35年続いたグローバル低金利時代の終焉?
リーマン金融危機後の低金利からの脱出がもたらすもの
(以下は6月24日「まぐまぐ」社から発行したメルマガ「文明の万華鏡」38号の一部です。全編をご覧になりたい方は「まぐまぐ」社のサイトhttp://search.mag2.com/MagSearch.do?keyword=%E6%96%87%E6%98%8E%E3%81%AE%E4%B8%87%E8%8F%AF%E9%8F%A1&freeFlag=2&forPc=onをご覧ください)
雑誌「選択」の6月号を見ていたら、「世界債券市場に『異変』あり」として、「35年続いた金利の低下=株と債券の強気相場が終焉を迎え、長期的な上昇局面に入る」という見方が紹介されていた。まあ、金融緩和バブルの破裂を煽る、よくある議論だと言えばそれまでなのだが、念のためこの35年の世界での金利動向をチェックしてみた。
その結果は、多くの方がご存知のとおり、「その通り」ということ。米国金利が、レーガン政権下のヴォルカー連邦準備制度理事会(FRB)議長のインフレ退治を優先する政策で歴史的高水準に跳ね上がった1980年以降、米国、欧州、日本での金利はほぼ一貫して低落、米国では1990年以降、政策金利は5%を越えたことがない。
世界でこれだけ長期間、低水準の金利が続いたのは、久保田博幸氏が「超低金利時代の終わり」で指摘しているように、17世紀のイタリアのジェノヴァはスペイン王室の財務御用掛となって新大陸からの金銀流入の扱いを独占、そのため金利は1570年以降低下を続け、1600年には2、5%に、1610年代の10年間は長期金利がほぼ1%台で推移、1619年には1.125%と歴史的低水準をつけた。但し日本のようなデフレだったかと言うとそうではなくて、新大陸から流入した金銀がマネタリー・ベースを膨らませたため、イタリアの物価は1550~1620年には2.5倍になっている。その後ジェノヴァの銀行は顧客のスペイン王室がデフォルトを起こしたために没落し、金利は1625年までの6年間で4%程上昇した。しかしジェノヴァで金利が上昇しても、地中海地域の資本が移動していった先のオランダ、英国ではそうでなかったかもしれない。ジェノヴァの例だけを取り上げて、「低金利時代の後は必ず金利が急上昇する」と言うことには慎重たるべきだ。
次の低金利時代は、イギリスのヴィクトリア朝時代の後半(1873年-1896年)の世界的な経済停滞の時である。第二次産業革命および南北戦争が終結したことで、欧米経済が息切れしたのである。当時、この不況は「大恐慌」(Great Depression)という呼び名で呼ばれていたが、1929年に世界恐慌が起こると、長期不況(Long Depression)という呼び名へと変わった。
1929年大恐慌から第二次世界大戦後10年間にわたる米国も、長期にわたる低金利の時代だった。1940年代を通じて金利は3%を越えていない。但し、1946~48年の米国は8%を越える戦後インフレに見舞われ、数年のラグを置いて金利も上昇を始めている。
水野和夫氏は、著書「資本主義の終焉と歴史の危機」で、日本の長期金利は17年間も2%割れの状態で、ジェノヴァの記録を約400年ぶりに更新したが、それは企業の利潤率が2%周辺を低迷しているからで、これでは実物投資の世界でリターンは得られず投資は減退する、としている。
以上、マネーの歴史は面白い。高金利の中世欧州は新大陸の金銀流入で低金利になり、貿易を促進させ、次いで産業革命に至ったという仮説が成り立つ。19世紀後半の長期不況を破ったものは、南アフリカでの大規模金鉱山の開発である。そして戦後は金の代わりに「紙」、つまりドルがマネタリー・ベースを大きく膨らませ、長期低金利(そしてバブルも)を支えているのである。これが高金利に転ずるとしても、管理通貨制度の時代、もはや中世欧州の50%以上というレベルにはなるまい。そして17世紀ジェノヴァで低金利とインフレが共存していたように、低金利だからと言ってデフレになるわけでもない。
今回も、これから経済が上向くのか、金利が急上昇するのか、インフレが激化するのかは、各国の事情に応じてまちまちなのだろう。そこで、主要な国の経済を少し見てみる。
(米国)
米国では、GDP、雇用、住宅建設、自動車売り上げ、軍需など諸指標を見るかぎり、景気の回復は明らかである。だから今の焦点は、政策金利の引き上げがいつかなのだが、いざ引き上げるという今になって当局が直面しているのが、金利を上げると一層のドル高になって輸出が減る、すると景気が悪くなって大統領選に影響する、つまり金利を上げるに上げられないという問題である。しかし低金利のままでは、米経済は過熱していくだろう。
輸出を減らさずに金利を上げるためには、EUや日本の通貨もドルにつれて上がってもらわないといけない。だから、米国はEU、日本に対して利上げしろという圧力を強めてくるだろう。しかしEU、日本の双方とも、今の時点での金利引き上げにはおいそれと応じられない状態にある。EUで今金利を上げれば、景気回復の腰を折るだろう。日本で今金利を上げれば、円は上がり株は下がり、アベノミクスは大きな打撃を受ける。そして、国債金利支払い負担が増大するだろう。
(EU)
EUはギリシャ問題を抱えているが、EUのユーロ圏を一つの単位としてみると、貿易は4月の1ヶ月だけで約250億ユーロもの黒字を挙げている。ドイツやベネルクス三国が健闘しているのである。あの中国の貿易黒字が今年の3月には約30億ドルに激減しているのに比べると、ほぼEU(ドイツ一国だけで中国の貿易黒字を上回っている)の一人勝ちと言える状況なのだ。
だからEUを日本のような一つの国として見ると、工業地帯は活況に沸くが、ギリシャのような周辺地帯はシャッター街だらけ、つまり域内格差がひどいというのと同じになる。一国内で域内格差を解決するには、好況地域から得た税収を不況地域に手厚く配分したり、不況地域の住人が好況地域に引っ越したり、出稼ぎに行ったりということになるが、EUの場合、ドイツはギリシャ支援を渋り、東欧など不況地域から激増した出稼ぎは、例えば英国で英国民の職を奪い、大きな社会・政治問題になっている。
そのギリシャだが、西欧以外のユーラシア諸国に特有の、債務でもなんでも「政治的に」、つまりなあなあで解決したがる性向丸出しで、ドイツ風、アングロ・サクソン風の融通の利かない取り立てとは180度方向が違う。もっともドイツやEUも、話しが破裂しそうになると「政治的な配慮」を見せるのだが、ギリシャについては果たしてそれだけ大事な存在だと思っているかどうか。
ギリシャ政府が抱える公的債務は約3150億ユーロで、EUやIMFなどの公的機関が約8割を保有しており、2012年の危機当時と比べると、欧州民間金融機関への影響は限定的だ(2月12日の日経報道)。2012年にはギリシャに続いて金融危機の危険が指摘されていたポルトガル、イタリア、スペインは失業率こそ高止まりしているものの、銀行の財務状況ははるかに改善している。
従って、ギリシャが他のEUから見放される可能性はある。ユーロ圏から参加国を「破門」する手続きは法定化されていないのだが、ユーロの使用を暫時制限され、国内だけで通用する金券のようなもので給料が支払われるようになる可能性はあるだろう。
そうやってギリシャが片付くと、米国はEUに金利引き上げを迫るかもしれない。EUがそれに応ずると、何が起きるだろう。ユーロはますます上がり、さしものドイツも輸出が減少するだろう。ドイツより体質のはるかに弱い南欧諸国は、また停滞に追い込まれるだろう。
従って、欧州中銀は今の時点での金利引き上げを峻拒するかもしれない。これは、1987年10月、西独が米国から利下げへの圧力を受け、それを拒否したことが引き金となった、「ブラック・マンデー」(1日で22.6%もの株価大暴落。コンピューター・トレーディングに増幅された動きで、翌日には値を大きく戻した)を髣髴とさせる。但し今回は利上げ、1987年は利下げをめぐる米欧不協和音であったが。
(日本)
日本経済は今年の第1四半期のGDPは年率換算で3.9%もの伸びを示した。民間消費は0.4%の伸びにとどまったが、民間投資が年率換算で2.4%も伸びたことが大きい。投資がこれだけ伸びたのは、企業マインドがそれだけ明るくなってきたことによるならば、アベノミックスが物価水準を押し上げようとしてきたことが、効果を示したことになる。そうなれば、アベノミックスは賃上げ⇒消費増⇒投資増⇒利益増⇒賃上げの好循環を生みつつあるのかもしれない。
他方、企業は単に、生産設備の老朽化が進んできたことから、こらえきれずに更新投資に踏み切ったのかもしれない。効率的な設備を持っていないと利益率が低下し、ROE(自己資本利益率)も低下して、株価が下がってしまうからである。第一四半期で顕著な民間投資の増加も、その多くは企業の豊富な自己留保で賄われており、「アベノミックスが金利を下げ、それが企業の銀行からの借り入れを増やして投資を増加させた」ということにはなっていないであろう。
このような状況で、米国が利上げを日本に迫ってくるとどういうことになるか。銀行融資への依存度が高い地方の中小企業を中心に、困るところが増えるだろう。さりとて、米国に追随利上げをしないと円安が極端に進行し、インフレ、株バブルが起るだろう。
(中国)
中国は、「リーマン金融危機を世界で一国だけ、見事に乗り切った」と言われる。そうだろうか? そうではない。リーマン金融危機の影響は、これから中国に顕在化する。1991年、日本でバブルが崩壊する直前の時点に今の中国はある。
と言うのは、2008年リーマン金融危機が起きると、中国政府は約40兆円もの(当時のGDPの約10分の1)低利融資を国中に割り当てて公共工事を激増させ(1年間で使い切ったわけではなかろうが)、これによって危機を乗り切った。2009年の輸出が前年比 15.9%減の 1兆 2,020 億ドルに下落したのを、補って余りある金額である。新幹線、ハイウェーとも毎年数千キロ伸びるという驚異的なペースで、経済にカンフル剤が打たれたのだ。しかし、インフラ建設というのはそれほどもうかる事業ではないし、マンション、オフィスビルにしても入居者不足でゴースト・タウン化しているところも多い。こうして中国では不良債権の規模が銀行だけで約20兆円に達し、派生金融商品を入れると300兆円が危ないという説さえ出回っている。
そしてインフラ建設との両輪で中国経済成長を支えてきた輸出に大きな翳りが見られる。2014年の輸出は約2.4兆ドルで、金融危機前2008年のピーク1.4兆ドルをはるかに上回ったのであるが、2015年3月には対前年同期比で15%もの減少を示している。おそらく2014年の「輸出」というのは水増しされた数字で、実は投機資金が「輸出代金」として中国に流入していたのではないだろうか。その場合、輸出の「翳り」もそれほど心配することはない。
他方、中国の輸出の50%は外資企業によるものである。製造業投資の多くも、外資企業によるものだろう。その大事な外資企業を中国当局は搾取し始めた。2月には米国のクアルコムが独禁法違反で1100億円強の罰金を取られている。「中国で商売したいなら、ショバ代を払え」と言わんばかりなのである。米国も同じようなことを外国企業に対してするが、中国の場合、外資企業のおかげで成長し、輸出も増やしているので、これに牙をむくのは自分で自分の首をしめることになるだろう。
中国は、AIIBや「一帯一路」の政策で、中央アジア諸国等でのインフラ・製造業建設を助ける(と言うより、鉄鋼、セメント、ガラス等、中国国内のインフラ関連企業を助ける)政策を取っているが、AIIBの資本金500億ドルは中国の「総固定資本形成」の約100分の1相当でしかなく、とても中国建設・建材企業の救いとはなるまい。中国は、あれほど避けようとしていた、「1985年プラザ合意後の日本の運命」(円切り上げによる輸出停滞を補うため、金利引き下げ、財政支出拡大の無理な内需拡大でバブルを招き、それが崩壊したことで長期の停滞を招いたこと)に結局、はまろうとしている。
共産党政権を維持するための無理な融資拡大、そしてそれに乗じてそこから莫大な富を掠め取ろうとした党・政・軍有力者の跳梁が、中国経済を止めることのできない渦の中に引き込んでいく。権力を取ると必ず腐敗するのが中国の倣い。それは、国民党の時代もそうで、あれだけ漢民族の復興、外国勢力の一掃という美しい理想を掲げていた国民党の宋美齢(蒋介石夫人)ですら、姉の宋靄齢による横領の可能性を米国人パートナーに指摘されてキレている(「宋姉妹」伊藤純・伊藤真 P137)。
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