アフガニスタン撤退の混乱が意味するもの
(8月25日発行したメルマガ「文明の万華鏡」の一部です)。
米軍のアフガニスタン撤退については、Newsweekや現代ビジネスでずいぶん書いたので、ここでは大事なことだけかいつまんで。(日本では、「大使館の対応が遅れた」という一点に報道が集中しているが、ずいぶんアンフェアな話だと思う。何かあるとすぐ、自分の国の政府を批判することだけに報道価値を見出す。自主外交ができないと決めつけているから、その中で自分の国の政府だけじくじくと批判する)
1)「米国の諜報」神話の崩壊
米国の諜報・情報収集・分析は世界のお手本のように言われる。確かに盗聴とか、宇宙からの偵察とか、技術を使った情報収集では、日本など膝元にも及ばない。しかし古典的なヒューミント、つまり人間に食い込んでの情報収集では、英国が相変わらず強いし、現地語に強い人材を何人も持っている日本外務省が人知れずヒットを放っていることも多いのだ。
米軍は「タリバンの進軍がこんなに速いとは思わなかった」と言っているが、地方の族長や市長が戦闘ではなく、時勢を読んでタリバンに投降を急ぎ始めた情勢を読めなかったのか? それともタリバンとの秘密交渉で、米軍撤退が終わるまではカブールを取らないという合意でもあったのか?
この5カ月ほど、米国は周辺の中央アジア諸国などに、米国のために働いてきたアフガニスタン人要員を引き取ってくれないかと要請してきた。僕は「さすが米国。そこまで配慮するから皆に信頼されるのだ。米国は、周到な撤退プランを立てているな」と思ったものだ。だが、この身勝手な要請は、軒並み断られた。中央アジア諸国にしてみれば、ろくに身元審査もできないアフガン人を多数抱え込む経済上、治安上の不安に耐えられなかったことだろう。アフガニスタン人の多くがしゃべるダーリ語はペルシャ語系で、中央アジア諸国で主流のチュルク語系と違うという問題もある。それに、そんなに大事なら、米国自身が引き取ればいいじゃないか、というわけだ。
こういうことでも、米国は時間を空費した。軍の撤退自体は電光石火の早業で、見事だったが、これはまるで終戦直前、満州から関東軍がひそかに撤収して、多数の民間人をソ連軍兵士による略奪と暴行の危険にさらしたのと酷似。あの空港での大混乱となった。軍と国務省、USAIDその他民間組織の間の連絡は不十分そのものだったのだろう。それは、大統領国家安全保障局の責任だ。
アフガン人がしがみついたまま離陸した米軍輸送機は、車輪を完全に格納することができず、パイロットが小窓から見ると、アフガン人の死体が「つまって」いた。そのうちの一人、サッカーのナショナル・チームのプレーヤー一人が高空から落ちていく画像が、CNNなどでは放映されている。僕の見た日本のテレビでは、そこを映していなかったが、なぜだろう? パイロットは精神に異常を来したようで、ドーハに着陸後、精神医の診察を受けたそうだ。
日本の大使館員は、他の日本人が避難したのを見届けた上で、英国軍機の好意で避難した。安倍内閣時代の新法でこういう時、邦人救出のために自衛隊機を飛ばすことはできるし、2016年には南スーダン危機の時に近隣のジブチに飛んでいる。しかし、自衛隊機はそれまでもジブチに駐在する自衛隊のために何度も飛んでいたのに比べて、今回は初めてのアフガニスタン。準備に時間がかかりすぎると言うことで、今回は英国の好意にすがることになった。
しかし今晩(23日)あたり、自衛隊機はカブールに向け飛び立つ。国際機関で働く日本人職員と、大使館のアフガニスタン人職員のうち希望者を運び出すためのものだそうだ。後者は2015年の安保関連法の解釈の幅を広げないとできないことで、本当に英断だと思う。この際、英国軍のように、他国の大使館員、国際機関で働く日本人職員以外の要員も乗せるようにすれば、日本への評価は一遍に高くなるだろう。法律の解釈、そして日本に引き取ったアフガニスタン人の職探し、それを担当する省庁の選定など、問題は山積みになるが。
2)タリバン=テロリストではない
「タリバンが権力を握るとまたアルカイダのようなテロ組織を匿って、世界中でテロを展開する」というのが世界のマスコミの通り相場なのだが、そこは「?」。2000年の頃は、アルカイダもサウジの金持ちなどから巻き上げたカネでタリバンに「賃料」を払っていたから、アフガニスタンにいられたのだろう。しかも、2001年の9月11日事件は、別にアフガニスタンの山奥からビン・ラーディンとその一味が直接指揮していたわけではない。
テロは一種のビジネス。これまでは、パレスチナ擁護というアラブの大義、反イスラエル・反米の旗を掲げ、アラブの金持ちに拠金を迫れば必ず出してもらえるという構図だったのが、トランプ末期にクシュネル大統領特別顧問がイスラエルとアラブ諸国の和解という大一番を実現したせいで、このやり方はもう成り立たなくなっている。国際テロのビジネス・モデルは、見直しを迫られているはず。今のバイデン政権にとっては、国内の保守白人による暴動の方がずっと、リアルな危険になっているだろう。
タリバンは女性の権利、教育を認めないからけしからんと言われる。それはその通りで、大賛成。しかし隣のパキスタンでも、地元タリバン勢力による女子教育弾圧を公に批判したために撃たれた(その時15歳)マララ・ユスフザイのような女性がいるではないか。パキスタンの隣のインドでも、女性への集団暴行が相次いだり、結納金が足りなかった嫁が焼き殺される例が絶えない。サウジ・アラビアでも、女性の自動車運転が解禁されたのはつい最近だ。
3)「中国がウィグル人のテロを怖がっている」ことへの無理解
中国はロシアと並んで、タリバンにすり寄っている。これは、米国に代わって アフガニスタンでの覇権を確立したいのだとか、「埋蔵量が1兆ドル分」と推定される稀土類や銅の開発をしたいのだとか言われるが、中国の最大の関心が多分、「アフガニスタンをウィグル人テロリストの拠点としないこと」にあることは、なぜか日本、そして世界のマスコミに理解されない。
そもそもの経緯は調べきれなかったが(中国新疆のウィグル人青年たちがアフガニスタンに出たのは、同じイスラムのアル・カイダとともに米と戦うためだったのか、その後西側の支援も受けて新疆での反中工作をやっていなかったかについて)、アフガニスタン北東部には今でも、ウィグル人の「テロリスト」集団が居住している。そのうちシリアに出征した者も多かったが、彼らはシリアからは帰ってくるだろう。西側からの支援を受けて、新疆・中国での活動を強化するかもしれない。アフガンと新疆は国境を接しているが、ここは南北の幅僅か15キロの地峡「ワハン回廊」。中国軍の哨所もできているので、通りにくい。ならば国外に出て、パキスタン、ミャンマーとかラオスあたりから中国に潜入することはできるだろう。
だから「タリバンが匿うテロ組織」はアルカイダより、ウィグル人である可能性があり、だとするとこれからのアフガニスタンは米国よりも、中国にとっての心配の種になるのである。
4)「アングロ・サクソンの黄昏?」
今回の体たらくを見ていると、この20年ほど言われている「アングロ・サクソンの黄昏」も本当ではないかと思えてくる。もっとも、アングロ・サクソン族は英国では中世以前の存在で、今ではその後入ってきたノルマン系ゲルマンなどが上層部にいるし、米国ではそれに輪をかけて、上層部にはアングロ・サクソン以外の白人諸族が入り込んでいるから、「アングロ・サクソン」よりも「英米支配体制」という言葉を使いたい。要するに、19世紀の覇権国・英と20世紀の覇権国・米が民族的に近いこともあって、今でも世界の経済、安全保障の根幹を握っているという現象。
トランプ以来、僕も米国について「正体見たり。白人エゴイズム」ということで、呆れているし、日本は経済、安全保障上の力をますます充実させなければならないと思っているのだが、下に述べるように英米の優位は簡単には崩れない。
自力を充実させる一方で、英米とも一緒にやっていく方が、日本を初めとする米国の同盟国にとってははるかに得なのだし、それは米国にとってもそうなのだ。「アフガニスタンから撤退したから、同盟国からも撤退する」ということには全然ならない。アフガニスタンのガニ政権が捨てられたのは、米国と西側に経済も安全保障もおんぶにだっこ、ついでに私腹も肥やしていたので、米国にとっては負担にしかならなかったためだ。カブールはずいぶん近代的な様相も呈しているようだが、ここでは2001年以来、「外国からの援助が最大の産業」になっており、自力で発展したものではない。
中国、ロシアのマスコミは「米国はもうおしまいだ」という呪文を声高らかに唱えているが、本当にそうか? 1975年南ベトナムからの撤退の後も、2008年のリーマン金融恐慌の後も、米国のhegemonyは揺らいでいない。1975年はウォーターゲート事件の真っ最中、今回はトランプの生み出した国内分裂の真っ最中なのだが、Hegemonyの交代は大戦争の時くらいにしか起きないものなのだろう。経済・金融にしても安全保障にしても、世界のシステムは現在の覇権国なしには存在しえない。現在の覇権国がパソコンのように「強制終了」させられることがない限り、パソコンは既存のソフトで動き続ける。
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