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世界はこう変わる

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2022年1月 6日

帝国崩壊のマネジメント――ロシアの場合

(これは昨年12月22日発行のメルマガ「文明の万華鏡」第116号の一部です)

 ウクライナ・ロシア国境での両軍にらみ合いは、年を越すだろう。プーチンは15日、拡大閣議をヴァーチャルで主宰して、今年の仕事(経済面)を総括、課題(インフレ)を指摘したうえで、「では良い新年を迎えてください」という仕事おさめの言葉で締めくくっている。

ロシア人はなんでも祝って、何があっても飲んで、休暇に出てしまう世界でももっとも人間的な人々なので、ロシア正教会のクリスマスは1月7日であるのには構わず、カトリックのクリスマス、西側の元日、そしてロシア暦の正月をしっかり祝ったうえで、ようやく1月10日頃に職場に戻ってくる。今年はウクライナとの国境に十万以上の大軍をはりつけて、いつでも侵攻できる体制だというのに、この豊かな人間性。

 でも、ソ連軍のアフガニスタン侵攻は1979年の12月末。エリツィン大統領の辞任は1999年の12月末。何があるかはわからない。西側のメディアは報じないが、ウクライナ政府軍も東ウクライナに12万5000人ほど(ロシア側の言い分)集結していて、何かしかけるかもしれない。ウクライナ軍はこの数年増強され、欧米の軍人に訓練もされて精強になっている。11月には東ウクライナの前線で、親ロシア勢力に対してドローン攻撃、そして米国から得たJavelin対戦車ミサイルを初めて使って、ロシア側を警戒させている。

 2014年ロシアはクリミアを併合した際、ウクライナ東部のドネツ、ルガンスクにも義勇兵を送って制圧する構えを示したのだが、200万を超える人口(そのうちかなりの者は、ロシアと一緒になりたくない)を抱え込むのは経済的につらいし、西側の反発も強いだろうから併合は避け、緩衝地帯として保持するに止めている。そしてウクライナを相手に「ミンスク合意」というのを結び、ウクライナが憲法を改正してドネツ、ルガンスク両地方に自治を認めれば、親ロシア勢力を撤退させると言ってきた。

 この「ミンスク合意」はウクライナ軍が弱かった時に結ばされたもので、ドネツ、ルガンスクの分離を認めるようなものだから、ウクライナ政府は、これまで散々この「ミンスク合意」を反故にするよう欧米に頼んできた。しかし欧米は色よい返事をしてくれない。そこでゼレンスキー大統領は、実力で既成事実を作った上で、欧米をこれに引き込む戦術に出たようだ。これまでロシアとのパイプを務めてきた野党第一党の党首メデベドチュクを国家反逆罪で逮捕した上、東ウクライナでの軍を増強しているのだ。

 米国はトランプもバイデン政権も、ウクライナを後押しするのには慎重で(ウクライナは西側への依存姿勢が強すぎる上に、国内の政治は腐敗したままである)、訪米を急ぐゼレンスキー大統領を何度も押しとどめ、8月にやっと会談したのはいいが、たいした土産は持たせなかった。今回もバイデンはEU諸国と声をそろえてウクライナに「ミンスク合意を守れ」と言い、兵器を送り(これまで25億ドル分)、多数の軍人顧問を送ってウクライナ軍を訓練するのにとどめている。

それなのにプーチンは、今回のウクライナの動きの背後に「西側」、特に米国の後押しを感じているようだ。11月以来、「米国は越えてはいけないred lineを越えようとしている。何度警告してもしかけてくる」という趣旨を何度も述べている。ロシアによれば、米軍はこの数カ月、ロシアへの挑発をめっきり強め、爆撃機をロシア領空直近に飛ばせては核ミサイル発射演習を繰り返しているし、これまで駐留していなかったノルウェーにローテーションで軍を配備し、NATO加盟国のエストニアはイスラエルから地対艦の巡航ミサイルを購入して、サンクト・ペテルブルクのロシアの軍港だけでなく、ロシア本土と飛び地カリーニングラードの間の艦船通行を妨げ得る能力を獲得している。

だから、プーチンはウクライナとの国境に大軍を集結させることで、東ウクライナに集結したウクライナ軍を釘付けにしてしまうと同時に、red lineをもう越えない、「ロシアの赤線にはもう行きません」という誓いを米国から条約の形で取りたいのだろう。

7日、危機を鎮めたいバイデン大統領はプーチンと電話で会談し、ここでロシアの懸念を話し合うための高官会議を立ち上げることを合意している。プーチンはロシアの懸念を解消するための条約案を1週間以内に提示することを約束し、それは既に外務省が公表している。一口で言って、「米国は旧ソ連諸国にこれ以上、NATOを広げません。ロシアの周辺に配備した危険な兵器は引き上げます。これからはロシアの至近距離で爆撃機や軍艦を動かしません」と約束させるもの。目いっぱいの要求を上から目線で押しつけている感じがする。昔の米国なら即座にはねつけたことだろう。今はとりあえず受け取って、話し合いを転がしていく格好をとるだけ大人になっているかもしれない。

どうなるだろう。既に言ったように、とりあえずクリスマスと新年で、ものごとはしばらく膠着。ウクライナ軍もバイデンに言われて、動くまい。

新年休みが明けても、プーチンの条約案をNATO諸国がすんなり呑むことはないだろう。この条約案のままだったら、ウクライナとかジョージアとかの旧ソ連諸国は、これから米軍を一切いれることなく、NATOにも近寄ることなく、ロシアにまた呑み込まれる日を首を洗って待っていろ、ということになってしまうからだ。

米国や欧州は、これら諸国をロシアとの間の緩衝地帯にしておくのはやぶさかでないだろうが、この条約案はロシアに一方的に有利になっている。「ロシアとNATOの双方が、この地域の中立を保証し、それについて検証する場を設ける」というような書きぶりに変えないと。

もっとも、こういうことは、ソ連が崩壊してドイツの統一の是非で厳しい交渉が行われた1990年に、条約として決めておくべきことだったのだ。帝国が崩壊すると、独立を獲得した周縁部諸国は、安全保障を求めて必ずNATOに近寄る。ロシアがこれを押しとどめて、ロシアとNATOの間の緩衝地帯にしておきたいのだったら、ロシアにまだ交渉力があった1990年にやるべきだったのだ。そこを、「NATOは東方に拡張しない」口約束だけですませたのは、当時のゴルバチョフ政権の失策。プーチンが今更蒸し返そうとしてもうまくいかないだろう。

とすると、プーチンにとっての選択肢は限られる。一つは、骨抜きにした「条約」で手を打つとともに、西側はウクライナ政府に資金を供与して――IMFが50億ドルを提供するのを約束している――軍事行動を自制させる。これで当面の危機を回避する、というもの。

これが嫌なら、軍事衝突になる。しかしロシアの正規軍が侵入してドネツク、ルガンスク支配を固めると(2014年は義勇兵だった)、西側は厳しい対応を取るだろう。バイデンは、当面武力行動は考えていないが、これまでに前例のない厳しい制裁措置を取る、と言っている。それは、ロシア政権の裏金――1991年ソ連共産党がエリツィンに叩き潰された時は、「共産党の秘密資金」(確か一兆円程度だったと記憶)の扱いが話題になり、数名の旧党官僚が自殺、他殺の目にあっている――を海外で差し押さえることかもしれない。2017年頃だったか、オバマ政権は北朝鮮の金正恩の裏金を海外で差し押さえ、北朝鮮の譲歩を引き出している。今のロシアの行動パターンは、脅しては話し合いを迫る、北朝鮮のやり方そのものだ。


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