トランプは国内に こもる わけではない。世界での米国の取り分を増やそうとしている。
(これは、軍事研究ギルドMKⅢのメルマガ「Politico-militaryな世界」の冒頭部分を流用したもの)
トランプ政権については、ピンからキリまで評価まちまち。「11月初旬のアジア歴訪でも、2週間という記録的な長期間を費やしながら、北朝鮮核ミサイルや南シナ海の問題ではパットせず、続くAPEC首脳会議や東アジア首脳会議(トランプはほとんどをドタキャン)では中国主導のアジアという印象ばかり際立たせた。シリアではロシアにはじき出され、エルサレムをイスラエルの首都と認定する問題では、米国内の都合ばかり考えて、中東の混乱を助長した。無責任、無能、その他、その他。いずれにしても、米国の指導力は地に堕ちた。多極化、または無極化の時代、と思ったら、12月18日トランプが発表した国家安全保障戦略では軍国主義になったよう、中国、ロシアを敵視して軍備強化をぶちあげる、まるで精神分裂、何が何だかわからない」・・・これが今の世界での大体の評価だろう。
しかしちょっと落ち着いて考えてみると、別の図が見えてくる。世界は多極化したと叫んでいる張本人の中国、ロシアが、実はトランプ米国を怒らせまいと神経を使っているではないか。中国は、米国という市場を閉められたくない。米国への輸出は、2000年代中国の高度成長を支えた最大の要因だからだ。そしてロシアは米国にこれ以上の軍拡競争を挑まれたくない。それに米国に輸出できるものはないにしても、世界の資本市場、グローバルな銀行送金・預金サービス、石油開発技術の栓を閉められたら、ロシアはやっていけない。
つまり、パックス・アメリカーナを支えてきた基本的道具立ては安泰なのだ。デジタル通貨がドルを駆逐するとか囃されているが、ロシアや中国その他の国民国家は、グローバル・デジタル通貨を認めることで、自分の金融政策の手綱を失うことは絶対望まない。だから国際通貨としてのドルは安泰。
オバマは軍を海外から引き揚げ、トランプはCIAが外国の「民主化」運動を助けては政権を覆す、レジーム・チェンジをするのをもう止めさせる・・・。かくて米国は内に閉じこもってしまうように見えるのだが、「内向きの」はずのトランプも、国防費は大盤振る舞い。就任前から世界一の米軍事力を強化していくことを明言しているし、10月から始まった会計年度(予算はまだ採択されていない)でも、国防費はオバマ時代に定められた上限額を約460億ドル―770億ドル上回る、6770億―6920億ドルという空前の額になる構えなのだ。つまり、トランプは「米国の国益第一」で経済面での取り分を増やし、「尊敬される米国を取り戻す」ために世界一の米軍事力は補強していくということなのである。
こういうことはもう彼が就任した時からわかっていたことで、別に18日に発表した(読み上げた)国家安全保障戦略で彼が全面方向転換したわけではない。世界のメディアが彼を誤解していただけだ。
世界一おいしい米国市場を提供し、金融と軍事力で世界の根っこを押さえているものだから、各国とも米国の顔色をうかがわずにはいられない。その中でトランプは、面倒な地域の紛争の解決は、その地域の諸国に丸投げする。と言うか、「幹事」を指名して(北朝鮮では中国、シリアではロシア)、うまくまとめなければその幹事国を「制裁」し、米国とその幹事国の間の積年の二国間イシュー(中国なら貿易赤字)を解決する一助とする。つまり、座して一石二鳥の絶妙な外交なのだ。これが意図してやっているのだとしたら、トランプの言う「俺は世界一の取り引き上手」もまんざら嘘ではない。
シリアでも、米国が身を引いたことで、ロシアの識者は喜んでいるが、実際にはこれでロシアは解決への負担、非難を一身に浴びることになる。シリアに関与するイラン、サウジ、トルコ、クルド等の利害が相克しているからだ。エルサレムの首都認定も、米大使館をすぐそこに移すわけでもなし、口先でそう言っただけでイスラエルに恩を売る。そしてサウジアラビアはトランプの最初の外遊先にして恩を売り、サルマン皇太子が国内の改革で手いっぱい、国営アラムコの株を高値で売って国庫の足しにするには米国の助力を必要とし、イランに対抗するために宿敵イスラエルと秘かに手を握った時を見計らった。つまりサウジの手は縛られているので、パレスチナの抗議運動を煽ることはできない。
もう以前から、パレスチナに対するアラブ諸国の支持・支援は相対的なものになっており、サウジがイスラエルと結んでイランに対抗しようとするのなら、シーア派のイランがパレスチナと結びつく奇想天外の展開もあり得るのである。トランプは何も状況を見ず、勝手なことをやっていると思う前に、自分の見方こそが現実から後れてしまっていないかどうか、点検する必要がある。
とまれトランプは、パックス・アメリカーナはがっちりと維持した上で、そのオーバーホールに乗り出す。戦後の政治・経済体制は、グローバルに展開する米軍、そしてNATO、日米安保という同盟システムで安定をはかるとともに、GATT(今はWTO)、IMF、世銀で世界の貿易・金融・開発を差配しようとしたものである。英仏の植民地帝国が崩壊した後、米国はこれでグローバル市場を我が物にしたと思ったことだろう。
しかし、あにはからんや、GATT体制(グローバルな自由貿易)は西独、日本、そして2000年代からは中国に利用され、米国が世界を自分の市場にするのでなく、米国の方が世界の市場にされてしまった。これを直そう、というのがトランプの壮大な企てなのである。今や米国は、かつて自分が作ったGATT(今はWTO)にも後ろ向き、中国のAIIB(アジア・インフラ投資銀行)がのしてきているというのに、アジア開発銀行の理事も任命していない。
この中で、日本、EU、中国はイシュー毎に合従連衡。パックス・アメリカーナの中で、トランプ米国とパイの奪い合いを繰り広げる。トランプ米国は「公正な貿易」を旗印、中国、EU、日本は「自由貿易」を旗印に掲げる。どっちもどっち。どちらも、国内はできるだけ保護して、海外へはできるだけ進出したいのだ。勝負は力関係で決まる。米国にあまりあこぎなことをさせないためには、日・EUが中国と立場を一にする局面もあるだろう。
米国ではトランプ政権の目玉、「税制改革」が遂に議会を通った。特権層、企業ばかりを利する改革だと言われるが、実際には中流以上の個人も減税の恩恵を受ける(但しこれは2025年までの時限措置)。これで資金を手にした米国企業がそれを投資や賃上げに回せば、経済は一層の成長に向けて回りだすだろうが、多くの識者はこれまでも米国企業はカネ余りだったのに、それを投資に向けずに(需要が盛り上がっていないので)自社株買いに向けてきたことを指摘、成長に資することはないだろうと言っている。
それでも、政治的にはこれで潮目は変わった。この1年、他にニュースがないかのように、トランプ批判ばかり視聴者に押し付けてきた米国の一部メディアも、矛先を変えないと、視聴率がますます落ちる。我々は、米国のメディアにもう少し米国で起きていることの全体像を教えて欲しい。共和党や民主党の色のついた「コメント」や「ディベート」はもういいから。
トランプ政権は税制改革通過で勢いがつき、ロシア・コネクション問題も大した証拠は発見されず、バブルが崩壊しなければ中間選挙はまあまあの結果で通過、ビッグマックの食い過ぎでトランプの健康が崩れなければ、トランプ二期目も十分可能になるだろう。品の悪い、セクハラ気味のマッチョは嫌だと言っても、これは米国の「地」、それもトランプを大統領に担ぎ上げたキャスティング・ボートを握る、中西部の白人労働者階級の「地」なので、なだめすかして8年間つきあっていかざるを得まい。
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