ロボットとAIが何でもやってくれる 社会の住み心地
(これは昨年12月25日付、日本版Newsweekに掲載された記事の原稿です)
年の瀬。世界を見ていると、米中のなりふり構わない貿易・技術戦争とか、株式の乱高下とか、ろくでもないことばかり。少し気休めに、どうでもいいと思われることを考えてみたい。こういうのはserendipityと言って、思わぬ発見をもたらすかもしれない。
ロボットは、今でも殆ど無人の工場を現実のものとしているが、これからは石油や鉄鉱石の採掘から始まって、精油・製鉄、そして加工・組み立てまでロボットとAIがやってくれるようになるだろう。ロボットや生産設備を揃えるための初期の投資は大変だが、減価償却したあとの生産費用は理論上、ゼロに近づく。となると、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」共産社会を越え、「働かなくても、欲しいだけモノが手に入る」ユートピアがやってくる。
人間は終日家でゴロゴロしていて、インターネットか何かでモノを注文すると、それが翌日は無人自動車で配達される。皆満ち足りるので、国と国に分かれて、貿易戦争とか資源の奪い合いをする必要もなくなる。生産設備を購入するだけのカネのない途上国も、先進国から「必要なものを欲しいだけ」無人船で供給してもらえるだろう。
本当にそんなうまい話しはあるのか? と思って考えると、今の世界でも、それに似たうまい話しは結構あるのだ。例えば、フィンランドとかオランダでは、「最低所得保証」という制度の実験を始めている。所得水準に関係なく、毎月の食費程度の金額を国家が配っているのだ。生活保護と、モノやサービスへの需要を人為的に膨らませて経済を回していこうというケインズ政策を、兼ね合わせたものと言える。
そしてアメリカ。あの国は、モノの生産は海外に下請けに出している。ドルを印刷してはモノを欲しいだけ輸入しているので、グローバルにケインズ政策を実行しているようなものだ。もっとも、アメリカ国内の格差は厳しく、低所得層にしてみれば、自分達に直接ドルを配って欲しいところだろうが。
かく言う日本も、アベノミクスというケインズ政策のただ中にあって、日銀が円をどんどん印刷しては国債を消化。GDPをこれ以上下げないよう、努めている。これは、国を個人に見立てた最低所得保証、とでも言おうか。米国のように、世界全体を利用する力はないので、国内の貯蓄を借り上げて何とか経済を回しているのである。おかげで今年度の税収は、過去最高の60兆円超のレベルに達しそうだ 。
しかし、ロボット・AIが何でもやってくれるユートピアは、以上とは別次元の話し。今の時代はまだ、財政赤字とかインフレ、デフレに気を付けてカネを回さないといけないが、ユートピアの経済ではモノの価格がゼロに近づくので、既存の経済理論が効かなくなる。貨幣も不要となる。利潤はゼロになるので、投資をする者はいなくなり、何でも手に入るので、あえて富を築く意味もなくなる。
となるとモノ作りは、例えば2030年に作られた生産設備で進歩、革新は止まり――そのあたりの時点で利潤がゼロに近づいて、モノづくりを手掛ける企業はなくなるので――、フランシス福山の予言した「歴史の終わり」が今度こそ本当にやってくるだろう。
それは退屈な社会だ。創造的な仕事に励む人間は一握り。大企業に入るために有名大学に入る必要もなくなった日本人の大半は、ゴロゴロ日を過ごすことになるだろう。勉強もしない青年達は自分を誇示するために、徒党を組んで街を徘徊し、他の青年グループと果し合いをしたり、ロボットを襲ったり、無人自動車にあおり運転を仕掛けたり、他人の家に押し入って暴行の限りを尽くしたり、暴力本能を恣に発揮することになるだろう。
かくてユートピアは無政府状態の混乱か、AIと少数の人間に監視、管理されるディストピアに化けるのだ。こんな「時計仕掛けのオレンジ」のような情景が初夢にならないよう、来年も皆で知恵をしぼっていきたいものだ。
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