中国外交の近代化を告げる いわゆる怪文書
(これは「まぐまぐ」社から発行しているメルマガ「文明の万華鏡」の一部分です)
雑誌「東亜」4月号(No.586)に掲載されている、中国専門家、 高橋博氏の論文によると2014年初頭、「(習近平)軍事委主席、戦争問題について軍事委領導幹部に講話」という文書がインターネットで流されたそうで、それが本物かどうかはわからないが、「習講話」として話題になっている。以下はすべてこの高橋氏の論文に依拠している。
それによると、これは習近平のブレーンによって起草された可能性があり、中国内の最も開明的な一派の意見を代表している。要するに、中国が世界政治は勢力争い、陣取り合戦なのだと思い込み、米国と無用の対立を続け、朝鮮戦争、ベトナム戦争にまで巻き込まれたのは、ソ連の時代遅れの世界観に影響されたためである、戦後世界は米国が勧進元になってはいるが、米国は自分の利益を追求する以外に、世界中に共通のプラットフォームを公共財として提供している、中国も米国と無用な対立、勢力争いを続けるのをやめて、世界の経済分業体制に参画していくべきだ、ということを言っているのである。
これは、僕が自分のブログの中国語欄で主張してきた点にそっくりで、まさか僕のブログを読んでくれたからだとは思わないが、喜ばしいことだ。もっとも、米中があまりくっつくと、日本がどこかに弾き飛ばされやすくなるので、痛しかゆしではあるのだが。
この「習講話」が本物であったとしても、中国の政策が実際にこの方向に大きく動くとは思えない。まず、習近平の経済政策が政府による統制を振り回す、時代遅れのもので、必ず経済を駄目にするからだ。もう一つは、この「習講話」の説く外交政策は、習近平に反対する江沢民一派(この頃はイデオロギー、宣伝を担当する劉雲山・政治局常務委員が、反習近平、江沢民の残党の代表格となっている)が習の足を引っ張る良い材料になるからだ。
ここでは、高橋氏の論文から、「習講話」のさわりをいくつか列挙しておこう。かなり編集してある。
1)朝鮮戦争、ベトナム戦争とも、ソ連の戦略的野心に中国が引きずり込まれたもので、それで中国経済は大きく遅れた。中華民族の立場から言えば、この二つの戦争に参加する必要がなかった。この戦争故に中国は米国と対立し、国連とも対立、封鎖されることになった。
2)そして第二次大戦の勝利国としての成果も享受できなくなった。米中露韓朝の五カ国が手を組み、戦敗国日本に対する牽制も維持できただろう。琉球を領有できなくとも、琉球国を復活させることが可能だったかもしれない(注:ここでは、日本に対する敵愾心、そして沖縄に対する野心が如実に見える)。その場合(尖閣)問題など起こり得ない。
3)戦後は、米国が世界の主流で、ソ連及びロシアは主流ではない。米中関係はグローバルなものであるが、中ロ関係は地域的なものでしかない。ソ連は、世界の大多数国家が受け入れられる国際秩序を提出できなかった(注:その点は中国も同じなのだが)。ソ連は共産主義理念の下、実は自分の利益実現をはかっていた。
それに対して、世界の多くの国は米国の言う自由は本物だと信じた。米国が国家利益も断固として守ることも知っていたが。
4)われわれ自身も大西洋憲章の精神(1941年8月、英米首脳が発した声明。ドイツとの戦争で領土拡大を目指さないことを表明。ドイツに比べて公明正大であることを世界にアピール)を忘れるところだった。民主の自由、公民の自由、往来の自由は、われわれも大いに必要とするものである。わが党の少なからぬ同志は常に、米国との関係改善は米国に対する屈従であり、投降、売国だと考えているが、これは狭小な小集団の立場に立った考え方である。
5)(大きな成果をもたらした鄧小平の)改革・開放の数十年間は、米国との関係改善の数十年だったと言える。・・・何が屈従、右傾、投降、売国なのだ!
6)胡錦涛・前国家主席の唱えた「和諧」政策には深い意味がある。わが党は階級闘争理論を放棄したとは言っていないが、実践の中ではそれに代えて和諧思想をより多く用いていくだろう。社会の異なる利益グループ間の矛盾を解決するのは階級闘争ではなく、公正な法律の制定による。
7)政府は一つの政党に領導されていても、それは本質的に連合政府である。・・・和諧思想が広がれば、「軍隊の国家化」の条件も成熟するだろう(注:人民解放軍は中国政府ではなく、中国共産党に属する党軍である。これをソ連と同様、政府、国家に属する「国軍」にしようという議論は以前からあるが、実現していない。国軍にすることは、共産党の権力基盤を分散させ、権力闘争を助長しかねないからかもしれない。現に、習近平にチャレンジして投獄された薄熙来も、人民解放軍の国軍化を主張していたのである)。
そうしても、共産党の執政の地位は動揺しない自信がある。
8)共産党の執政は今後、「階級的優勢」に依存するのでなく、「能力的優勢」に依存する。今日の中国にはわが党の能力を超えるいかなる政治党派も存在しない。この優勢は、少なくとも今後50年は保持できよう。
(注:ここがいちばん苦しいところだろう。米国流の民主主義に近づこうとしても、共産党独裁を維持する限り、無理なのである)
9)資本主義は資本の増大、社会主義は福祉の増大を目的とするが、目的追求の途上で双方とも国民の生活、経済はよくなる。労働と資本は両立できないものでなく、資本主義と社会主義の二つのロジックも同様に両立できないものではない。
10)経済発展のためには、世界との関係を必ず改善しなければならない。・・・文明世界にとけ込むためには、われわれは必ず海洋に進出しなければならない。
11)・・・一般の国家では軍隊の実力順位が海陸空で、米国は海空陸だが中国は陸空海。この順序は逆転させるべき時期。
・・・それは海洋覇権争奪のためではない。海洋の現有秩序を遵守する前提の下で、まず自分の国を守り、ついで世界各国の海運の安全維持に参加することである。
文明世界の各国海軍力を連合し、個別的な国家の海軍および海賊、その他テロ分子を含む国際社会の海運秩序に挑戦する海洋勢力を敵と見なすのである。
12)・・・米国は現在世界で最強の海洋大国で、国際規則を主導する国家・・・中国が真の海洋大国を目指すのならば、必ず米国との関係を良好なものにしなければならない。
13)・・・海洋問題での守勢は取るべきでない(注:上記11)では随分宥和的なことを言っていたのが、この一語で衣の下から鎧をのぞかせている)。
14)・・・周辺国家の戦略的意義も次第に弱まっている。地縁戦略(「地政学」に近い概念)はすでにそれほど意味のあるものでなくなっている。・・・戦略的緩衝地帯の意義は全く失われており、われわれがたとえ某大国と敵対状態に陥った場合でも、戦略的緩衝地帯によって自己の利益を確保できると発想すること自体が幼稚である。
事実、われわれが固守する地縁戦略こそが不安全を招いている(注:具体的にはどの政策のことを意味するのだろう。フィリピンなどとの領土紛争のことか?)
⒖)人類の普遍的価値と普遍的規則を承認し、経済・政治・文化のグローバル化と一体化発展の構造を受け入れ、国と国の正常な関係を発展・強化し、国家発展の最終目標を大衆の富裕・安逸・文明に置くことを受け入れるべきである(注:「西側は自由・民主主義・市場経済は人類の普遍的価値だとして中国に押し付けようとするが、中国には中国の価値観があるので受け入れられない」というのが、これまでの中国の立場であった)。
⒗)戦後は、戦争は・・・すでに正当なものと扱われなくなり、実行しがたいものになっていることがある。・・・国民をイデオロギーのための戦争の犠牲にする考え方を、人々がすでに受け入れなくなっている。
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