ウクライナ 上げ潮だったプーチンも手詰まりか
ウクライナでは7月まで政府軍の攻勢が目立ち、東ウクライナの親ロ勢力は追い詰められつつあった。状況が変わったのは8月に入ってからであり、親ロ派の作戦担当者(「ドネツ人民共和国」のストレリコフ「国防相」等)が更迭され、全兵力の統合運用、ゲリラ戦法から正規戦法への転換が可能となったことが契機となっている。親ロ勢力はロシアからやってきた諜報要員、同じく右翼の青年、現地ウクライナ人青年など寄せ集めであり、しかもドネツク、ルガンスクの両「人民共和国」に分かれていたため、これら兵力を統合運用できる権威と経験を持った人材がいなかったのである。
8月下旬親ロ派兵力の統合作戦が実現した上に、国境の向こうからロシア軍が入ってきたためウクライナ政府軍は包囲され、2個戦車大隊が捕獲されている。そしてロシア側兵力は南部の港町マリウポリに迫るとともに、キエフまでの進軍を可能とする戦略要衝Kakhovkaをうかがった 。ここで、ポロシェンコも停戦に応じざるを得なくなった。プーチンの方も9月5日のNATO首脳会議を意識し、停戦によって更なる制裁を回避しようとしたのである(これが功を奏して、NATO首脳会議では制裁措置強化は行われなかったが、1週間後の9月12日には米・EUが連携して制裁強化を発表している)。
停戦条件を具体化する交渉はミンスクで行われ、9月20日には30キロの幅の緩衝地帯の設置、OSCEの停戦監視団の配備、外国兵力・傭兵等のウクライナからの撤退等の合意が発表された。
しかし、ウクライナ政府は東ウクライナの実質的な分離、あるいは中立化を認めたわけではない。9月16日ウクライナ議会は、東ウクライナに「特別な地位」を与えるかのような法律を採択したが、この法律は老獪なもので、親ロ派が樹立した「政府」は無視し、キエフの中央政府が地元の市町村レベルを直接統治することを可能にしたものなのである。つまり、「特別な地位」という言葉を換骨奪胎して、ウクライナ政府に有利なものとしたのである。
ウクライナ政府はこうやって、東ウクライナの分離を認めず「停戦」を続けていれば、また力の回復したところで(ウクライナは大規模な軍需産業を有する)好きな時に親ロ派掃討作戦を始めることができる。他方、ロシア及び親ロ派の方は自ら戦闘を強化する大義名分に欠けるし、現地住民の支持も十分ではない。東ロシアを軍事制圧することなしに、ここをNATOとの間の中立地帯にしようとするロシアの目論見は、実現困難となってきたのである。
このような状況の中でロシアでは、反米、反西側的な報復措置を国内でとり始めている。衛生問題を理由に(中国の鶏肉ではない)マクドナルドを閉鎖しただけでなく、スウェーデンのIKEAに対する強制捜査も行った。またマスコミの株を外国資本が20%以上所有することを禁ずる法律も議会に上程されている。更に民営石油会社バシネフチの株買収をめぐる争いから、大実業家エフトシェンコフが一時逮捕されている。つまりウクライナをめぐる西側との対立を口実に、国内の保守勢力がソ連的なアナクロ政策を復活させているし、エフトシェンコフ(かつてプーチンに対抗して大統領選に出馬したルシコフ・元モスクワ市長の子飼い)のような政権インサイダーではない者の利権を剥奪にかかっているのである。
プーチン大統領の支持率は85%周辺の高率を維持しているが、民間調査機関Levadaによれば、8月初めの87%から同月末には84%に下落している(但し、これは誤差の範囲内)。また東ウクライナから戦死兵士の棺がモスクワ等に届けられ始めたことが市民の動揺を誘っており、21日にはモスクワで東ウクライナへの介入に反対する大規模なデモが行われている。
ロシア経済は停滞の様相を強めている。原油価格は下落を始め(原油・ガス輸出から得られる収入は、ロシア政府歳入の約60%)、西側金融市場で低利子資金を得る道も閉ざされた。ロシア国内の利子率が高水準にとどまっているため、ロシアの企業はこれまで欧州で資金を入手してきたのである。今年の成長率予測は0.7%と低めに落とされ、困難を予測したロシア国民は財布のひもをきつく締めている。今年上半期の消費者ローンの伸び率は9%で昨年同期の半分に落ち、モスクワのショッピング・センターでの人出は昨年の4分の3に落ちている。
こうしてロシア政治・経済は迷走の兆しを見せている。テロが起こりやすい情勢だ。それが起こると世論はパニックになり、保守派勢力は一層の取り締まり・統制強化に走るであろう。ロシアの実力に見合わないウクライナ介入は、ロシアの情勢をかなり不安定化させる結果となる可能性がある。1991年8月、保守派が起こしたクーデターが失敗し、結局は共産党支配終焉を速めただけに終わったことが思い出されるのである。
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