2020年の北朝鮮
(これは9月1日発行の「Pen」誌に掲載された記事の原稿です)
2020年の北朝鮮。その頃は、もう統一朝鮮になっている? それは人口8000万弱、GDP1.85兆ドルの大国。これが核兵器を持ったままだと、日本にとって大ごとだ。
だが、よほど想定外のことが起きない限り、朝鮮半島統一は簡単には起らない。北朝鮮は武力統一を遂行するだけの経済力がない。そしてその他の関係国、韓国も中国もアメリカも日本も、実は今のままがいいからだ。韓国は、以前ドイツが統一の経済的コストに何年も苦しんだのを知っているから――北朝鮮を併合する場合の費用は2~3兆ドルと見積もられている――、自ら統一に動こうとはするまい。中国は、今の北朝鮮でも手こずっているのに、核大国がすぐ隣に出現し、それが米国に傾斜でもしたらかなわない。
北朝鮮でクーデターが起きるなり、国民の暴動が同時多発して内部崩壊し、安定を維持するために中国なり、韓国なりが軍隊で介入し、それが統一、あるいは戦争を通じての統一につながる? これもまた、起きそうにない。北朝鮮の将軍や諜報機関の幹部たちは、粛清の恐怖に怯えつつも、クーデターは一人だけでは実現できず、さりとて仲間を募れば裏切られ、密告されて処刑台の露(北朝鮮の場合、煙)と消えることを知っているので、じっとしている。国民の大多数は終戦直後の日本人と同じで、生活が苦しければ一生懸命工面するだけの話しで、街頭に出て暴動を起こそうとはしないだろう。
国が崩壊する、政権が暴動で交替する――これは、1989年ソ連の東欧支配の終焉から、1991年のソ連崩壊にかけ、実際に起きている。その中で、北朝鮮に最も似ているのはルーマニアのケースだろう。当時のチャウシェスク共産党書記長は、長期独裁を展開、ソ連、非同盟、西側の間をまたにかけ、自主独立外交を演出したのだが、1989年、東欧のソ連寄り政権が次々に崩壊、その中でソ連に支援を求めたシェウシェスクはゴルバチョフに捨てられて、経済困難で暴動が群発する中、軍隊にも見捨てられ、遂に逃亡したところを捕まって、夫人ともども無惨にも射殺されてしまうのである。当時、北朝鮮で政治局常務委員をしていた金正日は、革命というものの危険性を肝に銘じただろう。
だが、このルーマニアの例も、今の北朝鮮に完全に類似しているわけではない。当時僅6歳の金正恩にも、革命の危険性が肌に染みているわけではあるまい。そして一番似ていないのは、北朝鮮では暴動が群発することがなかなかないだろうということなのだ。
それでも何か想定外の事態が起きて国内情勢が荒れ、大量の難民が韓国、中国に溢れ出て来るとする。すると、韓国、中国は、国境周辺に軍隊を送り込み、秩序回復に努めるかもしれない。中国はそれを越え、「金王朝」に属する誰がしかを平壌に送り込み、軍・諜報幹部に担がせて傀儡の後継指導者に仕立て上げるかもしれない。だが、韓国はそれをみすみす見過ごすだろうか? いくら統一を本音では望んでいないと言っても、そのチャンスをみすみす逃してしまったら、世論は黙っていないだろう。
こうして北から中国、南から韓国の軍(そしてもしかすると米軍顧問も)が入ってくると、両者は衝突、あるいは北朝鮮を分割統治することになる。それに先立ち、北朝鮮の核兵器は韓国、米国、中国の間で奪い合いになるだろう。韓国はこれを「自分の核兵器」としたいし、米国、中国は逸早く接収して自分での手で無害化したいからだ。ロシアも発言権を得るために、ゲームに加わってくる。各国の特殊部隊が北朝鮮の核施設の前で鉢合わせ、という映画もどきの事態だって起こり得る。
日本はどんな影響を受けるだろうか? まず、北朝鮮の難民は日本にも船でやってくるだろう。だがその人数は限られている。一方、米軍が出動する場合、日本は後方支援を要請されるだろう。しかし、韓国は自衛隊の半島上陸は多分認めない。他方、在韓米軍(「国連軍」のシャッポをかぶっている)の後方司令部は東京の横田基地にあるので、有事にはいずれかの国のコマンドや核ミサイルがここを狙うかもしれない。
そして確実なことは、もし朝鮮半島再統一が実現すると、その国は1965年の日韓基本条約を無効と宣言、新たな基本条約の締結を求めてくるだろうということだ。日本は多額の賠償、あるいは援助金を強要され(韓国はそれで、冒頭の統一の費用を支弁しようとするだろう)、拉致問題の解決もそれとリンクされるだろう。そして慰安婦、「強制労働」への賠償も、政府間の交渉事項とされるだろう。
そうなると、日本にとって敗戦後75年もたってなお、傷に塩を塗りこまれるようなトホホの時代。北朝鮮が健在だった時代が懐かしい。2020年にはそう思っているかもしれない。
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