には「国家集成電路産業投資基金」のトップが調査されている。紫光集団で長年トップを務めた趙偉国氏も7月に身柄を拘束されている(2022年8月6日付日経)。
またガラパゴス的に高性能なものを作って空威張りする点も時に見られる。例えば2016年に中国はスパコン「天河2号」で世界1の演算速度を達成したが、技術的には目新しいところはなく、年間15億円もの電気代がかかる(フル稼働の場合)わりには、ソフトが少ないため役に立たなかった。
民間企業の活力の代名詞は深圳だ。ただここでは、儲かるものに手を出すのは速いが、品質等に難ありとの指摘も聞かれる。
また国営企業、外国との合弁企業では、社会主義企業の名残で、企業で私腹を肥やすマインドが根強く残っている点も問題だ。中国の企業は、会計担当も倉庫係りも皆盗む。ソ連と同じ。企業と自分の利益は違うのだ。終身雇用でないからだろう。現地法人の経理担当が不正を働くせいで、外国の企業は多額の損害を受けている。彼らは、銀行のstatementも一貫して偽造するのである。
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