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世界はこう変わる

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2012年7月 1日

ユーラシア情勢バロメーター 2012年4月~6月 総論

以前このブログでロシアや中央アジア情勢の定期分析を掲載していたが、最近ロシア国内情勢や中ロ関係をめぐってこれまでの枠組みが動くかもしれない気配が感じられるので、再開することにした。現地、そして英語の報道、ニュースレターをロシア、中央アジア、西欧に勤務した経験に照らして読みこなし、トレンドを抽出していくこととしたい。

ユーラシアは、戦前の日本にとっては主要な外交舞台であったわけだが、今の日本は太平洋方面に主軸を置く海洋国家として振る舞っているし、もともと海千山千の揃うユーラシアでの外交は日本には手の余るところがあるので、ほどほどの関心にとどめておいた方がいい。それでも、海の向こうに遠く離れた米国にとっても、その外交の主要な舞台はユーラシアにあるわけだし、EUもユーラシア全域にわたって活動しているので、日本も情勢の展開をほどほどには知っておいた方がいい。そうしておかないと、もろもろの動きを過大評価したり、あるいは過小評価したりして、政治的にも経済的にも損害を受けたり、無駄骨を折ることになるからだ。

1.ユーラシアにおける主要動因
 ユーラシアには多数の人間が生き、それはアメーバのように常に動いて、大陸を波立たせている。その波を作る動因として目下大きい順に言うならば、それは①中国の力の伸長(一人の指導者が一貫した戦略をもって方針を決めているのではなく、各省庁・企業が力にまかせて伸長している気味がある)、②それに対して自己の最後の勢力圏としての中央アジアを守ろうとするロシアの動き、③中央アジアが有する地政学上の(対中)戦略的位置に気がついたのか、関与を深める構えを見せ始めた米国の動き、などである。
 そしてそれら勢力は①アフガニスタンからの撤退、②イランの核兵器開発阻止、③シリアでの戦闘停止などの課題をめぐってある時は寄り、ある時は反発する動きを示し、そのたびにユーラシアに波紋が広がっていく。
 それに加えて、大きな国際紛争に発展しにくい局地紛争がこの地域に散在している。それらもまた、ある時は大国を巻き込み、ユーラシア大陸にさざ波をたてる。

2.枠組みにかかわる動き(4~6月)
(1)中ロ関係
(イ)張り合いと協力が入り混じる、微妙で隠微中ロ関係

 ユーラシアの両大国、ロシアと中国(実は両方とも、チンギスハンのモンゴル帝国が作り上げた大領土を東西から分け合っているようなものなのだが)は、中華人民共和国成立当初は密接な協力関係にあったのに、その後罵り合うようになり、1960年代には血を流す戦争までやった微妙な仲だ。今、力関係は逆転し、ロシアは中国を警戒し、中国はロシアを上からの目線で見ているのだが、双方とも米国に干渉されたり、恥をかかされたりするのを防ぐことを外交の第1課題としているので、協力も進めざるを得ない。こうして、一方では隠微な勢力争いをする一方で、他方では協力を進めるという微妙な関係の湯加減は、熱いとか冷たいとかどちらかしかわからない日本人には、到底説明できないものである。

(ロ)中ロ海軍共同演習
 4月26日には、李克強副首相がモスクワを訪問した。彼は20年前のロシア(困窮と混乱の最中だった)に一度来たことがあるだけだ。それでも150億ドル相当の商談が27件成立したし、40億ドルの共同投資基金を6月末までに立ち上げる合意をした。中国の資金と技術で極東に発電所を作り、電力を中国に輸出する案件も交渉が開始される(以上5月3日のMoscow News)。
 これと並行して4月22日~27日には、黄海で中ロの海軍が共同演習を行った。一応上海協力機構の名の下で、「対テロ」をうたって行われたものであるが、対潜訓練もメニューにあったようで、中国側は経済専管水域の防衛を念頭に置いていた。
 この演習は本来なら半年ほど前に行われていてしかるべきもので、一部にはロシア側が躊躇していることを指摘する向きもあった。中国海軍と組むことは、米国、日本、韓国、東南アジア諸国の機嫌を損ねる危険があることを知っているからだろう。だがロシアのガスプロムが最近、ベトナム沖の石油ガス探査案件に参入し、海域の境界をめぐってベトナムと係争を抱える中国側の神経を逆なでしていたために、ロシアもこの共同軍事演習は断れなかったとの見方もある。

(ハ)ロシア海軍のリムパック共同演習への参加
 中ロ共同演習の効果を中和するかのように、ロシア海軍艦艇は6月下旬からの米主導の環太平洋国際海軍演習リムパックに初めて参加する。ロシア海軍はこれまで米第7艦隊や日本の海上自衛隊と共同演習したこともあるので、別に驚天動地のことではないが、意義は大きい。米中の海軍が対立を深めるなかで、ロシア太平洋艦隊はそのどちらにも属さない大国の海軍として、有用な役割を果たせる時が来るかもしれないからだ。
  なお、冷戦時代ソ連艦隊が使っていたことで有名な、ベトナムのカムラン湾の「海軍基地」(実際は補給地程度)については、5月初旬訪越したパナッタ米国防長官が関心を示したと報道されており、またベトナム側はロシア海軍による使用にも前向きであるそぶりを見せている。双方とも、中国にとっては非常に好ましくない動きであろう。

(ニ)中ロ双方国内に中ロ同盟を志向する声も
 中国もロシアも一枚岩ではない。中国の国内では軍部も含め、米国と対抗するためにロシアと組むべきだとする声がある。またロシア国内でも、同様の声がある。他方、これに反対する声もまた双方で見られる。例えば6月9日付ロシアの独立新聞は、「中国内ではロシアとの関係について論争が行われている。旧軍人たちは、ロシアと軍事同盟を結び、中国としても中央アジア地域の安全保障にもっと役割を果たすよう主張している」と報じている。これに対し、4月28日のロシア紙Vedomostiでのインタビューで、Center for the Analysis of StrategyのVasily Kashinは,「中国にはロシアとの軍事・政治同盟を望む声もあるが」と指摘したうえで、それに乗ればロシアが米中関係の駒として利用されるだけだ、というトーンでしゃべっている。
 プーチン大統領は対中協力に努めてはいるが、本音では中国とは距離を維持するべきものと思っているらしい。大統領選前の2月24日、彼はロシアの有識者達と会談したが、その中で退役大将イヴァショフが、米国が欧州等に配備する「ミサイル防衛」(MD)装備に、中国と協力して対抗することを提議したのに対し、こう言った(首相府ホームページ)。「あなたは中国と同盟しろと言うが、米欧は一枚岩ではない。NATOは軍事というよりは政治ブロックになりつつあり、ロシアも欧州と同じようなことができる(要するに、欧州と米国の間にくさびを打ちこむことで、MDを無害化できると言っているのである)。中国とは軍事技術開発も含めて協力しているが、注意しながら続けていきたい」。
そして、インドとの協力関係に話を転じてしまったのである。

(ホ)上海協力機構における中ロの張り合い
 さらに、6月6-7日北京で行われた上海協力機構年次首脳会議(第12回)における中ロ間のさや当ては、これまでになく目立つものだった。
 まず加盟国を拡大する問題については、ロシアが長年インド(パキスタンも)を推薦しているのに対して、インドを遠ざけておきたい中国が抵抗を続けてきた。今回も、アフガニスタンをオブザーバー、トルコを対話パートナー(これまでにスリランカとベラルーシがなっている)として認定するに終わった。
 次に経済協力関係の案件は、中国のイニシャティブをロシアが軒並みつぶした感がある。中国は党総書記としての任期終了が迫る胡錦濤の功績としたいがためか、「上海協力機構自由貿易地帯」設置を提案したが、これはロシアが必死に結成しようとしている関税同盟、「単一経済空間」(双方ともメンバーは今のところベラルーシとカザフスタンのみ)、そして「ユーラシア経済同盟」(2015年予定。中国を入れることは想定していないもよう)の株を奪ってしまうことになるので、ロシアは受けなかった(6月6日付コメルサント紙)。
 また中国は上海協力機構に開発銀行を設けることを提案していたが、これも中国主導を嫌ったロシアにつぶされた。中国は国家開発銀行の陳元総裁(共産党元老の一人陳雲の息子)をここに天下りさせることを策していた。
 またロシアはこれまで、インフラ案件FSのために(開発銀行とは別に)特別基金を設けるよう提案していたが、中国はこれを換骨奪胎、大幅に拡大して上海協力機構のためのIMF的な機関とすること(当初100億ドル、成立後は毎年100億ドルの拠出を約束)を提案し、これもロシアに却下された。
 こうした不一致のためなのか、今回採択が予定された「上海協力機構発展中長期戦略」は結局採択されなかった。ロシアは包括的で長い文書とすることを望んでいたが、北京に所在し、中国側が牛耳る事務局が短い限定的な文書案しか提示しなかったため、今回はこれを「上海協力機構発展戦略の基本方向」として暫定的に採択、本体については話し合いを続けることとした。

(ヘ)中央アジア・アフガニスタンの安全保障への中国の関心表明
 上海協力機構首脳会談では、中国が中央アジア、アフガニスタンの安全保障について非常に率直、かつ大胆な関与の姿勢を示したことが目に付いた。例えば胡錦濤国家主席は人民日報とのインタビューで、「われわれは地域内の問題を自分たちで管理し、地域外からの動揺とショックから防衛し、アフガンの平和回復でこれまで以上の役割を果たす」と述べるとともに、上海協力機構は「この地域の安全保障問題に対処する上で不可欠の存在となる」べきだとの考えを示した(6月9日WSJ日本語版)。
 また6月8日の朝鮮日報は、中国国際ラジオ(CRI)を引用、中国の程国平・外務次官が会議の際の記者会見で、「中央アジアの平和と安定は、中国の核心的利益(注:新疆地方のウィグル族問題のことであろう)と関連する問題である。中国は、この地域で中東や北アフリカのような動乱が起こることを決して許容しないだろう」、「上海協力機構は、旧ソ連諸国の集団安全保障条約機構(CSTO)と安全保障協力を強化するだろう。両機構が協力しあって、共に中央アジア地域の平和と安全保障、安定を守っていく」と述べたそうである。
 上海協力機構を、集団安全保障条約機構との関係を強めることで軍事同盟化することは、かつてロシアが試みて、中国の同意を得られなかった(当時中国は、対米関係の方を重視していた)ものなのだが、今や中ロの思惑は逆転し、中国の熱い関心にロシアの方が後じさりしていることだろう。
 なお上海協力機構には「地域の平和、安保、安定に脅威となり得る状況に対する反応についての政治・外交的措置とメカニズムについての諸規定」なる文書があり、これが今回首脳会議で改訂されたのだが、その内容は明らかでない。もし、アフガニスタン関連で中国が軍事的関与を強める方向で改訂が行われていれば、それは中央アジアにおける情勢の一つの転回点となろう。その場合、中央アジアを自分の勢力圏と見做すロシアとの関係は、緊張していくことだろう。

2)米ロ関係
(イ)意地を張りながらも、米国と喧嘩できないロシア

 プーチンと言うと「反米」というイメージが固まっているが、それは言い過ぎである。2月24日大統領選挙前にプーチンが専門家たちと懇談した中で、彼はこう言っている(首相府ホームページ)。「我々は誰のイエスマンにもならない。我々には自分の利益というものがある。もちろん我々は(米国と)協力しなければならないし、世界で何が起きているのかも理解し、決して孤立してはならないのだが」。
 つまりプーチンの言いたいことは、90年代ロシアが弱かった時代のロシア軽視・蔑視は許さないということに尽きる。従ってプーチンは、メドベジェフ大統領時代の「reset」という言葉はもうお払い箱にするとしても、ロシアの利益に反しないことについては米国と協力するのにやぶさかではない。それどころか、米国の協力なしにはプーチンのめざす「ロシア経済の近代化」はとてもできない。
 それでもプーチン大統領就任早々は、両国関係は張り手の応酬で始まった。プーチン大統領が5月18日に米国で予定されたG8首脳会議には組閣で忙しいので行けないとしたのに対し、オバマ大統領は数日後、9月初旬に予定されるウラジオストクのAPEC首脳会議には大統領選挙で忙しくて行けない、と返答したのである。

 こうなったことの心理的背景には、プーチン首相は保守的勢力を代表するものとしてオバマ政権が距離を置く政策を取ってきたこと、また3月の大統領選でプーチンが当選した時も、オバマが電話でこれを祝したのは9日後であったことなどもあるだろう。しかし基本的には、難航していた組閣はプーチンの関与を必要としていただろうし(G8中の18-19日にはまだ固まっていなかった。辞退者が続出したという報道もある)、G8と言いながら、経済関係ではG7の枠組みが維持されている会議に行くのは乗り気でなかっただろうし、またロシアの反対にもかかわらず、ミサイル防衛装置を東欧に配備する正式決定をNATOがシカゴでの首脳会議で行った直後、おめおめと米国に赴く格好は取りたくなかった、などの事情があったのだろう。

 しかしこれは双方がキャンセルし合ったことで、外交的にはもうけりがついた。泥の投げ合いがエスカレートすることはないだろう。6月18日、メキシコのG20の場で、オバマとプーチンは予定を一時間も上回る本格的な会談を行い共同声明まで出して、一応かっこうはつけた。ただしテレビを見るとプーチンはオバマを嫌うかのごとく仏頂面でそっぽを向いているし、シリアの問題でも譲らなかったのだが、いずれにしても米ロ関係では両者のコントロールを逸脱するようなことは起きていない。

(ロ)米ロの協力関係は続く
 そしてアフガニスタン関連を初め、米ロの協力関係は続いている。最も目立ったのはロシアが、アフガニスタンの米・NATO軍のために、ロシアのヴォルガ河畔ウリヤノフスク(レーニン=本名ウリヤノフの故地)の大空港をトランジット・センターとして提供する用意を表明したことである。これは3月11日アフガニスタンで米兵が住民16名を殺害し、それに対する反発が高まって米・NATO軍の急遽全面撤退も云々された時のことだった。3月14日、ロシアのラヴロフ外相は議会で、アフガニスタンとの中継のためにウリヤノフスクのヴォストーチヌイ空港を提供する構えを表明したのである。アフガニスタンがタリバンに席巻され、それが中央アジアに脅威を与えた場合、ロシアに負担がかかってくることを、ロシアが如何に恐れているかを如実に示すものだった。
 
 かつてソ連がアフガニスタンに侵攻し、多数の戦死者を出したことはソ連国内で、まるで米国のベトナム戦争がそうであったような拒否反応を呼び、ロシア指導部としては今またロシア軍将兵をアフガニスタンがらみで派遣することは政治的にもたないのである。2月3日付ロシアの独立新聞によれば、ウリヤノフスク提供は1年半前から話し合われていたものらしい。同紙によれば、ウズベキスタンがアフガニスタンからのNATO撤退が鉄道経由で行われると、麻薬、武器が国内に持ち込まれる可能性があるとして、許可をしぶったことが背景にある由。

 ロシアの領土、しかも宇宙船ブーランの着陸のために作られたこの空港を他ならぬ旧敵NATOが使用するというのは、ロシア共産党にとっては格好の政府批判の種となったし、地元では与党「統一」までが反対デモを組織した(3月15日 Christian Science Monitor)。だがプーチン首相(当時)は4月11日下院での年次報告後の質疑応答で、ウリヤノフスク提供を強い口調で擁護、「ロシアの兵士にタジク・アフガン国境で戦わせたくなければ、NATOを助けることはロシアの国益」、「NATOは冷戦の遺物。しかし存在する。時々は干渉してくるが、時々は安定勢力でもある。アフガンでNATOは国連決議に則って行動している」、「ウリヤノフスクは、NATOに基地としてではなく、stopover siteとして使わせるだけだ」(4月12日RIA)と述べたのである。

 それどころか、5月末には米国コロラドの10th Special Forces Airborne GroupのあるFort Carsonで、ロシアの空挺部隊22名が米軍空挺部隊と共同演習を行った。米本土でロシア軍が共同演習をするのは、史上初めてのことである。昨年12月、ロシアの総参謀長が訪米した際の合意に基づくものである。山岳地域での技術(テロリストのキャンプを襲撃し、ヘリで撤退する作戦)も研修するが、主要な目的は信頼関係の樹立であり、米兵、ロシア兵がともにパラシュートで降下することになっていた(5月16日russia beyond the headlines)。
(この他、ロシアはアフガニスタン仕様の協力エンジンを備えたヘリコプターを米国に供与[売却]しているし、麻薬取締では長年NATO,米国と協力を続けている)

(ハ)米ロの経済面での協力
 冷戦時代、米ソの対立があれほど激しくなったのは、一つには両国の経済関係が非常に薄かったこともある。現在、米中間の経済関係が大きいために、米中は対立しきれないのに比べると対照的な現象だった。だが現在、少なくともロシアにとっては、米国との経済関係は重要になっている。ロシアが石油景気に沸き、ルーブルを世界の基軸通貨にするとまで言ってグルジアに侵攻した2008年、米国発の不況は原油価格を暴落させ、ロシアのGDPを10%近くも凹ませたし、米国は今やシェール・ガスとシェール・オイルで世界の石油・ガス価格決定権を握ろうとしている。ロシアはシェール・ガス・石油を開発する技術を持たず、欧米の企業に依存せざるを得ない。
 
 そしてプーチンの腹心のセーチン副首相(当時)は、北極地方や黒海の海底石油・ガスを開発するため、4月17日にロスネフチとエクソンの間で合弁2社を作ったのだ。合弁2社への出資比率はロスネフチが66.75%,エクソンが33.3%で、総投資20兆円相当を予定する。セーチンが同16日述べたところでは、北極圏カラ海の可採埋蔵量が原油49億トン、天然ガスが8兆3000億立方メートルに達するということで、ロシアの年間原油生産量の約5億トンを大きく超える規模になる可能性を示した。2015年に試掘をはじめる。ロスネフチは更に、西シベリアの地下深くに眠る石油大鉱床を開発する技術をエクソンと共同開発する文書にも調印した。
 
 そして、ロシアが近くWTOに正式加盟できる運びになっていることも忘れてはならない。これまで20年近くかかった交渉がやっと妥結したのは、米政権が議会の抵抗を押し切って前向き姿勢に転じたからだ。

 こうした中、ロシアは米国債の買い付けを増やしている。これは、ロシアが米国に貸しを作っていると言うよりは、ロシアがユーロからドルに資金を振り向けているということだろう。2月に1448億ドル、3月に1467億ドル。もともとは2008年に250%増やして1164億ドルにしたのが始まりだったのだ。ロシアはこうして、米国債にとって第8位の買い主になった。(以上5月16日 Interfax)

(3)アジアにおける米国
(イ)米国は覇権志向なのか?

 米ロ関係とか米中関係とかTPPを考える時、すぐ「米国の覇権志向」とか「米国の冷戦思考」とかを分析の土台に据えたくなるが、ものごとはもっと複雑だ。それに米国は軍事的には強くても、政治的・経済的にはその意志を世界中で貫徹するだけの力はない。また米国は大統領一人で動かしているわけではなく、覇権志向から人道志向まであらゆる思潮が建国当時から国内に渦巻き、それらが相争った結果が政策として出てくるので、必ずしも一貫した戦略の下に行動するものでもない。
 また我々は米国を白人の国として考え、アジアでは異質の国だから一歩脇に下がっていてもらいたいと考えがちだが、米国はもはや「白人の国」ではない。そこには世界のあらゆる人種、民族が入り込み、ノアの方舟、あるいは地球の一部を切り取ったような状況を呈している

 また米国にとって、アジアとの貿易は欧州との貿易額よりも大きく、アジア諸国にとっても米国は最重要の輸出市場である。米国はアジアにおける自分の利益を守りたいし、またアジア諸国の多くも中国に席巻されないために米国のプレゼンスを欲している。つまりアジアにおける米国の政治・軍事的プレゼンスは、米国が一方的に押しかけてきているものではなく、アジア諸国の多くに歓迎されているものなのだ

(ロ)南アジア・中央アジアにおける米国の関与増大? 対中バランス思考の強化?
 冷戦時代、南アジア・中央アジアにおける米国のプレゼンスは、パキスタンにほぼ限られていた。インドは社会主義経済を持しソ連と組んで中国と対抗していたし、中央アジアはソ連の一部だったからである。冷戦終結、ソ連崩壊以後、インドは米国に歩み寄ったが、アフガニスタンでの作戦とのからみで米国がパキスタンと協力を続けている間は、本格的な協力関係は築きにくい。インドにとってパキスタンは、最大の潜在敵国だからである。
 
 ソ連崩壊後も、中央アジアにおける米国の関与は限定的なものだった。米国の外交官は2000年代になっても、中央アジアに主要な関心は持っていないと明言していたのである。中央アジアはロシア、中国の勢力圏で、米国は無理に入り込んで勢力争いをしようとは思わない、ということだった。米国のプレゼンスは、カザフスタンにおける石油の開発、そして「民主主義・人権尊重を広め」ようとする米国(EUのも含め)のNPOが目立つ程度だったのである。
  
 現在、それとは異なるトレンドが現れつつあるのかもしれない。アフガニスタンから2014年までに撤退することにからんで(アドバイザーの形でかなりの軍人と装備は残るだろうが)、米軍が使っていた兵器をアフガニスタン政府軍だけでなく、中央アジア諸国(中立を標榜するトルクメニスタンを除く)に供与する話が浮上しているからである。これが報道上表面化したのは2011年の秋であったが、6月15日付ロシアのコメルサント紙が大きく取り上げて、米国を非難した。

 中央アジアはロシアにとって、宗主国的振る舞いのできる最後に残された国々である。そこに米国が軍事的プレゼンスを確保することは、ロシアの覇権主義者にとっては大きな脅威である。だが、今の米国の戦略眼には、ロシアはあまり入っていないかもしれない。中央アジアはロシアにとってのみでなく、中国にとっても裏庭、あるいはチャーチルの言った「柔らかい下腹」に相当する。ウィグル人問題を抱える新疆、そしてチベットのすぐ向こう側に米軍が位置していることは、中国にとっては大きな脅威であり、米国にとっては中国に対するカードとなるのである。

 中央アジアで中国の風圧を感じ始めたロシアが、この地域における米軍のプレゼンス強化を黙過する、あるいは明示的に協力するような日が近いうちに来るかもしれない。米軍が現在貨物・人員積み替え用に賃貸しているキルギスのマナス空港は、キルギス政府にとっては格好の収入源となっていることもあり、米軍のアフガニスタン撤退後も、何らかの名目で米軍が使い続ける可能性もある。

(4)米中関係
 米中関係は世界で最も重要な関係になりつつある。ユーラシア情勢を考える場合にも、米中関係をしっかり押さえておかないといけない。中国は自分の専門ではなく、土地勘もないので発言を控えるが、いくつか基本的なことは、

①米国は中国をたたこうとしているのではない。力にまかせて拡張し、それによってアジアの情勢を不安定化させるのを抑止しようとしているのである。

②かつての米ソ関係と異なり、米国は中国と緊密な経済関係を有しているために、対立と抑止一辺倒では進めない。GMなどにとっては、中国が米本土をしのぐ最大の市場になっている。

③米空母を狙い撃ちできる弾道弾を中国が開発したと言われるが、米空母はおそらく防備可能だろう。米中間の軍事バランスはまだ米が圧倒的に有利だろうが、米軍が高度にIT化されているだけに、中国が持つサイバー攻撃能力、人工衛星攻撃能力は米国にとって非常に大きな脅威になっているだろう。

④中国が世界一の経済大国となる可能性、元が基軸通貨となる可能性が喧伝されているが、中国の富の膨張は米国における金融経済の膨張(1990年代央以降)の徒花の一つとも言えることを無視してはならないと思う。この20年間の中国は、日本・米国・EUからの直接投資で工場を林立させ、米国・EUとの貿易黒字を積み重ね、それをインフラ建設、不動産投資で膨らませてきたので、まだ十分な自律的成長への力をつけていないはずだ。党・政府の要人で子弟を米国に留学させ、米国に貯金を移す者が多いことが、そのことを如実に示しているだろう。

⑤従って米国はこれからも、中国に対して「協力と抑止」(engaging and hedging)という硬軟両様の政策を続けていくだろうし、中国もその枠を破るだけの力はまだ身に着けていない。米国経済がもし復調して中国からの輸入を増やせば、中国はますますおとなしくなるだろう。

(5)アフガニスタンでの中国のプレゼンス強化とその余波
 なお、アフガニスタンに対する中国の出方は性急と言ってもいいほどだ。「世界パワー」となったばかりの中国は、ものごとの加減をまだ心得ておらず、周囲を見ない性急な出方で自ら墓穴を掘ることがある。各省庁間、政府と企業との間で調整が不十分であることも、このような状況を強めているのだろう。中国も一貫した長期戦略の下に動いているわけではない。

 アフガニスタンでも中国の動きは、これから米国や中央アジア諸国、そしてロシアとの間で軋轢の種となっていく可能性があるばかりか、アフガニスタン国内でも諸勢力の間の軋轢を高める恐れがある。例えば中国のCNPC社はアフガニスタン北方国境を流れるアムダリヤの周辺、Sari-pul州とファリヤブ州の石油開発権を取得したばかりか、今回上海協力機構首脳会議で来訪したカルザイ大統領との間ではトルクメニスタンからアフガニスタン北部を通り、タジキスタンを通って新疆地方に至る天然ガス・パイプラインを建設するためのFSをすることで合意している。

 これにはアフガニスタン北部を実質的に支配しているウズベク族の有力者ドストム将軍から問題視する声が上がっており、彼は部隊をファリヤブ州に派遣、これに対して政府側も部隊を同地に派遣した(6月Jamestownニュースレター)。アフガニスタン北東部を支配するタジク族の有力者マスードも、同じ構えでいるだろう。石油開発については、カルザイ大統領の兄弟がからむWatan Groupが関与している。中国は、アフガン北部での部族間の争いもからんだ利権争いに首をつっこんだことになる。
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