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世界はこう変わる

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2015年12月 6日

シリアをめぐりロシア外交好調

(これは、月刊「ロシア通信」12月号に掲載された記事の原稿です。トルコによるロシア戦闘機撃墜以前に書いたものですが、基本的構図はまだ変わっていません)

ロシアの国章は双頭の鷲。昔東ローマ帝国、つまりビザンチン帝国から引き継いだ栄えあるロゴである。西を向く頭が飢えると、東の頭が餌を探す。ウクライナ問題で制裁を食らったロシアは、「かまうものか。ロシアには、伸長著しいアジアというパートナーがある」とばかり、東方外交を強化するそぶりを見せていた。7月にはウラジオストク自由港法を採択、9月にはウラジオストクで「東方フォーラム」を開き、中国に天然ガスを輸出するためアルタイ山脈を越えるパイプラインを敷く構えまで見せた。

 しかし、そのどれもうまくいっていない。中国経済は不振に陥り、天然ガス商談は価格を巡っていつまでも決着がつかない。そしてロシアは、アジアにはEUのように長期資金を大規模に調達できる金融市場がないことを認識した。「東方重視は幻想を追い求めるものだった」という声がロシアのメディアにちらほら出るようになった9月、世界情勢はシリア、ISISを新たな軸として大きな展開を見せ、ロシアはこれを奇貨として世界の本流に乗りつつある。プーチン大統領にとって、訪日はもはやそれほど重要なものでなくなった。それは、11月15日、トルコのアンタルヤで安倍総理と会談した時の彼の仏頂面が物語る。
 ここで、プーチン外交のこれまでをかいつまんで述べてみよう。

 ロシアは制裁の対象から
 ISIS掃討戦の同盟国へ?

 人は衣食で満ち足りると名誉を求めだす。ソ連崩壊後の大混乱で困窮の底にあったロシア社会も、2000年代原油価格の高騰でGDPが8倍強にもなる「高度成長」。社会はすっかり落ち着いた。そこで2007年2月、プーチン大統領はミュンヘンでの国際会議に出席すると、ロシアはNATOの拡張をいつまでも甘受はしないと言明、冷戦時代のような周辺諸国への領空すれすれの偵察飛行を再開した。そして2008年にはジョージア(グルジア)に武力侵入してそのNATO加盟を牽制、2014年にはウクライナのEU接近断念を契機に過激化した反ロ勢力に対抗してクリミアを武力制圧、併合、東ウクライナにまで義勇兵を送り込んだ。

 その結果、ロシアは西側から本格的な経済制裁を受けたし、同時に原油価格が暴落したために財政のやりくりが難しくなった。東ウクライナの住民はすべてが親ロというわけでもなく、これを併合して年金等を丸抱えする負担に、ロシアは耐えられない。そこでプーチンは、東ウクライナについては現状凍結、自治権の拡大という形で西側と手を打つべく話を進めていたところに、・・・
 シリアという要因が登場する。シリアでは、アサドとの擬似同盟関係を重視するロシアと、アサド転覆を望む米国との間の対立があったのだが、プーチンはシリア情勢を、米国との協力関係構築の足場に転化するという、奇策に出た。米国がシリア、イラクのISIS勢力に対する攻撃を欧州諸国に呼びかけたのに乗った形で9月末、ロシアもシリア爆撃に乗り出したのである(その標的はISISだけでなく、反アサド勢力にも向けられた)。

 これは、外交的には格好のタイミング、かつ一石何鳥もの効果を挙げた。つまり西側はロシアの攻勢に文句を言えない。ロシアは、西側との協力ムードを盛り上げられるし、ISIS攻撃に名を借りてアサド政権擁護もできる。こうしてロシアは中東地域におけるパワーとして勢威を回復、米国に頼りなさを感じているサウジアラビア、エジプト、イスラエル等の首脳、外相はロシアを頻繁に訪問するようになった。ロシア国内世論は初め、「シリアくんだりにまでなぜ?」と言わんばかりの反応を示したが、地上軍を派遣するのでないことがわかった後は、諸手を上げてのプーチン礼賛に転じた。10月下旬、彼への支持率は実に89.9%に達したのである(全ロシア世論調査センター22日発表)。

 10月31日、エジプトからのロシア民間機がISISによって爆破されたことは、この上げ潮のロシア軍事外交に水をかけるものと思われた。シリアでロシア軍機がISISを攻撃したために、同胞が大勢殺されたのだということで、プーチンへの支持もかげりを見せるだろうと思われたのである。
 
しかし11月13日パリでの大規模テロで、情勢はまた大きく動く。130名余もの犠牲者が出ただけでなく、欧州、そして米国にまでISISの脅威が及んだために、ISISこそが当面の最大の脅威、これを掃討するにはロシア、中国との協力もあり得べし、という方向に西側の空気が変わってきたのだ。

 軍事力偏重のロシア外交

 プーチン外交おそるべし。しかし、その力を過大に評価し、その前にひれ伏す要は全くない。プーチン外交の力は、軍事力を機敏に国外に投入することができる、というその一点に大きく支えられているからである。最高司令官であるプーチン大統領が軍の参謀本部に命ずれば、ロシア軍は直ちに出動する。議会の承認、世論工作はその後でかまわない。

 他方、ロシアがその外交で使える経済力は、資源の供給しかない。経済力の欠如は、軍事力にとっても制約要因となっている。原油価格の暴落で、ロシアはこれまで大きく伸ばしてきた国防費を抑えざるを得なくなった。ロシアの軍事力は強大に見えて、実は限界を抱えている。戦力になる職業兵は陸軍で約30万。しかもその中で実戦経験のある者は少ない。従ってウクライナのような大規模な動員は一カ所がせいぜいで、同時に数カ所で本格的な展開はできない。

 またロシアは国内に1600万以上ものイスラム人口(ほぼすべて穏健イスラム)を持ち、チェチェン、ダゲスタンあたりの北コーカサスには以前から過激派イスラム、そして現在ではISIS分子の浸透(既存の過激派がISISに転向する例が多い)が報じられている。ISISのテロはロシアにとって、自分自身の問題でもあるのである。うかつにISIS掃討をすると、報復を受ける。

 ロシア外交の当面の命運は、米国が握る。オバマ政権はウクライナ問題で対ロ制裁をしている手前、対ISIS作戦でロシアと大っぴらに協力もできかねている。共和党が反アサドを明確にしている現状では、アサドの処分を棚上げにして対ISISでロシアと手を握るやり方は、議会の支持を得られまい。しかし、ISISが米国で大規模テロを起こせば、戦前のような米ロ欧の「連合国」が復活するだろう。それは、国連安保理の承認を受けた多国籍軍となり、日本の自衛隊、中国の人民解放軍も参加を呼びかけられることだろう。

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