印中対決 に期待しすぎる西側
(これは8月8日付Newsweek日本語版に掲載された記事の原稿です)
これからの世界の両雄、中国とインドの関係がおかしくなっている。6月には、ブータン王国の中国との国境係争地域に中国人民解放軍が進入して道路建設を進め、ブータン、インドの抗議を尻目に居座っている。ここは、インドの東端アルナチャル・プラデシュ州と本土を結ぶ細い回廊を扼する戦略地点。印中両国は1962年、国境問題をめぐって戦争までしたことがあるので、世界は注目し始めた。
印中国境では、このような紛争は実は頻繁に起きているのだが、今回の関係悪化は4月初め、インドに居住するダライ・ラマが中国の抗議にもかかわらず、アルナチャル・プラデシュ州――チベットに隣接する――を訪問したあたりから始まった。6月6日には中国軍の攻撃ヘリがインド北部のウッタラカンド州に進入、数時間居座る事件も起きている。5月14日北京で開かれた一帯一路の国際会議にインドは低ランクの者しか送らず、中国が1962年の国境紛争で制圧したままのカシミール東部での開発を進めようとしていることへの不快感を表明したが、これも国境問題の流れだ。
だが日本も西側も、これでインド・中国は訣別した、インドを自陣営に引き込むチャンスだと思い込むと、手痛い目に会うだろう。インドはAIIBの創設メンバーだし、6月7日の上海協力機構首脳会議では中国がこれまでの妨害をやめてインドの加盟を認めている。インドはインド、米中ロとつかず離れずでバランスを取るのに長けた大国なのだ。例えばどの大国とも共同軍事演習を続けている。ロシアとはインドラという名称で陸海空の共同演習、日米とは東シナ海やインド洋で海軍共同演習を定期的に手掛けていながら――中国を挟む位置にあるモンゴルとも「遊牧象」名称の小規模共同演習 をやっている――、中国とも「手に手をとって」と称する共同演習を続けている のである。
インド人に聞いてみるとわかるのだが、彼らにとっての第一の脅威は隣国パキスタンなのである。もともとが一つの国だったのが宗教を理由に別々の独立国となり、カシミールには領土係争を抱え、しかもパキスタンはテロをしかけてくるからである。確かに中国は今、押せ押せムードだ。ネパールではインドの影響力を覆す勢いだし、インド洋でも中国はアフリカのジブチに海軍基地を設け、パキスタンのグワダラ港やスリランカのコロンボ港等の整備も手がけ、モルディブでも地歩を築いている。その様は、まるで「真珠の首飾り」でインドを締め上げようとしているようだ、と言われる。
しかしインドは、中国海軍を大きな脅威だとは思っていない。なぜなら中国の艦船の多くは狭いマラッカ海峡を通ってインド洋に入って来るが、ちょうどそこにあるアンダマン・ニコバル諸島にはインド海軍の基地があって 中国海軍を捕捉できる。そしてインド海軍には、4・5万トンの空母もあるのだ。
だからインドはこれまで、安心して中国の経済力を利用してきた。モディ首相と習近平国家主席の仲は良く、中国語の教科書を見ても「竜象共舞時代」などという標語が出てくる。貿易額は2016年、710億ドルに及んでいて 、そのうち中国の輸出は580億ドル。だから、インドに行くと、中国製品のプレゼンスは圧倒的で、家電製品ばかりか、外国人観光客が買う土産物――ヒンズー教の神ガネーシャの像など――までが中国製なのである。中国産日用品の一大集散地である浙江省義烏には、インド人バイヤーが押しかける 。インドの街を歩くと、日本の円借款で作っている地下鉄の工事現場に日の丸があるのはいいのだが、すぐそばに中国の建設企業の看板が立っていたりする。価格、工期などで優れている中国企業が落札してしまうのだ。
こういう次第で、インドは米中ロ、そのいずれにもなびかない。中国と対立気味になれば、それを売り物にして日米豪などの好意や支援を得るのだが、中国ともしっかり裏で握っている。2013年には、国境協力協定を結び、不測の衝突を防ぐための一連の措置を合意しているのだ 。
タフな交渉をすることで知られているロシアの外交官が、ある時筆者にこぼした。「インドほど交渉上手の国はない。ロシアの戦闘機を買うと言ってこちらを喜ばしておきながら、そこから何年も延々と値下げ交渉をしかけてくるんだから」と。
今回の「印中対立」にも、余計な期待をかけたり、過度に心配するのはやめよう。今回の中国軍の振る舞いは、多分ダライ・ラマ視察への報復だ。両国はそのうち和解するだろう。
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