ドイツが世界を破滅させる (エマニュエル・トッド)のか
(以下は、6月末に発行したメルマガ「文明の万華鏡」の一部です)
エマニュエル・トッド「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる」について
フランスの人口・歴史学者エマニュエル・トッドが書いた「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる」が賑々しく出版された。僕は昔、彼の書いた「新ヨーロッパ大全」という本を読んだことがある。ここでトッドは、核家族とか大家族とか、欧州は国毎に主流の家族形態が異なり、それが民主主義とか専制主義とかの政治形態を決めていることを「証明」し、ヨーロッパを483の地域に分けている。その緻密な論理には関心したが、次第に息苦しくなってきて、歴史とはこんな理屈だけで動くものではあるまい、核家族が主流の社会でも自由・民主主義が実現しなかったところはいくらでもあるだろうと思ったものだ。
そのトッド氏は、2002年には「帝国以後」を出版して国際政治に移行、9月11日集団テロ事件以降の米国は崩壊への道を歩んでおり、衰退しているからこそ世界にとって危険だと述べて衝撃を与えたが、世界ではアメリカ以上に「崩壊」している国が大多数であることを見落としている。
今度の本、「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる」は日本だけで出版されたもので(それだけ、日本だから評価されているのだろうが)、インタビューを8本まとめたもの。巻頭の一章で、ドイツを扱っている。最近のドイツ経済の一人勝ち(中国での自動車販売数でも、ドイツは日本、米国をしのぐ)、それが政治面にも及んでNATOを内側から食い破り、ロシア、中国とも手を結んでユーラシアを支配する、という、ドイツ脅威論の最新版である。
僕は、西ドイツ時代のボンに3年間勤務していたことがある。その時感じたことは、ドイツこそは欧州政治・経済のへそ、この国がまた戦前のように自己主張を強め拡張主義にならないよう、米国、そして他の欧州諸国がEUやNATOのような装置をこしらえ、ここにドイツを封じ込めてきたの、ということである。そしてドイツは自身が「敗戦国」というハンディを背負っていることをよく認識し、進んでEU、NATOの枠内で自分の居場所、活躍の場所を確保しようとしてきたのである。その方針は、1990年のドイツ再統一後も変わらなかった。2002年には、自国通貨マルクを放擲してユーロを採用しさえした。
ドイツは、2005年までのシュレーダー社民党政権が、まるで保守党ででもあるかのような企業優先政策を推進したことで、強い経済競争力を獲得し、2008年リーマン危機以降は記録的なユーロ安にも助けられて輸出を拡大、2014年貿易黒字は2170億ユーロで、同年中国の貿易黒字3824億ドルに迫った。その経済力は東のロシア、更に中国にまで広く及び、中国では最大の自動車販売シェアを有している。
ドイツの輸出における対米依存度は約8%で、中国の6.5%、ロシアの3.5%を合わせたものより低くなっている。つまり輸出だけを取るならば、ドイツは別に米国に頭を下げてNATOの中に封じ込められている必要はない。ドイツがもし、自国領内の米軍基地閉鎖を求め、NATOからも脱退する姿勢を示すと、欧州をめぐる国際政治地図は激変する。そのあたりが、今回トッドの本が指摘しているところである。
しかしドイツは軍事力で大きく劣る。陸軍は9万名強しかおらず、ロシアの推定70万名にはかなわない。1992年、ボスニア紛争を収拾する際や、1999年セルビアを制圧する際には、米軍の助けを得ないとドイツ・EUは何もできなかった。それにドイツは米軍を追い出すと核兵器も失うので、ロシアが核で脅してくるとどうしようもない。
そしてドイツは2002年、米国に協力してアフガニスタンに派兵することで、NATO域外への派兵を初めて行ったが、このドイツ軍は北部の比較的安全なクンドゥースの基地に引きこもり、自衛に徹していたことで有名だった。国内のマインドは、とても「対外拡張」どころではないのである。国内世論が内向きだから、メルケル首相もウクライナ情勢では、キエフ政府の面目をつぶしてでも事態の収拾をはかる方向で動いている。
またトッドの本は、ドイツとベネルックス三国が組むと一層大きな勢力になると脅しているが、ドイツ人とオランダ人は犬猿の如く嫌い合っている。とても「組む」どころの話ではない。僕も、一時、ドイツがロシアと手を握り、中国とも緊密な経済関係を築いて、政治的にも中国の肩を持つようになることを危惧したがhttp://www.japan-world-trends.com/ja/cat-1/post_1325.php、当時ベルリンに滞在してドイツ人と意見交換していた米国人の友人にメールで聞いたところ、一笑に付された。「ドイツ人は国外のことに野心を持つような状態にはない。そんな気概はない」ということだった。ああ、日独枢軸。二国とも米国にすっかり手なづけられてしまったようだ。
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