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世界はこう変わる

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2007年7月21日

6月に見てきたモスクワ

6月モスクワ出張の報告を掲載します。東京財団ホームページ(http://www.tkfd.or.jp/research/news.php?id=52)に掲載したものに、7月21日時点の情報を加えて一部書き直したものです。

6月17日より21日までモスクワに出張し(東京財団、笹川平和財団)、国家としてのロシアの変容ぶりを探った。
街を広く視察するとともに約30名のロシア人専門家と懇談、またモスクワ大学新聞学科等2ヶ所で講演することにより、情報、印象を収集した。
以下に得られた所見を述べる。

概要
●繁栄するモスクワ、上げ底の経済
 
 モスクワの印象は夏と冬では全然違うが、今回は夏だったこともあり、非常に良かった。モスクワではかつてのソウル、バンコクなみの「全然動かない」渋滞もあるが、首都高速的なもの、陸橋、トンネルの建設も急速に進んでいる。ヨーロッパ随一の高さの高層ビルが8合目あたりまで完成していた。これまでモスクワで建てられていた珍妙なデザインのものではなく、すっきりしたガラス張りのビル。
 
 他方、スパゲッティが4,000円、モスクワ大学の「学生用」レストランでの昼食が2,000円、中級ホテルの部屋が一泊7万円など、価格は西側の2倍、3倍という感じ。大衆も安物売りのマーケットではなく普通の店を好むようになっており、以前の大衆向けマーケットはスーパーのチェーンに衣替えしているものが多かった。

 インフレ公式統計は年間10%内外だが、生活実感ではそれ以上だろう。但し70年代の日本と同じで賃金の伸びが価格の伸びを上回っているので、皆ハッピーである。5年前と違って、深夜の地下鉄でも貧困は見られない。別の言い方をするならば、石油高価格の恩恵は全価格体系の底上げによって吸い取られつつあるのだが、配分が消費に手厚く傾いているため、大衆はヴァーチュアルな繁栄に酔っているに過ぎないことにまだ気がついていないだけ、とも言える。

次の大統領は?
 今の時点で次の大統領は誰か、などと推測しても、それは宝くじを買うのと同じで、推測がたまたま当たっても運が良かっただけの話だ。来年3月の大統領選挙までまだ間はあるので、プーチン大統領は拙速に後継を明らかにして(それ自体、民主政治に反したおかしな話だが、1年前の日本と同じで誰もそれを問題視しない)自分をレームダックにすることはしないだろう。彼の意向が明らかになるのは早くても10月、ということではないか。
 プーチン大統領は現在の憲法では不可能な三選の道は選ばないだろう、というのが多数意見であるが、7年前にはプーチンと大統領の職を選挙で争ったルシコフ・モスクワ市長の三選が他ならぬプーチン大統領によって認められた(知事、大都市市長は公選から大統領による指名制に替わったので)ことを見ると(小生出張後の話し)、何か潮流が変わって来たかな、とも感ずる。

神がかり この頃プーチン大統領は随分思い切ったことを公言して西側で物議をかもしているが、その中にはこれまで西側に圧迫されてきたロシア人の「思いのたけ」を吐露したと思われる、こちらとしても納得できるものもある。他方、1956年の日ソ共同宣言についてなどは段々発言が粗くなっており、どうも下からの資料、説明を十分受けていない、大統領が自信を持って自分のアイデアを公言する場合、部下はそれをもはや諌めることができなくなっているのではないか、という印象も受ける。
 今回話しを聞き、これまでも読んできた資料ともつき合わせてみると、彼は聖職者達からメサイア意識を吹き込まれているのではないかとも思う。ソ連が崩壊して旧世代と共産党は後景に退いたが、その旧世代[55歳以上といった感じ]は方々の組織でまた権力を握りつつあり、崩壊後の15年間は屈辱と貧困の繰り返しでしかなかったことを言い立てては、ソ連時代のイデオロギー(WTO批判等、現在の世界ではロシアのためにならないものばかりである)を徐々に復活させつつある感じがある。
 
 15年前は自由と民主主義を叫んだ55歳以下の世代も、NATOが旧東欧やバルト諸国に拡張されて以来めっきり変わり、「西側は自由とか民主主義とか言うが、その実自分の狭隘な国益しか追求しない」と述べつつ、国家主義的アプローチを推進し始めている。その背後にいるのはかつての共産党に代わってKGB[現在はFSB]、そしてロシア正教会といったところなのかもしれない。

しかしロシアを全否定するなかれ。善い連中もいるのだ
 上記のようなことを言うと、ロシアに向かってまたつっかかっていく人達が増えるだろう。だが、ロシアでは市場経済のための法制はかなり整ったようである。問題は裁判所の腐敗だと言う者もいたが、中小企業をやっている小生の友人はもう数年、当局から嫌がらせを受けたことがない。彼らは相変わらず必死で働いている。

 アメリカの新聞には「ロシアには自由がない」と書いてあるが、ロシアの新聞、ラジオ、インターネットでは自由な発言が目白押しである。テレビのニュースだけが厳しい自己検閲をやっているロシア人は、スターリンの時代のように外国人との付き合いを避けることはない。外国人とのメールのやりとりも、平気でやっている。社会からは「恐怖」が消えている。

冷戦、ミサイル競争再び?
 NATO[実際はアメリカ]がチェコにミサイル探知レーダー、ポーランドにミサイル撃墜用ミサイルを2012年までに配置することを、昨年末決定した。この動きに対してロシアは2年前から警告を発していたが(「[自分達の陣営だった]旧東欧にだけは手を出さないでくれ」という感じ)、右決定が下されると大きな声を上げだした。それは本年2月ミュンヘン、本年6月先進国サミット直前のプーチン大統領発言として世界を駆け巡った。西側マスコミは、ロシアが突然キレて不当な抗議の声を上げ始めた、これもロシアが「ソ連化」してきたことの一つの証左である、というような殆んど集団リンチのような報道をしているが、ロシアは突然キレたのではなく2年前から警告を発してきたのである。
 
 ただ小生にはわからないことがある。ロシア側は、「米国はこの設備を東欧に配置することでロシアのミサイルを完全に捕捉する能力を得ることになる。それはMAD[相互確証破壊]に基づく米ロ間の相互抑止体制を破り、米ロの核ミサイル・バランスは完全に壊れてしまう。」ということを言っているのだが、ポーランドからミサイルを撃ったところで、その時にはロシアのミサイルは北極の上を米国に向けてまっしぐら、とても追いつくことはできないのである。それに、チェコのレーダーがなくても、人工衛星から見ていれば、ロシアのミサイル発射はどうせ探知できるだろう。それにロシアも、アゼルバイジャン、ベラルーシ、タジキスタンにミサイル探知レーダー網を大分前から設置しており、MADからは自ら離れつつあったのではないか?

 G8サミットでの会談でプーチン大統領はブッシュ大統領に、アゼルバイジャンにあるロシアのレーダーが得た情報を米国に提供する用意がある旨のべた。米国はロシアではなくイランのミサイルを探知したいと言っているのだから、これで十分でしょう、というわけだ。だがロシアは、右レーダー施設に米軍将兵を入れるつもりはない。ただ情報を一方的に米国に通報する、ということだけなのだ。しかもこの施設は古色蒼然としたもので、タイプライター、テレックスの世界に生きている。だから米国は、これを既に実質的に断った。「東欧に配備するものへの追加としてならアゼルバイジャン・レーダーの情報をいただきましょう」という回答である。

 7月に米ロ首脳はメイン州で会談した。そこで起きたことは予想通り、この問題はNATOとロシアの間で、また米国とロシアの間で話し合いを続けていこうという合意ができて、「ガス抜き」が行われたのだ。それ以来、プーチン大統領はこの問題に触れていない。なぜかイワノフ第一副首相(次期大統領候補)はその後も2回ほどこの問題に言及し、「米国が東欧にMDを配備するなら、ロシアはカリーニングラード(ポーランドとドイツに挟まれた、ロシアの飛び地。哲学者カントの故地)に新型短距離ミサイルのイスカンデールを配備することを考える」と述べた。当面プーチン大統領は静かにして、イワノフ第一副首相が西側に強持ての発言をしていくことで、両者の間の分業が成立したのかもしれない。

 カリーニングラードにたとえ短距離でも核ミサイルを配備すると、それはロシアにとっては少々危ない賭けになってくる。というのは、NATOがそれに対する対抗手段として、西欧からロシアに届く中距離核ミサイルを配備する可能性が出てくるからだ。この構図は、ソ連が中距離核ミサイルSS20を配備、NATOが対抗してPershing2を配備、ソ連は「これではソ連に向けた西側戦略核が増えたようなもので、たまらない」として削減交渉を呑み、ついにはSS20,Pershing2双方とも完全廃棄に至った1978~1982年の冷戦末期に酷似して来る。国際関係を不必要に緊張させるだけでなく、無駄な資金をドブに捨てることになるのだ。


1・内政
(1)大統領選挙(08年3月)

○大勢意見としては、プーチン大統領はレームダックとなることを防ぐため、10月くらいまでは後継者について決定を下さないだろう、ということだった。ダークホースとしては、マトヴィエンコ・サンクトペテルブルク市長、ヤクーニン・ロシア鉄道社長を挙げる者あり。それは雑誌にも報じられており、秘密ではない。

○プーチン大統領は一応退陣することが、ほぼコンセンサスとなっている。ただ本年下院選挙で与党「統一」に3分の2を取らせた上で憲法を改正して次期大統領任期を延長し、2012年の大統領選挙に再出馬することが、期待を持って語られている。2012年までは、「ゴスソヴェート」(「国家協議会」。知事、政党党首などが一堂に集まって国家の主要事項を協議する、憲法外の機関)の議長に収まり、その資格で外遊等を行うのではないかとの観測も浮上している。

(2)プーチン大統領の神がかり
プーチンはこの頃、自分は神に選ばれたのだと思い込み始めている、と述べる者があった。そのため、エリツィン時代と同じように、上御一人による独断専行の傾向が出てきたもよう。下部による説得が難しくなってきたということである。また上記傾向は、ロシア正教会と海外の亡命ロシア正教会が最近プーチン大統領の仲介で和解したように、正教会強化となって表れてもいる。友人の中には、カトリック、プロテスタントも合わせたキリスト教大合同への期待を述べるものさえいたが、これは現在のロシア社会に強くなっている反イスラム的風潮に適うであろう。

 他方、プーチン大統領は最近、人文・社会の教師達に対し、「ロシアの過去の歴史に対して原罪意識を持つ必要はない。アメリカは広島、長崎に原爆を落としても・・・」と述べた旨が報道されており、ここにはもしかすると同大統領が私淑している正教会僧侶の影響があるかもしれない。旧KGBと正教会が、ソ連共産党時代のイデオロギーを復活させつつあるのかもしれず、これは領土問題を抱えた日露関係にとってマイナス材料である。

(3)政界諸模様
○ミローノフ上院議長は4月上旬突然、プーチン大統領三選を提唱した。これは、国民の多くが求めるプーチン三選を前面に立てることにより、自分の政党「公正党」の人気を高めようとしたもの。クレムリンは、新しい「公正党」に共産党穏健派の票を食わせようと企んだのだ。
ところがミローノフはクレムリンの意に反し、与党「統一」と争う気配を見せた。地方においても利権からあぶれた連中が「公正党」に結集して、「統一」の利権独占に反対を始めている。ミローノフ自身はクレムリンの寵を失って静かになったが、地方においてはまだ余波が続いている。

○ヴィクトル・イヴァノフ大統領府副長官は、臨時に作られた汚職摘発委員会の議長として指導部ににらみをきかせているかに見えるが、汚職は政界に広がりすぎているため、摘発で脅しをかけることは難しくなっている。

(4)自由は抑圧されているか
○最近の西側プレスでは、「自由が抑圧されている」は、ロシアの枕詞のようになっている。そこで、これまで「自由の欠如」を言い立てて不平を鳴らしていた何人かの友人達に改めて聞いてみた。すると、「実はそれほど自由が抑圧されているわけではない。スターリン時代のような、誰かに見張られている、いつでもしょっぴかれるといった恐怖はない。外国人とつきあっても大丈夫だ。外国とメールのやり取りをしても、全く構わない。確かに意見を発表する場は狭くなる一方だが、それは『オピニオン』に対する需要が無いことを反映してもいる。自由にものを言うことはできるのだが、自己検閲してしまう。結果として時代に流されている。戦後の日本に類似している。」と応えてきた者がいた。

○そのような実感は、他の識者にも共有されている。一部の者は、ロシアにおける自由の欠如、抑圧を書き立てる西側プレスに対して悲しみ、あるいは怒りを示していた。「日本異質論」に悩まされた一時の日本に類似している。
 ある識者は小生に述べた。「ロシアの現実は西側のマスコミが報ずるところとは全然違うだろう? カシヤノフ元首相は今では野党の大統領候補を標榜し、西側のマスコミからは自由の旗手であるかのように持ち上げられているが、大衆の間では彼は『NDS・2%のカシヤノフ』と言われている。彼は首相現職時代、2%の手数料を取ることで有名で、『2%のカシヤノフ』と呼ばれていたことはご存知の通り。彼は今、『人民民主同盟』の党首なのだが、その頭文字はNDS、つまり付加価値税の頭文字とも一致しており、それに2%をくっつけて揶揄しているというわけだ。彼が、(ロンドンに在住してプーチン大統領にたてを突いている豪商)ベレゾフスキーの資金を受けていることはよく知られており、ロシアでは誰も彼を自由の旗手だなどとは思っていない。」

2.外政
(1)プーチン大統領の強硬発言の背景

○7月の米ロ首脳会談までは、西側に対するプーチン大統領の強持ての発言が目立ったが、その背景の一つとして本年12月の総選挙、来年3月の大統領選挙を意識しての世論受け狙いを指摘する者は多かった(マスコミでは、小ロシア的ナショナリズムを表すものとして、「ルースコスチ」(ロシア性)という言葉が流行している由)。
 米欧は分裂しており、米国政権はレームダック化しているので、現在の西側に強持てに出ても対抗措置を誘発することはなく、ロシアの選挙後に簡単に仲直りできるだろう、と彼らは考えている。

○他方、政権により近いある識者は、選挙を超えた中期的な政策を指摘した。彼らによれば、「ソ連時代のように世界にロシアを尊敬させることのできるのは、この2,3年しかない。西側は割れている。石油は10年は高いだろうが、ロシアの経常黒字はあと2年くらいでゼロになる」ということだった。

(2)冷たい西側に対する恨みと悲しみ
○1991年8月クーデターが失敗した直後、モスクワでの自由フィーバーはすごかった。反米、反西欧を標榜したソ連政権の中で、実は西側の富と自由に憧れていた青年達は、自由と市場経済への高い期待をおおっぴらに語るようになった。
 それはその後6,000%のインフレでまず経済的に裏切られ、ロシア国民のほぼ全員は屈辱の底に突き落とされたのだが、90年代末から00年代初期にかけ、スラブ人の同胞であるユーゴスラヴィアがコソヴォ問題で西側に一方的に指弾され、次いでNATOがかつてソ連の一部だったバルト三国に拡大されたことで、ロシアのインテリは西側に幻滅、いや幻滅を通り越して強い憤りを示すようになった。
 西側は「やり過ぎた」のだ。欧米はオスマン・トルコ帝国崩壊の過程では中東問題の処理を誤り、今またソ連帝国崩壊の過程でも処理を誤っているのだ。

 かつてはペレストロイカの旗手として鳴らしたジャーナリストは、今回小生に述懐した。「全てはよくわかった。西欧はロシア人を憎み、怖がっているのだ。自由とか民主主義などまやかしで、世界は冷厳な利害で動いているのだ。ならばロシアも・・・」。
(もっともこうした連中は、心の中に悲しみと失望を抱えている。本当はリベラリズム、個人主義を奉じたいのだ。それに、40代後半になったこれら世代の横では、若いウェイター、ウェイトレス達が西欧と全く変わらない能率ぶり、そして丁寧さをもってきびきびと働いているという皮肉な光景が展開している)

○他方、資金を豊富に有し、西欧でM&Aを展開している企業家の間では、「できないことはない」という風潮も出てきた由。ある友人は西欧企業買収を企図するビジネスマンに「西欧の価値観はロシアと違うので・・・」と説明したら、先方はしばらく黙っていた末、「その価値観とやらも買わねばなるまいな」と言った由。

○そして政治関係が冷却する反面では、欧米からの投資は次々に行われている。アメリカのウォルマートも近く進出する話しがあるらしい。まるで政冷経熱である。最近サンクト・ペテルブルクでロシア主宰の「経済フォーラム」が行われたが、そこで対ロシア投資に慎重たるべしと述べた英国人は、他ならぬ英国の仲間達から「もうあんなのを参加させるな」という批判をくらった由。

○こうした複雑な状況の中では、ロシアの識者も意識改革を常に行っていく必要がある。ロシアと西側の関係はスペクトラムが広がっており、総合的なアプローチとロシアの位置づけが必要となっている。

(3)中近東への見方 
米国がイランを攻撃することはあり得るが、それは空爆に止まるだろう、しかし空爆が行われれば、在イランの米国人、そしてイラクの米軍は人質にされるだろう、そしてスンニー、シーアは直ちに結束する、ということを述べる専門家がいた。
因みに世界の中近東専門家の間では、スンニー、シーア結束を「スシ」と称している由。

3・軍事
(1)綱紀粛正とセルジュコフ新国防相

○共産党時代、軍では各部隊に至るまで「コミサール」という称号を持った共産党からのお目付けがいた。彼らのお墨付きがないと、将校は昇進できなかったのである。
 この制度がなくなって軍では汚職が野放しになった、セルジュコフ国防相は綱紀粛正のために送り込まれたのだ、と述べる者がいた。同国防相は靴の商売に携わったことがあり、軍の経験が皆無であることから、軍内部では「靴屋」と呼ばれて軽侮されていたが、自分自身は表に出ることを慎重に避けつつ次官級を何人か突然更迭しており、その静かな辣腕ぶりが尊敬の念を誘い始めたようだ。

(2)NATO(米国)によるミサイル防衛施設配備
○現在、ロシアが対米関係で最も重視しているのは、米国がポーランド、チェコにミサイル防衛施設を配備するのを(チェコではレーダー、ポーランドにICBM撃墜用ミサイル配備を予定)やめさせることだろう。しかし、ロシアが米国に向けてICBMを発射した場合、それは通常北極上空を飛んでいくと言われており(地球儀で見ると、西欧上空を通過しても距離は同じなのだが)、するとポーランドにMDを配備しても意味はないのだ。ポーランドから発射されたミサイルは、既に発射されたロシアのICBMを遠く北極上空まで追っていかねばならないが、追いつくことは不可能だからだ。だから、「東欧配備のMDは将来のイランのミサイルを念頭においている。ロシアのミサイルを念頭に置いたものではない」という米側の説明がもっともに聞こえてくる。
 だがロシアはこの問題を最大課題であるかのように追及し、プーチン大統領は6月初旬、アゼルバイジャンでロシアが有しているミサイル探知レーダーの情報を米国に「提供」することで、東欧へのMD配備を断念してもらう提案を行った。そのフォローアップは7月初旬に予定される米ロ首脳会談の主要議題となった。

○しかし、ロシアはどうしてこの問題にこれほどこだわるのか? 今回話しを聞いたところでは、次のようになる―――。
①ロシアは米国に対して、ICBMの点でだけ同格を維持している。その基本思想はMAD(相互確証破壊――双方とも相手を完全に壊滅させる能力を維持することで、どちらも攻撃を始めることのできない状態を作り出す)だった。それは、ABM配置を条約で禁ずることによって、担保されていた。ところが米国はABM禁止条約から離脱し、最近アラスカにMDを配置した(注:世上では北朝鮮、中国のミサイル向けとされている)。
 今回東欧にMDを配置すると、米国のグローバルなMD体制が完成してしまい(もっとも一部ロシア専門家によれば、もう一つMDを宇宙に配備する必要があるようだが)、米国は絶対的な安全を手に入れてしまう。逆に言えば、米国はロシアへの攻撃を行っても安心していられる状況になり、外交的にも絶対的に有利な立場に立ってしまう。国際関係がひっくりかえってしまう(注:小生には随分前にひっくりかえってしまったように見えるが・・・)。ロシアはこれを嫌っている。ロシアの軍関係者にとって「ABM」という言葉は牛に赤い布を見せるようなものなのだ。

②東欧へのMD配備計画を凍結させることが、ロシアの当面の目標だ。7月の米ロ首脳会談では、本件についての協議メカニズムをスタートさせ、それを延々と続けていけば、そのうちにブッシュ政権は交代するだろう。
ロシアはMDも含め、新たな戦略核兵器削減交渉、つまりSTART3を始めたいと思っている。そこまで実現できれば御の字だ。
(注:7月の米ロ首脳会談では、東欧のMDについてはNATO・ロシア間で話し合いが行われることになったし、START3に類する合意をめがけて米ロ間で話し合いが開始されることになった。ロシアの面子は一応保たれた。なお、ロシアのICBMはその固体燃料の質が米国に劣る等のため、急速に老朽化している。新規補充は毎年7,8基であり、とても追いつかない。ロシアはSTART3を締結して米国のICBMも大幅に削減しないと、自滅の状況に追い込まれていく)

③東欧へのMD配備決定は随分性急だった。9.11以降のブッシュ政権の意識、そしてMDをできるだけ沢山のところに売りたいとする米国軍需企業の意向も働いているだろう―――[引用終わり]。

○ロシアに勝算はあるだろうか? プーチン大統領は現在の米欧間の不仲を過大評価し、先般サミット前の記者会見では「米国が東欧にMDを配備するなら、ロシアのミサイルがそれに照準を合わせるのは自然なことだ」と発言して西欧を脅かし、米国から完全に離間させようとしている。だが、西欧主要国の政権は親米の方向を持っている。ロシアが西欧、米国を挑発し、本格的軍拡を導けば、敗北するどころか、90年代と同じく国の崩壊の危険を冒すことになろう。
なかんずく、米国が西欧に中距離ミサイル(INF)を配備すれば、ロシアがこのゲームに負けることは明白で、この点をロシア人識者はよく認識していた。こうして状況は、戦略核兵器の削減交渉や西欧をめぐるINF配備問題で揺れていた冷戦末期に酷似して来た、とある友人は述べていた。

○そしてロシアの識者は誰も、ポーランド配備のミサイルはロシアのICBMに追いつけないことをカウントしていない。小生がそこをつくと、虚をつかれたもののごとく、「そこは軍の専門家の判断に任せている」と言うだけだった。つまりここにも、プーチン大統領による独断専行の節が見て取れるのである。

4・経済
(1)繁栄と高価格のモスクワ

○今のモスクワはとにかく繁栄の一文字でくくれる。シェレメチェヴォ空港では念願の新ターミナルの建設が進んでいるし、旧ターミナルでも日本語でインターネットが使える店が出ている。渋滞で悪名高かった都心への道も、分離帯の並木を切り倒して4車線のハイウェーが真ん中に作られた。モスクワの街角では、東京の渋谷や六本木にあるような大スクリーンがいくつもあって、動画の広告を流している。和食レストランの数は2000年代初頭より2倍、3倍になった感があり、歩道にまでせり出しているものもある。

○夜、地下鉄に乗ってみた。5年前の地下鉄は床に酔っ払いが寝そべったり、通路に不良の一団がたむろしていたりで、ロシア社会の格差を如実に見せていたからだ。ところが現在では、通路で危険を感ずることもなく、また地下鉄に乗っているのも通勤帰りといった風情の普通の市民達だった。着飾ったり派手な化粧をしているわけでもないが、5年前のようにくたびれ果てたといった顔をしている者はもはや見られない。選挙対策もあって年金、公務員・軍人の給料が引き上げられたこと、民間の給料もうなぎのぼりであることが反映しているのだろう。

○他面、モスクワは世界一の高物価になっている。店では宝石をちりばめた10万円の携帯電話を売っていたりする。高級スーパーでの豪州牛肉は100g、800円(ロシアの牛肉は200円)。普通の和食レストランの揚げだし豆腐が1,600円、しゃぶしゃぶの霜降り肉は100g、1万円。そんなところに友人を招待したら息子を連れてきて、スシを注文しまくるものだから気分が悪くなりかけたが、「今日は俺の方でもたせてくれ」ということで一安心。金銭感覚が違う。
 
○かつて安いパスタが食べられたPatio Pastaという店はGorkiと名を変え、スパゲッティは4,000円になっていた。フォアグラ「Chateau de Morsei」などというのがメニューにのっている。だがここのジャズ生バンドは良かった。かつてロシアのレストランというとバンドの騒音で会話はできなかったものだが、ここは完全なバック・ミュージックになっている。メトロポーリ・ホテルのバンドも、絶妙の編曲と腕で大いに聞かせるが、昔と違って押し付けがましくない。

○ゴルバチョフ時代、改革の旗手だったアガニョークという雑誌では、ある企業家が「モスクワは年収○ドル以下のものが住むところではない」と発言して大反発を食らった由。編集幹部は「いい宣伝になった」と喜んでいた。

○今回雇った運転手は、月に1,500ドルは稼いでいるということだった。労働への正当な対価をもらっている感じがすると言い、注文が少なくなる休暇時期を憎み(モスクワは2ヶ月必死で働くと2週間くらい休むようなリズムになっている)、夜の超勤を喜んでいた。彼は正直な男で不正はやらず、消費ブームで目がつりあがっているわけでもないが、子供の教育やものを買うためにどんどん稼ぎたいという意識を持っている。

○高価格は生産を刺激している、と言う者もいた。確かに「製造業」が伸びている。今回聴取したところでは、この中で兵器生産の比重は小さく、エネルギー部門関連機械機器に加えて鉄道(貨車)・電力・ガス等公営事業のインフラ関連の機械機器生産が多い由。

○別の運転手に、「ばかに調子がいいが、ロシアの経済は石油でもっているのを知っているか?」と聞いてみたら、しばらく沈黙した後「・・・それは。だからプーチンはハイテクをこれからやっていくと言っている。政治的決定が行われたんだから大丈夫だ」と答えた。相変わらず政治優位の共産主義時代のままのマインドでいる。これでは、2、3年先が心配になる。

○他方、大学や社会科学系研究所の建物、設備は相変わらず惨状を呈している。もっともモスクワ大学の地下には「学生用」のカフェができていて、完全に西欧風の店内では2,000円のバイキングを「学生」達が食べていたが、さすがに満員というわけではなかった。この頃では学生の方が教師よりいい車を持っている由。

○所得水準が全体に底上げされているため、格差というか貧困はかつてほど目に付かない。証券会社トロイカ・ジアログのアナリストによれば、「格差は90年代初頭から拡大した。拡大は今でも続いているが、そのテンポは鈍ってきた。上位10%と下位10%の差は現在14,5程度。」ということだった。因みにロシア最大の証券会社トロイカ・ジアログは、これまで殆んどロシア株で商売してきた由。日本でも年間30-50%儲けられる投資信託はあるのだと述べたら、関心を示してきた。日本市場は難しい、もうからない、というステレオタイプが彼らにはある。但し一部野心家は、ロシア企業の日本でのIPOを斡旋して一儲けしようと考えている。

(2)マクロ予想
○あるアナリストによれば、「99-06年は石油高価格の中で、比較的低金利の時代だった。08年に向けて貿易黒字、経常黒字はゼロになっていくことが予想され(石油輸出収入が停滞ないし低下する一方、所得水準の向上、月賦制度の普及もあって消費財の輸入が急増しているからである)、これから問題が激化するだろう。資本収支黒字が大事になってくる。
 (注:ふと思うのだが、商業⇒産業⇒金融という発展段階のうち、ロシアは真ん中の産業を飛び越えて一気に金融資本で食べていく、という生き方はできないものかと夢想する)
 反面、08年以降は自由化、合理化の方向に動きやすいということだ。90年以降のロシアの歴史は、石油価格動向に比例してそう動いてきた。例えば94年湾岸戦争で石油価格が上昇すると、ロシア国内では寡占化が進行し、97年から石油が下がると自由化が進行した。変化に対応しないでいると、危機がやってきた。
 しかし、08年以降の赤字の時代にも対処できる。安定化基金を支出しても、資本の回転率が遅いし、資金需要が強いから、インフレにはなりにくい。」ということであった。右発言には、経済理論から言って矛盾しているところがいくつかある。

(3)ルーブル国際化
6月中旬サンクト・ペテルブルクでの世界経済会議においてプーチン大統領は、石油の先物市場をロシアに創設するとともに、ルーブルを国際化することにも言及した。通貨の国際化は日本でも十分行えないでいることもあり、ロシアが果たして何を具体的に考えているのか聞いてみた。その結果大多数の意見としては、①フィンランド、トルコでは既にルーブル現金が通用している(ロシアの経済面、観光面でのプレゼンスが大きいからである)、②ロシアの石油を輸出する際の計算単位として使えるだろう、③しかし総じて「長期的目標として考えて欲しい」、ということだった。

(4)産業政策
航空機、原子力、ナノテクノロジー等4分野のハイテクを奨励し、それぞれにおいて世界で10%のシェアを目指す」というセルゲイ・イワノフ第一副首相の産業政策は、肯定的に評価されていた。もっとも、ナノテクノロジー重視はプーチン大統領に近いある銀行家がロビーイングした結果であると言う者もいたし、この4分野だけでは十分な雇用を創出することはできない、というのはコンセンサスであった。そして耐久消費財生産は外国企業の直接投資に依存せざるを得ないということも、皆がいやいやながら認めざるを得ない事実となっていた。

(5)動意が見られる農業
○農業生産の地理的配置等、合理的になった由。穀物、野菜、豚、鶏肉の生産が伸びている。穀物、豚、鶏肉は大農園経営、野菜は自作農による生産が主流である。アルタイからはソバが日本に輸出されている由。

○ソ連はかつて穀物を大量に輸入していたが(ガイダール元首相代行によれば、1985年の石油価格大暴落で穀物輸入にも差し支えるようになったのが、ソ連没落の最大要因である由)、ソ連崩壊後牛を大量に殺戮したこともあり、今では大穀物輸出国となった。他面、食肉の70%を輸入している。

(6)中小企業も伸びている?
○政府の政策は大企業中心だが、小売、建設下請け、運輸などで中小企業も育っている。広州見本市にも、ロシアから多数の中小企業が参加した由。但し製造業では大企業が中心であり、中小企業は育っていない由。

プーチン大統領の第一期のうちに市場経済化関連の法制はかなり整ったもようであり、法人税率も低い。但し社会保障関連の負担は高い。ある友人の会社は600名を雇う中規模企業であるが、当局から賄賂要求も含めて嫌がらせを受けたことは、もう2年間無い由。ただ「裁判所が腐敗している」ことが、問題である由。

(7)東シベリア、極東への期待?
プーチン政権は極東開発に予算を重点的に振り向けつつあるが、極東に米国の西部と同様、将来の経済成長の支えを期待している者も見られた。

5・社会寸景
○若いビジネスマンは鼻息が荒いが、しつけはできている。道で他人にぶつからない。挨拶はきちんとしている。

○現在の20代の青年達は、幼少時をソ連崩壊の大混乱の中で過した。さぞかし「壊れている」かと思えばそんなこともなく、「失われた世代であるはずの20代の連中は、自分の社では非常に良い」という者あり。

○モスクワ大学の新聞学科で講演したが、学生の3分の2は女性ということだった。以前と比べて質問もしてこない。かつては知らない外国への(あるいはまだ若かった小生への)興味に目を輝かせていたものだが、今回は能面のように無表情の者が多い。卒業生の質も落ち、特にテレビ記者においてそれは顕著である。収入志向になっている。

○最近ではテレビは娯楽に特化。国民は情報をラジオ、インターネットから得ていて、新聞は読んでいない。記者や学生は、情報を検証する能力が落ちた。インターネットから手軽な情報を探してきては、つないでいく「ペースト文化」。

小さな店が増えた。路地裏にインテリアとか食料品とか。ヨーロッパ的な景色になっている。

○ルイノック(ソ連時代、唯一自由な売買が認められていた食品市場)も、雑貨ルイノックも少なくなった。大資本のチェーン店がそれに替わっている。昔時々行ったティシンスキー・ルイノックはペレクリョーストク24という、「安くて良い品がある」小型モールになっていた。階段の下では東洋の雑貨売り場(なぜか東洋のものは階段下が多い)に典型的にモンゴル的な顔をした女の子(「アジア人はモンゴル・タイプ」というステレオタイプに合わせている)が2人、所在なげに饅頭をもぐもぐ食べていた。

○прекрасное такси(「素晴らしいタクシー」という、こざっぱりしたタクシーが走っていた。運転手はマニキュアの指にたばこを挟んだ中年の美人で、このタクシーは運転手は全て女性、客も女性しか乗せない由。進んでいる。

○アエロフロートは全く西側なみになった。カーペットもシートも綺麗で、日本人スチュワーデスもなれている。パイロットの英語もなまりがない。ビジネス・クラスではフルコースの食事が出てくる。ナイフ、フォークが本物の銀であるかのように重い。硝子の皿にスシを現代的にならべて出してくる。
昔、大使館のそばにあった大衆食堂のナイフやスプーンはアルミ製で、どれも曲がっていたことを懐かしく思い出す。

○空港の税関、入管、セキュリティはめっきり簡素化されている。しかし渋滞、高価格は交流を妨げている。

○郊外には金持ち用のマンションだけでなく、中産階級用の市営アパートも建っている。
園芸用品の大スーパーなどと並んで。但し地下鉄がなければ、通勤は苦痛だろう。(了)

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