神経戦の続くロシア・グルジア関係
5月21日にはグルジアで議会選挙が予定されているのだが、それを目前にしてアプハジア(グルジアの中にある少数民族地域。1993年、グルジアからの独立を求めて紛争となり、ロシア軍が「平和維持軍」として駐留している)をめぐる情勢がまたきな臭くなってきた。
グルジアのサカシヴィリ大統領は、西側からは民主主義と経済改革の旗手と持ち上げられてきたが、彼の政権の体質はグルジア社会の権威主義、家父長的性格を強く残すものであり、経済も政府が主張するほどには改善していない。
グルジアには、分離独立を求める地域が二つある。それはアプハジアと南オセチアである。そしてここの情勢が「荒れる」かどうかは、その時々のロシア、グルジアの内政、そして国際情勢と微妙に関連していて、決して独立派の一存だけで動いているわけではないようだ。「出来レース」のにおいがすることが多い。
サカシヴィリの勢力が2003年、米国の強い後押しも受けて政権を取って以来、グルジアとロシアの関係は緊張含みで推移してきた。特に今年1月のグルジア大統領選挙までは、ロシアとグルジアの間ではきつい言葉のやり取りが続いたのである。
ところが1月大統領選挙でサカシヴィリが辛勝すると、彼はロシアに対して急に低姿勢、宥和的態度を取るようになる。ロシア政府もそれに答えて、3月にはモスクワ・トビリシの直行便が回復される(06年以来停止されていた)ほどとなった。サカシヴィリの対ロ融和姿勢の理由ははっきりわからない。多分、大統領選挙で思ったほど票が取れなかったこと、秋に野党デモを暴力で弾圧したため西側の支持を失っていたことなどがあろう。
しかも08年4月にはNATOの首脳会議があり、そこではグルジア、ウクライナの将来のNATO加盟に向けての「アクション・プラン」が話し合われる可能性があった。NATOはロシアとの紛争を抱えているような国を加盟国にはしないので、サカリヴィリもロシアとの関係を自重せざるを得なかったーーーそういう事情もあったと思う。
2月末には旧ユーゴでコソヴォが独立し、ロシアの識者は騒然となった。ロシア人と同じスラブ系のユーゴ人の利益をEU、米国が完全に無視し、これまでユーゴの一部であった、しかしアルバニア系民族が主として居住するコソヴォを、国連安保理の決定を経ずに独立させたからである。ロシアの議会は、「そんなことならロシアは、(西側が利権を有するグルジアを痛めつけるため)、アプハジア、南オセチアの独立を承認せよ」との決議を採択して政府に送った。にもかかわらず、ロシア政府は直ちには措置を取らず、グルジアとの関係改善を続けたのである。
事態が暗転したのは、4月初めのNATO首脳会議(於:ブカレスト)がきっかけだった。ウクライナ、グルジアのNATO加盟問題は議題にも載らないはずだったのが、ブッシュ大統領の強い意向で蒸し返され、アクション・プランこそ採択されなかったものの、12月のNATO首脳会議では右採択のために最大限の努力を払うことが文書として採択されたのである。サカシヴィリの勝利だった。そして4月末にはアプハジアの上空でグルジア軍の無人偵察機が「ロシア軍機によって」撃墜されたことが(ロシア側はそれを否定した)、グルジア・ロシア関係をまた一気に暗転させたのである。5月初めにはロシア側は、グルジアがアプハジアの端の渓谷地帯に軍を送り込んだと言い立て、アプハジアに軍を増派した。これは危ないなと思っていたら、5月7日のメドベジェフ大統領就任式の数日前から新しい動きがなくなり、19日の今日にまで至っているのである。
まあ、こんな状況なのだが、アプハジア、南オセチアの問題は、独立がどうこうの情熱の問題というよりは、利権とか政治的打算だとかが複雑にからんだもので、ざっと次のような点に注意して見て行かなければなるまい。
①ロシアがアプハジア、南オセチアの「独立を煽っている」という単純な構図ではない。未だエリツィン時代、両地域の分離派がグルジアとの利権問題もあって突如独立を主張し始め、モスクワに支援を求めて駆け込んだのがそもそもの発端である。本件はモスクワにとってむしろ厄介の種だったようだ。
②グルジアは、その知識層は別として、権威主義・家父長性、依存体質が強い社会を有し、ヨーロッパには元々馴染まない。従ってグルジアの「NATO加盟」は西欧諸国の大多数にとっては現実的なものとは捉えられておらず、米国のネオコン的連中が推進し、それにロシアのタカ派が過剰に反発して見せるという、一種作り出されたシンボル的イシューであるように、僕には見える。
③サカシヴィリ大統領は1月大統領選で辛勝したのであり、彼への支持は落ちている。5月21日に予定される議会選では与党が敗北する可能性がある。政権側は、アプハジア情勢緊張をうまく演出して議会選を延期することを考えている、と野党指導者は言っている。
④ロシアにとっては、アプハジア、南オセチアのグルジアからの独立は、チェチェン等のロシアからの独立要求を正当化してしまう、というジレンマがある。
⑤ロシアでは現在、インフレ率が亢進しており(4月対前年比で14%超)、これが政権の最重要課題となっている。また石油経済から脱却するための経済近代化には、西側との協力が不可欠となる。それにグルジアとの戦争は、ロシア国民の支持を得にくいであろう。
⑥他方、ロシア新政権内にもグルジア情勢を煽ることに利益を見出す者がいるはずであり、これがワシントンのタカ派と競合し、事態を拡大させていく可能性もある。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/359