グルジアをめぐり、米露が軍事演習の応酬―ーアプハジア情勢再び緊張
グルジアをめぐって高まる米露間の対立 河東哲夫
(本件これまでの経緯については、5月の本欄記事「神経戦の続くロシア・グルジア関係」をご覧下さい)
(地図はウィキペディアから)
ソ連崩壊で独立したグルジア共和国。そのグルジア共和国からまた独立を求めている(ロシア人は殆どいない)アプハジア、南オセチアをめぐっては、グルジアのサーカシヴィリ政権の親米政策、ロシアでの大統領選挙等の要因で、この1年半くらい瀬戸際の対立が繰り返されてきた。独立運動が嵩じたり、グルジア側からの抑圧の動きが高まるたびに、ロシア、米国などが、ある時はこれをあおり、対立が激しくなるとこれを宥め、EUも時に仲介に乗り出してこれまで大事に至らず推移してきた。
それが今度は7月15日、ロシアはグルジアの北方のロシア領で8,000名、グルジア、米国はグルジア内で1,600名を動員する軍事演習を(双方ともずっと以前から準備してきたらしいが、同じ15日にぶつけたのは意図的なものだろう)始めた。折りしも米国とチェコが、ロシアが強く反対してきたミサイル防衛設備(レーダー基地)設置で合意した矢先であるだけに、このグルジアをめぐっての米ロの力比べには感情的な臭いさえ感じられる(それでも、結局はまた静かになるだろうが)。最近の経緯など、書いてみた。
最近の経緯
7月9日、ライス米国務長官はグルジアを訪問した。グルジアのサーカシヴィリ政権へのアメリカの支持を明確にすると同時に、アプハジア問題等でグルジアがロシアを過度に挑発することは戒めようとしたのだろう。その前日8日にライス長官はチェコで、米国のレーダー基地を配置する合意に署名したのだが、まるでこれへのあてつけも兼ねてのように、ロシア軍機がグルジア領南オセチアの上空を侵犯した。「南オセチア『独立派』がグルジア兵士4名を捕まえたのを、グルジア軍が急襲奪還しようとしていた。これを牽制したのだ」というのがロシア側の説明だ。この事件は21日から国連安保理で審議される予定になっている。
同時期に南オセチア、アプハジアでは爆破事件が相次ぎ、アプハジアのBagapsh大統領はこれをグルジア政府によるテロと断定して非難、15日にはグルジア北方のロシア領北オセチアにおいてロシア軍が大規模な演習(報道では8000人)を開始した(以前から準備していたものだろう)。
他方、同じく15日グルジア、アメリカは、グルジアの首都トビリシ付近で合同軍事演習を開始した(報道では1600人)。 一部報道ではウクライナ、アゼルバイジャン、アルメニア軍も参加しているとされるが、参加していたとしても極少人数、乃至オブザーヴァーの参加に止まっていると見られる。特にアルメニア軍がアゼルバイジャン軍とともに米軍と共同演習でもしたら、それはこのコーカサス地方でのパラダイムを変えてしまう。
いずれにしても、この15日には東西のかなりの兵力がそれぞれ演習を展開したのだ。双方とも「以前から計画していたもので、現在の情勢の展開に合わせて行うことにしたのではない」と言っているが、情勢が緊張しているにもかかわらず予定通り決行したこと自体、グルジアをめぐって相手を牽制する意味を持っている。しかし、アプハジアや南オセチアの独立をめぐって東西の兵力が衝突するような事態は起こらないだろう。
問題の背景
ソ連崩壊で独立国となったグルジアでは、グルジア人とは違う民族が住むアプハジア(グルジアの西部)と南オセチア(グルジア北東部)が90年代初期からグルジアからの独立を求めて、紛争状態を続けている。2004年、グルジアに米国寄りのサーカシヴィリ政権が誕生して以来、両地方はロシアの庇護も得て数度にわたる緊張状態を繰り返している。
(地図はhttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/0/0a/Caucasus.pngを参照)
コーカサス地域は民族の坩堝のような地方であり、古来大国に挟まれていたことから複雑なパワー・ゲームを繰り返している。現在アゼルバイジャンとグルジアは親米路線を取り(アゼルバイジャンはロシアとも良好な関係にある)、中央アジアの石油をロシア領を通らずに西側に輸出できるパイプライン「バクー・ジェイハン・ライン」をトルコに向けて建設したばかりである。米国の援助に大きく依存し、しかもロシアとの対決路線を演出することで政権を持たせているグルジアのサーカシヴィリ政権は、NATO加盟も求めてロシアの強い反発を招いている。
他方、グルジアの北方はロシア領、北東方向にはロシアからの独立を求めて戦っていたチェチェン共和国がある。従って、コーカサス地域はロシアやチェチェンと切り離して論ずることもできない。例えば1990年代、グルジア北部にはチェチェン共和国の戦士達が隠れていた時代があり、これはグルジアの対ロシア・カードになっていたと思われるが、チェチェンはこの数年、親モスクワのカディロフ大統領の下で落ち着いている。もっとも、6月末にはロシアのナルイシキン大統領府長官とスルコフ同第一副長官が予算問題でカディロフを急遽往訪しており、予算の使い方をめぐって問題が生じている可能性もある。
他方、ロシアは2014年にはアプハジアの西辺にほぼ接するソチで冬季オリンピックを開催することになっており、それまでにはアプハジア方面からの治安上の脅威を除いておきたいところである。しかし、今回ロシアが武力を用いてでも本件につき自分の立場を通そうとするかどうかは、未だ不明である。
見通し
アプハジアについてはこの数ヶ月、EU委のソラナ上級代表等がグルジアとの調停活動を行っていたが、今回は17日、18日にドイツのシュタインマイヤー外相がグルジア、アプハジア、モスクワを歴訪する予定になっている。
またアプハジア、南オセチア(双方ともグルジア人とは異なる民族)の「独立派」は元々、利権の確保を求めて独立を主張し始めた節があり、内部事情を取材したルポではその経済的自立能力、及びガバナンスにも疑問が呈されている他、一枚岩にまとまっているわけでもない。彼らはロシアに併合され、西側の支援を全く受けられなくなるばかりか、利権もロシア側に押さえられる事態を望むだろうか?
米国についても、イラン関係が緊張の度合いを深めている今、ロシアと直接衝突する挙に出るとは思われない。ドイツによる仲介努力を当面見守りたい。グルジア、ロシアにとって本件は、都合の良い時に政治的に利用できるもので、特に急いで決着をつける必要はないのかもしれないし。
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