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世界はこう変わる

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2022年12月 9日

繰り返されるか、世界大恐慌と計画経済の台頭

(これは11月23日発行のメルマガ「文明の万華鏡」第127号の一部です)
今世界は、「リーマンを越える金融恐慌」の襲来にびくびくしている。先月号で次のように書いたが、その事情は変わっていない。

――米国では危険性の高い社債などを組み込んだ「クレジット投資信託」(Credit Risk Mutual Funds。要するにハイリスク・ハイリターンの金融商品を集めて投信に仕立てたものだ)の保有残高が20年末時点でも約3兆6000億ドルと過去20年で8.6倍(21年10月4日付日経)になっていた。2008年9月のリーマン危機では、住宅ローンの連邦住宅金融抵当公庫(Freddy Mack)と連邦住宅抵当公庫(Fannie May)の債券が投げ売りされたことが引き金となった。両社の債券を中心として組成された「サブプライム住宅ローン」はWikipediaによれば、2007年3月で1,3兆ドルの残高であったと推定されている。今回「クレジット投資信託」価格の崩落が金融危機の引き金を引いて不思議でない――

これとは別に、リーマン危機以降一層進行した格差拡大の中、先進諸国では「社会主義経済」、あるいは強権政治家による再配分への期待が高まっている。ソ連型の強権・計画経済がいかに駄目だったかについての知識はゼロ。1991年にソ連が崩壊したのも、経済が駄目だったからであることは、もう忘れられてしまっている。

今ロシア・中国ではそれぞれの事情から、強権・指令経済への回帰現象が見られるが、先進諸国の大衆がこれに引き寄せられることがないように、歴史をシェアしておきたい。以下は、「現代ビジネス」に投稿した原稿の一部を用いている。

(歴史の流れ)

ソ連計画経済体制は技術革新の停滞、財政赤字の累積を招いて1991年、文字通り崩壊し、市場経済体制が永久の勝利を収めたかに見えた。米国のフランシス・フクヤマなどはこれを「歴史の終わり」、民主主義の勝利と評して、得意がった。しかし冷戦の終了で中国が西側経済に参入したことが今、皮肉なことに西側の市場経済と民主主義の双方を突き崩す結果をもたらしている。中国に工業が流出したことで、先進諸国では高賃金の職場が多数消滅し、一握りの富裕層と困窮層に社会は分裂。困窮層は自由・民主主義はさておき、即刻の「分配」を求めてポピュリズム、ファシズムに走っているからである。
一方、立場が有利になったロシアと中国は、自己主張を強めて西側との対立を再燃させ、自分の権力を固めるため、指令経済・国営経済強化の方向に歩みだしている。

(ロシアの場合)
 
ロシアには、(生産面の)市場経済化は結局無理だった。世界の製造業は大手に抑えられていて、ロシアの企業では資金も技術も経営スキルが足りない。しかもウクライナ戦争で、なけなしの外国企業は相次いで撤退。石油部門からはエクソン、シェル等、製造業からはGM、トヨタ等、流通業からは家具大手のIKEA等、飲食業からはマクドナルド等が撤退している。あとをロシアの民営企業が引き取る例もあるが、資金・技術・経営ノウハウなどが欠如しているから、いつまで持つかはわからない。

プーチンは、エネルギー部門で外国企業の撤退は「許さない」、つまり株の売却は認めないとしたが、それは実質的には外国人の持ち株を接収したのと同じこと。外国企業は損切りした上で人員を引き上げ、技術の提供も停止したから、原油の採掘に支障を来しているところも見られる。サハリンⅠは、エクソン撤退を契機に、原油生産量が3分の1に落ちている 。外資に依存していた乗用車生産は壊滅状態で、5月は対前年同期比で実に97%減少している。
加えて10月19日、プーチン大統領は軍需生産増強のために「特別調整委員会」なるものを設立。超法規的な資源配分権を与えた。その責を委ねられたミシュースチン首相は、自らがまとめた予算(法律になっている)をオーバーライドして、恣意的な予算配分を迫られることになる。これはロシアを、ソ連時代の指令経済・軍需経済(鉱工業生産の60%以上が軍需関連とされていた)に戻す。と言うか、資金の多くは浪費・横領され、諸省庁、中央・地方の間では資金の取り合いが起きるだけの結果に終わろう。

地方の調整は議会上院の国家・地方自治委員会委員長ソビャーニン(モスクワ市長を兼ねる)に委ねられたが、彼はミシュースチンとは首相の座を争ったこともあるライヴァル同士。混乱に輪がかかることだろう。

エネルギー価格が高騰してロシア経済をまだ支えているが、戦争費用で財政は赤字化している。エネルギー価格が崩落すれば、ロシア経済は崩落し、西側製品と西側なみの消費生活に慣れてしまった国民は、不満の声を上げ始める。

(中国の場合)

中国では生活水準が向上したのに、習近平政権は自由・民主主義とは逆方向。現在の繁栄と強国化をもたらした「改革開放」の文言を、立法の基本原則を定める立法法から除こうとしている。1960年代後半始まった毛沢東の文化大革命の時代、農村に「下放」され、正規の教育機会を奪われた世代が指導的地位につく時の危険性が危惧されていたが、それがまさに現実のものとなってきたのだ。習近平指導部は共産党の権力維持を最優先して、経済テクノクラートを中枢から排除。「経済に悪いことは何でもやる」と言わんばかりの意気込みである。

既にコロナ禍で敷かれた過度のロック・ダウンは上海等、生産活動の中心の経済を大きく阻害、加えて中央政府での行政経験のない李強が来年3月の人民代表会議で首相に選出されて、これからの経済行政の手綱を握る構えでいる。彼の政府は、財政・金融政策のような間接的手段を通じて経済を動かすようなまだるっこいことはせず、「何をいくつ、いつまでに作って、誰誰にいくらで、いくつ売れ」というような指令経済を展開するだろう。それは、外国企業に対しても同じである。

筆者の経験では、旧社会主義国の官僚は、「市場経済化」の後でも、外国企業に対して翌年の生産量や輸出量について要望、その実指令を下ろすことが日常茶飯事で、いつもすれすれの攻防を繰り広げていた。1898年清王朝の末期には、西太后が息子の光緒帝の改革政策、変法自強運動を阻害(戊戌の政変)。2年後に義和団の排外運動が起きると、これに乗って列強に宣戦を布告し、大負けしている。ここまでは行かないと思うが、2012年反日運動の中で日本企業の事業所がいくつか襲撃されたようなことは十分起こり得る。

(中露が抜けて、世界・日本の経済は回るのか?)

どの先進国にとっても、ロシアとの経済関係はエネルギー資源を除けばマージナルなものだ。ロシアがグローバル経済から抜けた場合の影響は、エネルギー資源、一部の原材料分野に限定される。

ロシアの退場でエネルギー資源の価格は一時的に上がるが、それによって日本の企業だけが競争力を失うわけではない。製品価格を上げ、賃金を上げればいいだけの話だ。
中国の場合は、「世界の工場」になっているだけに、対応ははるかにやっかいである。白か黒かで割り切るのではなく、現実に即したきめ細かい対応が求められる。
まず、「日本は輸出の20%強を中国市場に依存している。これがなくなったら日本経済はもたない」という言説について。これは日本が中国に輸出しているものが何なのかを分析すれば、恐怖心も少し薄れる。日本は乗用車や電気製品のような最終製品を輸出するよりも、部品や素材、そして生産機械のような「生産財」を中国に輸出している。その仕向け先の大半は中国にある日本等の工場であり、そこで組み立てられる製品の多くは日米欧に再輸出されている。組み立ての拠点を中国以外に移せば、日本の輸出はそちらに向かうのである。
次に、「中国が抜ければ、グローバルなサプライ・チェーンが阻害される」という言説がある。確かにリチウム等、いくつかの原材料では、中国が独占的なサプライヤーになっている。しかしそれらの品目の殆どは、費用をかければ別の国で生産することができる。アップルのアイフォン、ソフト・バンクのペッパー等の製品組み立ては、中国から別の国に移す。米国が半導体の対中輸出を厳格に規制しようとしているので、これはどのみち不可避だろう。

(サプライ・チェーンの再構築)

中国の改革開放30年の歴史の間に、西側は中国国内にサプライ・チェーンを作り上げた。日本の乗用車メーカーは自社系の下請け企業に中国進出を強要したし、中国の国内企業の製品品質の向上もはかった。30年かけたものを逆回しするのは、時間がかかる。しかし、残っていれば、いずれ中国に国有化されるだろう。

製品組み立てであれ、部品生産であれ、中国に代わる立地は簡単には見つからない。低賃金の国であればどこでもいいわけではない。米国に輸出するなら米国で生産すればいいように見えるが、労働組合の強い州に工場を建設したりすれば、工場が労働組合幹部の食い物にされてしまう。台湾のTSCM社は米国に要請されて、米国で工場を建設しようとしているが、労働者の確保に困っている。半導体組み立ては高級な労働に見えて、かなりきつい単純労働で、米国でその種の労働者を見つけるのは難しいからだ。TSCMは結局、米国の同業Intelがすでに工場を構え、人員を養成してもいる、アリゾナ州に建設を進めている 。

その他ベトナム等の東南アジア諸国、バングラデシュ、インド、トルコ、ケニア等アフリカの一部などが候補地として上がるが、いずれもその国特有の問題を抱えておりーー土地確保の難しさ、インフラの欠如、地方当局の腐敗、労働者の怠惰等――、慎重な調査と決定そして現地の経営要員の確保を必要とする。これをコンサルティング企業や投資銀行のような第三者に丸投げすると、食い物にされるだけで終わる。

(日本の立ち位置が明確に)
アジアばかりか世界まで席巻する勢いだった中国に、習近平のような政権が現れたことは、ある意味では天祐である。日本では何かと「無用の対立」をすることを嫌がる風潮が強いが、現在の中国に対しては守るべきものと、協力できるものとをしっかり仕分け、けじめをつけて対処していかねばならない。

中国と無暗に対立するのは不要なことだが、中国式の集権・権威主義とは対照的なアジアの大国としての意味を、世界に打ち出していける機会がやってきた。インフラの建設についても、東南アジア諸国や中国でかつてやったように、円借款などODAを利用して、相手国本位(中国のように相手を債務の罠にはめるのでなく)の建設を進めることができる。アジアにおける民主主義と自由経済の拠り所としての日本を、政治家、官僚、学者等、日本の総力をあげて発信していくことが求められている。

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