ユーラシア情勢バロメーター(7-10月の中央アジア)
ユーラシア情勢バロメーター(12年7~10月を中心に)
旧ソ連諸国のうち中央アジア諸国関連情勢をまとめてみた。
アフガニスタン
アフガニスタンで米国、NATOの作戦が行われている間は、中央アジア諸国、特にアフガニスタンと国境を接するタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンの三国は、これから大きな影響を受ける。従って、アフガニスタン情勢から説き起こすこととする。
(1)アフガニスタンでは大きな情勢の変化はなかったが、米欧の部隊がアフガン政府の兵士から襲撃される例が増えたため、米欧(ISAF)はアフガン政府軍部隊の訓練や共同作戦を一時停止した。すると9月26日、周永康・中国政法委員会書記が突然アフガニスタンを訪問し、カルザイ大統領と会談したのである。同人は最近まで中国公安部長の地位にあった人物であり、このような中国要人のアフガニスタン訪問は劉少奇国家主席以来46年ぶりだった由。彼は、アフガン警察に450万元分の装備を提供することなどで合意し、欧米諸国の窮地に付け込んだ。
中国は、新疆ウイグル自治区の独立を目指す反政府組織がアフガンのイスラム系組織の支援を受けていると見ており、アフガニスタン警察にはしっかりしていてもらいたいのである。なおこの二日後の9月28日、パネッタ米国防長官はISAFとアフガン治安部隊の共同作戦の大半を再開したと発表したが、これは周書記が来訪したこととは無関係だろう。
(2)なお、アフガニスタンのISAFのための物資補給の約70-90%(推定数字しか報道されていない。この「北方ルート」で、中央アジアは米国から毎年5億ドルの通過料金を得ている由)はウズベキスタンを通っているが、9月24日ロシア大統領のアフガン問題特派大使カブーロフは国連で、「(ロシア中部の)ウリヤノフスクのロジ・センター(空港をISAFの補給路のハブとして提供する)は準備できた。NATOはいつでも使用を開始できる」と述べた。
(3)8月3日付のFerghana.ruで、Mikhail Kalishevsky評論員が「アフガンでは破局は起きない。タリバンは復帰できないかもしれない」という見出しの記事で、次のことを言っている。
①アフガニスタンにおけるISAFの作戦は成果をあげており、タリバンは内部分裂しパシュトン族社会の支持も失っている。
②タリバンの力が頂点に達したのは2005ー09年で、この頃はアフガニスタン北部にまで達していた。しかし今ではISAF、政府軍はアフガン南部、南西部、北部、カンダハルのGorak地区を取り戻した。
③パキスタン国境の向こうのパシュトン人地区に近い東部がまだタリバンに押さえられており、彼らによるカブール攻撃の基地になっている。タリバンはLogarの80%、Nuristanの75%、Kapisの50%を抑えている。ただしNuristanでは後退中。
④ISAFはタリバンの野戦司令官、兵器調達係、その他上層部を殺害、逮捕することに努力を集中し、この10ヶ月で900名以上を殺害、逮捕した。無人機が活躍している。
⑤タリバンは兵器不足に陥っている、それに2010ー11年、英国軍がヘルマンドでケシ掃討作戦をやったために、資金も不足し始めている。
⑥タリバンは、ISAFより戦死率が3倍高い。以下の数字は過大かもしれないが、内務省統計では2010年5225名のタリバンが戦死、5596名が逮捕されている。タリバンは全部で4ー8万と推定されるので、かなり響く。
そのため農村青年を無理矢理徴募したり、外国人を連れてきたりして、地元の反感を買っている。
⑦これらの要因のため2011年、ISAFへの攻撃は全体で8%減少し、南西部では29%減少、ヘルマンドでも減少した。他方、東部では逆で、2011年は20%増加している。
⑧タリバンは疲れてきている。10名以上による襲撃は稀になってきている。
⑨アフガン政府軍は35、2万(2014年中には23万に)になった。ISAFの助けに依存せずに独自作戦を行う能力が増加している。独自作戦の比率は2011年は17、3%だったが、本年になって36、4%に上昇した。
⑩確かに諸方面の腐敗、兵士の脱走、タリバンのスパイによるISAF教官の暗殺はある。他方、夜間襲撃を政府軍に委ねたことで、誤襲撃が少なくなり、住民の反感が減った。
⑪タリバンの末端は横領、裏切り、犯罪集団化もしているので、タリバン本部は統制を強め、末端と摩擦を生んでいる。そして本部自体、団結していない。2014年のISAF撤退までおとなしくしてその後立ち上がろうとする者、抵抗を地下活動に移そうとする者等、意見がまとまらない。
⑫西側はタリバンの「穏健派」と話し合っては、タリバンの内部分裂を呼んでいる。
⑬国民でタリバンに共感する者は、かつての40%から2011年29%に下降した。
タリバンは罪のない者を殺す、政府が派遣してくれた医師、技師を殺す、学童の登校を妨げる、政府の人道プロジェクト(道路建設等)を妨げる等から、大衆の支持を失っている。
5月にはGazni州で、地元宗教指導者たちが先頭に立ってタリバンに対して武力で立ち上がった。タリバンが児童を学校に行かせなかったためである。このように、諸方で地元民が反タリバン部隊を結成している。それは数年前のイラク情勢に似ている。パキスタン領のパシュトン人地区では、反タリバン運動が組織的に進められている。パキスタン軍と諜報機関がこれを助けている。
⑭30年も続いた戦争をやめようという機運が見られ、アフガンとパキスタンのタリバンは浮き上がっている。
(4)7月8日には東京で「アフガニスタンに関する東京会合」が開かれて「東京宣言」を発表し、今後の援助に関する「東京フレームワーク」を採択した。2001年米軍のアフガニスタン作戦が開始された直後から、アフガニスタン情勢解決の政治面はドイツ、経済面は日本で国際会議が開かれてきており、この東京会合もその流れである。クリントン国務長官をはじめ55カ国、25の国際機関の代表が集まった。
世銀は、2017年までのアフガン政府財政不足額を年平均33億ドル~39億ドルとし、参加国は総額160億ドルをこえる援助供与を表明した。
(3)5月2日、オバマ大統領はカルザイ大統領と会談し、Enduring Strategic Partnersip Agreementに署名した。前者はこのとき、アフガニスタンをNon-NATO Ally(MNNA)に指名すると約束していた。7月4日に右協定が発効したのを受け、6日オバマはアフガニスタンをMNNAに指名することに署名した。MNNAの地位はこれまで少数の国しか受益していない。米国による防衛義務は発生しないが、いつくかの協力、中でもForeign Military Financingによる装備のリースが可能となる(以上米国務省資料)。これは、2014年には大部分撤退する米軍がアフガニスタンに装備を残すことを可能とするもので、非常に興味深い。
(4)なお7月4日付のニューヨークタイムスによれば、クリントン国務長官がパキスタンのハー外相に電話をし、「双方とも過ちを犯した」と述べたことで、パキスタンは「南方ルート」の再開に応じた。米軍がパキスタン政府軍を「誤爆」して多数を殺傷したことに抗議して、しばらく止めていたものである。米側にとってみればウズベキスタン経由の北方ルートは毎月1億ドル余計にかかるし、パキスタンは米国からの料金を再び得られるので、南方ルート再開は米、パキスタン、双方の利益にかなったものである。パキスタンはトラック1台につき5000ドルの支払いを米側に求めたが、結局以前の250ドルで落ち着いた。しかし米国政府は議会に対し、12億ドルの無償援助(軍事面での援助)をパキスタンに与えるべく要請する。
タジキスタン
(1)アフガニスタン情勢から最も影響を受けるのはタジキスタンである。アフガニスタンとの国境が長い上に、東部の山岳地帯は少数民族が居住して政府に対抗、アフガニスタンからのテロリスト勢力が時々浸透しているからである。
(2)この期間、タジキスタンについて最も大きいのは、10月5日プーチン大統領が来訪し、長らく交渉が行われてきたロシア第201師団の駐留期限が、2042年まで延長されたことだろう。この師団はソ連時代以来一貫してこの地に駐留し(6000名、3ケ所)、アフガニスタン、ウズベキスタン双方から圧力を受けているタジキスタンにとって格好の安全保障手段となっているのだが、タジク政府はこの地位協定が2013年末に切れるのを利用して「駐留費」をロシアから徴収するべく、これまで交渉を続けてきたのである。今回の国防相間合意では、ロシア側からの支払いは名目だけの小額に止められた。
(3)プーチン大統領来訪にもかかわらず、タジキスタンはロシアがベラルーシ、カザフスタンと形成している関税同盟には加盟を表明しなかった。またタジキスタンは石油の供給を100%ロシアに依存しているが、2010年カザフスタン等と関税同盟を発足させたロシアは、右同盟域外のタジキスタン向けには「石油輸出税」を課すようになったため、タジキスタンは割高の石油を輸入せざるを得ないようになっている(但し輸出税なしでロシア原油を輸入できる隣国のキルギスから、その割安のロシア石油・石油製品がタジキスタンに密輸されている)。プーチン大統領来訪の際、この輸出税を撤廃する基本合意が行われたが、正式な署名はこれからである。石油輸出関税が年間100万トン(タジキスタンの年間需要にほぼ等しい)まで免除されるとすると、年間3、5億ドルに相当する。これはタジク政府が201師団駐留に対してロシアに求めていた金額(3億ドルと言われる)を上回る。
またタジキスタンからはロシアに110万人もの出稼ぎ労働者が出ており、彼らによる仕送りはタジキスタンのGDPの半分にも相当する。プーチン来訪で、これら出稼ぎ労働者に対してはこれまでの最大1年でなく3年までの居住許可が出ることとなった。
これら一連の合意でラフモン大統領は、2013年の大統領選挙に向けて足場を固めたと言える(Trud.ru)。
(4)7月以来、東部のKhorogではおそらく麻薬利権抗争も絡んで、地元少数民族と政府軍の間で睨み合いが続いていたが、8月末には政府軍が地元住民と合意の上、撤退を開始し、それ以後ニュースは消えている。
(5)タジキスタンは石油大国へ?
8月10日のcentrasia通信は、カナダのTethys Petroleum社(2003年設立。中央アジアに主要な利権)が探査した結果だとして、タジク、アフガン、ウズベクの国境地帯のアムダリヤ盆地は世界有数の石油・ガス埋蔵地だと報じた。タジク側のBokhtar地区だけでも114兆立米のガス、85億バレルの石油・コンデンセートの埋蔵が推定され、これが実現すれば、タジキスタンは一人当たりの石油量が世界でも最大の国の一つになる由だが、この数字は大きすぎる。2006年末世界の天然ガス可採埋蔵量は200兆立米もない。石油・コンデンセートの埋蔵量はアンゴラに匹敵するということになる。
タジキスタンは以前からロシアのガスプロムに対して、国内での天然ガス採掘を要請しているので、10月のプーチン大統領来訪を念頭にぶち上げた宣伝なのかもしれない。
(6)9月28日付のCentrasia通信は、中国資本の浸透ぶりを報道している。これによれば、世界4位の銀埋蔵量を誇るKonimansur鉱山を中国が買収した他、ペンジケントのZarafshon社の株75%を所有している由。また、現在8万名の中国人が国内に居住しているが、内務省に登録した者は3917人のみ。タジクの男性はロシアに出稼ぎに行くことが多く、中国人男性がタジク女性を妾とする例が増えており、混血も増えている。
そして8月3日付ロシアの独立新聞によると、タジキスタンは中国産品の密輸中継地になっており、2010年、統計外の再輸出額は7、1億ドルに達し、公式輸出額の70%相当にも上る由。
キルギス
タジキスタンの次にアフガニスタンに対して脆弱なのはキルギスだろう。タジキスタンからアフガンのテロリストが何回も侵入している。中央アジアの中心、フェルガナ盆地に入り込むルートなのだ。
この4カ月、キルギスで目立ったのはババーノフ首相の更迭と、それに伴うアタムバエフ大統領の権力確立、そして9月のプーチン大統領来訪で固まった、「プーチン・ロシア」との関係確立であろう。
(1)ババノフ首相が議会内の権力闘争に敗れて辞任したあと(アタムバエフ大統領は彼を守らなかった)9月6日、新首相に社民党推薦のZhantoro Satybaldiev前大統領府長官が選ばれた。ババノフ首相は、トルコの建設企業から馬を贈与され、代わりにマナス空港(米軍が使用中)の航空管制設備を落札させたとされて失脚した。同空港では既に26基のレーダーが建設中であり、カザフスタン、中国からミサイルが飛んできた場合も検知できるようになる由で、案外これのために某国から圧力がかかったのかもしれない。
これによって議会内の連立からババノフ前首相の共和党が外れ、社民党―アル・ナムイスーアタ・メケンの組み合わせとなり、アタジュルトと共和党を離党した議員がこれに数名加わった。サティルバルディエフ新首相は南部出身の建築専門、これまで4名の大統領に仕えたテクノクラートで、今回もアタムバエフ大統領に近い。バキーエフ大統領時代、南部オシュ州の知事をやっており、同地の実力者で政府の言うことを聞かないミルザクマトフ・オシュ市長との関係はどうなのかが注目される。
(2) 9月20日プーチン大統領が来訪した。主要な課題は債務の帳消し、キルギス内に数か所あるロシア軍施設の今後の扱い、カンバラト水力発電所建設援助問題などであったが、8月にシュヴァーロフ副首相が来訪しておよその内容は固めてあった。それに基づき9月20日、両国の財務次官が債務の帳消し合意に署名した。まず1億8900万ドルの対ロ債務が帳消しにされ、ついで2016年3月以降、3億ドルを10年間にわたって順次帳消しにしていくこととなった。
(3)キルギス内のロシア軍施設三ケ所は2017年から発効する協定で一つにまとめて扱われることとなり(これとは別に、オシュにFSB国境警備隊が駐留しているようだ)、15年間使用を認められることになった。その後は5年ずつ延長ができる。施設の一つ、カント空軍基地については、ロシア側が現在年間450万ドルを払っていると言われるが、これは新協定ではどうなるのか報道がない。
キルギスと言えば、首都ビシケク近郊のマナス空軍基地を米軍がアフガンのロジ用に使っていることが以前からロシアの気に障っており、追い出すことを折に触れて求めていたのだが、今回の首脳会談ではマナスのことは話題にならなかったとされる。キルギス側は、この基地を2014年には商業空港に転化すると述べている。
また長らく懸案だったカンバラト第1水力発電所建設問題は、新たに合弁を設立、これにロシアが費用全額を2.5%の利子で融資(総額はFSを待って確定)する方向となった。合弁はロシア、キルギス、50:50で議決権平等なのだが、資金はロシアが全部融資し、キルギス側が完済するまではキルギス側の所有権をロシア側が預かっているという方式のようだ。しかしこの建設については、下流のカザフスタン、ウズベキスタンが以前から反対しているので、今回も早期に実現するとは思えない。
(4)キルギスのイシク・クーリ湖湖畔には、ソ連時代からのダスタン魚雷工場(世界最高速のShkval魚雷を製造)があり、これはキルギス側の所有になっている。以前からロシアは債権を帳消しする代わりにこの工場の株75%を譲渡するよう求めていたが、今回実質的に決着がついたようだ。
と言うのは、ロシア側への株の譲渡は行われなかったが、「キルギス政府はこの工場を入札で売却することができる」との合意が達成されたからだ。おそらく、キルギス側にも少し実入りがある形でロシアが落札するように仕組まれるのだろう。
ロシアは債権帳消しの見返りにダスタン工場を得ようとしたが、結局債権帳消しは認めさせられる、ダスタン工場取得に対しても支払わなければならなくなるということで、かなりキルギス側に押しまくられている感じがする。それに、ダスタン工場をめぐっては、キルギス政府は何回もロシアに煮え湯を飲ませており、今回も入札はおいそれとは行われないかもしれない。。ロシアはよくキルギスやベラルーシのような小規模な国の手玉に乗せられて、一方的に利益を絞られてしまうことがよくあるが、これはロシアがこれらの国を勢力圏の範囲内に引き留めておきたいからである。キルギスの場合、ロシアの念頭にあるのは、隣に巨大な津波のように迫っている中国である。
(5) その中国との間では中国からキルギスを通ってウズベキスタンに至る鉄道を建設する案が話題となっている。これはキルギスの悲願である、山岳地帯に分断されている同国の北部と南部を結びつけるものでもあるが、他方、軍用に用いられると中国軍が3-4時間でフェルガナに至ることができる。
アタムバエフ大統領は既に6月、中国を公式訪問し、約4億ドルの融資を得て、キルギス南北間を結ぶ高圧線の建設を進めることになった他、北部のKara-Baltaに中国がキルギス全国需要の65%を賄う大製油所を作ることとなった。ロシアも焦るわけである。
(6) なお8月23日には隣国カザフスタンのナザルバエフ大統領が公式訪問で来訪した。キルギス日照りのため20万トンの小麦を供与する、4000万ドルもの無償資金を供与して学校を建設する、シムケントからの石油パイプラインを建設する、高圧線建設を請け負いそれを使って将来電力をやり取りすることにするなど、キルギスの後見格としての大国カザフスタンが、これも大盤振る舞いをした訪問だった。
カザフスタン
(1) カザフスタンではさしたる動きはない。ナザルバエフ大統領が72歳であることから、後継者は誰かという話しは常に潜行しているのだが、ソ連という中央集権機構では一度指導者の周囲に利権構造が築かれてしまうと、指導者が現役で死ぬまでは政権交替は行われなかったことを想起するべきだろう。
原油価格が高いためにカザフスタンの経済は好調であり、外交でも対ロシア、対米、対中関係いずれもバランスよくこなしている。懸念材料としては、散発小規模ながらテロの動きが絶えないことだろう。
(2) こうして動きが乏しい中、9月25日、ナザルバエフ大統領は内閣を一新した。と言っても、これは政局ではない。マシモフ前首相は大統領府長官に横滑りしたからだ。これに政治的意味があるとしたら、ナザルバエフ大統領の後継と見なされやすい首相の地位から彼を遠ざけ、ナザルバエフが本命と目している可能性があるクリバエフ(ナザルバエフの娘婿)が大統領候補となる道を開いたものと取れないこともないが。
マシモフの後任、アフメトフ新首相は1958年カラガンダ州生まれの製鉄技師出身で、ソ連時代からの党官僚。2012年1月から第一副首相を務めている。
(3) 新外相はこれまで米国大使をしていたIdrisov(53歳)。2度目の外相ポストである。外相に米国との関係が強いIdrisovをもってきたことは、ナザルバエフがこれからも米国との関係を重視していく姿勢を示したものと取られている。なお、これまでのカズイハノフ外相は、大統領補佐官に横滑りした。
(4) カザフスタンではこの1年強、小型のテロ事件が絶えない。ナザルバエフ大統領が一時、アフガニスタンへの兵力派遣を実現しようとしたために、海外の勢力がカザフスタン国内のイスラム不満分子を支援して煽っている気味がある。7月11日にはアルマトイ近郊の民家で爆弾が暴発している。その跡からは警官の制服、宗教書が見つかっている。
ウズベキスタン
ウズベキスタンはカザフスタンと並ぶ中央アジアの大国だが、外交面でカザフスタンよりも動意を見せている。ウズベキスタンは、ロシアとも中国とも国境を接していない唯一の中央アジアの国であり、しかも人口が約3000万人と、中央アジアの半分弱を占める。エネルギー資源もそこそこに輸出しているが、農業、工業が経済で占める比重は中央アジアで最大である。兵力も5万人を越えて中央アジアで最大、最強と見られる。これを背景に、さなきだに独立不羈の性格が強いカリモフ大統領は、外交路線を時々大きく動かす。
カリモフ大統領は74歳で、2014年には大統領選挙が予定されていることから、交替への観測は常にくすぶっている。しかし後継者候補はその名が報道されるや否やつぶされることが常であるので、本命はいない、または深く静かに潜行していると見るしかない。
以上の基本情勢の中で、この期間には次の主要な動きがあった。
(1)2001年ニューヨークでの集団テロ事件を受けて、ウズベキスタンは米軍に国内のハナバード空軍基地を提供し、経済援助も受けて親米路線を取った。しかし2005年、米国の干渉を嫌ったカリモフ大統領は米軍を追い出し、外交路線を180度転換して親ロ、親中に切り替えた。その後ロシアで就任した若いメドベジェフ大統領は、ベテランのカリモフ大統領と親しい関係を築くことはできず、集団安全保障条約機構の強化にカリモフ大統領が強硬に抵抗したことから、ウズベキスタンとロシアの間には緊張が高まった。
(2)それは、カリモフ大統領が高く評価しているプーチン大統領が6月に来訪した後も変わらず、ウズベキスタンは6月28日には集団安全保障条約機構への参加を「停止」することを通告するに至った。但しウズベキスタンは7月5日カリーニングラードでのCIS国防相会議には出席しており、路線を180度転換して親米に再びなったわけではない。
(3) ウズベキスタンにとっての最大の外交・安全保障問題は、2014年NATO軍がアフガニスタンから撤退した後の安全保障をどのようにして確保するかである。ウズベキスタンとアフガニスタンの国境は、タジキスタン、トルクメニスタンの対アフガニスタン国境より短く、しかもアム川で遮られているが、それでもタリバン時代にはテロリストの侵入、領空侵犯の事例があった。
この面での現在の大きな焦点は、2014年以降のアフガニスタン及び周辺地域における米軍のプレゼンスがどのようになるかである。現在米国はアフガニスタン政府と交渉中であり、これがまとまって初めて周辺地域にどのような支援を求めるかが決まるだろう。ウズベキスタンに対しては、兵器の大量贈与があるだろうとか、領内に兵器集積基地を設けて有事に兵力を派遣できる体制を確保するだろうとか、種々観測はあるが未定である。
(4) カリモフ大統領は周辺諸国への外遊を活発に行った。10月1日にはトルクメニスタン、10月11日にはアゼルバイジャンを公式訪問。トルクメニスタンは中立国でNATOのアフガニスタン作戦では上空通過権を認める形でしか協力していないが、それでも当面のアフガニスタン情勢について両首脳は見解をすりあわせる必要があったことだろう。またアゼルバイジャンとの間では、イスラエルあるいは米国がイランを攻撃した場合の対応について立場をすり合せておく意味があったことだろう。だがいずれも報道は低調であった。
(5)ウズベキスタンは中央アジアの中で唯一、中国との間に距離を置いて接している。中央アジアの諸民族は19世紀半ばからロシア帝国、ついでソ連の一部となったことで、自分たちをヨーロッパ人と位置付け、中国を異質視してきたのである。その傾向はカリモフ大統領にも強く、しかも国内産業振興をめざす彼にとっては、中国の工業製品が国内に大量に流入することは迷惑以外の何物でもない。
それでも2005年、親米路線から離れた際にはカリモフ大統領は訪中して友好協力関係を確認しているし、2012年6月北京で上海協力機構首脳会議が開かれた際には、胡錦涛国家主席、習近平と会談して、関係を「戦略的パートナーシップ」に昇格させている。10月5日Jamestownの記事によれば、最近では中国の軍からの訪問が相次いでいる。2011年3月には、中国国防相がアスタナでの上海協力機構国防相会合のあと、中国国防相としては初めて来訪したし、2012年5月には陳炳德・中国人民解放軍参謀長が来訪した。中国としては、NATO軍の「北方ルート」を握るウズベキスタンとの関係を築いておきたいし、今後米国がウズベキスタンでの軍事プレゼンスを高めないよう、いつでも釘をさせる関係を築いておきたいのだろう。これに対してウズベキスタンは、平等、相互尊敬、内政不干渉を強調して対応しているらしい。
なお、携帯大手Uzdunrobita(ロシアのMTS系)が6月に閉鎖され、幹部は外国に逃亡する事件があったが、その背景は利権争いというのと、もう一つはこれが米国でも問題視されている中国「華為」社の機器を使っていて、ウズベク要人(政府はMTS使用を義務づけられていた)の会話を盗聴していた、という観測がある。8月には、10年以上も通信を担当してきたアリポフ副首相が更迭されており、MTS事件のマグニチュードは大きい。同時期に中国のAlcatel-Lucent Shanghai Bell Co.との8100万ドルの、transport data network構築契約も破棄された、との報道がある。
(6) 8月30日、上院で「新外交コンセプト法」が最終的に採択された。カリモフ大統領が自ら書いたと言われ、「国際組織が軍事・政治ブロック化するときは脱退する権利を保持する。外国の基地、物体を領内に置かせない。ウズベクは外国での平和維持活動に参加しない」という点が眼目。ロシア中心の集団安全保障条約機構から距離を置くための文面となっているが、他方アフガニスタンから撤退する米軍がウズベキスタンに基地の類を置くのではないか、というロシア側の嫌疑を晴らすような文面にもなっている。
例えば8月23日付のロシア、コメルサント紙は、米国がRapid Response Centerをウズベクに設置するべく交渉していると報じた(米側は否定。8月15日、中央アジア担当のRobert Blake米国務次官補はアルマトゥイでのスピーチで、「中央アジア諸国に殺傷兵器を提供するつもりはない。提供するとしても、軍用車両とかそういうものを想定している」と述べている)
なお現在でも、南部のテルメス空港をドイツ等が中継センターとして使っているが、これはlogistical transit centerということで、新法の対象とはならない由。
(7)7月26日付Ferghana.ruによれば、有力マフィアのガフル・ラヒモフはウズベクでの利権を完全に失い、今ではドバイに住んでいる。ロシア旅券を最近取得したとの報道があったが、これは前から持っていた。ウズベクの上層部は皆、ロシア旅券を持っている由。
なおラヒモフは麻薬王として、2010年米財務省のブラックリストに載っている由。ここで中央アジアから名指しされているのは、ラヒモフと道路舗装利権を握るラザリ・シャイバジャン、キルギスのカムチベク・コルバエフである。
(8)7月10日Uznews.netは、奇怪な事件を伝えている。6月には、大統領夫人の妹Tamara Sabirovaの息子Akbarali Abdullaev(フェルガナ居住)が若年(30歳前)にもかかわらず、将来の大統領候補として報道されたが、6月7日深夜には右両名がこれまで協力関係にあったという地元マフィアAkramov家(タジク系。大統領夫人と同じKuvasai出身)約40人が逮捕され、Abdullaevは海外へ逃亡した(母親はすでに出国ずみ。彼女の夫はかつて副知事だったが、横領の疑いでドイツかウクライナに逃亡)。
7月17日付REGNUM通信によれば、この事件は単なる経済犯罪のはずなのに、秘密警察SNBが捜査しているので、国内政治上の深刻な事情が背景にあるのかもしれない由。
トルクメニスタン
この国は中央アジアの中では最も報道が少なく、情報の乏しい国である。
(1)6月21日付のCentrasia.ruによれば、ニヤゾフ前大統領の遺族の資産を収奪する動きが強化されている由。これと関係するかどうかは不明だが、同時期にベルディムハメドフ大統領の警備は異常なほど強化された由。そして、3万5000名の国外滞在者が帰国禁止となり、外国人も8000名がブラックリストに載せられた由。
ニヤゾフ前大統領時代の秘密警察要員が現政権に迫害されて(ラジャポフ秘密警察長官はニヤゾフ前大統領急死後、ベルディムハメドフへの円滑な権力移譲を演出した功労者だが、その数か月後には更迭され、投獄されている)国外へ逃亡し、チェコでDominanta Groupを作って、ベルディムハメドフ大統領中傷キャンペーンを始めようとしている。
(2)8月23日付EurasiaNetによると、トルクメニスタンは1995年以来行っていない戸籍調査を年末に行う由。
(3)7月にはパン、小麦粉の価格が1997年以来初めて引き上げられ、パンは3倍、小麦粉は2倍の価格(それでも1キロが約30円)となった。小麦の不作が原因らしく、7月はじめ、農業相は解任されている。ベルディムハメドフ大統領は、来年公務員給料を10%上げ、年金を15%上げると言明したが、この値上げで食われてしまう。
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