ハイパー・デフレ、或いはdefperityの時代 到来
(これは3月27日に配信したメルマガ「文明の万華鏡」第83号の一部です)
今は、「モノを売りつけて稼ぐ」、工業に依存した経済成長はもう限界。中国の成長が限界に達していることも大きな要因だが、先進国での需要が飽和状態に達していることが根本的な原因だ。自動車でも何でもシェア、モノへの欲望はほどほどに、生活は借家と中古品でOK、チャットできる仲間、そしてともに盛り上がることのできるコトがあれば十分、という今の時代、GDPは数字上、かなり大幅にベース・ダウンし得る。財政赤字の垂れ流しでハイパー・インフレの到来を心配する向きもあるが、何でも供給過剰のこの時代、ちょっとでもインフレになればたちまち供給が増えるし、余ったカネは金持ちに集まって豪邸とか豪華ヨットとかの値上がりをもたらすだけ。格差が余ったカネを不胎化しているのだ。ハイパー・インフレは起きないだろう。
供給過剰で不景気になり、賃金が下がるから人々はますます低価のモノを求め、それにmade in Chinaのモノが応えてきたこの20年間余だったが、これから、made in Chinaがmade in somewhere elseに今後代わっても、低価格品の大量供給という状況は続くだろう。シェア経済やロボットによる大量生産も相まって、いわば「ハイパー・デフレ」とまで言わないまでも、慢性デフレの時代到来と言えようか?
GDPの数字が大幅に下がっても、人々の満足度の総計は変わるまい。ただ税収が不足して社会保障が十分でなくなると、経済が回らなくなる。その場合、紙幣を印刷するなり、キャッシュレス決済のための「ポイント」を毎月配布するなりして――但し全体のバランスを乱す過大消費は許さない――経済を回していけばいいではないか。「デフレでも回る経済」を作っていきたい。
かつて1974年の石油ショックで原油価格が数倍に上昇した後、先進国は景気が低迷する中でモノの値段だけは不思議に上昇していく「スタグフレーション(停滞の中でのインフレ)」に悩まされたものだが、中国がグローバル経済に参入した2000年代以降は、景気がいいのに価格は上がらない矛盾した現象に見舞われることになった。Defperity(Deflation+Prosperity)とでも名付けるか?
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