旧ソ連諸国 旬報第4号
(旧ソ連圏には計13年間勤務したが、今でもロシア語、英語のニュース、論評を毎日読んで、自分でデータバンクを作っている。それをベースに四半期ごとに若手の専門家の参加を得て勉強会を開いている。その際の議論を旬報として公開することにした。あと何年できるかわからないが、お役に立てば幸い。
旬報はこの号から、ロシアと旧ソ連諸国の二本立てとし、期間の記事データバンクはブログのメモリーを浪費するので、掲載しないことにした。必要な方は、河東に直接ご連絡ください)
1.概論
1)相続く不穏な情勢
6月から10月にかけて、ロシアを取り囲む旧ソ連諸国の多くで、不穏な情勢が相次いだ。8月にはベラルーシでの大統領選後、反政府デモが起き、今に至るまで(週末に)続いている。10月4日キルギスでの議会総選挙では、同国における南北間の対立の噴出とそこにつけこんだ「反社会勢力」(或いは、国外に亡命している元大統領の息がかかっているかもしれない)の伸長を招き、無法状態(権力の選出手続きが守られていないという意味で。治安は軍も出動して確保された)を現出させた。選挙を契機にして首都が騒乱状態になったのは、2010年に続くものである。また9月27日にはアゼルバイジャン内部にある(実質的な)アルメニアの飛び地ナゴルノ・カラバフで戦闘が発生し、一時アゼルバイジャン軍の進撃が伝えられたが、現在戦闘は膠着状態に陥っている。これも、これまで数度起きた衝突と同様、ナゴルノ・カラバフが高地にあり、道路も限られているため、アゼルバイジャン軍は制圧しきれないのであろう。碓氷峠を攻め上がろうとするようなものだ。
2)不穏化の背景
旧ソ連諸国は選挙の季節を迎えており、選挙のたびに国内の対立が表面化している。加えてコロナ禍でロシアへの出稼ぎとロシアからの送金が急減していることが、旧ソ連諸国内での矛盾を高めている。今後も10月31日にはジョージアで議会総選挙、翌11月1日にはモルドヴァで大統領選挙が予定されているが、それぞれ一定の不安定化要因を抱えている(双方ともキルギス、ベラルーシほどの騒ぎにはなるまい)。
タジキスタンでは10月11日に大統領選挙が行われ、現職のラフモン大統領が90%強の得票率で5期目の当選を果たした(任期は7年)が、これからは「ラフモン後」をめがけて国内は不安定化していくだろう。
またカザフスタンでは、昨年3月に政権を禅譲されたトカーエフ大統領が国内を掌握できていない。ナザルバエフ前大統領を取り囲む連中が自分達の利権を保持するために暗躍しているようで、最近ではナザルバエフの長女ダリガを再び権力を狙える座に復帰させようとしているようだ。彼女は、今年の5月、上院議長の座から突如追われていたのである。
ウズベキスタンでは、改革を標榜して新しい空気を社会に吹き込んだかに見えたミルジヨエフ大統領は、コロナの蔓延もあって、出足が止まった感がある。このままでは、国内の旧来の利権構造の中に閉じ込められてしまうだろう。また、喧伝されてきた「夏の訪露」も、コロナのせいもあって不完全燃焼に終わったが(6月24日の戦勝75周年軍事パレードに出席することを主として訪露)、ロシアの求めるユーラシア経済連合への加盟にウズベキスタンが応じない限り、対ロシア関係の進展は望めまい。
3)西側の無関心
これら一連の騒擾の中で特徴的であるのは、西側が旧ソ連諸国における反政府の動きを積極的に幇助する動きが見られないことである。米国共和党・民主党傘下のNPO等は世界での民主化を実現するため、年間1億ドル程度の政府助成金を得てきたが、民主化に無関心のトランプの時代になって、これが途切れている可能性がある。
またEU、特にドイツ・フランスはロシアと殊更敵対するつもりはなく、旧ソ連諸国をめぐる騒擾については、真剣な対応は行わない。ベラルーシについては、対応は欧州委員会に丸投げされたが、同委員会はキプロスの場違いの抵抗を受けて(キプロス周辺でのトルコとギリシャの境界問題で、欧州委員会がトルコを抑えてくれなければ、ベラルーシ案件での欧州委員会の決定に同意しない、とするもの)なかなか制裁措置を決められない有様であった。またナヴァリヌイの「毒殺未遂」についても、ドイツはロシア制裁についての判断を欧州委員会に丸投げしている。
ただ、後出のように、米軍の戦略爆撃機がウクライナ上空を通過してクリミア周辺に「出動」した動きは、注目される。ロシアに対する圧力強化の一環なのであろうが、ウクライナを(ロシアによる先制攻撃の)過度の脅威にさらすものになりかねまい。
4)「攻めてこない」ロシア
旧ソ連諸国で騒擾事態が発生するとすぐ、「ロシアが介入」、「ロシア軍が侵入」してくることが西側マスコミでの話題となる。しかしロシアは、騒擾と見れば何でも首をつっこむわけではない。旧ソ連諸国をNATOに引き寄せられ、自分の安全保障、あるいは国際的な立場が脅かされかねない場合に軍事介入する。それは2008年8月のグルジア侵入、2014年3月のクリミア併合の場合である。単なる国内騒擾で、しかも西側による使嗾が顕著でない場合には、ロシアは軍事介入は行わない。直近では、2018年5月のアルメニアでの騒擾と政権交代、2019年6月モルドヴァでの騒擾と政権交代の時が実例になる。
それでも、今回旧ソ連諸国で騒擾状態が続発し、いずれも簡単に収まらないことは、「プーチン大統領の指導力の低下」を象徴するものではある。
2.ウクライナ
1)東ウクライナ問題収拾はコロナ、米大統領選で一時休止
ウクライナ東部のドネツ・ルガンスク地方の紛争は膠着状態にある。ロシアはこの地方を併合するかまえは見せていないが、手を引くためには、この地方に特別の法的地位を確保して緩衝地帯化することを条件としている。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、この東ウクライナの問題解決を公約に当選したのだが、最近では支持率は40%以下に低落している。東ウクライナ問題の話し合いが進まないのは、一つには春のコロナ騒ぎで予定した首脳会議ができなかったこと、そしてもう一つは米国大統領選挙でバイデンが勝つのを待っている方が有利になるからである。
バイデンは副大統領時代、ウクライナを担当して、頻繁に来訪していたし、トランプはそのバイデンにウクライナ側が利権供与をしていたことの証拠を出させようとして果たさず、ウクライナを逆恨みしてこの4年間首脳レベルでは冷遇してきたのである(但し、資金援助、殺傷可能兵器の供与等は小出しに行ってきている)。
2)ウクライナ上空を通って黒海に「出撃」する米軍戦略爆撃機
こうした中、注目されるべきは、ウクライナが米軍との協力関係を強化していることである。9月14日には戦略爆撃機B-52が3機、英国の基地を飛び立ってウクライナ西部から上空を通過、ウクライナ空軍戦闘機護衛の下にクリミア方面に抜けると、そこでロシア南部に向けてミサイルを発射する訓練を行った(www.newcoldwar.org)。このようなことは初めてだとされる。B-52は核弾頭ミサイルも発射できるので、ロシアにしてみれば、ウクライナは先制攻撃の対象になる。そしてクリミア周辺では英国軍も活動を強化し、9月19日には黒海に近いニコラエフ近辺で200名以上の空挺部隊を降下させている(UK News)。
3.ベラルーシ
ベラルーシ情勢はマスコミで随分報じられているので、ここでは多言を費やさない。8月9日の大統領選で、実際には50%強ほどの得票率であったのを、6期目を狙うルカシェンコが88%だとほらを吹いて、居残りを図ったのが主因である(Jamestown)。面白いのは、10月になっても週末の抗議デモが終息する気配が見えないことだ。
しかし国民の半分以上は、ルカシェンコでいいと思っていることだろう。反政府はインテリが主で、核となる者もおらず、バンコクで現在進行中の学生デモと同じく、SNSで「なんとなくまとまって」街頭に出ている程度に止まる。ベラルーシの場合、そのSNSで最大のものはポーランドに留学中の学生Stepan Putiloが運営する「Nexta」で、これが現在視聴者190万も有する「最大のマスコミ」になっている点が面白い(The Bell)。
ルカシェンコに対抗する大統領候補だったチハノフスカヤは現在リトアニアに亡命して、そこから「指令」を出しているが、自分の党を持っているわけでもなく、迫力に欠ける。10月13日には最後通牒と称してルカシェンコに13日以内の辞任を勧告。辞任しない場合にはゼネストをしかけるとしたが、ベラルーシの経済を牛耳る国営企業の労働者にはゼネストの気配はない。ルカシェンコは9月23日にはロシアも含めた外国には一切通知せず、就任式を強行している。
今回のベラルーシ情勢については、米国、EUが殆ど動かなかったことが特徴的であった。ベラルーシの反政府派は別にNATO加盟を求めて動いたわけではなく、ルカシェンコの辞任のみを求めているので、西側も介入の口実がない。他方それはロシアも同じ。9月14日にはルカシェンコがソチでプーチンと会っているが、ロシアはルカシェンコと反政府派の間で旗色を鮮明にしているわけではない。とりあえず15億ドル分のつなぎ融資に応じると同時に、「以前から決まっていた共同軍事演習」にかこつけて空挺部隊を300名ほどベラルーシ領内に送り込んでいる程度である。因みに、西側はこの空挺部隊の存在に目をつぶっている。
ルカシェンコはいつもの粘り腰を反政府派に対しても、ロシアに対しても示し、反政府派からは自分の権力を、ロシアに対してはベラルーシの主権を守り通す構えでいる。
4・キルギス
ロシア周辺諸国に次々に火がついているのは、これらの国々で大統領選挙、あるいは議会選挙が相次いで行われているからである。ベラルーシに続いて10月4日、キルギスで議会総選挙が行われた。その結果はジェエンベコフ大統領の兄弟が率いる「統一」党と、南部の利権を握るマトライモフ家の率いる「私の祖国はキルギス」党で、合わせて過半数を支配することとなった。後者はジェエンベコフ大統領の金づるであるとも言われる。
これに対して、この選挙結果はジェエンベコフが代表する北部の利益を更に固めるための捏造だとして、反対の動きが首都で巻き上がり(ベラルーシと異なり、カネで動員されている者が大半であろう)、6日には政府機関が襲撃されてアタムバエフ前大統領をはじめとする政治犯が解放された。そのうちの一人に、売春等の利権を握るSadyr Zhaparovなる人物がいたのだが(彼は、2010年に同様の騒擾で権力の座を追われベラルーシで逼塞している、バキーエフ元大統領系の人物と言われる)、6日夜国会議員たちがあるホテルで会合して、Zhaparovを次期首相に「選出」してしまった。
ジャパロフ一味はその後、議会での正式の指名もかちえると、ジェエンベコフ大統領に辞任を暴力で(言うことを聞かなければ公邸を襲撃するとしたもの)迫り、15日に辞任を勝ち取る。そして大統領の任期途中辞任の場合は国会議長が代行を務める、との憲法規定を無視して、自ら大統領代行を名乗ったのである。選挙委員会は、総選挙のやり直しをすることを宣言しているし、憲法に基づき大統領辞任から3カ月以内に大統領選挙を行わねばならないのだが、事態は混とんとしている。
ジャパロフとその一味は反社会勢力だと言われるが、どういう勢力なのかを詳しく分析した報道にはまだ接していない。もしかすると、彼らは、ベラルーシからこれまでも権力復帰を策してきた、バキーエフ元大統領に操作されているのかもしれない。
ロシアのプーチン大統領は、まだ選挙前の9月28日、ジェエンベコフ大統領とソチで非公式会談をしている。そして10月12日にはプーチンの腹心、コーザク副首相がビシケクに来訪してジェエンベコフ、ジャパロフと会談しているが、めぼしい成果はなかったようだ。ロシアは当面、キルギスへの援助資金の支払いを停止している。キルギスの対外債務の過半を所有する中国は、明確な態度を示していない。
5・ナゴルノ・カラバフ
9月27日、アゼルバイジャン領内にあるアルメニア人集住の飛び地(アルメニアの一部でもなければ、国際的に承認された独立国でもない)「ナゴルノ・カラバフ」で戦闘が発生し(いずれが先にしかけたのかはわからない)、10月中旬に至って弾が尽きたか、膠着状態に陥った。7月に既に衝突があって、アゼルバイジャン将兵が死傷し、同国内では政府の弱腰を非難する声が高まっていた。
このコーカサス地域は諸民族が入り乱れ、飛び地に類するものは他にもある。例えばアルメニア領にはアゼルバイジャン人が集住する「ナヒチェバン」がある。
ナゴルノ・カラバフは地形図を見るとわかるが、アゼルバイジャンの平地の中で盛り上がっている高地の上にある。道路は貧弱のようで、アゼルバイジャン軍が下から攻め上がるのは至難の業だろう。ここはソ連崩壊のどさくさでアルメニアが軍事占領し、アゼルバイジャン系住民60万人が去っている。その後数回戦闘があり、アゼルバイジャン側は「戦果」を誇ったが、実態は変わっていない。
アゼルバイジャンは石油大国であり、ソ連崩壊後、その首都バクーはドバイと同様な繁栄ぶりを示しているのだが、ナゴルノの奪回を悲願に、石油収入を使って軍備拡充に努めてきた。石油価格が屈折点にある今、アゼルバイジャン政府は充実した軍を使って成果を示すことを迫られている。軍備の大宗はアルメニア軍と同じソ連製兵器(他にイスラエル製、最近ではトルコ製)であるが、最近では民族的に近いトルコが関係を強化して、ドローン等の売却を始めている。トルコとは共同軍事演習、軍幹部間の交流も頻度が増し、ロシアの神経を逆なでするところがある。
他方、アルメニアは古いキリスト教文明の国で、民度も高いが、産業を欠く。尚武の民族性で、多分宿敵トルコを念頭においてか、ロシア帝国軍にも将兵を輩出した。アルメニアはイラン、トルコと国境を接する戦略的な要衝地にあることもあり、ソ連崩壊後もロシアは約5000名の師団をアルメニアに常置して、その安全保障を丸抱えしている。他方、アゼルバイジャンもロシアとの関係維持には意を用いてきたので、ロシアとしてはこの「ナゴルノ・カラバフ」の問題にはいつも手を焼いてきた。
プーチンは今回、「これはアルメニア領で起きていることではないので、ロシアがアルメニアとの同盟関係に基づいて出撃しなければならないものではない」と言明するとともに、10月9日には一応停戦を斡旋、その後のことは従来この問題を丸投げしてきた相手のOSCE下のミンスク会合(フランス、ロシア、米国が入っている)に再び丸投げしている。
米国は特に関与してこなかったが、おそらく国内でかなりの政治力を持つアルメニア系の圧力も受けてのことだろう、10月23日にはアルメニア、アゼルバイジャンの外相が訪米してポンペオ国務長官と会談する手はずとなっている。
おそらくアゼルバイジャンはメンツの立つ形でひとまず兵を引くことを余儀なくされるだろう。アゼルバイジャンをあおって利用しようとしているのはトルコのみで、米ロ両国にとってはアゼルバイジャン、アルメニア双方との関係がそれなりに重要だからである。
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