米国の海外軍事行動を容易なものとする 戦士階級の登場
新アメリカ安全保障センター(CNAS)が昨年8月、「戦争時代のアメリカ人-徴兵制なしの軍隊における戦士階級の台頭Generations Of War: The Rise of the Warrior Caste & the All-Volunteer Force」と題する報告書を発表した。CNASは、2007年にミシェル・フルールノア元国防次官とカート・キャンベル元国務次官補が共同で設立したシンクタンク。
この報告書は独自の調査ではなく、既存の諸調査を総合したもので、米軍の組成(特に将校レベル)が南部・西部出身の白人に偏り、しかも父子代々の家業化していることを指摘、徴兵制が1973年に廃止されて以降、社会は兵役を「戦士階級」に丸投げする傾向があり、海外軍事行動にかつての厳しい目を向けようとしないと述べている。
なお、米国では20年以上の勤続者を中心に退役軍人には手厚い社会・医療保障が与えられる(これを管轄する退役軍人省は約1800億ドルと、国防省に次ぐ規模の予算を持つ)が、これがどの程度軍隊に応募する要因になっているかについては、この報告書は分析せず、もっぱら軍務が家業化している点を指摘している。
以下、主要な論点を以下にまとめておく。
1)1973年、ベトナム戦争に絡んでの徴兵制への社会の反対により、米国は募集兵に完全に依存(All Volunteer Force, AVF)することになった。その結果、軍隊に応募する階層が南部、西部の白人男子に偏り、更に父子代々の家業化している。「戦士階級」が出現している。
2)米国軍は独立当初、民兵から成っており、今も憲法第1条の8節は、陸軍保持のための支出は2年以上にわたってはならないと定めている 。戦士階級の出現は、軍隊の中の発想等の多様性を減じ、社会との遊離を深める。社会は、戦争を軍隊に丸投げし、名誉は与える一方で、軍隊の海外での活動には関心を減ずる。近年、小規模の特殊部隊による作戦が増えていることも、軍の海外行動を目立たないものにしている。これは、軍事行動に対する民主的な監視を減ずる。
3)軍人が特定の階層に偏り、しかも家業化する中で、将校の中にはエリート意識を高める者も見られる。米国では17-25歳の若者の70%が、体力、学力、健康の観点から兵役に適していないと見られることも、そのようなエリート意識を助長している。
4)(以下は、上記の諸点を裏付ける数字等。因みに本報告書は既存の断片的諸調査を渉猟した結果であり、自ら断っている通り、決して完璧な調査ではない)
・2015予算年度、応募将兵の45%は南部出身だった 。1976年度は32%だった。2015予算年度、北東部から応募した将兵は全体の18.1%のみ。但し、将校クラスでは北東部出身者の比率がもっと高いと思われるが、統計はない。
・高級将校に昇進する者の過半数は白人男性である。
・陸軍将校の21%、兵士の11%はキャリア軍人を親に持つ。白人将校の65%は、父親が軍人である。Facebookで調査した結果では、軍人の息子のうち軍隊に応募するのは4人に1人だが、それでも社会平均の5倍の率である。2007年の調査では、陸軍の将軍クラス304名のうち、180名の子息が軍人になっていた。他方、現役軍人のうち自分の子供に軍人になるのを勧める者は57%。軍隊に入る者の過半数は、入る前5年以上にわたって、軍隊に入ることを考えている。
・軍隊が社会から遊離する現象は、9月11日事件以後顕著である。右事件以後、自分自身、あるいは家族が兵役に就いたことがある者は、全体の15.6%のみである。これは退役軍人が成人人口の15%であることと符合している。そして30歳以下の者は特に、知り合いの中にすら軍人がいない者が増えており、軍についての理解を持っていない。
・他方、9月11日事件以後、軍隊に応募する者には使命感の高まりが見られる。家族に軍人を持つ者の応募が増え、しかも軍人恩給・健康保険等の利益を求めてではなく、海外への派遣も厭わない。
・「戦士階級」が出現したことで、社会は軍事行動を彼らに丸投げするようになった。口先だけで功績を称える、"thank you for your service"心理である。ハーバード大の調査では、ISISとの地上戦を18-29歳の青年の50%が支持したが、戦場に行ってもいいとする者は13%のみであった。
・兵役の経験のない者が大統領になることも増えた。海外での軍事行動が、米国内で政治・社会的イシューになることも少なくなった。
・軍隊に入れる者は体力、学力、健康で他者に優っていることから、軍人が優越感、エリート意識を持つ可能性もある。これは、退役した後、過度の社会保障や、民間企業での高いポストを求めることにつながりかねない。そして、エリート意識が傷つけられた場合、彼らが米国のあり方に不満と恨みを持つようになる可能性がある。
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