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世界はこう変わる

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2024年10月 1日

Brexitはもう古い。今度はゲレグジット。ドイツがEUを瓦解させる

この頃、ドイツの元気がない。ドイツにGDPで抜かれたとか言って沈んでいるのは日本くらいなもの(昨年末以来、円は上がっているので、またドイツを抜き返しているのだが)。エネルギー価格上昇が起こしたインフレ(23年は9%弱に達した。現在は2%弱)の中、賃金は上がらない。中央の社会民主党・緑の党・自由民主党連立政権をショルツ首相がまとめきれず、政策はちぐはぐ。外交では、米国などの圧力に押されて対ロシア制裁をずるずると強化しては石油・ガス価格の上昇を招き、自分で自分の首を絞めている。
 しかし国内に不満が溜まる時、ドイツは世界の枠組みをひっくり返す。それだけの重みを世界で持っている。今回はゲレグジット、つまりドイツがEUへの関与を止めることで、これを瓦解させる予兆を感ずる。

(経済・政治両面での行き詰まり)

 今、ドイツは二つの大きな問題に直面している。一つは、エネルギー供給の不安定化や中国経済の台頭などでこれまでの経済モデルが成り立たなくなっているということ。もう一つは、米国との同盟(NATO)に軸足を置きつつも、ロシアとの緊密な関係を維持して東方の安定を確保、経済的利益も得る、というちゃっかり路線が、ウクライナ戦争で破綻したことだ。
 高まった国内の不満を、左右両翼の新党がすくい上げ、移民反対、EU反対の旗印も使い始めている。9月1日のチューリンゲン州議会選では、そのような新党の代表格「ドイツのための選択肢AfD」が第一党の地位を獲得。同日のザクセン州議会選、22日のブランデンブルク州議会選でも、第2党に躍進している。来年頭前後にもあると目されるようになっている全国総選挙で、AfDや同じく新党(左派)の「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」は台風の目となるだろう。これら新党が連立政権に入ろうが入るまいが、議会での審議は大いにかき回される。

(経済の苦境)

そして経済。ドイツは日本にも似て、金融、ITのプラットフォームより、製造業に経済の軸足を置く。それが近年では、メルケル時代の原発撤廃の決定やロシアの天然ガス輸入激減などで電力価格が不安定になり産業の対外競争力を圧迫したり 、これまでのドイツ製造業の成長を支えてきた中国市場で、地場企業との競争に敗れてきた部門があるなどで、2023年にはGDPが0.3%のマイナス成長に陥っている。
この中で難民申請者の数は2023年、約50%も増加して 、現在約350万もの難民・元難民がドイツで暮らしている。これだけで人口の25分の1にも相当し、さらにほぼ同数の通常の外国人出稼ぎ労働者が加わるのである。人々は自分達の生活困難は外国人移民・難民のせいだと思い始めた。加えて8月24日には刃物の町ゾーリンゲンで、シリア難民と思われる少年がドイツ人を無差別に殺傷し、3名の死者を出す事件が起きたことも、外国人移民・難民に対する反感を一気に高めた。
これまでは、外国人移民・難民でも一旦EUの一国に入域してしまえば、全加盟国に自由に移動できたが、ドイツは当面6カ月、隣接国からの入国者への審査を復活させている。

(左右両翼での内向き新党の台頭)

こうした中、ドイツでは既存政党が勢いを失い、新しい政党が台頭している。既存政党では政治家の年齢だけではなく、ものの見方、考え方が硬直している気味があり、この状況は1980年代、若者世代を中心に「緑の党」が台頭してきた頃に酷似している。
そして旧東独では、1990年西独に「編入」された後も経済格差が続き、旧西独から上から目線で扱われていると感ずる旧東独市民の不満を、AfDや左翼系新党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」(この年頭、旧共産党系から飛び出たザーラ・ワーゲンクネヒトという女性が立ち上げたもの)がすくい上げ、中央の政権党である社会民主党、自由民主党、緑の党を押し込んできた。
AfDにはEUがドイツの主権を冒すことに反発する向きが多く、左翼系ともども外国人移民・難民の増加には後ろ向きである。

(ゲレグジットへと至る道)

来年にもあるだろう総選挙で、こうした内向き、EU懐疑派の政党が議席の多数を占めると何が起きるか? 今のところは、AfDでもEUへの反発は決定的なものではないが、選挙後の政治の展開次第では、彼らがEU反対を強め、EUへの拠出金に手をかけることも考えられる。EUへのドイツの拠出金は年間約300億ユーロ。ドイツの政府予算全体の5%弱。一方、EUの予算規模は約1500億ユーロと小さなもの。加盟国のGDPを合わせたものの1%に満たない。ドイツの拠出金は加盟国の中で最大で、EUの死命を制する。
ドイツの経済は、大きなEU市場を確保したことで伸びてきた。しかし、AfDは「なんで我々の税金で外国の農民を助けなければいけないのか(EUからの農業助成金は東欧諸国などにとっては大きな魅力)。なんでウクライナに軍事支援をしなければいけないのか」と叫んで世論をかき立て、支持を獲得する誘惑に駆られるだろう。
ドイツは既に、来年度予算案からウクライナ支援予算を約束の半額に減らしている。これは緊縮財政を唱えるクリスティアン・リントナー財務相(連立相手の自由民主党党首)が独断でやったことのようなのだが、同じことが将来EUへの拠出金予算に起きて不思議はない。ドイツが拠出を躊躇う姿勢を見せれば、フランス、イタリア等、他の大口拠出国も予算を停めることだろう。拠出金がなくなれば、EUの政府、つまり欧州委員会は存続を大きく阻害される(関税収入、消費税等の歳入は残るが)。

(EUなしでも維持される欧州の一体性)

1991年秋、筆者はモスクワの大使館に勤務していた。その8月のクーデター粉砕で勢いをつけたエリツィン・ロシア共和国大統領は、ゴルバチョフ・ソ連大統領の追い落としをめざし、連邦構成共和国、そして主要州に呼びかけた。「君たちは『主権』を欲しいだけ取れ。税収は自分たちで使って、モスクワに送金する必要はない」と。これで、筆者はソ連の諸省庁との仕事ができなくなった。給料も出なくなった局長たちが、相次いで辞職していったからだ。
EU加盟国が拠出金を渋る時、同じことが欧州委員会生え抜きの役人たちにも起こりかねない。欧州委員会の予算で動いている、無数の団体・組織も瓦解する。
しかしそれで欧州が、ソ連崩壊直後のロシアのような大混乱を呈するかと言うと、そうでもあるまい。カネのかからない機構(最たるものは欧州中央銀行ECB)、そして取り決め(最たるものは域内の無関税を定めた関税同盟)、貨物や人間の移動の自由を定めた無数の条約、道路・トンネル等インフラや工業製品の共通規格が残るからだ。
今の欧州委員会、つまり欧州政府という超国家的機構を内包するEUは、1992年のマーストリヒト条約でできたものだが、それ以前も経済では欧州経済共同体が存在し、調整権限を強めていた。我々はその頃のことを思い出せばいいので、欧州委員会がたとえなくなっても、欧州がジャングルになるわけではない。
それでも欧州委員会が瓦解すると、日本その他は、貿易・投資関係等で欧州各国と交渉することを迫られる。日本政府は、担当の人員を増やさないととてもやっていけない。

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