Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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世界はこう変わる

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2012年12月10日

ユーラシア情勢バロメーター ロシア情勢

10月31日にラジオプレス社主宰の講演で、『日本にとってのロシアの意味 -中国台頭の中で-』と題して、最近のロシア情勢と日露関係をまとめてみました。それをラジオプレス社が原稿に起こしてくれましたので、同社のご厚意でここに掲載します。

一言で言えば、プーチン政権は2000年以来の、「原油等エネルギー資源輸出収入をうまく配分して国内を治めていく」政策を続けており、経済の原油依存からの脱却、製造業の強化は外資頼みというところです。他方、国内は規制強化の面が強まっており、11月にはロシア国内の少数民族の権利をめぐって一部から激しい抗議の声が起きたりしています。
他方、中国が尖閣問題で反日の動きを露骨に見せたため、日ロ関係が上げ潮のムードにあります。ロシア極東は日本の中小企業の多くにとっては大きな可能性を持っていないでしょうが、日本政府、大企業としては極東、シベリアの開発を助けることが日本の利益にもなることでしょう。北方領土についてはロシアに返還の要求を続け、静かに前進していくことが必要だと思います。
では、以下が講演記録です。

 <はじめに>
 ご紹介いただきました河東です。先回モスクワに行ってから少し時間がたっており、肌の感覚というのが欠けているのですが、先々週ウラジオストクに行ってきましたので、それを取っ掛かりにして、ロシアの現状について、それから日本にとってのロシアの意味について、私が考えているところをお話し申し上げたいと思います。
 外務省とはよく意見交換しているのですが、最近は1カ月ぐらいやっていませんからちょっとずれているところもあると思いますし、別に一致してなければいけないこともないので、全くの個人的な見解であります。

 <話題にならなかったロシア>

 10月16日にウラジオストクに行ってきたのですが、シンポジウムに出るのが目的でした。それはアジアの安全保障について議論するというシンポジウムで、その参加者がまたふるっており、ロシア、米国、中国、韓国、日本、オーストラリアという顔ぶれでした。シンポジウムが終わってから皆でマイクロバスに乗って観光に行きました。ウラジオストクはAPEC首脳会議が終わったばかりで、大きな吊り橋があちこちにできていたのですが、1つの橋を上っていたらスロープの上から空のビール瓶が転がり落ちてきました。危なくて仕方がないのですが、これはいかにもロシア的だと思いました。そのような近代的な橋を造っておきながら、橋の真ん中でペンキ工が1人でまだペンキを塗っていて、彼が飲んだビール瓶がコロコロと転がってくるんです。ですから、日本の道路ですと山で「落石注意」というのがありますが、ウラジオストクの橋を行くと「落瓶注意」という札が必要ではないかと思う次第です。それは冗談なのですが、ロシアというのは相変わらずの面もあるなと思いました。

 シンポジウムはどうなっていたかと言いますと、竹島、尖閣問題が先鋭化した直後で、私は日本が領土問題について不利な立場に置かれることを心配していました。北方領土問題、そして竹島、尖閣、いずれも日本が絡む問題で、ロシアと韓国と中国が日本を相手につるんで圧力を加えてくる可能性もあるわけで、もしかするとそれに米国が乗っかって「日本は自重するべきだ」などと言われるとこちらは苦しいわけです。
そう思って心配しておりましたら、そういうことは全くなく、日本、ロシア、米国、韓国がまとまっており、中国だけが1人で自国の立場をディフェンドするという構図でした。ですから、日本では「尖閣問題に関する中国政府のプロパガンダが、世界中で効いている」と言う人もいますが、このシンポでは効いていなかったのです。それは理屈と言うより、、皆が中国を怖がっているからそのようになっているのだと思います。
 ウラジオストクのルースキー島にできた新しい大学の校舎でAPECの首脳会議が行われました。首脳会議が終わった後に大学になるはずだったのですが、まだ空の状態なんです。ウラジオストクの市内の方に古い大学が残っており、そこからかなりの部分がこちらに移転してくるのですが、まだ誰がどこの部屋を取るか、どこのポストを取るかなどですったもんだしているようで、そこは空でした。

 シンポジウムでは、アジア・太平洋の安全保障を議論するということだったのですが、ロシアがほとんど話題になりませんでした。ですから、ウラジオストク出身のロシア人なども、会議の席で、「せっかくロシアのウラジオストクでシンポジウムをやっているのに、なぜロシアのことが話題にならないのだろう」とぼやいていました。ロシアはアジアで存在感が小さい、ということが非常に如実になったわけです。

 それと、ロシアはこれからアジア政策を展開していくに当たってエネルギー供給に過剰な重点を置いており、アジアにおいてエネルギー以外にセールスポイントがないという状況がずいぶん如実になりました。

 <ロシアは対中カード?>
 日本周辺の地図をご覧ください。今は日本の南方、南西諸島と尖閣諸島、つまり中国が言う「第一列島線」をめぐって安全保障の状況が非常に緊張しているわけですが、このような状況の中でロシアは日本にとってどのような意味を持ち得るでしょうか。ロシアは日本のすぐそばにあり、大きく、しかもヨーロッパ風な白人が多いものですから日本人はどうしても過大に評価しがちなんです。

 ロシアは近いのですが、日本の安全保障環境だけではなく経済、政治、あらゆる面で米国が(日本の)すぐそばにいるという状況です。東アジア共同体に米国を入れないなんて人もいますが、米国は政治的にも経済的にも軍事的にもアジア最大の国です。

 このような中で「ロシアを中国に対するカードとして使えるのではないか」と言う人が日本にいます。例えば鳩山元首相とか。ロシアに「対中カード」になってもらうために、北方領土問題で譲ってもいいからロシアの歓心を買おうということを言う人たちもいるんですが、それだけの力がロシアにあるかどうかということです。日本のほうから膝を屈してまでロシアに対中カードになってもらう必要があるかどうか。それから、そうなってもらったところでロシアが対中カードになり得るかどうか。むしろ日本がロシアの極東を盛り立てる必要があるのではないか

今日はこういうことに重点を置きながら、ロシアの政治・社会、経済、軍事、外交、アジアの中のロシア、ロシア人との付き合い方、日ロ関係についてそれぞれ手短にお話し申し上げたいと思います。

 <ロシアの政治・社会の現状>

 まず政治・社会です。現在のロシアの特徴を括ってみますと、ソ連が崩壊して20年間経ちましたが、その20年間は自由化が先行したシナリオをずっと追求してきたのだと思います。そして現在はそれを、ソ連をそのまま延長したようなシステムに戻そうという移行期にあるのだろうと思います。その移行はもうほぼ完成したのだろうと思います。経済は国営の大企業が中心だし、社会と政治は統制が中心。しかしソ連時代と違うのは、外国資本をもう少し経済の中に入れようとしているところです。そういう風に、ソ連延長型シナリオに戻そうとして先進的なインテリとの間で摩擦が起きている。利権追求型のロシア人たちはそういった傾向に悪乗りしている。一般大衆はそうした強権主義の政権がどんどん強くなってきても構わないわけで、ただアパートと車だけ頂戴、という状況だろうと思います。

 その「自由化先行シナリオ」。20年間と申し上げましたが、実際はプーチン政権になるまでのエリツィン時代の10年間ですが、それはやはり経済的に無理だったということだろうと思います。どこが無理だったのかというと、経済、企業を民営化するだけの資本が足りませんし、民営化したところで経営者が決定的、致命的に足りない。サプライチェーンはないし、あらゆるものがない。そういうことで「自由化先行シナリオ」、市場経済追求は無理だったと思います。ですから今は、プーチンが「ソ連延長型シナリオ」の中でロシア経済の持続的な成長を達成できるどうか、プーチンが鄧小平みたいになれるかどうか、という段階だろうと思います。

 短・中期的にはどうかといいますと、現在経済は欧州の不調とシェールガス、シェールオイルの出現によって、割と不安な状況にあると言えると思います。つまり財政赤字になるすれすれのところまで年金や公務員給与引き上げ、そして軍需拡大などバラマキをやったところに、今年は実質3%を割りかねない低成長ということで、来年あたりバラマキの公約が実行できるかどうかわからない、というところなのです。

(注:なお本件講演後、プーチンの「健康問題」が表面化したが、12月には外遊を再開、当面この問題は鎮静した。他方、この講演と同時に進行していた国防省関連の汚職問題は、セルジュコフ国防相の更迭と、一連の汚職摘発につながり、キャンペーンの様相を呈した。しかし汚職は際限のない問題であり、政権側としてはコントロールが難しい問題である)

 <方向感の不在>

 政治・社会の状況について少し詳しくお話申し上げたいと思うのですが、現在のロシアの政治、それから社会を見ていますと、「前向きのメッセージがない」ということをものすごく感じます。プーチン政権が一体、ロシアをどちらの方向にもっていきたいのかという、方向感が見えないんですね。方向感はソ連(延長)型で、それは分かるのですが、何となくぱっとしない。まるで19世紀末から20世紀初めにかけてのチェーホフの戯曲の世界です。無力なインテリと社会の行き詰まり感、それから新しく現れた新興の資本主義者たちの横暴──そういった世界。または、前向きのメッセージがないというのであれば、現代の日本と比べてもいいのですが、そういう状況になっていると思います。

 その中で「目覚めた層」、これは社会の中では本当に少数のインテリ達なんですが、その一部はまるで19世紀末のロシアのインテリのように革命を口にし始めたりしています。19世紀末に「ナロードニキ」というテロリストたちがいましたが、今回も口先だけではありますが革命を口にする人さえ現れた。それから、もっと広範なインテリ層が国外への脱出をますます考え始めているわけです。

 それがインテリだとしますと、ソ連的な連中もまた社会に復帰してきており、ロシア人はそれを「homo sovieticus」(ゾンビ)といいます。彼らは与党の「統一」に群がり、「統一」をバックにいろんな利権とポストを独占しているわけです。だから一般市民に嫌われて、2011年12月の総選挙であれだけ票を失ったわけですが。

 それから、規制が強化されています。どんな規制が強化されたのかというと、実例がたくさんあり過ぎるのですが、例えば女性ロックグループの「プッシー・ライオット」が教会の中でプーチンを批判する歌を歌ったということだけで2年間の実刑を食らいました。そういった規制強化。それから愛国教育が強化されようとしています。先ごろ大統領府に社会プロジェクト部とかいう新しい部ができました。ここが小学校とか中学校での愛国教育を強化していくことになっています。米国人は米国の国旗を大事にするし、いろんなイベントのときに米国の国歌を歌うのだから、ロシア人にも同じことをやらせようというわけなんですが、そんなことを上からやっても駄目なんです。米国では働けば何とか食っていくことができるから皆米国を大事に思うんですが、ロシア人は国を大事に思わせることだけ、しかもそれを上から押し付けようとしている。

 <摩擦の表面化>

 それから、そういったソ連型の体制に復帰する中で、プーチンの側近の間での摩擦が、まあこれまでもずっとそうだったのですが、新しい組み合わせで激しくなっている。目立つものは、メドベージェフ首相とドボルコビッチ副首相が一方に、それに対してセチン元副首相が対抗して、エネルギー業界の利権を目指して争っているわけです。10月23日に大統領付属エネルギー問題委員会の第2回会議が開かれ、そこでセチンの勝利がほぼ確定したと思います。そのことはまた後でお話しします。

 それからもう1つの断層、活断層がスルコフ(副首相)とウォロージン(大統領府第1副長官)の間であります。スルコフは以前大統領府で内政を引き回した人ですが、それが今、メドベージェフの首相府に移っている。スルコフは権威主義とは言われていますが、ウォロージンよりは現代的です。ウォロージンはかなりソ連的な人で、今大統領府で内政担当の第一副長官をやっています。この両者が対立しています。内政上のいろんな矛盾する措置が出てくる背景の一つです。
 それからチャイカ検事総長とバストルイキン捜査委員長が対立している。捜査委員会というのは米国のFBIのようにあらゆる捜査の権限を集中した強力な機関なんですが、それに検事総長が抵抗しているわけです。チャイカはメドベージェフ系、バストルイキンはプーチン系です。

 またレジュメではカッコ付きで書きましたが、大統領府長官で、第1の実力者のはずのセルゲイ・イワノフと、メドベージェフ政府で第1副首相をやっているシュワロフの2人はわりと摩擦の中には入らず、中立的である。今後摩擦の当事者たちが「けんか両成敗」となった時にこの2人が浮かび上がってくるかもしれない。例えばシュワロフは首相になる可能性があると言われております。

 摩擦についてもっと詳しい話を申し上げますと、最近表面化した摩擦で大きなものが2つあります。1つはエネルギー分野の支配をめぐってです。これは今年6月、メドベージェフ首相の新しい政府がドボルコビッチ副首相の下でエネルギー関係の人たちを一堂に集めた会議をやろうとしたら、私の記憶では確か同じ日にセチンがエネルギー関係者を自分のところに一堂に集めて、ドボルコビッチの意図をくじいた。セチンはメドベージェフと関係が悪く、政府の外に出されたものですから、何とか自分の地位の回復を図ろうとした。プーチン大統領に頼んで大統領付属の燃料・電力開発・環境問題委員会というのを立ち上げたわけです。その第2回会議を10月23日に開いたのですが、その前日の22日にはセチンが社長を務めているロスネフチが、民営化された大手「チュメニ石油」の株の半分を買収することを発表した。そうやってセチンがロシアの石油業界でナンバーワンの勢力を固めた次の日にこの委員会を開き、委員会ではエネルギー関係の業界の代表者が全部居並ぶ中でメドベージェフだけいないんです。メドベージェフ首相はもともとこの委員会のメンバーの中に入っていません。ですから、この委員会でプーチン大統領の両脇を固めていたのはナビウリナ大統領府補佐官と、それからセチンだった。セチンの勝利が当面確定したわけです。

 それから、2013年度予算案をめぐって若干混乱が見られました。9月下旬、いよいよ来年の予算案を閣議で決定するというところになってプーチンが文句を言いました。来年度予算案を見ると、自分が大統領選挙の前に言ったいろんな公約、例えば年金を引き上げるとか、公務員の給与を引き上げるとかそういったものが全然予算化されていないじゃないか、その責任をどうしてくれるんだと。そして教育相、社会問題相、地域開発相の3人の大臣が悪いとして、彼らを譴責しろとメドベージェフに言ったのです。

財務相は、公約遂行のための財源探しに入りました。そしてなんと、ロスネフチの上に乗っかっている政府の持ち株会社であるロスネフチガスが持っている配当収入の半分なり、あるいは95%なりを政府に没収してしまおうではないかと提言したのです。しかし、そのロスネフチガスの収入の没収も実現しなかったし、公約がどうなるかもうやむやのまま、結局予算案は採択されてしまうわけですが、その過程で、ゴボルヒン地域開発相が辞任しました。その内幕というのはよく分からないのですが、恐らくこの予算案をめぐる混乱というのはプーチンとメドベージェフの対立というよりは、プーチンが公約をうやむやにしてしまうための一種のセレモニーであって、その責任をメドベージェフとか、3人の大臣に押し付けた形にした。そういうセレモニーであったと私には見えます。その馬鹿らしさのあまり、それからメドベージェフが全然かばってくれなかったものですから、地域開発相は辞任した。それと、もともと地域開発相は他の省庁に権限を取られていて予算を使えなかったのだという話もあります。

 それから年金基金をめぐる混乱です。今ロシアの年金というのは一つの大きな危機にあります。年金基金の赤字は2005年は300億ルーブル、大体750億円ぐらいだったのが、2012年には1.3兆ルーブル、大体3兆円強ぐらいの赤字になります。これはプーチン大統領、またはプーチン首相が「ばらまき」政策で年金をどんどん上げてきたのが1つの原因であります。これを何とか改革しなければいけませんが、問題は年金人口が有権者の40%に相当することです。ちょっと多すぎる数字に見えますが、かなり実態に近いと思います。ですから変えられないわけです。日本とよく似ていますが。2025年以降、年金人口が労働人口を上回るかもしれない、そういう状況であります。日本以上ですね。

今回、予算と絡んで一番問題になったのは、年金基金からいくら国庫に回すかということです。賃金の22%分を企業が年金基金に払っているわけですが、これまではそのうちの6%を将来の世代のために取り分けて証券投資に回している。財務相はそれを2%に削り、余った4%を国家の歳入にしようと提言したのです。これに対しては政府の中で一部抵抗する動きもありましたが、結局予算案はそのとおりに通ってしまった。ですからロシアの株式市場に回るお金がそれだけ少なくなるのです。

 <中産階級のマグニチュード>

 次は社会の状況です。昨年前半にずっと問題になっていた政府批判勢力の動きなんですが、これがロシアの中産階級をバックにしているものですから、ロシアの中産階級とはどういうものかを見てみたいと思います。

 まずITがものすごく普及しているということです。多分、日本以上にITが政治で重みを持っていると思います。人口の48%がインターネットを使っている。それから2011年11月のヴェドモスチ紙によると、フェースブックは640万人、ツイッターは250万人が使用している。かなりのものです。しかも、反政府勢力がインターネットを使って集金できるようになったことが最近の大きな、新しい現象であります。ただこれはもう取り締りが行われていて、難しくなっていると思います。脱税で検挙してしまえばそんなものは簡単に取り締まれるわけですから。

 ツイッターでは昨年12月の時点で色々な面白いアドレスが作られていて、それにアクセスすればいろんな面白いことが書いてあると思います。面白いのは、例えば、モスクワの機動隊、OMONの警官が自分で発信したりしている。デモ隊や集会の参加者に向かって、「われわれは今日は真剣に取り締まるつもりはないから、お前たちもおとなしく集会してくれ」だとか、そういう発信をしている。

 中産階級の中身をもう少し分析してみたいと思います。中産階級といっても一本ではない。有名な社会学者のザスラフスカヤによるものですが、ロシアの人口のうち彼女が支配層と名づけているものは1%ですが、それが富の50%を持っている。どういう風に計算したのかは分からないのですけれど、まあ目安です。米国では人口の1%がGDPの18%弱、今ではもう少し持っています。

ザスラフスカヤが命名している「中間層」は、権力と富はそれほど持たないが、自分の意見を持っているという人たちで、人口の11%がこれということです。反政府勢力というのはこの11%なんです。生活に不満を持っている30%(非熟練労働者、失業者、貧困層、年金生活者、身障者)と50%(勤労者)がこれに加わると、それは非常に大きなマグニチュードになるのですが、弾圧が始まるとこの11%しか残らない。「勤労者」はかなりの所得レベルなんですが、エンジニアとか教師といった人たちで、これが人口の50%を占めているということになっています。この人たちはほとんどが政府の予算で生活を立てておりますから、なかなか反政府ということにはならないんです。

 プーチンさんが今から3年前ぐらいに「ロシアの労働力の3分の1は予算から給料を得ている」と言いました。収入が1000ドルを超える世帯の半分以上が政府予算に依存する公務員で、1000ドルを超える世帯のわずか35%だけが民間で雇われている。政府に収入を依存している連中は、なかなか反政府にはなりにくいでしょう

 <ロシア経済の現状>

 次は経済について簡単に復習してみたいと思います。数字を見ますと、GDPの成長率が頭打ちになっています。ほとんど伸びなくなっており、最近は1%ぐらいです。世銀の予想なんですが、2012年の成長率は3.5%になってしまうのではないかと。原油価格は、今は高いのですが、これが2013年に80ドル程度に下がっていくと13年の成長率は1.5%になり得る、というのが世銀の見立てです。別に世銀がいつも正しいというわけではありませんが。GDPの成長率は頭打ちですが、製造業はもっとひどく、頭打ち以下です。製造業が伸びないものですから、プーチン大統領の言っている「経済近代化」と「石油依存脱却」が進んでいない。

 そうした中で最近の問題は、資本の純流出額が大きくなっていることです。まだ国内の投資資金に不足するというわけではないし、ルーブルが大暴落するというわけでもないんで、それほどアラーミングではないんですが、心配な傾向ではあります。

 それから経済のもう1つの問題というのは「ばらまき」のつけがくるのではないかということです。来年度予算では、プーチンさんの公約のほとんどは予算化された形跡が見られません。例えば、公務員の給料の引き上げとか、教員の給料の引き上げのかなりの部分が地方予算に丸投げになっているはずなんです。ですから、ロシアでは時々そういうことがありますが、来年の1月ぐらいになると年金生活者や、政府から給料をもらっている連中が「こんなはずではなかった」「今年賃上げがないではないか」と騒ぎ始める可能性もあるかもしれないと思います。「ばらまき」のつけです。

 それからもう1つ関心を持っているのは軍事費急増の意味です。後で詳しくお話し申し上げますが、軍事費が急増することになっています。しかし問題は、本当に急増するのかどうか、そこが分からないということです。少なくとも、今までの実行ベースではそれほど増えていないのです。

 経済についていくつかの数字を復習しておきますと、やはり石油・ガスへの依存が止まらない。天然ガスの輸出収入がどんどん落ちているから、それでセチンはロスネフチを強化してガスプロムに代わる「国家の財布」を作り上げたと思うのですが、ことほどさように石油・ガス収入が連邦歳入の51.5%を相変わらず占めている。それと、経済における予算の比重が高まっている。これは、経済の健全性を阻害します。それから、ルーブルが下がり始めた時に、それに対処するための予備基金が減っていることです。外貨準備はありますけれども。それと、資本の流出が止まっておりません。それもあって、ルーブルは2008年に比べるとずっと下がっております。しかしインフレを招くほどではないという状況です。

 資本流出に絡んでロシアの国際収支がこれからどうなるかということですが、今年6月までの12カ月の資本収支はマイナス約1000億ドルだそうです。08年はプラス296億ドルだった。かなりの純流出です。それが国際収支にどういう影響を及ぼすか。

 なぜ資本が流出するかということなんですが、1つには、ロシアの原油の輸出価格が上がってくると資本の流出額が増えるという不思議な現象があります。なぜかというと、石油の輸出収入のかなりの部分が海外の銀行に残置されたままとなり、それは統計上ロシアからの資本流出に数えられるので、流出額が増えるということです。それからもう1つは、欧州の銀行が不況のためにロシアから資金を引き上げてしまったということがあります。それからもちろん、ロシア国内での投資機会が少ないからロシア人自身がどんどんお金を海外に送ってしまう。

 そういうわけで、経常収支の黒字がどんどん縮小している中で、資本収支が赤字を続けますと、国際収支の不安が出てくるわけです。経常収支の黒字が縮小しているのは輸入が拡大しているからです。ですから国際収支が赤字になる局面もこれから度々出てくるだろうということがニュースに書かれています。
しかし、それで大変な事態になるかというと、必ずしもそうではない。ロシアはかなり余裕を持っています。例えば、対外債務は約5830億ドルあるんですが、これをやや上回る海外資産を持っているし、それにプラスして外貨準備が5130億ドルある。ですから対外債務の面からは国際収支は危なくないと言えると思います。

 2013年の予算案はすでに閣議で決定されたんですが、いくつかの数字を拾いますと、原油価格は91ドルに想定しているそうです。現状はそれを上回っていると思いますが。財政赤字はGDPの0.8%以内に抑えています。それから、日本の輸出にとって面白いのは、2018年のワールドカップ関係の予算支出がもう始まっていることです。これは莫大な建設需要がありますから、日本から輸出できるものもずいぶんあるだろうと思います。暫定予算は6000億ルーブルです。それからもう1つの需要としては、2014年のソチの冬季オリンピックがあります。これも莫大な建設需要があります。あと日本に関係するものは東シベリアの新規開発原油なんですが、これは輸出価格が50ドル以下ならば輸出関税をゼロにするんだそうです。

 ロシアの経済を見る場合に忘れてはいけないのは、8月末に加盟したWTOのことです。WTO加盟がロシアの経済にどういう効果を及ぼすかということなんですが、これについてはつい最近、ジェトロがものすごく詳しい、良い報告書を出しております。それを借用させていただきますと、われわれに関係してくるものは、例えば政府調達がまだWTOの対象になっていないということです。ロシア政府による公開入札だとか、そういったものはWTOの縛りをまだ受けていない。そのためにはWTO政府調達協定にロシアが入らなければいけないわけです。ロシアでの政府調達の市場は500億ドル程度だそうです。それから、自動車の関税引き下げはそれほど大したものにならないということです。電子機器の関税引き下げもそんなに大したものにはなりません。情報技術製品は無税になるので、これは割と大きいですけど。

 われわれにとって面白いのは、関税率の担当が「ユーラシア経済委員会」であるということです。「ユーラシア経済委員会」というのはロシア、ベラルーシ、カザフスタンの間で作られた「関税同盟」が発展して「単一経済圏」とうものになったんですが、それを束ねる委員会です。その長はフリステンコ元副首相です。

 あと、ロシアのWTO加盟関連で日本に関係するのは丸太の輸出とか、それからベニザケやカニですね。4年以内に輸出関税が撤廃されます。パラジウムも4年以内に輸出関税が撤廃されます。銀行・証券についても規制が緩みます。

 ですが、果たしてこの通りに行くかどうかが分からないのがロシアの常でありまして、例えば自動車の関税は下がることになっていたんですが、ロシア政府は「自動車リサイクル税」というのを導入して、それが輸入車を主にヒットするような感じにしてしまった。そういうことをいくらでもやりますから、額面通りには行かないのがロシアの面白さであります。

 <軍事>

 次は軍事について簡単にお話し申し上げたいと思います。ロシアの軍はこれまで大改革を数年かけてやってきました。それをやったのは現在のセルジュコフ国防大臣なんですが、彼が辣腕を振るって軍改革をやりました。改革とは何かというと、まず軍管区の数を減らしました。それから3軍を統合して運用することにしました。それから将校の数を大幅に減らそうとして、抵抗が強かったからまた元に戻しちゃったんですが、リストラをやろうとしたわけです。一応、この軍改革というのは一段落ついたと言われております。ずいぶん混乱しているはずなんですが。

ロシアの軍というのはものすごい問題を抱えております。ソ連時代に400万人いたのが、現在は100万人を割っておりますし、相変わらず徴兵制をとっているんですが、若い世代の人口がどんどん減ってきて、しかも兵役逃れをする連中が増えてきたので、兵員が決定的に不足しています。それから軍の改革に対して将校が抵抗しています。

 ロシアでは現在、国防省の中で汚職事件があったということが大変なニュースになっています。国防省が作った軍のロジを担当する「オボロンセルビス」社、要するにディフェンス・サービスという意味の名前の会社なんですが、そこが土地の取引で不正をやって、数百億円かなんかの裏金を作ったという事件です。これがセルジュコフ国防相の責任問題につながるかもしれないし、一体なぜこの不正事件がこの時点で起きてきたのか、その背景がまた非常に面白いわけです。まだ分からない。

 その中でロシアは軍事予算を大増強しようとしています。2013年の軍事予算は12年に比べて17%増え、大体4.1兆円になるはずです。日本と同じくらいですか。ところが2015年には7.5兆円になるはずなんです。これはロシアのGDPの4.6%に相当します。それで海軍を増強するとか、新しい戦闘機を作るとか、新しい大陸間弾道弾を作るとか言っているんですけれども、果たしてどこまでできるのかという問題があります。実際に極東にどのくらい配備されるのかというのは分からないし、極東に配備しようと思ってもウラジオストクの港はもうあまり軍港としては使われていない。カムチャツカのペトロパブロフスクが極東では主な港ですよね。ところがそのペトロパブロフスクに対するロジスティックスはウラジオストクから船で行われている。そしてウラジオストクからペトロパブロフスクに行く船というのは宗谷海峡を通っているわけです。ものすごく脆弱です。どこまでできるのか、という問題があります。

 そういう訳で、今までのように「ロシア軍の脅威」であるとか、そういったことばかり考える時代でもないんです。日本の対ユーラシア方面全般の安全保障を考える上で、バランス要因として対ロシア政策を考えていかなければいけない時代になったと思います。

 竹島は安全保障上そんなに大した意味を持っていないんですけれども、将来的には、例えば日本海に中国の海軍が出てくるかどうかということを考えた場合には大きな意味を持つんです。今、中国の海軍が日本海に常駐していないことでわれわれがどんなに助かっているか。これは大きなファクターです。

 尖閣は日本の南西諸島を守るためにはなかなか譲れないところだと思います。要するに中国は東シナ海と南シナ海に原子力潜水艦を配備したいんでしょうし、西太平洋に自由に出てきて台湾の独立を米国軍が邪魔しないようにしたいわけです。

 <外交>
 そういった環境の中でロシア外交がどういう風になっているかを簡単にお話ししたいと思います。フラムチヒン(政治・軍事分析研究所次長)が書いたものなんですが、彼らの基本的認識というのは「ロシアは独自の要素である」「ロシアは中国からも米国からも引っ張られている。両方とも断らずに、さりとて誰にもくっつきすぎずに、やっていこう」ということです。それから、中国はこれまでロシアをバカにするだけだったけれども、最近では少しロシアの使用価値を認めてくれている、ということを彼らは認識しております。例えば、4月に中ロ海軍演習というのがありましたが、これは中国側の提案をロシアが受けたものであるとの報道がありました。

 プーチン大統領は何を言っているのかというと、7月10日の大使会議での発言ですが、「proactive, constructive, pragmatic, flexibleであれ」という標語を使っております。「ロシア外交は自主、独立でいく。しかし孤立、対立はしない」ということなんです。プーチン大統領というと、米国に対する強面であるとか、反米であるとか言われますが、そういうことでもないんです。

 ロシアの外交は最近、取りこぼしがいくつか続いていることが面白い。一体どうなっているのかと思います。ロシアの外交の足場というのが今、少し軟らかくなっているんですね。それは、1つには米国の大統領選挙が終わっていないので、米国の政策がこれからどうなるか分かりませんから、ロシアの方も外交政策を決めるための軸みたいなものがない。それから欧州が弱化してしまっている。欧州こそがロシアの外交の伝統的な足場ですから、そこが弱くなってしまったということ。それから、ロシアの経済力を決定する石油とガスなんですが、それがシェールガスとシェールオイルの脅威を受けているということです。あとは、中国との関係にもかかわってきますが、中央アジアでウズベキスタンがロシアから距離を置く姿勢を強めていることです。

 このようにロシアの外交の足場が液状化しているんですが、そうした中で、いくつか取りこぼしが続いております。例えば8月、シリア情勢が騒がしくなった時に、ロシアは何回目かとなる艦隊を派遣しました。ロシアはシリアのタルトゥというところに小さな埠頭設備を持っていますから。ところがその艦隊はタルトゥに行かず、結局地中海の西の方を彷徨っていました。これは「アサド政権を露骨に支援する姿勢を示しておくと、アサド政権がだめになった時にシリアにおけるロシアのプレゼンス自体がだめになってしまうので、今寄港するのは止めておこう」という算段です。

 それから、メドベージェフがオバマに頼まれ、対空ミサイル「S-300」をイランには出さないと言って契約を破ったんですが、イランが8月、これに対して9億ドルの損害請求をしました。
 それからもっとひどいのは、10月2日にパキスタンのイスラマバードで、パキスタン、ロシア、アフガニスタン、タジキスタンの4者首脳会談が予定されていたのを、1週間ぐらい前にドタキャンしたんです。その背景はよく分かりません。インドがロシアに対して「インドへのロシア戦闘機の売却契約をだめにするぞ」とか圧力を加えたのかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。(河東注:この直後にプーチンは、近くのタジキスタンには行っているので、パキスタン行きキャンセルが「健康問題」が理由とは思えない)

 それから10月11日には、14~15日に予定していたトルコ訪問をドタキャンしております。この前後に、ロシアからシリアに飛んでいる貨物機をトルコの空軍機が強制着陸させていますから、そういうことを背景にしたものかもしれない。

 しかしこれだけドタキャン、失態が相次ぐと、大統領府と外務省の連携はどうなっているのかということが当然、疑問として起きてきます。大統領府はウシャコフが外交関係担当の補佐官ですが、ウシャコフとラブロフの関係はどうなっているのかとか、政府の首相の下で外交関係を見ているはずのプリホチコさん、彼は元大統領府の外交問題補佐官ですが、彼が一体何をやっているのかとかが分からない。

 <東アジアのロシア>

 時間がなくなってしまったので、駆け足で「東アジアのロシア」についてお話し申し上げたいと思います。
 ロシアは今、欧州経済が弱っているし、米国が大統領選で外交そっちのけだったので、最近盛んにアジア重視の姿勢を示している。ですがやっぱり付け焼刃で、ロシアというのはアジアに対して無知なところがあります。軽視です。今重視しようとして学習しているわけなんですが、アジア方面の外交を展開するためには経済力が欠如しているという問題もあります。

 アジアにおけるロシアの地位なんですが、ロシアは非常に不安感を持っているんです。1860年の北京条約で清王朝から獲得した領土が今の沿海地方とアムール州などですから、それ以前に清から取り上げた領土と合わせると、150万平方キロメートルになるそうです。日本の4倍。それを清から取り上げたんです。ウラジオストクも1860年にロシアのものになりました。ですから、そこに住んでいるロシア人たちが持っているそこはかとない不安感というのはお分かりいただけると思います。
中国は、日本は貪欲のために尖閣諸島をとったんだと言っています。カイロ宣言で日本が貪欲のためにとった領土は返すということになっているので、中国は「中国に返すべきだ」と言っているのですが、貪欲のためにとったと言うのであれば、ロシア極東こそ中国が要求して然るべきなんですね。

 ロシアは一番弱いところ(東部)で中国と接しております。もう一つアルタイ共和国と新疆の境界でも接していますが、ここは幅が20~30キロメートルで、高度3000メートルくらいのアルタイ山地であって、道路もないはずです。ですから安全保障上、あまり意味がないところです。なぜ弱いところなのかというと、物流の大動脈のシベリア鉄道が中国との国境付近を通っているからで、中国軍がその気になればあっという間にここを切断できるわけです。ですから、BAM(バム。バイカル・アムール鉄道。シベリアの奥地を太平洋岸と結ぶ)鉄道が戦略的に重要なんです。バムはまだ単線で、これを近代化、増強することがロシア極東の安全保障に役立ちます。

 ロシアの極東と中国の東北地方を比べますと、ものすごい差があります。ロシア極東の人口が650万人、中国東北地方の人口が1億3000万人。大体20倍以上です。経済、GDPで比べますと、中国東北はロシア極東の7倍くらいあると推測されます。ロシア極東のGDPの構造は非常に脆弱です。製造業が小さい。ところが中国の東北地方は製造業の中心地です。製鉄、石油化学、軍需、自動車とワンセット揃っています。それからロシアのマトリョーシカさえ、中国の東北地方でたくさん生産されているんで、瀋陽なんかに行きますとマトリョーシカを売っている店がたくさん並んでいます。大連でもそうです。

 それから軍事力も全然違います。そういうわけで、もし中国と有事になれば、ロシアは戦術核を使うつもりでいます。それから「S-400」という地対空ミサイルがあるんですが、これを水平に撃つことを考えています。(極東の演習VOSTOKでは)「S-300」で陸上と海上の目標を撃ちました。核弾頭の装備も可能です。「S-400」は射程が400キロメートルです。そういうわけで、ロシアは極東では中国からものすごい圧迫感を感じているのです。

 以上をまとめますと、ロシアというのは、東アジアにおいてはあまり力のある対中カードにはならないだろうと思います。それからロシアの政策自体が常に米国と中国の間でバランスをとっています。米国とロシアの関係が悪くなればロシアは中国とくっつくし、ロシアと米国の関係が良くなるとロシアは中国を虚仮にする。そういうことなので、安定した対中カードにはならないのです。ですから、そのようなロシアに対してわれわれは擦り寄ったり、節を曲げたりする必要はないと思います。

 <ロシア極東・シベリア開発>

 しかしそうは言うものの、先ほど申し上げたウラジオストクのシンポジウムでは構図が全く変わってきていた。「中国対その他」という構図になっていますから、もうロシアとそんなに対立する時代ではないと思うんです。むしろわれわれとしては、極東、シベリアを支えた方がいいのではないかと思うわけです。それは擦り寄るとか、そういうことではない。支えるんです。どういうことかというと、領土問題の解決、これはもちろん追求するわけなんですが、「領土問題を解決すればロシアとはさよなら」ではない。やはり安定し、繁栄したロシアが隣にいることは日本にとってプラスだという長期的な要素も前面に出していく必要があるということです。

 そういう意味から極東・シベリア開発を考えますと、すでに前例はあるんです。1970年代、冷戦たけなわの頃に日本はシベリア開発をやっている。それに対して10億5000万ドルの輸銀融資まで行われたし、サハリンの石油・天然ガスへの輸銀融資は総計1兆円程度になっているはずです。では同じことを現在できるかというと、それは難しい。要するに、日本の業界内で競争が激しくなりすぎたし、それからロシア政府省庁間・地方間の競合が激しくてまとまらないんですね。1970年代当時は日本の財界の中に何人かまとめ役がいたからできたんです。

 それから日本政府、外務省もすでにシベリア開発のイニシアチブ「極東・東シベリア地域における日露間協力強化に関するイニシアチブ」(2007年6月7日)をとっております。これはあまり知られておらず、忘れられてしまいましたが。いくつかの分野を挙げているのですが、その中の目玉は、安全保障を入れていることです。やはりロシアの関心を引こうと思ったならば、ロシア人たちは経済よりも政治、それから力の言葉を理解しますから、極東におけるロシアの安全保障を高めるために日本は何をできるかという発想も重要になるだろうと思うわけです。

 <協働の時代>

 しかしいずれにせよ、心しておかなければいけないのは、ロシアに対してわれわれが援助する時代はもう終わったということです。プーチン大統領は今、そういう外国から援助をもらうというプロジェクトはどんどん廃止しています。今は「協働」の時代です。

 ロシア政府はAPEC首脳会議を目指して、予算も使って極東・ザバイカル地域の開発をずいぶん進めてきました。メドベージェフ首相は最近、これを2018年までに延ばそうではないかと発言しました。われわれとして注意しなければいけないのは、その中に北方4島に対する開発費用の増強も入っているだろうということですが。

 <日本海と中ロ>

 ロシアの極東を考える場合、やはり環日本海構想の中心であったロシア・北朝鮮・中国の3つの国境が接している豆満江地域が一つの開発候補になると思います。北朝鮮の羅津港というのはもともと日本が満州に対する物流の基地として造った港なんですが、ここでは中国とロシアが埠頭を借りています。日本は北朝鮮に対する制裁措置を続けているから使えませんが、われわれが狙うのは中国の東北部に対する物流網です。新潟などの都市は中国の東北地方を市場として重視しています。ところが、中国の東北地方に行くために日本海からずっと南を回って大連に行っているんですが、時間がかかって仕方がない。ですから日本の日本海側の都市にとっては、羅津は無理ですが、例えばザルビノとかポシエトといった港がいい。できれば鉄道があればいいのですが、現在鉄道があるのは昔の満州鉄道の名残であるウラジオストクからハルビンまでですが、その鉄道は今国境で切れています。ロシア人はつなげたくない。つなげると中国人が入ってくる。しかしわれわれの方は、鉄道をつなげてもらって、中国の東北地方まで物流ができればいいと思います。問題は、ウラジオストクの人たちがそういう発想を嫌っていることなんですけど。

 <中国はライバルなのか>

 ロシア極東・シベリアというとわれわれは、エネルギー資源を輸入することばかり考えます。ぐずぐずしていると中国に全部取られてしまうから急がなければいけない、というのは中川元経済産業大臣の発想だったんですが、そんなにあたふたすることはない、ということを申し上げたいと思います。一つには、日本は原油の輸入量がどんどん減っていて、2000年から07年の間に約4000万トン減ったんですが、これはアゼルバイジャンの年間原油生産量の約3分の2に相当する大変な量です。日本はその分だけ中国に余裕を作ってあげているわけです。

それから、シベリア・極東のエネルギー資源をめぐって中国と競争する必要はない。なぜかというと、中国というのはロシアの原油に対して十分な値段を払いませんし、ロシアは中国にばかり輸出していたら自分の立場が悪くなるので、払いのいい日本などに買ってもらいたいんです。つまり、日本の買い手市場になっているわけです。もうすでに買っていて、ロシアの原油は日本の需要の約10%になっています。これが20%になるとちょっと問題ですが、15%辺りまでいってもいいんじゃないかと思います。

それから天然ガス。日本はこの輸入量がどんどん増加しています。石油は輸入の70%以上がマラッカ海峡の向こうの湾岸諸国からで、心細いのですが、天然ガスの方は70%ぐらいがマラッカ海峡のこちら側にあるマレーシア、豪州、インドネシアから輸入しています。その中で、ロシアの天然ガスはすでに日本の需要の約10%を数えています。ですからそんなにおたおたすることはない。石炭もそうなんですが、ロシアからは6.5%ぐらい輸入していて、ロシアは3位なんです。
ロシア極東というとエネルギーだけではないし、ロシアはエネルギーだけに頼るべきではない。エネルギー以外の手段でも経済成長、雇用の創出が必要だろうと思います。そして日本はそれを助ける。本気で助けようと思っても助からないんですが、助けるつもりでいることが大切だろうと思います。

 <ロシアとの付き合い方>

 日本とロシアの付き合い方なんですが、皆さんご自分で付き合っておられるロシア人を思い浮かべて、それでロシア全体のイメージだとしてしまうことが多いんですね。例えば、自分が付き合っているロシア人が知的で欧米的だと「ロシアというのは非常に開けた国なんだ」となってしまうですが、ロシア人にはたくさんのタイプがいます。いろいろなタイプがいると思うのですが、僕が注目しているのは「自立型の新しいロシア人」というタイプです。若手の自立型のビジネスマンを中心に、そういった人たちが少数ですが現れてきているので、それがこれからどうなるのだろうということです。ロシア政府の役人はどういうタイプかというと、「知識人タイプ」はまれにいます。その他は「ソ連的なタイプ」と「冷たい能吏タイプ」、そして「マフィア的なタイプ」を混ぜたような感じでしょうか。

 プーチン首相が3月の初めでしたか、何人かの外国のジャーナリストと話をした時に北方領土問題についての話をしたので、それ以来、「プーチンの北方領土問題に関する真意は何なんだろう」「プーチンはひょっとして譲るつもりがあるのではないか」というような論理が喧しいのですが、自分は、それは日本人の悪い癖だと思います。

要するに、外交というのは指導者の意向だけで決まるものではない。相手国の指導者の真意というのはわれわれの働きかけと、それからロシア国内の状況が作り出すものだと思います。国内の政策決定というのはどこの国も歳末くじ引きと同じだと思います。くじの中には赤玉とか黄玉とか白玉とかいろいろな利益団体、省庁、マスコミが入っていて、ガラガラ回すとみんなお互いにけんかして誰か1人が外に出ようとするんですが、その結果出てくる玉が何になるかは分からないというのが国内の政策決定だと思います。それはロシアでも同じだし、日本でもそうなんですね。ですから指導者の真意というのはそんなに絶対的ではない。

 それから外交というのは、「賢い戦略を持ってそれを追求していけば勝つ」というような簡単なものではないんで、どの国も実は次から次に起きてくるいろいろなことに対応するので精一杯、起きてきたことに対応して、「最小のコストで最大の利益を実現する」というのが基本的戦略、そういうことが多いのです。米国でさえもそういう事情にあるのだろうと思います。ですから指導者の真意を推測するのに苦しんで、1年間も2年間も仲間内でけんかをするよりは、プーチンにできるだけわれわれにとって有利な決定をしてもらうような状況を創出していくのが日本の課題だろうと思います。

 ウラジオストクの話に戻りますが、ロシアは「最新式の吊り橋の上からビール瓶が転がってくる」という、新旧ないまぜの状況にあります。僕は今回ロシア人に冗談で「前回ウラジオストクに来た時にはこの橋はまだなかった。今回は橋がある。次回来る時にはまたこの橋はなくなっているだろう」と言ったらロシア人自身が笑うんですから。要するに、彼らは自分たちのことをよく知っていて自分たちのことを笑っているんです。それはまた脇から見ていると悲しいんですけれども、そういった国であります。
 それから、変化する力関係の中でロシアのことを考えていかなければならないと思います。

 <今やるべきことは>

 ロシアに対しては擦り寄ることもなく、叩くこともなく、協働の精神でやっていくべきだし、安定し、繁栄した極東というのはロシアのプラスにもなるし、われわれのプラスにもなるという発想が大事だと思います。北方領土問題については、そういった環境の中で前向きに、互いに協働の精神でやっていけばいいんで、今解決しないのであればまだ待ってもいい、時間をかけてもいいんですよね。時間をかければかけるほどロシアは不利な状況になってくると思います。

今、日本の政権は大変な状況にありますから、総理が12月にロシアに行くのかどうかは知りませんが(注:その後、訪ロの具体的期日が決まらないうちに日本国会が解散になり、訪ロは延期となった)、その時に領土問題であまり焦らないことが重要だろうと思います。起死回生の一発にしようとするとそれが最後の一撃になる可能性があるので、「静かに、前向きに」ということです。

それから、領土問題解決のあり方を公開で議論するのは下策であろうと思います。どの策がいいのか公開の場で議論するのは全く意味がないと言うか、有害です。2つでいいのか3つなのか4つなのか、そんなことを議論していれば、ロシアは2で落とそうとして、交渉ではゼロあたりからビッドを始める――そういうことになってしまうでしょう。領土問題は静かな環境でやるべきだということです。2004年に中ロ国境交渉が妥結しましたが、それは中ロ両国が静かに交渉を進めたからであります。
 以上です。ご清聴ありがとうございました。

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