台湾危機 の議論は先走り
このところ、台湾防衛をめぐる議論が盛んだ。中国の軍用機は毎日のように、台湾の防空識別圏に立ち入っている。これは威嚇だ。中国が明日本気で攻撃を始めるつもりなら、今頃対岸の福建省に大軍を集結させていることだろう。
それでも、「中国軍は強くなった。中国のミサイルを警戒する米空母群は台湾周辺にうっかり近寄れない。中国は、数年内に台湾の軍事制圧に乗り出す。その時日本は、米国はどうする?」という声は絶えない。
なぜ台湾はそれほど重要なのか? それは台湾が中国に吸収されると、在日基地の意義は米軍にとって激減する。米海軍は、日本の基地から南方、そしてインド洋、中東方面に出動しようとしても、台湾沖の航路が安全ではなくなる。それならば、(費用はかかるが)豪州あたりに基地を移そう、ということになるからだ。そうなると北東アジアで米国は足場を失るし、日本は「裸」になり、戦略的には今の台湾そっくりの地位に陥る。
だから台湾を守ろう、日本は軍事力を増強し、米軍と作戦分担を決めておかないと、という話しになるのだ。台湾の現状を守ることは、日本や米国のためだけでなく、台湾に住む人々の多くにとってもいいことだ。
台湾を囲む不確実性の数々
しかしよく考えてみると、台湾について言われていることの多くは、不確実性を抱えている。まず中国軍は増強されたものの、台湾を包囲するため太平洋岸に回るには、日本の先島諸島の間の狭い海峡、そして台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通り抜けないといけない。有事には、ここを通ろうとする中国の艦船は簡単に撃破されてしまう。
台湾を軍事力で制圧するには100万前後の兵力が必要と言われるが、中国はこの大規模な渡海作戦と、その後の補給を維持する力はまだないと思われている。だから台湾を武力で制圧するより「封鎖」して降参させることを狙うと言われているのだが、右のように太平洋岸では行動できまい。しかも、南シナ海のシーレーンを台湾や米国などに「封鎖」されると、中国経済の心臓部である海岸部、広東地方の経済が成り立たない。
つまり中国が打てる手は、けっこう限られている。
一方、台湾人は防衛に命を投げ出す覚悟はあるのだろうか? 徴兵制は2018年既に廃止されている。そして将校クラスの多くは「外省人」、つまり1949年蒋介石に率いられて渡海してきた元国民党(今も国民党だが)軍の将校の末裔なのだ。彼らの中には本土への郷愁を捨てず、いつかは共産党政権と手を握って本土に復帰することを夢見る者もいる。もしかすると中国は、本土への宥和姿勢を強めている国民党に政権を取らせ、戦わずして台湾を手に入れることを考えているかもしれない。
米国も、米中冷戦と言われているが、それが台湾をめぐる「熱戦」になるのは望まない。もともと米国は、台湾を独立に向けてあおることは避けてきた。むしろ台湾が本土からの明確な分離・独立を宣言しないよう、圧力をかけてきたし、台湾の兵器の老朽化・陳腐化も放置してきた。米国は今、兵器の近代化、増強を助ける方向に転じているが、台湾の跳ね上がりは許さないだろう。
日本はどうかと言うと、軽空母に相当する「いずも」、「かが」などかなりの軍事力を備えてはきたが、台湾を守って中国軍と戦うかと言うと、そこまで世論は支持しないだろう。中国軍を攻撃すれば、日本は中国の核ミサイルの脅威を受けるが、これを抑止する自前の手段を日本は持たない、という問題もある。そして、「日本が中国敵視政策を取ったので、中国にある日本企業の資産を接収する」と言われたら目も当てられない。数十兆円分もの資産を残したまま撤退した第2次大戦の二の舞になってしまう。
こうして、台湾をめぐる情勢は三すくみ、四すくみ。結局のところ今の台湾の、対中独立でもなければ従属でもないという、法的にはヌエのような状況をstatus quoとして、台湾、中国、日本、米国、皆で守っていくことでいいではないか。
なお、中国経済が最近揺れている。習近平指導部が成長よりも分配、経済より権力の維持を前面に出す政策を取ってきたからである。不動産最大手の恒大集団が30兆円超の債務を抱えたまま倒産の瀬戸際にあるし、二酸化炭素排出を抑制するという目標が先走り、石炭発電を止めたことで、各地で計画停電が発生している。
もし中国の経済が大きく後退することがあれば、それは台湾も含めて国際情勢のゲーム・チェンジということになる。
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