一帯一路=中国の西進が意味するところ
(この記事は、5月12日発売のNewsweek日本語版に掲載されたものの原稿です。掲載されたものと若干の異同があります)
中国はこの数年、尖閣や南シナ海をめぐって海軍国になる構えを示してきたが、中国の長い歴史で大海軍を持ったのは元寇と、明の鄭和の大航海の時だけである。それ以来、明、清の王朝は「海禁」、つまり鎖国政策を取り、外国との交易は政府独占の下、一カ所あるいは数カ所の港に限定したのである。中国の主たる脅威は常に北部、西域の遊牧民によるもので、対外政策の中心はそれへの対策であったし、遊牧民族は元・清王朝のように中国の支配者になる時さえあった。
なぜ今西進なのか
現代の中国は台湾問題を抱える。台湾を武力制覇するためには、米艦隊を破らねばならず、そのためには日本の南西諸島を越えて太平洋に進出できる海・空軍力を持たねばならない。米国を相手にするためには、原油の通り道、南シナ海での制海権を確保しなければならない。
だから中国はこれまで東向き、海洋大国化の政策を取ってきたのだが、日米同盟が堅固な現状では南西諸島を越え、太平洋に長期展開することは難しい。南シナ海にいくら島を作っても、米豪ASEANの潜水艦が遊弋すれば、その脅威に対抗する力は中国にまだない。中国の輸出の十六・七%は米国、十一%はASEAN、六・八%は日本で 、これまでの「東進」政策はこれらの国との摩擦を生むだけ、中国の軍事的優位を築くことはできなかったのである。
中国の経済は、成長率がとみに落ちている。大学を卒業しても、外国留学から帰ってきても、就職は容易でない。これまでは国有地に道路や鉄道、高層ビルを次から次に建てることで経済を支えてきたが、国内の金融は今、絞り気味。地方に林立する第三セクターの融資公社は、多額の不良債権を抱える。地方当局が争って拡張してきた製鉄、セメント、ガラス工場などは、今や過剰在庫と赤字を抱えるに至った。
そこで、中国の西の海とも言うべき、広大なユーラシアの大地に目を向けると、そこには中央アジア、ロシア、中東、南アジアという莫大なインフラ建設需要が眠っている。中国はこれまでも、中央アジアに低利融資の大攻勢で、タジキスタンには道路、トンネル、キルギスには鉄道(まだ計画段階)、トルクメニスタンからは八千七百キロ もの天然ガス・パイプラインを建設し、アフガニスタンではアイナクの銅鉱山利権を取得、米中露、三大国の間で巧妙にバランスを取ってきたウズベキスタンでさえ、この頃は「中国マネーでインフラや工場を作ってもらう」話しで沸いているのである。
習近平国家主席はこれまで、「シルクロード経済圏」を作ると言ってきたが、今回中国得意の四文字熟語、「一帯一路」と銘打って大々的な国家戦略とした。経済官僚、企業にしてみれば、これで予算を大いに引き出し、中国の外で事業ができる、ということになる。何を建設するにしても、作業は中国人、資材も建機も中国製だから、何のことはない。中国の公共事業、中国の内需拡大を外国でやっているようなものなのだ。軍の方でも陸軍、空軍あたりが、これで予算がもっと取れると思っていることだろう。これまでは「東進」で、陸軍を尻目に予算を面白いように使ってきた海軍は、「海のシルクロード」、つまり「一路」を整備する方で予算獲得を狙うことになる。
中国では、財政部、商務部、人民銀行、国家開発銀行と競い合うように、外国に無利子・低利子長期融資を行い、その総額は世界でも六位の援助大国に相当する 。中央アジアに向けては既に人民銀行が、「シルクロード基金」を資本四百億ドルで昨年末設立したし、財政部はAIIBを設立し、外国の出資も募って融資競争に一層参入しようとしている。「中国とEUを結ぶ」鉄道やハイウェー建設のプロジェクトは既に林立しており(一部は既に実現)、国境を接するパキスタンを通ってペルシャ湾に出るための「カラコルム・ハイウェー」も整備されるだろう。
「西進」のコスト
だが、ユーラシアは昔から、海千山千の諸民族がうごめく難しいところ。アフガニスタンはここに手を出した大国がいずれも大やけどをして、「大国の墓場」と呼ばれる。「東進」が周辺諸国、米国との摩擦をもたらした程ではないが、「西進」も中国にとって少なからぬコストをもたらすだろう。
最近、ネパールへの中国進出が目立つが、これはインドとの摩擦要因となる。中国はペルシャ湾岸のパキスタンの港グワダールの運営権を入手したが、ここは中央政府に逆らうバルチスタン地方にあって、安全の保証はない。「海のシルクロード」を作るのだと息巻いても、インド洋の制海権はインド、米国、豪州の手中にある。アフガニスタンで利権を得ても、これからはタリバンやISISと話しをつけるのが大変だ。タリバンは、中国が輸入の約四十五%を依存する トルクメニスタンの天然ガス田にとっても脅威となる。
そしてロシアにとって、中央アジアは最後に残された勢力圏、商圏だ。中国がカネにあかせてしゃにむに出てくるのに苦々しい思いでいる。ロシアが見せ球として使ってきたユーラシア開発銀行は資本金が僅か70億ドルで、中国が勧進元の「シルクロード基金」やAIIBの前に色あせた。ロシアや中国が中央アジアをかたらって、米国の介入を防ぐ盾として作った上海協力機構も、肝心の中ロが足の引っ張り合いで発育不全のままである。
だが、「EUと中国を結ぶ」路線はどれも、ロシア領を通らざるを得ない。そしてその多くは、ウィグル族などによるテロが続発する新疆地方も通ることになる。中央アジア諸国は大国同士を競り合わせ、最大限の利益を搾り取る外交巧者だ。政府諸機関がばらばらに相争って事業を展開しがちな中国は、願ってもないカモに見えているかもしれない。
日本にとっての意味
日本にとって、中国の「西進」は「東進」よりはるかにましだ。ロシアは中国と徒に対立はしないだろうが、日本との関係はもっと大事にしてくるだろう。日本では、AIIBが中央アジアの案件を独占してしまうような議論が横行しているが、中央アジア、特にカザフスタン、ウズベキスタンは中国だけに入れ込むことを避けるだろう。夏には安倍総理が中央アジア訪問を考えているとの報道があるが、この訪問はこれら諸国にとっても大きな意味を持つのである。中国の「西進」を邪魔する必要は全くないが、中国に「ここでも日本が」と思わせることは日本の対中外交にとって意味があるだろう。
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