プーチンと国民の 直接対話・大型記者会見の一部始終
ロシアのプーチン大統領は14日、ウクライナ開戦以来初めての、「国民との直接対話」兼大型記者会見を行った。戦争、外交、経済、いずれもロシアにとっては小康状態で、余裕が出てきたと言える。
冒頭スピーチは短く、質疑応答がほぼすべての時間を占めているが、合計4時間以上、ロシア語の記録をプリントすると150頁弱に及ぶ。
3名の司会者がいて、事前に提出された二百万余の質問・陳情から目ぼしいものを選び、かつ地方参加者のビデオ録画、プーチンの「影武者」AI画像(地方の学生がプーチンの顔と声でプーチンに質問し、プーチンは一瞬、目を見張っている )が会場スクリーンに映される等、事前に仕組まれた箇所も多いが、即席で質問者を指名しているのではないかと思われる個所もある。
後者はほぼすべてが個別の陳情で、「地元当局を跳び越えて大統領に直訴すれば何とかなる」という封建体質が強く残っていることを示す。「ガスを引いてくれ」、「高圧線が老朽化している」、「地元の体育館を修理してくれ」、「地元産品の展示会をするので来てくれ」、「地元の玉子の価格が法外に高くなった」の類である。一人の代表がこのようなことを言うと、地元の地名のプラカードを高く掲げた出席者たちが口々に発言を求めて叫びだし、収拾がつかなくなっている。
昨今の「ロシアのソ連への回帰」傾向は、プーチンの独裁体質によると言うより、このようなロシアの下層部分の後れた体質を反映したものなのである。
このイベントは、3月のロシア大統領選挙に向けてのキャンペーン第一弾と位置付けることができる。プーチンは既に8日、出馬の意向を表明している。このイベントにより彼は、まず健康であること(4時間たっても、疲れた様子は見せない。しかし以前に比べてさすがに発言の「切れ」は落ちている)、ウクライナ戦争のために動員はしないこと(志願兵で必要数を確保しているとしている)、内政・外交にわたってものごとをしっかり把握・対処していることを印象づけ(6月のプリゴージン「反乱」の際の混乱した様子は全く見せず)、何よりも国民の生活と福祉、そして国の「主権」保持を重視していることを示すことにほぼ成功している。
ウクライナ戦争について司会者は、「いつ和平が実現するのかが、国民の第一の関心」としているが、プーチンは第一の課題は「ロシアの主権の維持と強化」であるとし、制裁を克服して経済成長を実現していることを誇っている。また停戦の条件についてプーチンは「ナチス的な分子の排除。ウクライナの非軍事化と中立化」と、従来のものを繰り返しただけで、目新しいことは言っていない。
彼は、「戦争のための新たな動員は行わない。兵士の数は充足されている」ことを強調し、戦争を意識させずに大統領選を決行したいのだろうし、実際のところ大都市の大衆の生活では戦争の気配はしていない。
しかし、この会見でも国民の不満・疑念の端々は顔を出しており、そのいくつかにプーチンはきちんと答えていない。来年10月にモスクワ東方のカザンで予定されるBRICS首脳会議について、「代表団が(モスクワから)カザンに向かう飛行機が足りないのではないか」という質問が会場から出されている。西側制裁によって、ロシアの航空会社がリースしていたエアバス等の保守ができなくなっている状況を質したもので、国際的なわがままを通すことを「主権」と呼んでも、経済的には成り立たないことを国民は認識しているのである。また西側の自動車企業が撤退したことで、国内の自動車取得価格が急騰している問題も指摘されている。
外交については、EUとの関係正常化を第一の課題としている。プーチンはロシアの「伝統的価値観」を重視すると言っているが、これについて本件会見で説明はほぼ皆無(おそらく反対の世論が大きいのだろう)で、「ロシアは西欧文明の一部」という認識がプーチン及び指導部にも実は根強いことを意味するのだろう。ただ、EUとの関係正常化、米国との関係改善についてプーチンは立ち入らず、「対ロシア制裁を解除するなら、関係正常化を話し合う用意はある」程度の言い方で止めている。
ガザ情勢については、トルコのエルドアン大統領と連携していきたいとの姿勢を表明。ロシア自身がガザに本格的に介入する姿勢は見せていない。但し、「ガザに病院を開設したいとイスラエルに申し出て、拒絶された」とは言っている。
AI等、世界での最新動向について、プーチンの認識は正確である。AIについては、国際的に話し合って規制を決めていく必要性を指摘している。
9) 最後に、クレムリンに近い記者から「2000年に大統領に就任早々の自分に助言を与えることができたとしたら、何を言いたいか?」と聞かれて、「ナイーブであっては駄目だ。友好国と言われる諸国を信じ過ぎては駄目だ」と答えているのは興味深い。
彼は2000年3月大統領に選出後、初の外遊の地を英国とし、当時のブレア首相に西側との付き合い方で気を付けるべきことについてのアドバイスを求めている。当時、彼が西側に寄せる期待には真摯なものが感じられた。しかしそれでも、2003年以降、ジョージア等でレジーム・チェンジの動きが相次いだこと、NATOが東方に拡張してきたことで彼は切れ、2007年2月ミュンヘンで西側への挑戦状をたたきつけたのである。
当面の展望
ロシアの情勢は、3月の大統領選を中心に展開するだろう。プーチンの支持率は11月85%で (中立的と目されるLevada調査)、ろくな対抗候補はいない。
不安要因は彼の年齢。現在71歳で表面上健康に見えるが、ロシア男性の平均寿命は67才 なのである。
もう一つの不安要因は経済である。プーチンはじめロシア当局は、「制裁を克服した」と虚勢を張るが、現在石油価格は下落トレンドにあって、24年予算で予定している1バレル71ドルを大きく下回る60ドル近辺(ウラル原油)にある。そして来年は更に国防費の大幅増加が見込まれ(70%)、財政は益々厳しくなる。
ウクライナ戦争は、春までは膠着状態が続くだろう 。そしてプーチンが国際刑事裁判所から指名手配されていることもあり、外交は西側諸国とのものを欠いた片肺飛行になるだろう。ロシアは「グローバル・サウス」の支持を得ているかの演出をするが、この支持を得るためには経済上の恩恵を与える必要があり、その力の限られているロシアの外交には限界がある。
世上では、大統領選後、首相と内閣の更迭が噂されているが、確たる情報はない。あえて替えるのであれば、それは次の任期途中にプーチンの後釜とすることを意識してのことになる可能性が大である。ロシアの権力の基盤である公安FSBとの関係が良好であることが、後継者の必須条件である。
本件会見で、日本はほとんど言及されていないし、日本人記者も指名されていない。ロシア側の関心を低さを示すものだろう。プーチンは、「日本はロシアからLNGを輸入している。よかろう。輸入を続けたらいい」と言っているのみである。プーチン等は、「日本はアメリカに支配され、主権を失っている国」とかねて公言してはばからない。
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