ユーラシアを理解するために 7 インド パキスタン アフガニスタンの意味合い
ここでは、中央アジアに対してインド・パキスタン・アフガニスタンの三国がどのような意味合いを持っているか、述べておきたい。
インド、パキスタンも、ユーラシア東部においてはかなりの重みを持ったActorである。またアフガニスタンはユーラシア大陸の真央に位置し、その国内の情勢は周辺諸国に大きな影響を及ぼす。この三国の特性は次の通りである。なお、インドについては中国との敵対関係ばかりが報道されがちであるが、政治・経済・軍事において緊密な交流も見られることに留意する必要がある。
(a)インド
・インドは歴史上、ペルシャ、オリエント文明圏の一部である。リグ・ヴェーダ等の文化を生み出したのは、インド北部に移住したペルシャ系アーリア人であったし、1526年ムガール王朝を設立したのはウズベキスタンから南下したモンゴル系のバーブルであった。
・インドは現在BRICSの一員として、その経済的可能性が喧伝されている。しかし外国からの投資とインフラの急速な建設で急成長した中国に比べると、その成長はいかにも遅い。既得権益層が規制緩和に抵抗しているために外国からの投資が増えないこと、土地所有権の保護が強いためインフラ建設が思うにまかせないことの2点が障害となっている。中国では民主主義や所有権の欠如が今後の成長の障害であると言われるが、インドでは民主主義や所有権の過剰が成長を阻害しているのである。
・日本等では、インドに「中国に対する対抗勢力」としての役割を期待する声があるが、この点でインドに過度の期待は禁物である。と言うのは、インドにとって最大の脅威はパキスタンで、中国とは国境問題を抱えているとは言ってもこれはコントロール可能、しかも中国がエネルギー資源の輸入経路として重視しているインド洋では、インドが米海軍と共に制海権を握っており(中国の艦船はボトルネックのマラッカ海峡を通過してインド洋に入った途端、アンダマン島のインド海軍基地に遭遇する)、インド側には中国に対する心の余裕があるからである。
・また経済関係においてインドは中国に押されている。電機器具等の輸入先として中国は重要だし、インドの土産物さえ中国で生産されている。中国企業はインフラの建設でもインド市場を席巻し、日本のODAを使っての建設案件でさえ落札している。
・インドの外交官は一般に優秀だが、数が少ない。国連安保理では常任理事国ではない。インドにとっては、パキスタンが最大の潜在脅威であるために(パキスタンは中国の実質的同盟国であるので、中国の別働勢力という意味も持っている)、これを南北から挟むためにアフガニスタンで影響力拡大を図っている。同国に対しては米国、日本に次ぐ第3位のODA供与国となっている他 、5箇所に総領事館を置いている。しかしインドはアフガニスタンへの軍事的関与は避けており(アフガニスタンと国境を接している中国を刺激する。またアフガニスタンはインドと中国の間の係争地域にも接している)、この点がアフガニスタンに対するインドの影響力に限界をもたらしている。
・インドにとって、中国に対する抑えを確保することも外交の大きな課題であり、そのために冷戦時代はソ連、そして現在は米国と協力関係を維持している(2007年の原子力協力協定締結が、その分水嶺であった)。また中国周辺諸国との関係増進にも意を用いている。後述の如く、モンゴルとは毎年「北方の象」と称する共同軍事演習を行っている 。但し、インドは中国とも時々共同軍事演習を行っていることを忘れてはならない(後述)。
・中央アジア諸国でインドは、アフガニスタン・中国と国境を接するタジキスタンに力を入れている。一時は首都ドシャンベ近郊のアイニ空軍基地への資金・資材供与を行ったため、インドがこれを基地として使用するとの報道が流れたが、実現していない。前述の如くタジキスタンに多額の借款を供与している中国が、妨害した可能性がある。
・なお、インド北部のダラムシャーラーには、ダライ・ラマとチベット亡命政府が本拠を置いている。チベット情勢を見通す上で、彼らとの接触を欠かすことはできない。しかしインド当局は、チベット人過激派を取り締まることがある 。
(b)パキスタン
・パキスタンは、インド―ソ連の枢軸に抗し、中国、米国の双方と組むことで、存続を図ってきた国である。アフガニスタン戦争の起る以前も、米国はパキスタンに多額の経済援助を行っていた(但しパキスタンの民主化停滞、核開発などで、援助が殆ど止まった期間もある)。1971年、キッシンジャー大統領補佐官の北京訪問を斡旋したのもパキスタンである。アフガニスタン戦争後、米国との関係は一層緊密なものとなったが、アフガニスタン戦争におけるパキスタンの協力には及び腰のところがある。というのは、アフガニスタン戦争で米国の敵方にまわったタリバンは、かつてパキスタンで養成された神学生を中心としており、パキスタンがアフガニスタンに勢力拡張をはかるための尖兵であったからである。
・パキスタンはカシミールをインドと争い、その北部を占領している(パキスタンは1963年その一部を中国に割譲してしまい、その地域は中印間の係争地域となっている)。従ってパキスタンにとっては、そのカシミールに北から接しているアフガニスタンに影響力を確保しておくことが緊要になっている。
・経済力に乏しく、国民国家としてはインド以上に未整備なパキスタンは、その力を軍、諜報、テロ(パキスタンの場合、この三者は一体性が強い)に依存するところが大きくなる。インドのある外交官に言わせると、「パキスタンは、テロを外交の武器として使っている」のである。ビン・ラディンがパキスタンの軍学校が所在する町に潜伏していたことも、それが事実に近いことをうかがわせる。テロ勢力は特にインドに対して用いられることが多く、2008年ムンバイで起きたテロでもパキスタンの介在が云々された。
・しかしテロリストは、雇主にいつまでも忠実であるわけではない。テロリストが自己存続のために、それまでの飼い主に牙を剥いた例は数多い。カネの切れ目が縁の切れ目となり、それを境に子飼いのテロリストが敵に転ずる例は、例えば1980年代アフガニスタンのソ連軍に対抗するためサウジ、米国CIAが養成したと言われるアル・カイダが、今では米国の天敵となっていることに見られる。パキスタンの場合は、アフガニスタンのタリバンがパキスタンからの自立傾向を強めていることが目につく。
・また、パキスタンの対アフガニスタン国境地帯は部族地域と呼ばれ、中央政府の力が実質的に及ばない地域となっており、ここではロシアの北コーカサス地方、ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン等の青年がテロの訓練を受けているのだが、その中には新疆のウィグル民族もいるようで、これはパキスタンの対中関係で問題になる。例えば2011年8月、ザルダリ大統領が対中国境地方要人を連れて中国新疆のウルムチ、カシガルを訪問しているが、これはカシガルの地方政府が最近、パキスタンはテロを輸出していると非難したことに対応するためのものであった可能性がある 。また、パキスタン在住のアルカイーダ、Abu・Yahya al-Libiが新疆での聖戦を呼び掛けたとの報道もある 。
・パキスタンは中国、米国に近いため、ソ連、ロシアとの距離は遠かった。しかし2009年5月、ロシアはムシャラフ前大統領を招待、その後軍の実力者カヤニ参謀長をも招待して、パキスタンとの関係増進をはかるそぶりを見せた。2011年ザルダリ大統領はパキスタン首脳としては37年ぶりにロシアを訪問し、2012年10月にはパキスタンで「ドシャンベ4」首脳会議(ロシア、パキスタン、アフガニスタン、タジキスタン。それまで数回開かれた)が開かれる運びとなり、実現すればロシアの首脳として44年ぶりプーチン大統領のパキスタン訪問が実現するはずであった。しかしプーチンはこの訪問を直前にキャンセル(当時、背中を痛めていた)、パキスタン側の怒りを招いて以降、ロシアとパキスタンの関係についての報道は途絶えている。
ロシアとしては、アフガニスタン和平に発言権を持つには(例えばタリバンと米国・アフガン政府の間を仲介する等)、パキスタンとの関係を持たなければならない。また、ロシアのダゲスタン共和国等で活動するイスラム・テロリストは湾岸諸国の資金を受け、パキスタンで訓練されている可能性もある。更に中国の実質的同盟国であるパキスタンに、くさびを打ち込んでおこうとの配慮もあったのかもしれない。
・中央アジアと直接の関係はないが、パキスタンは中国にとって、将来ペルシャ湾口への直接の出口となり得る可能性を秘める国である。前述の如く、中国は輸入原油の殆どをインド洋経由で運搬しているが、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海、東シナ海とも制海権を持っていない。ところが中国はパキスタンと国境を接しているため(但しその地域は中国が1963年にパキスタンから割譲を受けたもので、インドが領有権を主張しているため、地位は不安定である)、ここを通って新疆からインド洋までハイウェー、パイプラインを建設すれば、エネルギー戦略上、より安定した地位に立てる。
この地域には既に「カラコルム・ハイウェー」が建設されており、その南方部分は日本政府の円借款による立派なインダス・ハイウェーにつながってインド洋のカラチまで通じている。
カラチの西方460キロにはグワダル港があるが、ここは2006年に中国の資金で建設され、その後シンガポールの企業が運営、2012年に中国のChina Overseas Port Holding Company (COPHC)が運営権を取得している。従って、理論的には中国海軍、商船による使用が可能になっているのだが、グワダル港の第2期建設(海路の浚渫等)が終わっておらず、また周辺がバルチスタン族支配地域で中央政府に反抗気運の強いところであったり等の問題から、中国艦船が使用しているとの報道に接したことはない。なおグワダル港から北方に通ずる道路は存在するも、その状況は不明である。
・パキスタンはサウジ・アラビアと緊密な関係を持っている。パキスタンはサウジにとって、天敵シーア派イランを牽制するに好適な戦略的位置にあるからである。パキスタン人はサウジに数十万人は出稼ぎに出ているものと思われ、サウジによる経済援助と共に貴重な外貨源となっている。サウジは、パキスタンにとって最大の原油供給国である。また、世界各地から徴募された青年達は、サウジの資金でパキスタンでテロリストとなる訓練を得ているものと思われる。更には、サウジはパキスタンの原爆開発にも資金を提供しているものと思われ、その点を指摘した報道は多い。中には、「サウジは数発の核爆弾を自国所有のものとしてパキスタンに預託している」との報道もある 。これは十分可能性のある話で、サウジはこのようにして、イスラエル所有の核兵器、イランが開発中とされる核兵器に対する抑止手段を入手しようとしているのであろう。
・なお、パキスタンは中央アジアではさしたる地歩を持っていない。前記の如くタジキスタンとは、ロシア、アフガニスタンを加えた首脳会議を折に触れて開いていたが、2010年8月(ソチ)を最後に開いていない。
・なおパキスタンは中央アジアにおいて、「アガ・ハーン財団」という興味ある存在を持っている。アガ・ハーンはパキスタン人で、イスラム・シーア派の一派とされるイスマイル派の頭領でありながら、西欧社交界にも広い人脈を持つという興味ある人物である。またイスマイル派は中国新疆にも分布しており、アガ・ハーン自身もウルムチを訪問したことがある。そして彼の財団は、タジキスタン、キルギス両国の政府に食い込んで、主権国家並みの規模の経済援助を行っている。
(c)アフガニスタン
アフガニスタンと言えば、極め付きの途上国だと思われているが、中世はイスラムの中でも先進地域であった。西部のヘラートにはペルシャ系の王朝が何度も建てられており、今でも当時の広壮なモスクが残る。ペルシャ、中央アジア文化圏の代表的な詩人とされるナヴォイ(15世紀)は西部のヘラート生れで、ヘラートに墓がある。
・アフガニスタンは国民国家を確立するに至っていないが、主要部族の独立意識は旺盛で、英国、ソ連等、侵攻を試みる大国はいずれも撃退してきた。そのため、アフガニスタンは「大国の墓場」と呼ばれることもある。米軍は、ここに居座るために侵入したものとは思われていないこと、そしてその圧倒的な武力と住民平定工作を併用することで、今のところは名誉ある撤退を確保しつつある。
・これに代わりもし中国が進出を強めると、アフガニスタン人はこれに反発を示すかもしれない。アフガニスタン在勤者によれば、アフガニスタン人は日本人には大きな好意を示すのに対し(日本の援助が無私のものであることを認識していることが大きい)、中国人には敵を示す。現在でも、アフガニスタンでは中国のビジネスマンが殺害される件が時々発生している。
・アフガニスタンは、今でも部族性が非常に強力な地である。有力な部族はパシュトゥン、イラン系、モンゴル系、ウズベク系、タジク系、トルクメン系等に分かれ、それぞれ地理的に集住していることが特徴である。そしてそれぞれの地域では、地方有力者の下に強力なクラン、軍閥が形成されていることが多い。例えば西部のヘラート周辺はイスマイル・ハンの影響力下にあり、イランの影響力下に組み込まれつつある。
・北部は西からトルクメン族、ウズベク族、タジク族と分布しているが、トルクメン族の内情は不明である。アフガニスタンとトルクメニスタンの国境には川がないため(トルクメニスタン東部からウズベキスタン、タジキスタンと、アフガニスタンとの国境は大河アム・ダリヤによって仕切られている)、アフガニスタンからの浸透は容易なのであるが、2001年までのタリバン支配時代、トルクメニスタンのニヤゾフ大統領(当時)がタリバン指導者のオマールとの友好関係維持に意を用い、タリバンによる策動を防いだ。2013年5月には、アフガニスタン北西部、トルクメンに面するファリャーブ地方の山岳地帯にタリバン系と思われる過激派勢力が進出、トルクメニスタン系の地元住民を追い出すも、自ら60名程の死者を出して鎮圧される事件が起きたが、彼らもトルクメニスタン領には侵入しなかった模様である 。
・それより東部に集住するウズベク族の間では、「ドストム将軍」が長年指揮を執っている。ウズベキスタン政府は彼との関わりを公には否定しつつも、彼を足掛かりに、アフガニスタン北部に大きな影響力を有している。そしてウズベキスタンはアフガニスタン北部に電力を供給している だけでなく、アフガニスタンで活動するISAF軍に物資(ミネラル・ウォーター等)を補給しているが、その利権はウズベキスタンの諜報機関が握っている 。またウズベキスタンの建設企業は、ソ連軍侵入時代にアフガニスタンで作業をした経験があり、それを生かして橋の復旧等、アフガニスタンの復興事業に参加している。
・ソ連時代、ウズベキスタンはアフガニスタンに駐留するソ連軍の後方兵站基地として最大の役割を果たした。ウズベク南部のハナバード空軍基地はそのために作られたし、テルメスの空港等もそのために用いられた。またアフガニスタンとの国境を流れるアムダリヤにかかる「友好大橋」があって、ここでは中央アジアで唯一、自動車、列車双方による渡河が可能となっている。1989年ソ連軍撤退の際も、この橋が使われた。友好大橋は、欧州方面からISAF軍のための兵站物資を鉄道でアフガニスタンに送り込める、唯一のルートである 。友好大橋を渡ってウズベキスタンに入る鉄道は、日本政府の円借款で作られた山間部の新鉄路 を通ってカザフスタン、ロシア方面へ抜けていく。アフガニスタン戦争の間、パキスタンと米国の関係は悪化することがあり、パキスタンはカイバル峠経由でアフガニスタンに入る補給路を閉鎖することがあった。そのため、欧米諸国はウズベキスタン経由の経路を代替ルートとして重宝したのである。
なお、アフガニスタンは鉄道が殆どない国であり、最近までこのウズベキスタンからの鉄道がアフガン内陸僅か10キロ程度で終わっていたのを、北部の中心都市マザルシャリフまで延長したのである。
・アフガニスタンをタリバンが支配していた時期には、ウズベキスタンで数件のテロ事件が起きている。1999年2月には、タシケント中心部で大規模な爆発が起きている。犯人は現在でも不明である。
・アフガニスタン北東部には、タジク人が集住している 。タジク人はタリバン支配時代からウズベク人等と「北部同盟」を形成、ロシア、イランの協力も得てタリバン政府に抵抗してきた。北部同盟を差配していたのは、タジク人のマスード将軍(2001年暗殺)である。北部同盟は2001年、米軍と提携してタリバン掃討作戦を展開し、その後アフガニスタン政府軍の中核となっている。
・タジキスタンにはソ連崩壊以前からロシアの第201師団が常駐していたこともあり、ロシアの諜報機関は今でもアフガニスタンのタジク人勢力と関係を有している可能性がある。筆者は2003年、タジキスタンのドシャンベ空港で、ロシアのトルブニコフ対外諜報庁長官が「アフガニスタンへの出張」から降り立ったところを目撃している。なお、ウズベク系のドストム将軍の最近の動静について報道はないが、同人は独自の動きを示すことで、最近ではアフガニスタン政府にとって攪乱要因となっている 。
・アフガニスタンは古代、宝石として珍重されたラピズラズリを独占的に生産した地であるし、景徳鎮の染付陶器に用いられた青色顔料コバルトもアフガニスタンで採掘されていた。しかし現在、確証をもって語ることのできる天然資源は乏しい。2010年ニューヨークタイムズは米国防総省の調査メモなるものを大々的に報道し、「アフガニスタン各地に1兆ドル規模の鉱物資源が埋蔵している」と報じたが、その信憑性は不明である。
カブール近くのアイナク銅山は世界有数の埋蔵量を有すると言われるが、利権を得た中国企業は未だ開発を始めていないようである。鉱石や製品を中国に運ぶにも、まず鉄道・ハイウェーを整備する必要がある。また中国はアフガニスタン北部に石油・天然ガス掘削利権を得たが、同地域に集住するウズベク族の介入を招き、最近では利権の売却を考えているとの報道もある 。
・アフガニスタンは、いくつもの大規模建設案件の舞台となっている。米国は「新シルクロード」構想の目玉として、タジキスタンで水力発電した電力を新規に建設する高圧線でアフガニスタン、パキスタンに輸出する構想を一時提唱したが、国務長官交代で掛け声は低調になっている。トルクメニスタンはアフガニスタン、パキスタンを経由してインドに至るガス・パイプライン「TAPI」を建設する野心を有するが、アフガニスタン・パキスタン国境間の「部族地域」の治安が悪いことがネックとなって、長年にわたり進捗を見ていない。
・アフガニスタンはユーラシア大陸の真ん中に位置するため、古来から交通の要衝であった。シルクロードのいくつかも、同国を東西南北に横切っている。現在ではアフガニスタン国内を広く結びつける「環状道路」の整備が課題で、これはアジア開発銀行等、西側の支援で大きく進展している。
また鉄道建設は後述の如く諸案が林立している。中国にとってはアフガニスタンの資源をタジキスタン経由で搬入するための鉄道、タジキスタンにとっては不仲のウズベキスタンを経由せずに イラン経由でペルシャ湾岸 に綿花、アルミニウム製品等を搬出するための鉄道、ウズベキスタンにとっては綿花等をロシアを経由せずにイラン経由でペルシャ湾岸に搬出するための鉄道、乃至ハイウェーが必要で、それらの全てがアフガニスタンを通るのである。諸構想の全貌、出資者、工事進捗状況 について、情報を整理する必要がある。
・アフガニスタンは世界最大のヘロイン生産地である。アフガニスタンの麻薬が有する国際政治上の意味については後述するが、アフガニスタンの農民はケシ栽培から大した利益を得ているわけではない。利益の大半は仲買い商人等に取られてしまうからである。従って、「ケシ栽培は農村安定のために必要悪」という議論は成り立たない。自作農を増やせば、例えば漢方薬を栽培させることで、農民の所得は確保できるだろう。隣接のタジキスタンでは、日本の企業が甘草の採取を開始している。
「農村部の安定」とは、農村部の長老階層からの支持を確保することを意味するだろう。
・2014年中にISAFがアフガニスタンから撤退し、「それが使用していた兵器が現地軍、中央アジア政府軍に引き渡される。それは地域の軍事バランスを大きく変える」という観測がこれまで盛んに行われてきた。しかし大山鳴動して、実際には大規模な兵器贈与は行われる気配がない。アフガニスタン政府軍の力に不安があること、中央アジア諸国の政府も完全には信頼できないことなどがあろうが、実際にはアフガニスタンで破壊して残置するのが最も安価なやり方である ことが理由であろう。
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