世界のメルトダウン その28 理念の時代から情念の時代へ 格差の拡大はファシズムへ
(13年前、「意味が解体する世界へ」という本を草思社から出版した。
米国のイラク攻撃が、「自由」とか「民主主義」というスローガンへの幻滅をかきたてると同時に、米欧諸国の足元でも移民により多民族国家化が進行し、近代の「自由民主主義」が危殆に瀕している様を随筆風に書いたものだ。僕が自分の書いた中でいちばん好きな本。
そして今、13年前に書いたこのことが、世界のメルトダウンを起こしている。
それについて共著本の出版を策していたのが頓挫したので、ここに自分の書いた分を発表していくことにする。これはその第28回)
格差の拡大はファシズムへ
産業革命は、いつかは世界中に及び、健全な権利意識を備えた「市民」からなる中産階級が世界中に及ぶものと思われていた。しかし現実はそうなっていない。逸早く工業化社会を建設した諸国は先へ先へと進む一方、途上国の発展は遅々として南北間の格差は縮まらない。本来なら、先進諸国企業による直接投資が途上国の経済を引き上げるものなのだが、直接投資はASEANなど一部の地域に集中しがちである。
古来、経済というものには、持てる者、強い者が持たざる者、弱き者を無料、あるいは低賃金で搾取するという、「主人―奴隷」関係がつきまとった。それは現代の世界でも変わっていないのである。工業先進国は資本、技術、ブランド、流通、すべてを抑えていて、途上国の新興企業が参入する余地を与えない。途上国の人間は、先進国からの直接投資で作られた工場で低賃金で働くか――賃金は急速に上昇する場合が多いが――、先進国に出稼ぎに行くしか、所得水準を上げる手段を持たない。
従って「主人―奴隷」関係は、人間個人の問題だけでなく、国家間の関係についても言えるようになる。先進国と途上国の間の利害対立、つまり南北問題は今の世界でますます尖鋭化している。中国の企業は電信の「華為技術」社等、世界に進出を始めているが、中国は二千年代外国資本が毎年三十兆円分(貿易黒字と外国からの直接投資を合わせたもの)も流入して急成長した点で、例外的存在である。
そして先進国の内部でも、格差の問題は深刻なことになっている。製造業の多くが海外に流出したために中レベルの仕事が大量に失われたことが、その原因である。その上にロボットの発達が単純労働から人間をますます追い出し、創造力のある人間しか有利な仕事につけない時代がすぐそこまで来ているのだが、この先進国内部での格差拡大の現象は、先進国の経済水準維持のためだけでなく、先進国の民主主義を維持していく上でも、深刻な問題を呼び起こしている。
今、米国でも欧州でも中産階級の多くが生活に不満を抱き、移民、難民の流入や輸入も制限しようと呼びかける政治家への支持を強めている。しかし、欧米諸国の経済は労働力不足を移民で補って成り立ってきたし、安価な輸入品は他ならぬ中産階級の生活を支えているのである。できもしないこと、あえて実行すれば多くの国民に害が及ぶことをあえて呼びかけ、国民を扇動して権力を握るやり方は、ポピュリズムの域を超えている。そしてその権力を守るために国内では弾圧を、海外では武力に訴えるということになると、それはファシズムであり、国際紛争要因となるのである。(注:以上は、2016年6月、つまりトランプ氏の大統領選勝利の前に書いたものです)
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