プーチンは再び姿を現したが、ロシアはどうなる
先週ロシアは、プーチン大統領が6日以来公衆の面前に現れていない、何が起きたのかと騒ぎになった。やれ急病、やれ愛人に子供が生まれたと論議がにぎやかな中、別の観測も現れた。野党政治家ネムツォフ暗殺が関係していると言うのである。
ネムツォフがクレムリンのつい鼻先で射殺されたのは2月27日。そして3月7日に当局は、「犯人のチェチェン人」を捕まえている。今年1月7日パリの雑誌Charlie Hebdoがイスラム勢力に襲撃を受けた際、ネムツォフが反イスラム的言辞を公にしたことが彼らの怒りを買った、というのである。
モスクワではテロがあると、よくチェチェン人が検挙されてきた。イスラムを奉ずるチェチェンに非難を集中して国内の結束を固めるのである。しかし今回、事情は異なる。と言うのは、1994年、同99年と2回もロシア軍の攻撃を受けたチェチェンは、今ではプーチンの信任を受けるラムザン・カディロフを首長として全く平和になり、モスクワからの補助金を手厚く受けて、広壮なモスクまで建て繁栄しているからである。しかもカディロフは1月中旬首都グローズヌイで、Charlie Hebdo事件についてイスラム教祖モハメットを風刺することに反対する大集会を開いている。
捜査当局はそのカディロフに事前連絡もなしに、「犯人」を仕立てあげてしまったものと見え、カディロフは当局を批判する発言を行った。「主犯格のダダエフはチェチェンの勇士だ、反チェチェンのキャンペーンが行われているが、自分はプーチンに死ぬまで忠実だ、従ってチェチェンを悪者扱いする者は反ロシアということになる。」というのである。チェチェン人を敵に仕立てるとカディロフが怒る、カディロフが怒ると全国で600万以上とも言われるロシアのイスラム人口が騒ぎ出すかもしれない、ということとなった。
ネムツォフは有力なリベラル野党政治家ではあったが、リベラルは90年代ロシアを大混乱に投げ込んだ張本人と思われていて、大衆の支持はほぼ全くない。野党はばらばらで、政権にとって脅威ではない。欧米のマスコミは、「プーチンがネムツォフを殺した」の大合唱だが、プーチンにとってネムツォフの暗殺は有害無益でしかない。しかし彼の暗殺は、東ウクライナでの優勢を誇示していたロシアの、国内の亀裂を露呈させたのである。
プーチンは元気な姿を16日テレビで見せたが、11日にカザフスタン訪問を直前にキャンセルし1週間以上もモスクワに現れなかった謎は解けていない。愛人に子供が生まれたからだという噂まで流されたが、ネムツォフ暗殺直後の治安当局がイスラム、あるいは停戦に不満を抱く東ウクライナの親ロシア勢力の動向に神経質になり、プーチンを警護のしやすい郊外の公邸に留め置いたという解釈も可能である。
ロシアの将来
欧米では、「プーチンは東ウクライナでの余勢をかってバルト諸国などに軍事行動を起こす」と言う者もいるが、今のロシアにそれだけの力はないし、もしそのような行いに出れば、ロシア国内は混乱度を高めるだろう。
今回のウクライナ情勢で、プーチンの夢「ユーラシア経済連合」の結成は大きく挫折した。旧ソ連2位の経済力を持つウクライナが加盟することなしには、この連合は意味を成さない。それに連合の加盟国カザフスタンは、ルーブルが急落したためロシア産品が不当に廉価になったとして、ロシア製ガソリンなどの輸入制限に踏み切る始末である。
ロシアの経済を支えるエネルギー企業は西側の経済制裁で、投資資金を西側で起債できなくなったし、深度掘削技術の供与を絞られたため、将来へ向けての投資を大きく阻害される。そして原油価格の半減は、ロシアの財政を厳しくする。シルアノフ財務相は、1~2月の国家歳入は前年同期比10%減、年末に向けて17%減も予想されると述べている(3月9日Nota Bene)。ルーブルが減価したので輸入代替のための食品生産などが増えているが、繊維、自動車などはむしろ生産が減っている(国家統計局統計)。昨年の工業生産は2.1%伸びているが、その多くは軍需と見られる(15、1、17 Center)。経済発展省は2月、原油価格が50ドルに推移すればGDPは今年3%縮小するだろうとの予測を発表している。
ロシア軍は、ウクライナ軍が弱体だから強く見えるが、実際には多くの問題を抱えている。青年人口が減少しているため、兵力の充足ができない。兵役期間は1年しかないので、これでは使い物にならない。従ってロシアが実戦に使うのは「職業兵」部隊なのだが、これは広いロシア全体で約30万しかいない。装備についても、IT化の進んだ米軍とは比べ物にならないのである。従って、欧米で騒いでいるように、プーチンはバルト諸国等、かつてのソ連圏に侵入する暴挙に出ることはないだろう。
ロシアと言うと、その地理的な図体に威圧される人が多いが、そのGDP(2013年)は日本の半分以下で世界第8位でしかない。しかもそれは石油・天然ガスなど天然資源の輸出に支えられていて、自ら富を効率的に作りだす製造業は何十年も前の水準にある。技術だけでなく、経営ノウハウ、サプライチェーンなどが欠如しているのである。西側では人工頭脳、遺伝子工学、代替エネルギーなどこれまでとは次元の違う新たな産業革命が起きている時に、ロシアはゼロサムの堂々巡りを繰り返す経済に陥ってしまっている。
当面のシナリオ
プーチンの支持率は80%を越える驚異的高水準にあるが、生活が苦しくなればロシア人も態度を変えるだろう。1月のインフレは年率換算で13%強になっている(1月31日付日経?)。しかしこれは1998年デフォルトの次の年、99年の86%弱よりははるかに低い。この時は、ロシア人はじっと耐えていた。国民は、自ら騒いでまた90年代のような混乱を起こす愚挙はもう繰り返すまいと思っているのである。従って経済情勢が極端に荒れたり、国民の不満を一身に糾合するようなデマゴーグ(1990年頃のエリツィンがそうだった)が現れれば別だが、ロシアが大きく安定性を失う可能性は少ないと言える。2018年の大統領選挙にプーチン自身が出馬するかどうかはわからないが、公安機関と寡占資本家を土台とする現在の国家体制・利権体制は続くことになろう。大統領選以前にプーチンに健康問題などが生起した場合、既得権益層はイワノフ大統領府長官、ソビャーニン・モスクワ市長、ショイグ国防相のいずれかをつなぎに立てることだろう。
日本はどうする
2月16日発表のギャラップ調査では、米国民の49%がロシアの軍備を深刻な脅威と見ていることが明らかになった。ロシアを最大の敵と見る国民は18%に達し、ロシアは久しぶりに米国最大の敵となったのである。そして米国は3月9日、戦車やヘリコプターなど約750両・機をラトビアに送り、バルト3国と合同軍事演習を行う(3月10日毎日)。2016年の大統領選では共和党が「民主党政権の対ロ弱腰」をつくだろうし、その民主党政権の内部においてさえウクライナへの殺傷兵器供与を主張するタカ派は多数いるのである。
そのような状況では、日本は対ロ関係を当面塩漬けにせざるを得まい。増強一方の中国軍に対して日本は米国の支持を必須としているし、ロシア軍も日本の領空侵犯など敵対行為を繰り返している。日本が対ロ関係を塩漬けにすれば、ロシアは戦後70周年にもからめて「戦後の体制を変更しようとする試みに反対する」とのキャンペーンを中国と共に打ち出してくるだろう。その場合、日本は感情的にならずに、北方領土問題の解決への呼びかけを続けると同時に(「ロシア人のクリミアへの想いは、日本人の北方領土への想いに等しい」くらいのことを言ってもいい)、ロシアからの石油・天然ガスの輸入、既存の直接投資案件は続けて行けばよい。ロシアは日本の資金・技術を相変わらず必要としており、また弱体な極東において対中カウンター・バランスとしての日本を、日本がロシアを必要としている以上に必要としている。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/2975