欧州の雰囲気 トランプ時代の日欧間協力の可能性
11月下旬、ベルリンで日欧の専門家が集まって中国、ロシア等について意見交換・議論するシンポジウムが開かれた。右に出席しての簡単な観察結果は次のとおり。一般に、ロシア・中国に対する対応も含め、日欧間の齟齬は縮まっている。また皮肉なことに、トランプ大統領への対応も含め、米国を念頭においての日欧協力の可能性が話題性を持ち始めている。
また日本からは若手・中堅どころの出席が多かったが、過去とは様変わりの活発な発言ぶりで、かつ英語も流ちょう。20年前、30年前、日本の力がもっと頂点にあった頃、こうであれば良かったのにと思った次第。
プーチン大統領訪日で日本が対ロ制裁を空洞化させることへの欧州の懸念は過去のものに
トランプの当選で米ロの歩み寄りが見こされる中、もともと対ロ制裁に乗り気でなかったEU諸国(ポーランド、バルト諸国等、対ロ前線に位置する国を除く)からは、プーチン大統領訪日招待を批判する声は聞かれなかった。それにレンツィ・イタリア首相がモスクワを訪問したり、ドイツのガス会社がロシアのガスプロムと株式交換の形で実質的に融資を行ったり、EU諸国も制裁破りをつとに行っていたのである。
筆者は多分こうであることを見越し、プーチンの訪日招待について言い訳がましい発言は何ら用意していかなかった。北方領土問題解決のため、そして対中バランス構築のためにこの訪日招待は必要であったこと、日本にとってロシアはさしたる安全保障上の脅威ではなく、欧州にとってのロシアに相当する存在は中国であることを説明した。
中国については、欧州側参加者の一人より、日本が尖閣はいざ知らず、南シナ海問題にまで容喙することをくさす発言があったが、これに対して今回特別に招かれていたベトナム、インドの参加者が強力に反論、ベトナムの専門家(女性)に至っては、「ベトナムは対中バランスのため強い日本を望んでいる」とまで発言し、心強かった。
欧州において高まる中国への不満
既に報じられているところであるが、中国の対外経済政策への不満が欧州で高まっていることが如実に看取された。中国がひところの外資優遇政策を止め、国内企業の肩を持って独禁法を悪用、外資に法外な罰金をかけたり、他方ではあぶく銭に明かせて外国の先端技術企業を買収、技術面で一気に西側に追いつこうとすること(この面で今回よく引き合いに出されたのは、中国の家電大手「美的集団」がドイツのロボット製造企業クーカを買収した件だった)への警戒・不満の念が多くの欧州参加者から表明された。
中国市場ではかつて、日欧の企業はライバルとして相争い、足の引っ張り合いもしていたのだが、今では中国に共同対応をし得る状況となって来たと言える。
米国及びトランプ政権への日欧共同対応
1) 日米欧の関係では、常に日米・米欧の二環が緊密なのだが、時には日欧の協力関係が前面に出る局面もある。特に今は、トランプ政権が登場することで、日欧の対応のすり合わせが意味を持つ。一つは、トランプの示す保護主義への対応である。EUも保護主義では人後に落ちないのだが、輸出依存度の高いドイツなどにとってトランプの保護主義は危険なものであろう。またトランプがTPPやNAFTA等、マルチの協定を敵視、二国間の交渉で個別撃破をはかる姿勢を示していることは、EUの存在そのものにとって危険なものである。これゆえにEU側には、これまで四の五のと言って延ばしてきた日本とのEPA締結を、米国とのTTIPを待たずに進め、トランプ政権に対する圧力にしようとする動きも見られた。
7月にドイツで予定されるG20では、これらの点が大きな議論のテーマとして登場する可能性がある。ドイツも、グローバリズムと反グローバリズムを議論の俎上に載せようとする動きを示している由。
2) もう一つ面白いのは、米国世論をデマゴギーで操って登場したトランプは、自由と民主主義への脅威だと見なす動きが欧州の一部にあることである。特にメルケル首相は11月10日のトランプへの祝電で、「自由・民主主義・法の支配、人種の平等等を基礎として協力を申し出る」と述べ、この点を明確に打ち出している。この面では、「自由・民主主義のための日独枢軸」が成立してもおかしくない。もっとも欧州のある参加者が席上述べたように、「欧州は一つにまとまっておらず、米国に対しても立場はまちまちなので、日欧協力と言っても簡単ではない」のだが。
3) 米国を念頭においての日欧協力は、科学技術面でも進んでいる。それは米国のGAFA(Google、Amazon、Facebook等)と呼ばれるインターネット・プラットフォーム巨大企業が、AI(人工知能)ばかりでなく、無人自動車、ロボット等、日独の生命線である製造業に乗り出してきたことへの危機感を背景とする。ドイツはSiemensやBoschを中心にIndustrie4.0なる標語を立ち上げ、あらゆるものにセンサーをつけた上で(IOT。Internet of Things)、集めた情報を処理、生産効率向上等に役立たせようとしている。日本は経済産業省が先頭に立って、このIndustire4.0への参画・協力を強めている。日本の協力相手はドイツだけではなく、ソフト・バンクの店頭で働く会話ロボット「ペッパー」の頭脳はフランスで開発されたものである。
4) なお、トランプ政権と欧州の関係先行きがどうなるかについて欧州側参加者達は、「2017年トランプは必ず欧州に来る」という自信を示していた。G7がイタリア、G20がドイツで開かれる上に、NATO本部の新建築お披露目も兼ねたNATO首脳会議がベルギーで開かれる。トランプだったら、G7もG20もNATOも組み替えてしまうかもしれないが、1回くらいは訪欧するだろう。
他方この点ではアジアが問題で、マルチの嫌いなトランプはAPECはまだしも、東アジア首脳会議に出席するかどうかはわからない。マルチを無視して、対中貿易赤字問題の処理を優先、手打ちのための訪中を優先したりすれば、日本、韓国、ASEANの立場は大きく後退するだろう。
EUの先行き
1) BrexitでEUが分解する、という見方はなかった(但し、4~6月フランスでの大統領・議会選挙でル・ペンの率いる反EU・移民政党の国民戦線が躍進すれば、Frexitをめぐる国民投票もあり得、そうなるとEUは本当に瓦解の危機に瀕するだろう)。英国については、2017年後半頃には国内の対立が嵩じ(総選挙にな)る可能性を指摘する者もいた。総選挙によって、Brexitの国民投票を乗り越えてしまうというわけである。
2) Brexitを契機として、最近ではドイツ人の意気が上がっているとも聞く。「これからはドイツが欧州を導く時代だ。ドイツにしかできない」というわけである。我が方の大使館関係者はそれを否定していたが、フランスの参加者が「ドイツは国防費がGDPのまだ1%強なので大丈夫だが、再び傲慢にならないかについては100%の確信は持てない」と言っていたのが印象的であった。
3) この頃はEUについて遠心力ばかりが強調されるが、本来は求心力もまた強い組織なのである。英国の参加者が指摘していたように、「EUという仕組みがあることで、加盟各国の官僚は『協力することを制度化されている』。問題が起きれば電話をかけ合い(だいたいファースト・ネームで呼び合う関係になっている)、情報を交換し、解決の方向を探るのである。日本も日中韓首脳会議の事務局、ASEAN事務局との協力など、水準はEUに及ばないとしても、同種のメカニズムを持っており、いいことだと思う。
アフリカの時代の到来
話しを聞いていると、「中国、インドの発展が一段落した後の大市場」として、アフリカへの関心が盛り上がっていることが看取された。アフリカは総人口11.5億であり、EUもインドも中国も、アフリカに注目しているのである。
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