Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2013年11月 4日

ユーラシア大陸の地殻変動   ロシア、中国、EUの三つ巴

 ユーラシアの旧ソ連を中心に、新たな陣取り合戦が始まっている。まるで旧ソ連諸国に周囲からプレートが押し寄せ、近くその圧力で地震が起こる――そのような感じなのだ。
 その「プレート」とは、(1)ロシアが勧進元になってまとめようとしている「ユーラシア連合」、(2)EUが進めている「東方パートナーシップ」構想、(3)習近平・中国がついに明確にした中国主導の「シルク・ロード」構想、(4)2014年、アフガニスタンの米軍、NATO軍が撤退したあとタリバンが再台頭する可能性、といったところである。これを順次議論していくことにしよう。

(ユーラシア連合)

 1991年12月ソ連が崩壊した時、僕はモスクワに在勤していた。広報・文化交流担当だったので、ソ連が消滅した12月25日は特に仕事もなく、デンマークでのんびり休暇を送っていたのだが、それ以降のロシア大混乱は今でも明確に覚えている。2年間で6000%のハイパー・インフレで、ロシア人達は困窮し、突然異国となったコーカサス諸国や中央アジア諸国には何十万人もの同胞・親族が取り残された。それもこれも、1991年6月「ロシアの大統領」に公選されていたエリツィンが、目の上のたんこぶ「ソ連の大統領」だったゴルバチョフを追い出すため「ソ連」を廃止し、乱暴な改革に乗り出したことが原因なのだ。生活困難に加え、ソ連時代に持っていた国威をロシアは失ってしまった。

だから、プーチン大統領はエリツィンから権力を禅譲されたにもかかわらず、ソ連崩壊を「世紀の悲劇」と呼び、エリツィンを名指しにこそしないものの、彼のやったことには批判を隠さない。2000年の大統領就任以来、プーチンは原油価格の高騰に乗ってロシアのGDPを6,5倍にも伸ばす快挙を成し遂げ、今は国家の威信の回復という大事業に乗り出した。それは、かつてのソ連の栄光をせめて経済面だけでも取り返す、「ユーラシア(経済)連合」構想として、今ロシアの官僚たちがしゃにむに実現しようとするものになっている。

 「ユーラシア連合」とは何か? ソ連分裂後、「独立国家共同体」とか「ユーラシア経済共同体」とかが作られてはいたのだが、実質を伴ったものとはならず、2010年ロシア、カザフスタン、ベラルーシの間に関税同盟(三国の間は関税撤廃。但し肝心のロシア製石油製品などは例外。外部に対しては単一の関税率を適用)が成立してはじめて、ソ連復活への動きは具体的なものとなったのだ。

この関税同盟は2012年には「単一経済空間」という素っ気ない名称の集まり(メンバーは同じ三国)に名を変える。これは、関税同盟のようにモノの取り引きだけを対象にしたものでなく、ヒトやカネの行き来も自由にするという建前のものである。ロシアとか中国のような旧・現社会主義国がやるものは、建前や文書に書いてあるものよりも、実際に現場で何が行われているか、またはいないかを見た方が、手っ取り早いのだが。

プーチン大統領が2010年4月に言い出した「ユーラシア連合」とは、以上の「ユーラシア経済共同体」や「単一経済空間」を一つにくっつけたものである。その内容はかなり漠然としているが、いろいろの発言を突き合わせてみると、「バルト諸国を除く旧ソ連諸国を、EUのような経済連合としてまとめたい。EUのように超国家的なユーラシア連合委員会を作って、そこで圏内の経済・通商政策をできるだけ統一したい」、ということになる。

上記の「ユーラシア連合委員会」には、胎児とも呼ぶべきものが既にできている。「単一経済空間」のための「ユーラシア経済委員会」がそれで、ここではロシア人のフリスチェンコ元副首相が議長として働いている。EU委員会とは違って、どうしてもロシア人偏重の組織になっているようで、そこがロシア以外の諸国に警戒され、嫌われる原因にもなっている。

(EUの「東方パートナーシップ」とユーラシア連合の綱引き)

 ロシア政府の組織は軍隊的規律を持っている。「上官」の命令は絶対だ。そこでロシアの役人たちは、「2015年までにユーラシア連合を立ち上げる」ことを至上の課題にしていて、旧ソ連諸国に随分あこぎな圧力をかけている。関税同盟にさえ入ろうとしないウクライナにはすべての産品に厳格な税関検査をすると言って脅かしたり、アゼルバイジャンと領土問題で敵対するアルメニア(ロシアに安全保障を依存している)には、そのアゼルバイジャンに接近して見せることで大変な圧力をかけた。9月訪ロしたアルメニアのサルグシャン大統領は、下僚と相談することもなしに、プーチン大統領との共同記者会見の場でユーラシア連合加盟の意向を表明してしまったのである。そしてロシアはモルドヴァにも、内部のロシア人集住地域「沿ドニエストル」の分離・独立をほのめかして圧力をかけている。

 ところが、旧ソ連諸国のうちEUに近い国々は、ロシアよりEUが発する強い魅力の方に引き寄せられている。ヨーロッパこそはこれら諸国の文明的規範であり、高い生活水準の魅力は捨てがたい。ベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァ、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンはEUと、「東方パートナーシップ」という集まりを2009年以来やっていて、将来加盟することを目標に「連合協約」(貿易の一部自由化、規制の一部統一等)を交渉中だ。

 11月28日にはリトアニアの首都ヴィルニュスでこの「EU東方パートナーシップ」諸国の首脳会議が開かれ、そこでこの「連合協約」が署名される手筈となっている。そうなれば、ロシアは元ソ連諸国をEUに奪い取られ置いてきぼりを食うのも同然、ユーラシア連合結成どころではなくなるので、これを妨げんとして大車輪、といった状況なのだ。

それに加えて今はEUと米国が自由貿易協定を結ぶべく交渉中なので、これができると「ユーラシア連合」の約14倍ものGDPを持つ大経済単位が西方にそびえたつ。1989年東欧諸国は軒並み西欧に雪崩を打って、ソ連圏から離脱したのだが、この背景にはマーストリヒト条約を結んで統合度を強めたEUが、大経済単位・文明単位としてソ連圏の西方にそびえるようになっていた、という事情があった。シリアの化学兵器問題で米国の鼻を明かしたかに見えるロシアだが、実は西では米欧、東ではTPP、そして中国に挟まれ、国内では財源不足、悩み多き季節を迎えているのである。

(東から「ユーラシアを統合する」鼻息の中国)

 中央アジアにも中国の経済進出が著しいことは先刻承知のことながら、今回現地に滞在してみると、中国の存在感はただものではない。キルギス人の多くは中国から消費財を運び込んではそれを旧ソ連諸国に転売して生計を立てているし、宿願の南北縦貫鉄道も中国のカネと資材で建設してもらおうとしている。タジキスタンはこれまで係争してきた領土の多くを中国に譲ってまで、約10億ドルの融資を得て国内にトンネルや道路などのインフラを中国に作ってもらっている。カザフスタンの石油企業への中国の資本参加も増えており、推計ではカザフの石油企業に中国が約30%分資本参加している。トルクメニスタンの天然ガスの大半は、今や中国に輸出されている。9月に習近平国家主席は中央アジアを歴訪し、ウズベキスタンでは総額150億ドル分もの協力案件で合意した(まだ資金は動いていないようだが)。今の中国は、70-80年代の日本と同じ、カネが名刺の代わり、小切手で友好を買っている。中国人らしく、そこは採算無視の大盤振る舞いである。

 だが、戦後の日本がいつも大国や周囲の意向を忖度しつつ、慎重に事を進めてきたのに比べると、今の中国は直線的に過ぎる。友好国を一つ作っても、それで中国を警戒する国が二つできれば意味はないし、その友好国も中国にカネがなくなれば直ちに去っていく。それにウズベキスタンやカザフスタンでは、大統領が70代半ばなので、そのうち権力継承の問題が起きてくるだろう。権力を争う者が複数出てきた場合、「あいつはロシア寄り」、「あいつは中国寄り」というのが中傷の道具となって、「中国寄り」の者が敗北した場合、中国との関係は大きく後退するだろう。特にウズベキスタンでその可能性がうかがわれる。

 そして中国の動きは、ロシアの「ユーラシア連合」結成の動き(旧ソ連諸国市場から中国を閉め出す意味を持っている)とそろそろ衝突を露わにする気配がある。9月初旬、キルギスで開かれた上海協力機構首脳会議の席上、習近平主席は域内のヴィザ相互免除を提案したが、これはロシアが「ユーラシア連合」で旧ソ連諸国を囲ってしまうことに対する牽制球だっただろう。中央アジア・コーカサス・モルドヴァなどの市民は、ロシアに出稼ぎに行くことで家計を立てているが、中国への出稼ぎが自由になればそれは中国の求心力を大いに高めるだろう。

 そして10月中旬、人民日報は二つの記事を掲載し、「ユーラシア連合」に真っ向から挑戦した。10月14日付ロシアの独立新聞によれば、同記事は中央アジア・コーカサス諸国、欧州まで包含する中国の「シルク・ロード構想」なるもの(初耳だ)を宣伝し、「これはロシアの利益も害さず、米国の『新シルク・ロード構想』も包含する」と主張しながらも、「ユーラシア連合は中国構想の10~15分の1の市場規模しか持っていない。中国は上海協力機構のオブザーバー国も含めて(インド、モンゴル、パキスタン、アフガニスタン、イラン)、上海協力機構とEUとの協力を呼びかける」と大風呂敷を広げて、ユーラシア連合を上海協力機構の下部機関扱い、自らユーラシア統合を成し遂げんとする鼻息を示したのである。

 世界に後れてやってきた青年国、中国のやることにはただただ感嘆するばかり。だが中国が中央アジアでやっていることをつらつら見ると、自分の利益のことしか念頭にないように見える。南北縦貫の鉄道を作る、トンネルを作る、東西縦貫の鉄道を何本も整備して欧州とつなげる、精油所や石油化学の工場も作る――これらはみな素晴らしいのだが、結局のところ「鉄道を作って資源を吸収、消費財を奥地にまで売りつける」という、かつて英国が植民地インドでやったやり方と大同小異なのである。かつてのジンギスカンのように、広いユーラシアを一つの市場に統一してくれる点では素晴らしいのだが、その市場はどうやら中国の、中国による、中国のための市場のようなのだ。

(アフガン要素)

 こうして、西では「EUの東方パートナーシップ」と米欧自由貿易協定、東では中国と言う大きな塊が、プーチン大統領の十八番アイテム「ユーラシア連合」に押し寄せ、締め上げようとしているのだが、ここにアフガニスタンという変数が加わって更に面白い(ロシア語ではこういう様々の欲が醸し出す混乱を、「にぎやかだ」(Veselo)と言って茶化す)ことになっている。アフガニスタンには米軍、NATO諸国の軍がいるが、これが2014年に予定通り撤退すると何が起きるかが問題なのだ。

 米・NATOが撤退すれば「タリバン」が権力を掌握する、というのが常識になっている。米軍は、「撤退」後にもアドバイザーの資格などで一部が残ろうとしているが、米兵が犯罪を起こした場合の裁判権を米側が保持することに現地政府が同意しておらず、このままではイラクでそうであったように、この裁判権の問題で米軍は完全撤退してしまうかもしれない。

だが、「タリバン」は一枚岩ではない。イスラム教原理主義者もいる一方、物質的利益に弱い者もいる。「タリバン」発祥の地、パキスタンと強い関係を持つ一派もいれば、自律性の強い一派もいる。そして、アフガニスタンの地方でいちばん強いのは、集落を抑える長老たちだ。米軍撤退後のイラクで起きたように、各集落が武装して過激派を寄せ付けなければ、「タリバンが権力を掌握する」ということにはならないかもしれない。

撤退後のアフガニスタンでタリバンが急伸しなければ、中央アジア諸国は大した影響を受けない。もしタリバンが急伸しても、アフガニスタンの北部はトルクメン、ウズベク、タジクそれぞれの部族が集住し、かつてタリバン支配の時代にも「北部同盟」を形成して半分独立していた地域なので、中央アジア諸国との間の緩衝地帯となるだろう。そして、タジキスタン、ウズベキスタンとアフガニスタンの国境にはアム川が流れているので、アフガニスタンからの大規模な侵攻作戦は難しい。
なお、今後のアフガニスタンについては、中国というワイルド・カードがある。アフガニスタンと中国はワハン回廊という狭い帯を通じて国境を接している(ろくな道路はないが)。もし、タリバンが新疆のウィグル族過激派をかくまったり、新疆に放ったりすると、中国がアフガニスタンに介入してくるかもしれない。中国はパキスタンの准同盟国であり、そのパキスタンは主要敵インドに挟み撃ちにされることを怖れて、以前からアフガニスタンを抱え込もうとしてきた(そのためのタリバンである)。中国とパキスタンが手を組んでアフガニスタン制圧に動く――こういうシナリオもあり得るだろう。

かつて、過激派のポルポト一味が抑えるカンボジアからの挑発に怒ったベトナムは、1978年12月カンボジアに侵攻し、ポルポト政権を駆逐した(ポルポトを支援していた中国が、「制裁」として1979年2月にベトナムに侵攻し、3月には撃退されて撤退している。当時の中国軍の装備は旧式化していた)。中国がアフガニスタンに介入して、タリバン過激派を駆逐する可能性がワイルド・カードとして存在するのである。
インドはアフガニスタンに地歩を確保するべく、日本の約30億ドルに次ぐ20億ドル以上もの援助をアフガニスタンにつぎ込んでいるが、中国が進出してきた場合には何もできないだろう。

(麻薬)

 貧困地域においては、麻薬が内政・外交を大きく左右することがある。ユーゴスラビアが崩壊してできたコソヴォ、モンテネグロあたりは、今でも強い麻薬利権の存在が報道されている。アフガニスタンのタリバンは政権にあった時代、麻薬原料となるケシの栽培をほぼ撲滅していたが、現在のアフガニスタンは再び「世界の麻薬工場」となっている。ここでケシから精製されるヘロインは様々のルートでロシア、欧州に達しているのだが、タジキスタン、キルギス南部はその主要ルートとされている。そこでは、犯罪勢力ばかりか、中央・地方当局者の関与もうわさされる。
 2014年の西側軍の撤退後、ケシ栽培、あるいは流通ルートを差配する者には変更が起きるかもしれない。麻薬利権の変更は、多くの場合流血騒ぎを伴う。2010年4月キルギスでバキーエフ政権が倒れて2カ月後、南部のオシュで「大民族暴動」が起きたが、その時の主要動因の一つは麻薬利権の移動であったものと思われる。

(日本はどうする?)

 日本は中央アジアに切実な利害関係を持っていない。中央アジアは市場規模が小さい上に(人口は全体で約6000万人いるが、所得水準がまだ低い)、直接投資をするには閉鎖的でコンプライアンス遵守にも問題があり、海が遠いために運輸コストが高く、それやこれやで中央アジア諸国への経済進出には腰が引けている。ただ、これまで円借款等を用いてこの地には良質のインフラを築いてきているし、米国、EU、アジア開発銀行等が築いてきた道路等インフラを合わせれば、中国が建設したものを上回る。

中国、ロシアと中央アジアで争う要は毛頭ないが、日本、米国、EUは中央アジア諸国にとって魅力あるalternativeを示す存在であり続けることで、この地域に発言力を維持するとともに、中ロに対しても存在感を示すことができる。         
                                                      (河東哲夫)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/2655