南オセチアで米露冷戦?
ロシア軍の撤退合意が成立したので、18日時点での見方をまとめておく。
河東哲夫
1.帝国崩壊は100年にわたって問題を残す
平和な日本にいると、どうしてこういう戦争が起きるのかわからないが、世界は赤裸々な欲、憎しみ、嫉み、嘘で動いている。多数の民族、人種が共存し、問題が押さえ込まれている帝国が崩壊すると、紛争がいつまでも続きがちだ。
端的な例はトルコで、オスマン帝国が崩壊してかれこれ100年もたつのに、ここが抑えていたバルカン、中近東は今でも紛争が相次ぐ。
ソ連も同じことだ。ソ連の中にグルジア民族がおり、グルジアの中にオセット、アプハスという少数民族がいて、それぞれ独立したがったということだ。まるで、民族問題のマトリョーシカ(大きな人形の中に小さな人形がはいっており、またその中に小さな人形が入っているという、ロシアの土産物)のように。
今回の場合も人間の欲望が大きな役割を果たしている。グルジアには大した富の源泉もなく、戦略的にも脆弱な立場にあるので、守り助けてくれる存在が必要だ。以前はモスクワがそうだったが、自由・民主主義を標榜して政権を取ったサカシヴィリ大統領は西側にそれを求めたということである。
他方、グルジアの中の少数民族であるオセット人、アプハス人はグルジア人からの保護を求めてロシアに頼る、という構造だ。本来ならば、彼らだって西側からの経済援助は非常に欲しいに違いない。
2.ロシア、グルジア、どちらが悪者なのか?
今回、どちらがどちらを挑発したのかはわからない。グルジア側も、CNNによれば「1日に500回も記事資料を送ってくるような政府は、かえって猜疑心をもって見られるようになる」ということで、その言い分はあまり信用されていない。この2年ほどの展開を見ると、静かになったと思っていると、ロシア、グルジア、あるいはアプハジア・南オセチア自身と思われる何者かが、挑発行動に出ている。
今回は、ロシア、グルジア双方は7月から友好国軍も招待しての軍事演習を行っており、火のつきやすい状況だった。
但し、ロシアの軍事行動は「南オセチアの現状回復」という大義名分を超えている、と言われても仕方あるまい。
3.西側は関与を強めざるを得ない
サカシヴィリ大統領は民主主義と経済自由化を標榜して西側NPOの支援を取り付けた上で、2003年11月議会に文字通りなだれ込み、「バラ革命」と称してシェヴァルナゼ前大統領を追い出した人物だ。彼については激しやすいとか、都合のいいことばかり並べ立てるとか、西側でも非難はあるが、少なくとも当初は欧米で改革の旗手として囃されていた人物だ。だから04年に大統領になって以来、グルジアは米国から手厚い経済援助、軍事援助を受けてきた。
最近ではNATO加盟を求め(アプハジア、オセチア問題を片付けるための権威づけにしたかったのだろうか? 紛争を抱えている国はNATOに加盟できないという原則をどこまで心得ていたのか。それともそのような原則は軽視していたのか)、4月ブカレストであったNATO首脳会議ではずいぶんいいところまで行ったものの、ドイツを中心とした欧州諸国の抵抗で(ロシアとあからさまに対立したくなかったのだろう。それに、グルジアは西欧とは文明的に随分異なる)、話を次の12月の首脳会議まで引き延ばされていた。
今回の戦闘で、NATO加盟はおそらくさらに延期されるだろうが、西側の関与は一層強くなるだろう。
4.今回の事件はロシアには多分マイナス
(1)面子を踏みにじられてきたロシア
ソ連が崩壊した時、パパ・ブッシュの政権はロシアをいたわるかのように、随分気を使ったものだが(その頃のロシアは自由・民主主義を標榜していた)、現在のブッシュ政権になってから、米国、NATOがロシアの面子を踏みにじって勢力圏を拡大する事例が相次いだ。バルト三国へのNATO拡大、コソヴォ独立、ポーランド、チェコへのミサイル防衛装置配備決定、旧ソ連諸国で相次いだ「民主革命」などがそれである。
その中で、グルジア、ウクライナのNATO加盟は次の係争要因となっていた。今回ロシアは、そのようなグルジアに対して「決然たる対応」を示したのだろう。
だが、自分の置かれた国際的環境を良く見てやらないと、決然たる対応も自ら墓穴を掘る結果に終わりかねない。
(2)旧ソ連諸国はロシアに猜疑心?
1991年8月、ソ連保守派が国の崩壊を防ごうとしてクーデターを起こし、かえって分裂傾向を決定的なものとしてしまったのと同じようなことが、今回行われてしまった可能性がある。
なぜなら、旧ソ連諸国はロシアによる軍事介入の可能性があること、今までレジーム・チェンジをしかけてくるのはアメリカだけだと思っていたのに、ロシアもしかけてくる可能性があることを認識したであろうからである。
今回の紛争によりアゼルバイジャン、カザフスタンからロシア領を経ずに原油をトルコ、更には西欧に積み出すルート(バクー・ジェイハン・パイプライン、及びポチ港までの鉄道)が使えなくなっている(但しパイプラインについてはその10日程前からトルコ領内でテロによる爆発があり、その時から使えないでいる)。ロシア経由パイプラインの容量が限られていることもあり、このことはアゼルバイジャンにかなりの損失を与えているだろう。
アゼルバイジャンは10月15日に大統領選挙がある。これまでアリーエフ現大統領楽勝と思われてきたのが、にわかに舵取りが難しくなってきた。
こうしたことが、これまでも臨終状態にあると言われてきたCIS(旧ソ連諸国のゆるい集まり)の結束を更に弱めるのか、それとも表面的には強化するのか、それはまだわからない。ロシアとも関係を維持しながら米国、EUにもなびく2面外交を行ってきたモルドヴァ、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、カザフスタンだけではない。ベラルーシのように保守的でありながらロシアに時には楯突いてきた国も、内心穏やかではないだろう。ウズベキスタン、カザフスタンのように大統領終身制の色彩が強い国々では、不満分子とロシアが結びつく可能性に神経質になっているかもしれない。
また8月28日にはタジキスタンの首都ドシャンベ(これ、中々しゃれた近代都市なのだ)で上海協力機構首脳会議がある。ここで、今回のグルジア紛争がどう総括されるか見ものである。中国は多くのことでこれまでロシアにつきあってきたが、西側と決定的に対立することではいつも腰を引いてきた。今回も難しい。気をつけないと、国内の分離派勢力に対する外部からの支援を認めることとなり、チベット問題でおかしなことになるからだ。
ただ今回、「圧倒的」であったはずのロシア軍が、グルジアに進攻してからすぐそこにある南オセチア州都を制圧するまで2日間を要し(細道で周辺からグルジア軍の攻撃を受けたらしい)司令官が負傷までしたこと(この司令官、一部報道ではグルジア軍のツヒンヴァリ進攻時、休暇中だったそうだが)、グルジアの防空兵器によってロシアの戦闘機がかなり撃墜されたこと(2機から10機まで数字に開きがある)は、旧ソ連諸国のみならず周辺諸国の軍によって十分テークノートされたことであろう。
5.日本が心積もりしておくべきこと
(1)今回の紛争がどの程度のマグニチュードを有する話になるかは、今後のロシア軍の撤退ぶりに大きくかかる。双方から挑発が繰り返されるであろうから、右撤退は容易であるまい。
その場合、対ロ制裁の話が出てくる可能性がある。ソ連に対して西側は1979年のアフガニスタン侵攻、あるいはその後のポーランドでの戒厳令発令の際等に制裁措置を行ったことがあり(80年のモスクワ・オリンピックのボイコット等)、今回も2014年ソチ(グルジアでのもうひとつの紛争地アプハジアの西に隣接)での冬季オリンピック開催は流れるかもしれない。その他にも、対ロ支援の性格を有する公的プロジェクトは凍結・延期ということになる可能性がある。
(2)アプハジアについては、以前から国連の和平監視要員が駐在している。今回、南オセチアについてもロシア、グルジア以外の国際的監視要員を派遣する話が出てくるかもしれない。日本も対応するべき話しだろう。
また南オセチア、アプハジアがグルジアからの独立要求を行ってきたのは、より良い生活を求めてのためでもあるので、これら地域の住民の生活水準向上につながるようなODAプロジェクトを行うことも、情勢安定化に資するであろう。但し、現地政府の体質は腐敗しているとの報道もあるので、アカウンタビリティーを確保できるような供与方法を考えねばならない。
(3)日本は、ロシアを頭から悪者と決め付けて対応する必要はない。他方、ロシアとの関係を推進する好機とばかり、ロシアに対して甘い顔をするべきでもない。そのようなことをしても、ロシアから見返りはないだろう。それよりも日本は、グルジア情勢をできるだけ公正な形で安定化できるよう、提言をし、実行をしていくことで、ロシアからも真に尊重される存在になることが出来る。
6.冷戦が復活するのか?
グルジアをめぐって米ロ対決、冷戦の復活という事態になるかどうか。米国ではマッケイン大統領候補の外交アドバイザーRandy Sheunemannは長年、ワシントンにおけるグルジア政府のロビーイングを担当しており(既に契約は切れている)、マケイン自身もサカシヴィリ大統領と親交がある。新しい冷戦は米国にとり、経済振興策としても悪くない。
米政府自身のものの言い方は未だ慎重だが、ロシアが今後イラン、アフガニスタンで反米側についたと取られるような事実が報道されれば、ロシアは究極の黒幕扱いを受けかねない。
他方、ロシアにとって冷戦の復活は自殺行為になろう。ロシアの核ミサイルは自然劣化のテンポを速めており、現在の弾頭数は米国の半数程度に落ちている。急速な増強は経済的、技術的に不可能である。ソ連崩壊後の15年以上にわたって軍需予算が大幅に削減されたため、ロシアは多弾頭核ミサイルを大量に生産できるだけの技術力、生産能力を失っている。
またポーランドに配備される予定の米国MDは、それ自体がミサイルであって、照準を変えればモスクワに10分程度で到達する戦略核ミサイルともなると、ロシア側自身が言っている。ロシアは、戦略的に非常に不利な状況にある。
またかつての400万人から120万人程度に削減された通常兵力、海上兵力も、人口減少もあって急速な充足、装備改善は望まれない。
また石油・ガスの輸出に過度に依存した経済体質は一層ひどくこそなれ、改善は一向にされていない。ロシアは新しい冷戦を支えるだけの経済力、技術力を有していない。何よりも、消費の味を知ってしまったロシア国民が、昔の経済体制に戻ることを許すまい。
世界の中で、アメリカとさしたる相互依存関係にないのはロシアくらいのものである。ロシアは、「アメリカも道理に外れたことをやっているのだから、ロシアもやっていいだろう」とよく言うが、肝心のことを忘れている。世界はアメリカから多くの利益を得ているから、その行いを支持するのである。
ロシアは中国やインドと組んで米国に対抗する姿勢を示すことがあるが、中国もインドも新しい冷戦まで付き合う気持ちは毛頭ない。新しい冷戦が起これば、ロシアは完全に孤立し、協力を申し込んでくるのは国際テロリストくらいなものとなってしまう可能性がある。
7.メドベジェフ大統領の国際的信用
グルジアからのロシア軍撤退もそうだが、メドベジェフ大統領の公言したことが直ちに実行されないことが目に付く。洞爺湖のG8サミットでジンバブエのムガベ政権について厳しい声明に同意しておきながら、その直後には国連安保理で制裁措置に拒否権を使ったのもその好例である。選挙で選ばれた大統領が権力を行使できないようでは、ロシアの国際的信用にも傷がつくだろう。
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