経済面での冷戦構造復活の動き
(これは、8 月22 日に「まぐまぐ」社から発売したメール・マガジン「文明の万華鏡」第76号の一部です。このメルマガを毎月早く入手されたい方は、http://www.japan-world-trends.com/ja/subscribe.phpにて、講読の手続きをお取りください)
ロシア経済が、西側経済からの離脱傾向を強めている。それは、米国の制裁を受けてのもので、ロシア自体が望んでやっているものではないが、いずれにしてもロシアは、冷戦時代のソ連のように、資本主義経済から切り離された(資源輸出と、生産財、消費財の輸入は続いている)経済主体にまた戻りつつある。ソ連崩壊直後の、ロシアを民主化し、市場経済を導入して市民社会を作るのだという高揚感は、結局報いられることはなかったのだ。
筆者が当時書いた大河小説「遥かなる大地」(熊野洋の筆名)には、ソ連崩壊後のあまりの混乱と困窮に、リベラルな知識人たちでさえ保守回帰を叫ぶ時が来るかもしれない、という予言がある。これは1879年のフランス大革命の後の大混乱を収拾するため、ナポレオンが保守層によって担ぎ出され、「自由・平等・博愛」という革命の理想を無視した帝国を作り上げた故事にならったものだが、まさにその通りになっている。残念だし(筆者の小説の売れ行きもそうだったが)、悲劇的なことだと思う。
閑話休題、オバマ政権はクリミア併合に対する制裁として、海底、あるいは大深度の油田・ガス田開発のための機械機器・技術の輸出、そしてロシアのエネルギー企業への投資を禁じた。これはロシアにとっての最大の収入源である原油・天然ガス部門の将来を危うくするものである。またトランプ政権による鉄・アルミ製品への関税率引き上げは、ロシアにも及んでいる。アルミはロシアの製造業にとって重要な輸出品目なので、これを制限されるとロシアも困るし、大口需要者の米国自動車企業も困る。
そしてロシアはこの半年で、中銀手持ちの米国国債を大幅に処分。保有額は本年3月から5月の間に80%減少して、僅か149億ドルとなっている(米外交評議会は、減少した分のうち半分程度は、実際にはベルギー、ケイマン諸島に「疎開」したのではないかと推測する記事を掲載している)。ロシアにとってみれば、いつ米国政府に制裁として凍結、あるいは没収されてしまうかわからない資産を持っているわけにはいかないのである。米国債に代わって大口購入するに適した債券はないので、ロシアは米国債を売って得たカネで、金を購入している。
もう一つ、「ロシアの西側経済からの退場」を象徴するものは、ロシア大企業がロンドンの株式市場から撤退を始めたことである。7月23日のBloombergは、2011年には約70のロシア企業が上場していたが、今では50以下になっていると報じている。
制裁対象になると株価が乱高下してやっていられないというのと(ルスアルのE+社が典型例で、4月に米国政府の制裁対象になって直後、株価は30%も暴落。制裁は今棚上げになっているが、取り引きは止まっている由)、際限のない情報開示への圧力はもう耐えられないという思い、この2つが重なった結果である。これも、ロシアの企業はソ連崩壊後25年程たって、まだ西側のオープンなアカウンタビリティーの世界でやっていけないことを示している。仲間内だけの密かな取引でものごとを動かす、マフィア型企業から脱却することはかくも難しい。それでも、西側資本はモスクワ株式市場への流入を始めているが。
そして中国経済も、昔ゴンドワナ大陸が分裂した時のように、西側経済からゆっくりと再分離を始めている。1990年代央以来、中国は西側からの投資と西側への輸出で急成長したし、西側経済も中国の成長で大いに儲けた。その構造が変わろうとしている。
それは、まず第一に、米国が中国への先端技術流出に神経質になったことである。中国と西側の経済は不即不離に絡み合っているので、先端技術部品Aの対中輸出を禁止すると、それを使って組み立てる最終製品Bの中国からの輸入ができなくなるといった不都合を生むのだが、ものごとはそうした不便を克服し、冷戦時代のココム体制の復活に向かっていくだろう。
先月号でも議論した地産地消の動きも、中国経済を西側から切り離す。トランプが「米国で売るなら米国で作れ」ということを言っているので、これからは対米輸出を念頭に置いた西側企業の対中直接投資は激減するだろう。中国はプラザ合意後の日本がそうであったように、内需主体の成長を迫られる。
輸出が難しくなると、中国手持ちの外貨は減っていくだろう。となると、海外でのM&A、そして一帯一路に象徴される野放図なインフラ融資もやりにくくなるだろう。
トランプやナヴァロ国家通商会議委員長の考えが実現すると、ロシア、中国は西側経済とは鉄の壁で仕切られて、技術、資金の往来は大きく阻害されることになる。ロシア、中国は停滞を運命づけられる一方、西側は成長要因としてのロシア、中国を失う。
しかし西側経済から隔離された場合、中国の技術革新は本当に停滞するだろうか? そこはまだわからない。ソ連の場合、軍事技術では米国に何とかついて行った。しかし、コンピューターでのシミュレーション能力、金属研磨・加工技術で劣っていたし、軍需生産は効率が悪く、投資資金の多くを食ったため、ソ連経済は全体として「ミサイルを持った開発途上国」と揶揄されるほど、西側から後れたのである。
中国の場合、電子商業等、インターネットの応用面ではもちろん、半導体や車載用電池の生産技術の一部では、西側に追いついている。これから欧米の大学、企業等へのアクセスを制限されて、それでも自前で開発を続けられるかどうかは、わからない。どうも、まだそれだけの能力は身につけていない感じがする。
中国人には、西側の技術やエンジニアは「買えばいいのだ」という安易な発想が染みついているが、何をどういう組み合わせでどれだけ「買えば」いいのか、先進技術というものはカモがネギを背負った形でワンセットで売りに出ているものなのか、については、理解が不十分だ。中国が西側企業をまるごと買収しようとしても、その点での警戒感と防止措置は西側で随分広がっている。中国経済・技術の発展には問題が多いのだ。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/3740