核軍縮
最近、核軍縮の現状について一文を草したので、その概要をアップしておく。
(1) オバマ大統領は、就任早々はプラハでの演説で核軍縮へ向けて見栄を切り、ロシアと新START条約(戦略核弾頭数を双方1550に限定)を結んで見せたが、任期の後半は進展がなかった。新START条約に続くべき一層の戦略核兵器の削減、そして戦術核兵器の削減は行われておらず、CTBT(包括的核実験停止)条約も、米国議会は批准していない。オバマ政権は2010年4月に発表した「核態勢見直し」を具体化するための「実行調査」(nuclear posture review implementation study)も固めていないので、米国はいったいどのくらいの核兵器をこれから保有していくべきなのかについても、不透明な状況である。
(2) こうなった原因は、新START条約の批准に時間がかかったために、次の段階に移るための勢いが殺がれてしまったこと、また欧州における米国戦術核兵器の削減に中欧諸国が反対していること(圧倒的に優位なロシアの戦術核兵器の脅威にさらされるため)にある。「核態勢見直し」の実行調査については、大統領選で余計な争点にならないよう、作業を控えているのだろう。
(3) ロムニー候補は、核軍縮交渉に後ろ向きである。彼の外交チームには、核軍縮交渉に激しく反対したブッシュ・ジュニア時代のスタッフが多数いる。ロムニーは海軍増強を呼びかけ、陸軍兵力削減に反対している。そして戦術核兵器削減交渉開始を呼びかけている。しかし総じて、彼は核政策について多くを明らかにしてはいない。
(4)最近の新しい傾向
①これまでは、ロシアの戦略核弾頭は老朽化が進んで退役し、その総数は減少のトレンドにあった。だが原油価格の高騰で2000年代GDP(ドル・ベース)を7倍にもしたロシアは、現在戦略核ミサイルの近代化、積載弾頭数の増強を実現し始めている。2月10日プーチン当時の首相は政府機関紙に論文を発表し、これからの10年でICBM(米国向け核ミサイル。大部分は多弾頭装備となる)を400基、戦略原潜を8隻建造する旨言明している。
②戦術核兵器は、ロシアが欧州部に推定約2000発、米国が欧州に約240発を有する。これを削減するとなると、ドイツを含めた中欧諸国には核兵器がほぼ存在しないこととなり、対ロ抑止上の問題が生ずる。ドイツは自国領土に配備された米国の戦術核兵器に対し、Dual Key(使用する場合にはドイツ、NATO司令官双方の合意を要する)を有しているのである。また戦術核兵器は検証がほぼ不可能であり、現有数ですら把握・検証できない。
また、通常兵力が100万人を割り込んだロシアにとっては(ソ連時代は400万人)、欧州、中国に対する防衛では戦術核に多くを依存していることも看過してはならない。
ロシア軍は極東で演習する場合、戦術核の使用もシミュレーションすることがある。
③欧州へのMD配備に対するロシアの反対は、おそらく説得不可能なものだろう。米国が言う、「イランの核ミサイル撃墜のため」という配備の目的自体、容易に信じ難いものがあるが、それよりも、ロシア軍部は欧州のMD配備に対抗するためと称して、核ミサイル近代化のための予算をせしめる目論見を持っている可能性があるからである。
(5)「米ロ」よりも対中国、対イスラムに対立軸が移行しつつある時代
①世界における主要な対立軸、つまり米国にとっての最大の脅威は、ロシアよりもむしろ中国、及び一部のイスラム勢力に移行しつつあるのではないか? そして同じことは、ロシアについても言える。ロシア人のイスラムへの嫌悪、恐怖は大きなものがあるし、中国とは準同盟関係にありながら、警戒感を隠さない。
②米ソは1987年、中距離核ミサイル(INF)を互いにゼロとする合意を達成して、欧州での緊張を大きく緩和したが、今日ではMDをめぐってINFが復活する可能性があるのではないか? 米国が2018年までにポーランド等に配備予定のSM-3は500キロの射程を有し、ロシアが開発している地対空ミサイルS-500は発射角度を下げると、射程600キロのINFになるのである。ロシアの専門家達はかねて、イラン、中国、北朝鮮等に対する抑止力となり得る核ミサイルを保有していないことを不安視し、米国と語らってでもINFを復活したいと僕に述べていた。
ロシアが実質的にINFを保有し、それをイランや中国、北朝鮮に向けるのであれば、それは西側、日本の安全を脅かすものにはなるまい。
(6)日本にとっての意味
①ロシアはかねて、日米のMD共同開発は自国の安全に対する脅威だとして、反対してきた。だがこれからは、これに対抗することを口実として実は、中国のINFに対する抑止力を整備する挙に出てくるかもしれない。
②米ロ間の核軍縮は、日本の安全保障に直接響かない。日本にとって切実な問題は北朝鮮の核、そしてそれよりもはるかにマグニチュードの大きな問題は中国の中距離核ミサイルである。
1960年代、中国が核ミサイルの配備を始めた頃は、日本も核武装の是非を論ずる意味があったが、日本に届く中国の核ミサイルが既に約100基とも推測されている現在では、日本が核抑止力を持つことは非現実的な話となっている。
日本は米国の核の傘に依存しているが、太平洋配備のトマホーク巡航ミサイルが廃棄された現在、この核の傘の有効性はかなり低下している。日本は米国とともに、核以外の抑止手段を開発していく必要があるだろう。
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