世界漂流
オバマ政権が漂流の様相を強めている。議会の下院で共和党が多数を占めているため内政が手詰まり状態にある上、イラク戦争に懲りて海外での新たな軍事行動を極力避けていること、そしておそらく・・・オバマ大統領が中ロを初めとする首脳達と立ち入った取引ができる個人的関係を築いていないこと、がその背景にある。ロシア人、中国人が、黒人に上から目線でものを言われるのに慣れていないという、人種的問題もあるだろう。
ロシアが米国諜報機関NSAの派遣職員スノーデンに亡命を認めたことで、米国議会には反ロ気運が盛り上がり、その圧力下8月7日、オバマ大統領は9月初旬に予定していた訪ロをキャンセル、「対ロ関係は一休みして、何が米国の利益になるか見極める」こととした。これによって、ロシアはますます中国にしがみつき、国連安保理の場などで、ことごとに米国にたて突いてくるだろう。オバマの大公約である核廃絶も、その進展が非常に難しくなった。核ミサイルを多数保有する米ロがまず、軍縮について合意しなければ、中国その他の核保有国は核削減の交渉開始にも応じないだろうからである。
このままでは、オバマは口だけで何もやらない、何もできない指導者というレッテルを貼られかねない。ロシアのメドベジェフ大統領に似て、「こういう問題がある。何々がなされなければならない」というスピーチばかり繰り返している気味がある。
ただ、これはオバマに限られる現象ではない。湾岸戦争のあと出てきたクリントン大統領は、経済回復を至上課題としていたこともあり、1993年にソマリアで海兵隊員が多数、残酷な殺され方をしたことを契機に、海外の紛争に米軍を派遣することを控え、1995年EU諸国の強い要請に応えてやっと、ボスニアに本格的介入を行っている。
なお、ケリー長官が中東に多くの時間を費やす中で、オバマはバイデン副大統領、そしてマッケイン共和党上院議員(2007年の大統領選挙でオバマの敵手だったが、共和党内では一匹狼的存在で民主党に立場が近いこともあり、最近ではオバマ大統領に助言もしている)にアジアを委ねた感がある。これはこれで、日本にとって悪いことではないと思う。
中東情勢液状化
オバマ政権漂流の印象を強めるものは第一に、中東情勢の液状化である。チュニジア、エジプト、リビア、シリアと続いた「アラブの春」はオバマ政権が起こしたものではない。米国のNGOはこのいくつかに深く関わっているが、それはオバマ政権の意向を受けたものではなかろう。しかし米国政府は、これら民主主義を標榜するNGOの活動を追認せざるを得ず、イスラエル、そしてサウジアラビアの安全保障に深くコミットしていることからも、中東で起きた情勢にはどうしても引き込まれてしまう。
今の中東は、対応が難しい。エジプトで唯一の安定勢力だった軍部はクーデターを起こし、しかもイスラム系市民を約1000名も殺したことで、米国としては当面一緒に仕事ができない。ケリー長官は就任早々中東を頻繁に訪問して、宿願の(同長官はユダヤ系であることを公言している)イスラエル・パレスチナ和平交渉「再開」の合意を取り付けた。しかしイスラエルにとっての最大の脅威であるイランで大統領が穏健派のロウハニ師に代わったことが影響しているのか、イスラエルはパレスチナとの和平交渉再開に誠意を示していない。ヨルダン川西岸などで入植を続けているのである。
シリアでは、イラン、トルコ、サウジ、クルド、アル・カイダ、ロシア等が絡み、「誰がどこで何をやっているのか」全然わからない、「藪の中」的状況が現出している。それもあって、「アサド政府軍が化学兵器を使用した」というニュースに対しても、オバマは動くのを逡巡している。
今の中東には軍事介入しないことが正しい解なのだろうが、これで中国、ロシアが米国を侮るようになるのが恐い。中国が、「尖閣や南シナ海で中国が軍事力を使っても、米国は介入してこない」と誤算する可能性があるからだ。もっともその中国も、今は不良債権・過剰投資=利権を整理する中、薄熙来というポピュリスト政治家の裁判までしなければならず、本来なら内政問題に専念していたいだろうが。
中ロの連携
米ロ関係が「凍結」に近づいていくなかで、中ロが提携を強めている。7月にはウラジオストック沖で海軍共同演習、ウラル地方のチェリャビンスクで陸・空軍共同演習(対テロ作戦)を行い、8月16日には恒例の戦略安全協議で訪ロした楊潔篪国務委員がソチの別荘でプーチンとも会談、両国間の軍事協力を称揚するとともに、9月5日G20首脳会議の場で中ロ首脳会談を行うことを確認している。
このところ中国は資金力にあかせ、ロシアが自分の裏庭と見なす中央アジアやベラルーシ、ウクライナなどに経済進出を強めていたが、ロシアは当面中国に対抗するよりも、アメリカに対抗して手を組もうとしている。中国の力がロシアの何倍にも及ぶ今、そのようなことをすると、中国に組み敷かれ、体液を吸われて捨てられる危険性も大きいのだが、ロシアにとっては現下の困難な立場を支える方が大事なのだろう。
ただこのままで行くと、来年2月ソチでの冬季オリンピックは米国や西側諸国にボイコットされる可能性も出て来るし、来年6月同じくソチで予定されるG8首脳会議も空中分解して、ロシアのいないG7に逆戻りしてしまうかもしれない。だから、米ロ間ではこれから裏取引が始まって、秋あたりには再び前進を始める可能性がある。さもなくば、世界は流動化のあげく、冷戦状態の単なる復活を越え、武力紛争が頻発することになりかねない。冷戦というのは、本当に力を持っていた米ソ両大国が自己抑制をすることで成り立っていたが、現在のロシアや中国が自己抑制をするかどうか、保証はないからである。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/2613