Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2016年5月14日

独裁国は外交がうまいのか

(以下は、Newsweek日本語版のゴールデン・ウィーク号に掲載された記事の原稿です)

『戦略的外交』は独裁的リーダーの専売特許

「とかくこの世はままならぬ」とは昔、坂本九の唄 。日本でも、米国でもドイツでも、首脳や外相がいくら戦略的外交をしたい、自分ならできると思っても、マスコミ(世論)、与党、野党にもまれてぐしゃぐしゃになってしまう。そこにいくと、独裁的権力を握る者は強いのだ。筆者は1991年8月ソ連クーデターの場にいたが、クーデターをつぶして権力を握ったエリツィンが打ち出した措置は目が覚めるようだった。特権と保守の牙城と化していた共産党を、彼はただ一片の布告で違法の存在とし、党官僚達は翌日から文字通り路頭に迷ったのである。その中には筆者の友人もいたし、立派な人たちもいたので可哀想とは思ったが、他方共産党をつぶさねばソ連の改革はできず、筆者はエリツィンの(実は非合法の)独裁に胸のすく思いをしたものだ。

 しかし独裁と言っても実は、国内では官僚や国民が動かないと何も進まない。外交なら独裁権力を思うがまま振るえる。指導者の頭が良ければ、国内の誰にも邪魔されずに「戦略的な」外交ができるのである。

 実例をあげよう。それはやはりロシアのプーチン大統領だ。ウクライナでは2014年2月、それまで数カ月も続いた反政府運動のあげく、暴力化した右翼勢力にヤヌコーヴィチ大統領が国外に追い出される。これで「ウクライナを西側に取られた、クリミア半島で租借してきた海軍基地セヴァストポリからも追い出される。ロシア艦隊が行き場を失う」と思い込んだプーチンは、柔道で鍛えた反射神経を発揮する。軍の諜報機関は、以前から練って来たシナリオを一糸乱れず実行し、クリミア内部の情勢をひっかきまわすと、給料を3倍にしてやるというプロパガンダも駆使して、クリミア併合を実現してしまったのである。その間一カ月弱。西側にとっては、あれよあれよという間のできごと。まさかプーチンがそこまでやるとは思っていなかった米国は、武力で反撃するわけにもいかず、結局経済制裁で対抗するしかなかったのである。

 プーチンは柔道の黒帯。外交を柔道の試合になぞらえている。「敵が押して来ればしばし引き、隙を見て相手の力を利用しながら投げ飛ばす」――これがプーチン外交の一手なのだ。ウクライナはまさに巴投げ。オバマ大統領は道場の壁にしたたか打ち付けられた。

 そして次はシリア。ここでもプーチンは、隠密裏に準備を進め、昨年9月に突如として戦闘機などをシリアに増派、「反テロ闘争に加わる」ことを表明した。これも欧米諸国がシリア、そしてISISに大したこともできず、立ちすくんでいるタイミングをはかって放った大外刈り。反テロのISIS攻撃というのは付け足しで、ロシアの盟友アサドを助け、和平の条件を有利にしてやることにその目的はあった。

と思うと、11月にはこれも晴天の霹靂の如く、「ロシア軍の撤退」を突如発表、最大限の宣伝効果をあげる。実は原油価格の暴落で失業が増え、ロシア国民は「プーチンは海外でいいかっこうばかりしてないで、自分たちの面倒も見てくれよ」という不満の声をあげだしている。ならばここで撤退を発表しておけば、ロシアがまだ優勢だから勝利の撤退のように見える、国内世論も納得するだろう――こういう計算が働いたに違いない。巧妙なことに、ロシアの戦力のほぼ半分はまだシリアに止まって、爆撃を続けているのである。もし旗色が悪くなっても、静かに撤退してしまえば、誰もロシアが負けたとは思わない。このあたり、プーチンの打つ手は冴えわたる。
 しかし柔道でもそうだが、最後は体重差(経済力の差)が物を言う。巴投げで言えば、うまく投げた相手が途中でどさっと落ちてきて寝技で絞めてくるようなもので、プーチンはこの頃「私は国内の経済政策もやってます」というPRで余念がない。

 プーチンの「独裁」と書いたが、ロシアでは選挙もあるし、反政府派への締め付けもスターリン時代の恐怖政治程ではない。これに比べると北朝鮮は、戦前の日本軍国主義にスターリン体制を掛け合わせた極めつけの独裁国。反対派はいとも簡単に処刑されてしまうので、軍人達もクーデターの仲間を募ることができない。声をかけた仲間に密告されれば死刑だし、さりとて仲間がいなければクーデターはできない。

 こういうわけで、外交は金正恩最高指導者のやりたい放題になる。と言っても、彼の場合やることが幼稚で、原爆でやたら脅したり、拉致者を返すといった見え透いた甘言で釣ることしかできない。彼の父、金正日を見倣って、「原爆を作るぞ」と西側、中国を脅しては支援をせびり、それを食いつぶすとまた原爆製造を再開するぞと言って西側を脅かす。

 しかし原爆ができてしまった今、金正恩はもうその手を使えない。ならばということでミサイルを本当に打ち込んだり、テロなどの暴挙に出れば、西側はもう支援はせず、報復するだけだ。ミャンマーが「開国」した後、北朝鮮はアジアで唯一、発展から取り残された国になってしまった。子供っぽい脅迫はもう諦めて、かつてのゴルバチョフのように妥協・譲歩することで西側の支援を得るアプローチに変えて行かないといけない。

 この世界には、抜け目のない外交で大国を手玉に取る(時々失敗してひどい目に会っているが)中小国の指導者もいる。その究極はベラルーシのルカシェンコ大統領。彼は1998年、長野オリンピックの時、自国のアイスホッケー・チーム応援を思い立ち、特別機で日本に駈けつけたのだが、側近ともども入国ビザを事前に取っていなかったため、日本の入管職員を慌てさせた。

このルカシェンコ、集団農場支配人出身で土くさい顔をしたわりには、計算高い。ベラルーシというのは、ロシアとEUの中間にあって、第2次大戦の時にもドイツ、ソ連の激戦の地となった要衝。だから今でもロシアとEU、NATOはベラルーシへの影響力を競い、利権を狙っている。その間隙を、ルカシェンコはいとも巧妙、そして時には鉄面皮の食言、二枚舌を駆使して、両者から漁夫の利をせしめてしまうのだ。

 ロシアが「ユーラシア連合」を作ろうとか、「単一通貨」を作ろうとか、未払いの原油料金の片にどこそこの化学企業の株を売れとか持ち掛けてくるたびに、ルカシェンコはのらりくらり、二枚舌、三枚舌を駆使して、ロシアを散々じらしたあげく、大枚の支援をせしめてしまう。ロシアがキレて高飛車に出てくると、ルカシェンコはEUにすり寄る。そのために(?)投獄しておいた野党政治家を数名釈放すれば、EUは「ベラルーシの人権条件は改善された」とか言って、人権にうるさい世論をなだめ、ベラルーシとの関係促進、利権獲得に乗り出してくるのだ。ここらへん、究極の「ワルの外交」なのである。もっとも、日本が米中間でこんなことをやったら、股裂きの目に会うか、それとも19世紀のポーランドのように分割されてしまいかねない。機敏な外交のできない民主国、日本にはお勧めしない。

 鉄面皮の例では、タジキスタンのラフモン大統領がいる。ここはGDPは92億ドル、人口は840万 の小国なので、ロシア軍が一個師団昔から常駐し、アフガニスタンからの脅威に備えている。タジキスタンが日本だったら、そのロシア軍に感謝して「思いやり予算」をはずむところだ。ところがラフモン大統領は2012年、駐留ロシア軍の地位協定を更新改定する交渉が始まると、ロシア軍に思いやり予算を払うどころか、駐留費用(いろいろサービスしているので)を払えと要求したのである。ロシアという国はけっこう同盟国からの要求に弱いところがあって(応じてやらないと、すぐ日本とか中国に駈けこまれるので)すったもんだ交渉を続けたあげく、駐留費は払わないがその代わり2億ドルを供与してタジキスタン軍の近代化をはかる、というところで手を打った 。
 
 世界には、他にも独裁者と言われる指導者は何人もいる。お隣りの大国、中国の習近平国家主席も権力を一手に集中しつつあるが、反対派や軍を抑えきれていない。1917年ロシア革命では少数の革命家が棚ボタ的に権力を奪取したのだが、1949年成立した現在の中国政権は、長い内戦の末、人民解放軍を先頭に北京に乗り込んだこともあり、軍の発言力がロシアより強い。だからなのか、日米や南シナ海でのASEAN諸国への出方にはぶれ(・・)があって、戦略的外交と言うよりは出たとこ勝負をしている面が強い。そうでなくとも中国は、自分の利益、自分の都合しか目にないので、広く場の空気を読んだ戦略的外交を建言できる者の数は少ない。

 その点、ロシアは腐っても鯛で、海外の情勢を十分見極め、戦略を練ることのできる専門家をまだ持っている。だから中近東で典型的なのだが、イスラエル、パレスチナ、エジプト、サウジ・アラビア、シリア、イラン、イラク、トルコといった難しい国々と人脈、利権のネットワークを築き、国際問題が起きるたびにそれらをうまく組み合わせ、米国に協力を高く売りつける。

 では、「外交は独裁に限る」のか? そうではない。チャーチルが言ったように「民主主義は最悪の政治形態と言われているが、他のすべての形態よりはまし」なので、選挙で洗礼を受けることで国民の支持を確保できる民主主義は、動きは鈍くとも底力には強いものがある。

独裁者の弱みは・・・まず家庭だ。スターリンの妻はいずれも非業の最後を遂げ、プーチンも離婚している。通常の神経を持つ女性には、独裁権力の座の非情さは長く耐えられない。そして独裁者の子供も、普通の人生を送りにくい。中には利権に手を染めて国民の怒りをかったり、父の権力を奪おうとして粛清されることもある。

そして独裁国の弱みは何と言っても、権力継承の時にある。選挙というメカニズムがないと、自薦他薦入り乱れ、収拾がつかなくなる。そしてもっと危険なのは、反政府運動が手のつけられないほど盛り上がった時で、1989年ルーマニアのチャウシェスク大統領は反ソ連・反共産主義大騒動の中、夫人とともに無惨に射殺されている。彼も東西対立の間隙をうまく縫い、ソ連圏に属していながらルーマニアの独自性をうまくアピールした名外交家だったのだが。

独裁者は、暴動で権力の座から追われたり、陰謀で殺されたりするのを極度に恐れる。プーチンが米国にきつい対応をするのも、一つには米国がロシア国内の反政府運動を掻き立てるのを恐れているからに他ならない。ロシアがいくら米国で反政府運動を掻き立てようとしても盛り上がらないが、不満分子が多く、選挙で政権交代することがないロシアは煽動に弱いのである。

とは言え、民主主義国も、経済が冴えず、格差がひどくなってくると、ヒットラーのようなデマゴーグが登場し、独裁者になってしまう。民主主義は独裁に優るが、自戒していないと自分自身も簡単に独裁国になってしまうのである。">
">


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/3167